「第5回神戸医療イノベーションフォーラム」リポート
QOL(生活の質)向上を実現する医療ITの秘策とは
高齢者の健康やQOL(生活の質)を高めるサービスが多く登場している。神戸医療イノベーションフォーラムでは、産学官連携による取り組みが多く紹介された。その一部を紹介する。
2015年2月8日、神戸大学生命医学イノベーション創出人材養成センターのイベント「神戸医療イノベーションフォーラム」が開催された。このフォーラムは「神戸大学生命医学イノベーション創出リーダー養成プログラム」(以下、リーダー養成プログラム)の一環として毎年開催してきた。5回目となる今回が最後となり、これまでの集大成ともいえる大会となった。
リーダー養成プログラムは、産学官連携によるイノベーション創出のシステムを構築し、生命医学産業で活躍できる人材を神戸大学の5つの研究科が横断的に養成する取り組みだ。同大学では生命医学イノベーション創出人材養成センター(以下、人材養成センター)を設立し、神戸市が推進する医療産業都市構想や関西地域の産学官連携活動である関西バイオメディカルクラスターに参画する生命医学関連企業などとインターンシップや共同研究を通じての連携を進めてきた。また、早稲田大学理工学術院や神戸市機械金属工業会とも連携することで人材養成強化を図ってきた。
今回のフォーラムでは、人材養成センターの特命講師を務める杉本真樹医師がリーダー養成プログラムの活動状況を総括した。また、早稲田大学理工学術院の朝日 透教授による人材養成の取り組み、神戸大学大学院と早稲田大学院生の海外病院や研究所への派遣などのインターンシップにおける成果などを報告した。その後、医療IT分野を中心とする講演が行われた。本稿では一部の講演内容を紹介する。
QOL向上サービスの利用を促す仕組みとは?
フォーラムでは、ITを活用して医療現場の変革に取り組む医療従事者グループ「Team医療3.0」のメンバーが医療現場での取り組みを報告した。
習志野台整形外科内科院長(千葉県習志野市)の宮川一郎氏は「医療健康情報共有によるQOLマネージメント・コンセプト」と題した講演を行った。医療関連ソフトウェアの企画、開発などを手掛けるメディカクラウドの顧問を務める宮川氏は、2010年のiPad対応問診票をはじめ、患者説明用アプリ「IC動画 HD」、個人の医療情報を電子化してカードに格納する「命のMICカード」などをリリースしてきた。
宮川氏は「IT化は紙やノートでは難しい継続的な情報の取得を助けるとともに、情報の互換性を確保するためのもの。継続的なPDCAサイクルで患者のQOLを向上させる手段でもある。IT化自体が目的でない」と強調する。
2014年、宮川氏はNFC(近距離無線通信)機能を有する活動量計を診察券化し、患者のQOL管理システムとして利用する取り組みを開始した。この活動量計には患者のユニークIDが付与され、活動量など約2週間分の健康情報を格納する。格納データはグラフ表示でき、それを基に医師の生活指導支援に役立てられる。千葉県柏市の柏の葉地区ではICカードを活用した地域ポイントとも連係する「MoveFun」システムを利用し、参加へのインセンティブを高めつつ地域住民の健康サポート事業を展開している。
メディカクラウドではその他、人間ドックを受診する権利を贈るサービス「Wish Gift」や、活動量計とタイムカードをひも付ける「健康タイムカード」などを開発している。
ライフログサービスやQOL向上のためのサービスは数多くあるが、利用者が継続するためには習慣化された行動パターンを変える「行動変容」が重要となる。宮川氏は「健康管理自体を主題にするのではなく、『エンターテインメントを重視した外発的モチベーション』『選択性、多様性などのポジティブインセンティブ』『家族間連動』『医療連携』『本人の希望に関わらない弱い強制力を持った仕組み』などのアプローチを取る必要がある」と説明する。
また、宮川氏は「これからの医療は『その瞬間を診る医療』から『経過を診る医療』へと移り変わる必要がある。そのためには制度上の規制や縦割りの業務体制、個人依存などで散在・分断しているデータを取得し続ける手段が必須となる」と講演を締めくくった。
在宅医療が導くQOL向上の道
桜新町アーバンクリニック院長の遠矢 純一郎氏は「地域包括ケア時代に求められる医療者・患者の意識改革」と題した講演を行った。遠矢氏は、在宅医療の現場に「iPhone」「iPad」などのモバイル端末をいち早く導入した医師である。
遠矢氏は「虚弱な高齢者にとって入院は負担が大きい。また、複数の慢性病を抱える高齢者が増えたことで、病院よりも自宅の近くにいる医師による包括的なケアが求められている」と在宅医療へのニーズを説明する。「これからは病院中心の医学モデル(治癒医療)から生活モデル(地域包括ケア)への移行が進む。疾病の治癒が目的ではなく、QOLの向上を主眼に置く医療へと切り替える必要がある」と語る。
在宅医療の推進は「医療費の抑制」「患者の高齢化」という文脈で語られることが多い。遠矢氏によれば、従来の医学モデルでは解決できない問題にも在宅医療は対応できるという。
例えば、「認知症に対して医療ができることは少ない」といわれるが、在宅医療では初期集中支援によって効果の高いケアが可能になる。遠矢氏は講演の中で、「どこでも排尿するようになってしまい、またオムツを履かせても脱いでしまう」という認知症の初期症状がある患者に対して、訪問看護師がトイレの扉に「トイレ」と書いた紙を貼り付けることで問題を解決した事例を紹介した。通常の医学モデルでは投薬するか無理やりにでもオムツを履かせることになるが、この事例では「この患者が文字情報を正しく認識できる」ことを理解して、投薬ではなく生活支援ケアの一環の中で問題を解決した。地域包括ケアにおける1人ひとりのQOL向上につながる解決策といえるだろう。
医療費増大の歯止めの役割を担う薬剤師
ハザマ薬局を経営するファルメディコの狭間研至氏は「薬局が変われば地域医療が変わる」と題して「Polypharmacy(多剤大量処方)」や薬剤師の今後の役割に関する講演を行った。10年間外科医療に従事した後に薬局業に移った狭間氏は、1998年に医学と薬学とITとの融合を目指しファルメディコを創業した。ファルメディコでは「禁煙スターター」「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」「バイタルサインHD」「タッチde触診」など多数のiOS向けアプリを開発・提供している。
Polypharmacyとは「薬剤を多数服用することによる弊害」などを意味するネガティブワードだ。投薬数が増えれば薬剤による有害作用発生頻度が上がるため、長期的な治療においていかに投薬する薬の種類を抑えるかが重要となる。
狭間氏によると「医師と薬剤師では薬に対する考え方が違う。薬の効能から考える医師は足し算の投薬になるが、作用機序(※)から考える薬剤師は引き算の投薬が可能になる」という。
※ 薬物が生体に何らかの効果を及ぼす仕組みやメカニズムなどを意味する
狭間氏は「薬剤師の本来のスキルは、薬剤の服用により身体にどのような効果があるのかを見極めることであり、投薬指導や薬の説明は二義的な役割である」と説明する。ハザマ薬局では薬剤師が主体的に投薬に関わることで投薬量を減らし、1カ月当たり571万円もの薬剤コストを削減したという。また同氏は、こうした取り組みを日本全国に広げることで医療費増大の歯止めを図るべきだと提案した。
iPad導入で救急医療の現場を変えた佐賀県
佐賀県は2011年に県内の救急車全50台にiPadを導入した。佐賀県統括本部情報・業務改革課 主査の円城寺 雄介氏は「佐賀県IT救急医療から学んだ3つの変革」をテーマに、iPad導入後の成果を報告した。
救急車で病院へ搬送する際、従来は隊員が搬送される人の状況から受け入れ先の病院を電話で探していた。佐賀県では救急車にiPadを配備し、救急医療情報共有システムの情報を確認できるようにした。その結果、救急患者の搬送時間が34.3分から33.3分に短縮した。一刻を争う救急搬送時間を1分縮めたことは現場における大きな成果として、全国的にも大きな注目を集めている。
円城寺氏はiPad導入のもう1つの成果として、救急現場の実態が具体的な数値で可視化できたことを挙げる。救急隊員は搬送後に「どの病院に、どういう症状、どんな患者を搬送したか」をシステムに入力する。入力データは行政機関を含めた関係者間で共有でき、改善に向けた具体的な施策の策定にも役立てられているという。
搬送実績をデータ分析することで、従来は定性的にしか把握できなかった実態を明確にした。例えば、救急医療機関の立地が偏在しているという課題が分かったという。課題解決のため、佐賀県では導入を見送っていたドクターヘリの採用を決定した。当初は人口が少なく有効活用できないといわれていたが、「運航開始1年で300人以上の患者を従来の救急車では不可能な迅速さで搬送した」(円城寺氏)。また、外国人の搬送時のためにiPadの翻訳アプリを活用するなど、救急救命士による自発的な業務改善の動きにもつながっているという。
現在、佐賀県では民生委員にタブレット端末を配布して地域住民の見守りや認知症の早期発見に役立てるなど、救急医療での成果を行政全体に広げるべく取り組んでいる。
神戸医療イノベーションフォーラムでは、医療現場のIT活用に関する多くの報告があり、いずれも示唆的かつ有用なものであった。
iOSコンソーシアムとは
iOS搭載端末の新たな市場ニーズを活性化させ、より多様なサービスやソリューションを創出し、ユーザーと関連ベンダーを結ぶ環境構築を目的に設立。医療WGでは、医療現場におけるスマートデバイス利用で有用なソリューションを持った企業団体が参画。医療現場におけるiPadの有効・有用により医療の改善に役立つためのソリューションを提案する。Webサイトやセミナーなどのイベントを通じて情報を発信している。
- 近日開催のセミナー
「医療現場でもっと役立つiPadの活用方法 ~メディカルiOSフォーラム2015~」 2015年3月15日(日)11時~
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
「Excel至上主義」の終わらせ方 丸2日の手作業地獄から情シスと現場を救うには
-
2
取手市がVDIと決別した理由 更改費用「4倍超」を約1.7倍に圧縮
-
3
「Microsoft 365のセキュリティ運用」に関するアンケート
-
4
急増する「AIはこう言ってる」マン 判断を狂わせる「AI忖度」を防ぐには?
-
5
221人調査で分かった「情シス最大のストレス」は?
-
6
「Salesforceのテスト自動化ツール」に関するアンケート
-
7
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
8
IT製品の導入に関するアンケート「サーバ&ストレージ」編
-
9
「AI時代の統合基盤・エンタープライズAI管理」に関するアンケート
-
10
100億円の「Linux更新」を回避 みずほ銀行が選んだ“おきて破り”のRHEL延命策
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
年収2000万「クラウドセキュリティのプロ」になれる資格とは
-
2
セキュリティソフトをすり抜ける標的型攻撃メール、不審メールの見破り方とは?
-
3
Windows Updateの通信集中で回線が逼迫、ネットワーク刷新事例に学ぶ解決策
-
4
財務を戦略的組織へ進化させるAI活用術、4つの主要な障壁と解消方法
-
5
「NAS」「SAN」「DAS」は何が違う? いまさら聞けないストレージの基礎
-
6
“あのファイル転送”で暗躍するノーウェアランサム
-
7
標的型攻撃メールを見破るには? サンプル文面を例に傾向を解説
-
8
商用利用の安全性を確保し大量のコンテンツを高速で生成する、AI活用の秘訣
-
9
マンガで解説、1日で生成AI環境を構築できるワークショップの中身とは?
-
10
Dark AIが台頭する時代の新発想、「より高度なAIで対抗する」具体的方法とは?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー