「ヘルスソフトウェアカンファレンス」講演リポート
イベントで見た、ヘルスケアアプリへの高まる期待と開発の心得
スマートデバイスの普及とともに、医療・健康関連アプリの利用も広がりを見せている。医療に役立つアプリが増える一方で、2014年11月施行「医薬品医療機器等法」に伴う調整も必要になっている。
スマートフォンやタブレット、ウェアラブル端末などのスマートデバイスが普及している。その流れを受けて、これらのデバイスで利用する医療・健康関連のソフトウェア(アプリケーション)も増えてきた。また、2014年11月25日に施行された「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(医薬品医療機器等法)によって、医療用ソフトウェアが単体で流通可能となり、その一部が「医療機器プログラム」として規制対象となる。今後、医療・健康関連のソフトウェア市場に参入するベンダーが増え、同市場の拡大が予想される。
そうした中、「ヘルスソフトウェアカンファレンス」が2014年12月22日、東京大学で開催された。経済産業省と産業技術総合研究所が主催する同イベントでは、経済産業省の「ヘルスソフトウェア開発の基本的考え方」、ヘルスソフトウェア推進協議会(GHS)の「ヘルスソフトウェア開発ガイドライン」などの関連ガイドラインの概要説明、実際にヘルスケア関連ソフトウェアを開発する各社の事例紹介などが行われた。本稿では、3社の発表内容を紹介しつつ、医療・健康関連のソフトウェア開発における現状の課題を考察する【編集部】。
子育て支援アプリを提供するドコモ・ヘルスケアの取り組み
最初に登壇したのはドコモ・ヘルスケアの足立 真美代氏。NTTドコモとオムロンヘルスケアのジョイントベンチャー(共同企業体)として2012年に設立された同社は、ヘルスケアサービスの開発・提供と各種デバイスの販売を実施している。足立氏は「予防接種スケジューラー」「育ログ WM」の2種類の子育て支援アプリを紹介した。
煩雑なワクチン接種のスケジュール管理を支援する「予防接種スケジューラー」
予防接種スケジューラーは、ドコモ・ヘルスケアと特定非営利活動(NPO)法人「VPDを知って、子どもを守ろうの会」(以下、守ろうの会)の小児科医が開発したアプリ。VPDとは、「Vaccine Preventable Diseases」の略で「ワクチンで防げる病気」を意味する。守ろうの会では、VPDをキーワードに保護者や医療関係者、保育関係者などワクチンの予防接種に関わる人々に対して情報提供・啓発活動を行っている。
現在、0歳児のうちに10種類ほどのワクチンを複数回にわたって打つ必要があり、その接種は生後2カ月から始まる。接種間隔は一定期間空ける必要があるため接種スケジュールはタイトであり、乳幼児の体調不良などで予定通りに接種できないという不慮の事態も多い。また、里帰り出産や出産後の引越しなどで同一の病院で継続的に接種できないケースもある。ワクチン接種は保護者が主体的かつ意識的に管理する必要があるが、全てのワクチンを順調に接種するのは難しいのが現状だ。さらにワクチン接種については「接種しなくてもいい」という言説が一部流布していることもあり、保護者にワクチン接種のスケジュール管理の大変さが加わるとワクチンの接種率を下げる原因になりかねない。
予防接種スケジューラーは、煩雑なワクチン接種のスケジュール管理を支援するために開発されたiOS/Android端末で無償利用できるアプリだ。
予防接種スケジューラーでは、主に以下の機能を提供する。
- 接種できるワクチンの月別表示
- 接種履歴の記録
- ワクチン接種の予定日の記録、アラームの通知
- 接種間隔の自動チェック
- 複数の子どものデータ管理
このアプリの提供により、ワクチン接種のスケジュール管理のハードルを下げ、保護者が子どもにワクチンを確実に接種するよう後押ししたい考えだ(ワクチン接種の重要性については「VPDを知って、子どもを守ろうの会」のWebサイトを参照いただきたい)。
予防接種スケジューラーは2011年11月の配信開始から45万以上ダウンロードされており(2014年12月時点)、多くの小児科医が推奨するヘルスケアアプリである。
完成度の高いアプリであるが、改善してほしい点が2点ある。紹介資料のタイトルが「乳幼児ママと小児科医をつなぐアプリの紹介」と記載されており、子育てが母親の主管事項という前提になっていることだ。特に共働き世帯では、父親や祖父母も動かないとスケジュール通りの接種が難しいこともある。現在、同アプリのユーザーの99%が母親だということだが、残りの1%のユーザーの割合が増えることを願う。
また、風疹ワクチンなど出生前に両親が接種すべきワクチンを記録できるとより効果的だといえる。妊娠時点から出生後の接種スケジュールを可視化することで、父親など母親以外の保護者にもワクチン接種や通院の必要性を早期に認識してもらえる効果も期待できる。
簡単な育児記録入力で子どもの成長記録を実感できる「育ログ WM」
もう1つ、ドコモ・ヘルスケアが開発・提供しているのが「育ログ WM」(以下、育ログ)だ。育ログは、授乳やおむつ替え、睡眠など毎日の育児行為を記録するアプリ。iOS/Android端末向けに無償提供している。
育ログは画面内でシールをドラッグ&ドロップすることで、育児記録を直感的に入力できる点が特徴だ。また、記録した体温や授乳量などのグラフ表示、身長や体重などの成長曲線も表示できる。受診メモ機能によって体温や咳、鼻水、発疹などの症状をメモでき、医師や家族と情報を共有可能。記録したデータを保存するバックアップサービスも提供する。
育ログは2014年3月下旬の公開から約3万件ダウンロードされている(2014年12月時点)。足立氏によると「育ログの1日当たりのアクティブユーザー数は約4500人で、ユーザーは平均1日6回このアプリを立ち上げている」という。育ログによって、成長記録を家族で共有することで、子どもの成長を実感できるようになること請け合いである。
排便管理アプリ「ウンログ」
次に登壇したのは、ウンログの代表取締役CEO田口 敬氏。同社は排便管理アプリ「ウンログ」を提供している。
ウンログは、便の形状や色、大きさ、臭い、排便感、日時や場所などを記録することで排便を含む健康管理を支援するアプリだ。女性を中心に25万件のダウンロード数を誇る。アプリで記録することで「便秘がちなのかどうか」「(野菜不足で)色が悪いのかどうか」などの状態が把握でき、排便状況を可視化することによって「排便や健康に対する意識が高まる」(田口氏)という。
田口氏はアプリユーザーの95%が女性であると説明。「アプリ開発時はこれほど女性ユーザーに支持されるとは想像していなかった」と語るが、男性と比べて女性の方が便秘に悩んでいることが多いことを考慮すると、実際の便秘患者の比率を反映しているものと思われる。
ウンログでは、食事管理アプリとの連係や便の画像撮影による健康診断などを今後視野に入れているという。
医療機器プログラム分類の問題点も
こうした便の画像撮影による健康診断は大腸がんの早期発見に寄与するものと期待されるが、大腸がんの診断に用いられる場合は医療機器プログラム(医療用ソフトウェア)に分類され、法規制の対象となる可能性がある。ウンログのような個人開発者が立ち上げたアプリが医療用ソフトウェアに分類された場合、法対応へのマンパワーを捻出できないことも考えられる。その結果、たとえユーザーにどれほど支持されていても、大腸がんの早期発見につながる重要な機能が提供されないという結果を招く恐れもある。
例えば、2014年11月25日に改正された医薬品医療機器等法においては、医療機器プログラムに該当する例として、
1.医療機器で得られたデータ(画像を含む)を加工・処理し、診断又は治療に用いるための指標、画像、グラフなどを作成する
2.治療計画・方法の決定を支援するためのプログラム(シミュレーションを含む)
が挙げられている。
現状では食事管理アプリとの連係であれば、改正された医薬品医療機器等法においても医療ソフトウェアに該当しないとされているようだ。一方、「糖尿病患者の血糖値管理」などの特定疾病の管理を目的とする場合は、医療用ソフトウェアの対象となる可能性が考えられる。こうした健康管理アプリが「診断・治療」の領域まで機能を拡張したい場合、どうしていくべきかは今後検討が必要な論点だといえる。
このセッションを聴講して痛感したのは、医療用ソフトウェアに携わる関係者にはさらなる努力が求められるということだ。今回の医薬品医療機器等法改正に伴う実運用では、医療用ソフトウェアの該当基準や指針を分かりやすくまとめる必要がある。また、個々のケースを議論しつつ、アプリの安全性とユーザーベネフィット、医療業界の利便性も含んだ発展に寄与するものを開発する必要があるだろう。
PHRとEHRの円滑な連係を支援する「Welby」
最後に登壇したのが、ウェルビーの代表取締役 比木 武氏だ。「血圧ノート」などの医療支援アプリを開発・提供している同社では、開発に当たり医療用ソフトウェアとしての展開を当初から計画しているという。
中でも「Welby」は、米国を中心に進んでいるPHR(Personal Health Record)とEHR(Electrical Health Record)の円滑な連係(情報共有)を目的に開発したアプリだ。
Welbyでの連係は以下のフローを取る。
- 医師が患者にアプリを紹介する
- 患者が血糖値や食事内容などを入力する
- 入力データをグラフ化し、印刷。家族や医師と情報共有する
- 印刷データを診察時に患者が持参する
- 効果的な医師の診察、継続的な患者治療を実現する
上記のフローにある「印刷」について、「アプリ画面をそのまま見せるだけでは駄目なのか」と考える読者もいるだろう。あえて印刷をフローに含めた背景には医師の高齢化がある。スマートフォンの画面では小さすぎて情報が読みづらく、印刷することで一覧性を確保する医師が少なくないのだ。現状ではスマートデバイスだけで完結させるのは難しく、印刷というアナログ的な手順も医療現場で円滑に医療ソフトウェアを活用するには欠かせないようである。
診断支援を目的としたWelbyは、データのグラフ化や表形式出力などの機能を備えている。医療機関と患者が連携して利用する医療ソフトウェアの代表例だといえる。
前述した育ログやウンログと同様、Welbyもデータを記録して可視化することで患者自身が学び、自律することを支援するサービスだ。ウェルビーでは「Empower the Patients(患者に力を)」をミッションとし、「ログ(記録)」「学び(教育)」「コミュニケーション(応援)」を3本柱として事業を展開している。
医療の継続性と遷移の早いITとの問題点
同イベントに登壇した3社のアプリは、いずれもユーザーベネフィットの高いものであった。同時に、医療用ソフトウェア適用対象の線引きを考える上でも非常に示唆的であった。
3社のアプリ紹介後、司会進行を務める産業総合研究所の鎮西清行氏が「最近、母子健康手帳の電子化も話題になっている。しかし、母子健康手帳は20年間継続して使うものであり、長期にわたって継続的にメンテナンスできる保証があるかを考慮すべきだ。この点だけでも簡単にはいかないだろう」とコメントした。医療の継続性と遷移の早いITの組み合わせの問題点を指摘し、同イベントは終了した。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社キーエンス] なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは -
製品資料
[株式会社セールスフォース・ジャパン] 「CRMは設計と無関係」は本当か? PLMとの融合で実現する高速開発 -
事例
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] AIエージェントの時代にどう備える? 「新たな働き手」を支える3要素とは -
製品資料
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] “横並びの自動化”から脱却、AI活用で生産性と競争力を高める秘訣 -
製品資料
[サイボウズ株式会社] AIが「わざわざ使うツール」になっていない? 業務で自然に使う導線にする秘訣
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
法務と開発者で「言葉が通じない」問題 トヨタやソニーが語るOSS管理の真実
-
3
ChatGPTは“検索しまくり”でGeminiは“淡泊”? データが明かすAIの裏側
-
4
なぜ「Gemini 4 Argon」は出遅れたのか? Googleが狙う“逆転のシナリオ”
-
5
「中堅・中小企業のネットワーク・セキュリティ運用実態」に関するアンケート
-
6
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
7
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
8
情報漏えいはなぜ繰り返されるのか 今すぐ見直すべき「境界」
-
9
情シスの約8割が転職や退職を意識 調査で分かった“辞めたくなる最大の理由”
-
10
【漫画付き】ひとり情シス協会が明かす、RAG導入でしくじる企業「2つの共通点」
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
2
家庭用Wi-Fiルーターの業務利用は危険? 避けるべき理由と具体的な対策
-
3
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
-
4
財務部門がAIを最大限に活用する方法 無駄のない戦略的リーダーシップへの道
-
5
LLMが兵器化? 元FBI高官が鳴らす警鐘とセキュリティツール統合のポイント
-
6
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
7
なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは
-
8
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
9
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
10
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー