ERP成功のヒント【第2回】
経営者が納得するERP選定案の作り方
導入するERPを最終的に決定するのは経営者だ。では経営者が納得するERP選定案を策定するにはどうすればいいのか。コストを中心とした選定案の作り方を解説する。
前回「ERP選定でIT部門がリーダーシップを発揮するには」は、ERPの選定プロセスとIT部門の役割について説明した。今回は、経営者(または経営層)が納得するERP選定案を作成するためにIT部門が何をすべきかについて解説する。
ERP選定は経営者が決定する
ERPプロジェクトがERP選定案を策定すると、通常は、稟議(りんぎ)や取締役会決議といった形を経て会社としてERP選定が正式に決定される。ERPの導入は、投資が多額になることや全社に影響を与えることから、どのような形式を採るにしても経営者の決裁が必要になる。つまり、経営者が納得しない選定案は会社としてのERP選定にはならないということである。従って、IT部門は経営レベルの意思決定を意識して選定案を取りまとめる必要がある。
コスト中心の選定案評価
ERPの選定基準としては、システム要件への適合性が最も重視されるが、それ以外にコストや投資効果、ベンダーのサポート体制なども重要視される。前回説明したように、IT部門はさまざまな選定基準を総合して合理的な根拠を持ってERPの選定案を取りまとめる。
それに対して、実際上、経営者がコスト面をかなり重視してERP選定案を評価する場面がよくある。苦労して業務改革案やシステム要件などをまとめたにもかかわらず、経営者の口から出るのはコストに関する質問ばかりといった光景は少なくない。このような場合に、「経営者は数字にこだわって現場のことを見ていない」といった声がプロジェクトメンバーから出たりすることもある。
しかし、コストを重視すること自体は経営者としては当然のことである。なぜなら、経営者は株主や金融機関などに対して、会社の業績や財務状況に関して重大な責任を負っている。ERPの選定といった、多額の投資につながる意思決定に関してコストを重視した発言が多くなるのはやむを得ないといえよう。
IT部門は、ERP選定案の取りまとめ部署として、経営者がコストを重視する背景や、経営者がコストを通して選定案をどう評価しているかを理解しなければならない。
その上で、以下の2点に留意する必要がある。
- 選定案策定において経営者の判断に役立つコスト比較表を作成すること
- 経営者に対してコストを超えた価値を分かりやすく説明すること
以下、この2点について説明する。
コスト比較表作成のポイント
コスト比較を分かりやすく示すために、通常は、選定案の中でコスト比較表を作成する。コスト比較表は、選定対象となるERPごとのコストを集計して表形式にしたものである。経営者の判断に役立つコスト比較表を作成するポイントは以下の通りである。
(1)コスト比較はTCO(Total Cost of Ownership:総保有コスト)で行う
TCOとは、ERPの導入から運用、保守など保有期間にわたって必要となるコストの総額である。一般にコスト比較を行う際は、ソフトウェアの代価や導入コンサルティング料などの当初投資額に重点を置いて検討することが多い。しかし、経営者はERP導入が損益に与える中長期的な影響も考慮して投資判断を行うため、コスト比較表はランニングコストなど、ERPを維持・運用するために必要なコストを含めたTCOを集計して作成すべきである。
(2)コスト比較は時間軸に沿って作成する
コスト比較表をTCOベースで作成する以上、コスト比較表はERPを保有することが予想される期間にわたって時間軸に沿って作成するのが原則である。将来の各期間の損益に与える影響が分かりやすくなり、経営者は中長期経営計画への影響を予測しやすくなる。
(3)派生的に発生するコストは測定可能な項目に限定して集計する
コストを集計するに際しては、ERP導入によって派生的に発生するコストをすべて拾い上げて集計する必要はない。原則として、測定可能なものに限定すべきである。例えば、将来のERPバージョンアップに掛かるコストは、発生することは確実であるが、時期や金額は不明である。こういったコストはコスト比較表の欄外に概算額を注記すれば足りる。厳密にTCOを計算しようとして確実に測定できないコストまでコスト比較表に集計すると、コスト比較表自体の信頼性を低下させたり、場合によっては経営者の判断をミスリードしかねない。
(4)コストの発生時期を正しく反映させる
経営者は四半期ごとに投資家から評価される立場である。また、金融機関に対しては、半期ごとに決算説明をすることが多い。その意味で、コスト比較表を作成する際は「どの期間に発生するコストなのか?」といった確認が重要になる。特に、資産計上したソフトウェアにかかわる減価償却の開始時期や、次に説明するレガシーシステムの廃棄に関する損失の発生時期については、高度な会計判断が必要になる場合がある。従って経理部門と事前によく詰めておかなければならない。
(5)レガシーシステムの廃棄損失もコスト比較に含める
コスト比較表にはERP導入で発生するレガシーシステムの廃棄にかかわる損失も含める必要がある。レガシーシステムは既に支出済みの投資であり、その廃棄損失は埋没原価(サンクコスト、回収不可能な支出)として意思決定には関係しないという考え方もある。しかし、経営者は期間損益のボトムライン(最終利益)について責任を負う立場なので、こういった期間損益に影響を与える損失をコスト比較表に示すことで、経営者の判断を助けることになる。
(6)損益ベースの比較表とキャッシュベースの比較表を併記する
経営者は損益を重視する。それと同様に経営者はキャッシュフローも重視する。いずれも、経営者が会社を経営するために必要な情報であり、かつ、投資家や金融機関が会社の経営成績や財政状態を評価するために必要な情報だからである。従って、損益ベースのコスト比較表だけでなくキャッシュベースのコスト比較表も併記することが望ましい。少なくとも両者が混在した比較表は避けるべきである。
(7)コスト削減効果も明記する
ERP導入によって削減されるコストの予定額もコスト比較表の中に含める。それによって、当初の投資額が何年で回収可能かといった計算が可能となる。ただし、このコスト削減効果も(3)で説明した派生的なコストの見積もりと同様の理由で、測定可能な項目に限定すべきである。
(8)財政状態に与える影響も付記する
コスト比較表にはERPへの投資によって増減する固定資産計上額を付記する。また、ERP導入に必要な資金を金融機関から調達した場合は、負債の増加額や金利などの借入コストを付記する。それらは、どのERP製品を選定するかといった判断には直接的には影響しないが、財務分析の数値に影響を与えることから経営判断に有益な情報といえよう。
IT部門はコストを超えた所にある価値を語ろう
選定案で選定されたERPがほかのERPよりコスト比較の面で見劣りする場合がる。このような場合、いかに選定案が合理的であるかを経営層に説明し納得させなければならない。そのために、選定したERPが会社にもたらす新たな価値を経営者に理解してもらうことが重要となる。
新たな価値とは、
- 戦略実行の支援
- 競争力強化
- 経営課題の解決
- 意思決定スピードの向上
など、コスト比較では表せない測定不能なものである。
IT部門は、これらのコストを超えた価値を分かりやすく経営者に説明することが大切である。もちろん、ただ分かりやすく説明するだけでなく、その新たな価値が会社の成長にとっていかに重要であり、いかに必要不可欠であるかを、まさに論陣を張って経営者に主張し、経営者を納得させなければならない。これこそが、ERP選定案の取りまとめ部署としてのIT部門の重要な役割である。
IT部門は経営者の目線に立つべき
ERPの選定に限らず、重要な情報システム投資の決定については、絶えず経営者がその時々に考えていることを把握しながら進める必要がある。それは経営者の顔色をうかがいながら仕事をするといった次元の低い話ではなく、経営者と同じ目線に立って情報システム投資を評価するということである。
そのためには、IT部門のトップは、日ごろから経営者と密にコミュニケーションを取って、経営者の考えを肌で感じることが重要になる。そして、部門のミーティングで経営的な観点を交えてIT部門としての活動方針を伝えるなどの継続的な努力が必要となる。
そのような努力の積み重ねが、IT部門が戦略部門としての地位をより強固にしていくことにつながるのである。
次回は、ERP導入ベンダーの選定においてIT部門に期待される役割について説明する。
五島伸二(ごしましんじ)
アドバ・コンサルティング株式会社 代表取締役 公認会計士
監査法人トーマツにて会計監査、IPO支援、マネジメントコンサルティングに従事。トーマツ退所後は多数のシステム開発プロジェクトやERP導入プロジェクトに参画し基幹システム構築を行う。その後、上場会社の経理部長を経て、2010年3月にアドバ・コンサルティング株式会社を設立。それまでの経験を生かし、会計とITの専門家としてシステム開発や業務改善コンサルティングに取り組んでいる。
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