企業向けシステムを構築するパブリッククラウド【第7回】
豊富な仮想マシンイメージと低価格が魅力のIBMのパブリッククラウド
IBMが提供する3つのパブリッククラウドから、オンデマンド&セルフサービス型IaaSの魅力と課題を紹介する。IBMクオリティの豊富な仮想マシンイメージ、Amazon EC2と肩を並べる低価格なインスタンスが売りだ。
本連載ではパブリッククラウドを使った企業向けシステムの構築について解説してきた。今回からは趣向を変え、クラウドベンダーへの取材をベースに誌面を構成することとなった。取材に当たっては、主としてエンタープライズで利用するユーザーの観点からサービス内容について質疑応答をし、長所や短所をまとめていく計画だ。リニューアル第1弾は、日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)の「IBM Smart Business Cloud - Enterprise」(以下、SBCE)を取り上げる。
お知らせ(2013年10月31日20:19)
日本アイ・ビー・エムによると、本稿で紹介している「IBM SmarterCloud Enterprise+」は、2014年1月31日をもってサービスを終了します。
これまでの連載
IBMの3つのパブリッククラウド
指摘するまでもないが、IBMはIT業界に長年君臨する「王」である。事業内容はハードウェアの製造・販売からミドルウェアの供給、ビジネスコンサルティングまでと幅広い。その歴史の蓄積は、本連載で取り上げた巨大クラウドたち(Amazon Web Services(以下 AWS)、Google App Engine、Force.comなど)を悠々と一桁上回ってしまう。
そのIBMが「パブリッククラウド」という新たな時代の要請にどのように取り組んでいるのか、非常に興味があるところだが、実はIBMはSBCEを含め、既に3つのパブリッククラウドサービスを提供している。下記に概略を記す。
表1 IBMのパブリッククラウドサービス一覧(IBMの資料をベースに作成)
| サービス名 | 内容 | |
|---|---|---|
| (1) | IBM Smart Business Cloud - Enterprise | オンデマンドで、セルフサービス型の低コストなIaaS |
| (2) | IBM MCCS(IBMマネージド・クラウド・コンピューティング・サービス) | 運用・監視など、アウトソーシングサービスと組み合わせたIaaS |
| (3) | IBM CoD(IBM Computing on Demand) | HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)マシンのリソース提供サービス |
本稿で取り上げる(1)SBCEは、上記の中で最もシンプルなものである。
SBCEの概要
SBCEは、2009年11月にリリースされたIaaS型のサービスである。当初の名前は、「IBM Smart Business Development and Test on the IBM Cloud」という長いものだ。この時点では「パブリッククラウドのβ版」「ソフトウェアの開発・テスト向け」と位置付けられていたようで、IBM製のDBMS(Database Management System)、ミドルウェア、開発環境などが平易に利用可能になるという点が特徴だったとされる。
その後、サービスの追加・更改があり、名称も変更になった。初期の特徴は現在でも受け継がれているが、本番環境として使うための機能が拡充されたようだ。恐らく、同クラウド上でWebアプリケーションの開発を終えた後も、そのまま基盤ごと本番環境として使うユーザーも多かったのだろう。名称から「Development and Test」が外れ、より一般的な「Enterprise」へとシフトしていったものと推察される。
SBCEの特徴
前述のような出自であるので、IBM DB2(参考:IBM DB2最新バージョン、進化した4つの特徴)や、IBM WebSphere(参考:Javaの進化を先取る、最新Webアプリケーションサーバの新機能とは)、IBM Rational(参考:ソフトウェア開発が変わる。Rationalが変える)などの仮想マシンイメージがメニュー化されて準備されており、数クリックで利用可能になる点は非常に有益である。従来はこれらの環境のセットアップには、サーバ機を調達してから膨大なインストール作業や設定作業が必要だったが、本サービスを使えば数分で使えるようになる。何といってもIBM自身がセットアップした品質の高い環境が即座に得られるという点は秀逸だ。上手に活用すれば、アプリケーション開発プロジェクトは、今まで以上に本業(開発)に専念することができるだろう。
SBCEの用途としては、前述の「開発・テスト環境」以外に、Webを活用した「新ビジネス」での利用が多いと聞いた。例えば、大手企業の新事業分野やスタートアップ企業での利用だ。筆者は従来的な業務システムでの利用がメインではないかと推察していたのだが、この予想は大きく外れた格好だ。IBMの公開資料には、具体的な活用事例が掲載されているので、参考にするとよいだろう。
提供されるインスタンスは9種類
SBCEでは、9種類の仮想サーバ(以下、インスタンス)が提供される。下記の表を参照していただきたい。
表2 提供されるインスタンスのスペックとOSなど(出典:IBM)
32ビットと64ビットで、同じネーミング(コッパー~ゴールド)を採用しており、やや不便な気もするが、大きな問題ではない。上記のインスタンスは、1時間当たり10円(32ビットのコッパーで、OSはSUSE Linux Enterprise Server)から、209円(64ビットのプラチナで、OSはWindows Server)という価格帯で利用できる。これはオンデマンド型の利用方法での課金体系だが、「予約容量パッケージ」という事前予約型のスキームもある。これはあらかじめ64CPU分のリソース(物理筐体1個と想像される)を一定期間(6カ月か12カ月)予約するというものだ。CPU数の合計が64を超えなければインスタンスの組み合わせは自由である。基本料金が掛かる(6カ月契約で月額19万4250円、12カ月契約で月額13万6500円)が、時間単位の利用料金はオンデマンド型の半分~3分の2となる。
OSについては、Linux系であればユーザーが保有しているOSライセンスを持ち込むことも可能だ(残念ながらWindows系については持ち込めない)。
仮想ディスクについては、個々のインスタンスのローカル容量が足りなければ「永続的ストレージ」と呼ばれるものを追加できる。外付けの拡張HDDを想像すると分かりやすいが、サイズは大中小と3種類から選ぶことになる(それぞれ、256Gバイト、512Gバイトおよび2048Gバイト)。ただし、1個のインスタンスには1個の永続的ストレージしかアタッチできない。また、1個の永続的ストレージを複数のインスタンスで共有させることもできないようだ。
豊富なミドルウェアが選べるマシンイメージ
インスタンスを起動する際は、Web画面を通じて、「イメージ」と呼ばれるひな型の一覧(カタログ)から、希望するサービスコンポーネント(ミドルウェアなど)を選ぶ格好になる。カタログにはIBMが提供する「パブリック・カタログ」と、ユーザーが自前で設定したイメージを登録した「プライベート・カタログ」の2種類がある。
パブリック・カタログには、IBMの多種多様なミドルウェアや開発環境のイメージがラインアップされている。本稿でその全てを紹介することはできないが、IBMの公開資料(「IBM Smart Business Cloud - Enterpriseサービス 日本料金規定(日本円)」)に全貌が記載されているので参照されたい。サービスコンポーネントは有償のものと無償のものがある。例えば、Lotus Domino Enterprise Server(Red Hat、32ビット版)をコッパー(32ビット)上で動かす場合には1時間当たり17.4円が加算請求される。DB2はインスタンスやOSによらず無償。HadoopのMasterやDataNodeも加算料金なしで用意されている。
料金は円建て、請求書払い
パブリック・カタログからインスタンスを起動しようとする際には、設置先のデータセンターを選ぶことができる。データセンターは世界5カ所(米国2カ所、ドイツ、シンガポール、日本)にあり、全く同じ作業環境を、国境を越えて用意することも可能である。利用料金はデータセンターの場所に依存しない。国際展開されているにもかかわらず円で単価設定されているので、為替レートの影響を受けにくい。決済はクレジットカードではなく、IBMから請求書が発行される。
競合との比較
さて、SBCEをライバルと比較してみよう。類似する他社のサービスでいえば、Amazon EC2(Elastic Compute Cloud)や、IIJ GIOが近い。低価格なインスタンスを1時間単位で利用できる点やセルフサービスに重点が置かれている点ではEC2、エンタープライズ用途に特化している(個人での利用は認めていない)点や、人間系で個別の相談ができる点はGIOに似ている。
価格表レベルでの比較を行ってみよう。乱暴を承知の上で、SBCEとEC2のインスタンスの価格(1時間単位)を比べてみる。
比較の前提条件は以下の通りだ。
(1)SMCEの32ビット版コッパーと、EC2のスタンダードインスタンスのスモールを比較した
- いずれも32ビット、1コアのインスタンスで、コア(CPU)性能も近い
(2)OSはLinux(SUSE Linux Enterprise Server)とWindows Server、それぞれで価格を比べた
- OSのバージョンの違いは無視した
- いずれもオンデマンド型の料金を用いる
結果は以下の表の通りである。
表3 SBCEとAWSにおける、低スペックなインスタンスの料金比較
(※1)AWSはドルベースなので、為替レートについては1ドル79円と仮定した。原稿執筆時点(2012年2月初頭)の為替レートにクレジットカード会社の決済手数料を見込んだ。
(※2)AWSはリージョンごとに価格が異なる。今回は「東京リージョン」の価格を採用した。
両者伯仲という結果になったが、もう少し大きな差が出るかと思っていたので、筆者自身、少々驚いてしまった。SBCEとAWSではビジネスモデルが根本から異なるので、偶然というにはできすぎている気がする。
課題と今後の発展
最後に、あえてSBCEの課題を挙げてみたい。確認できた限りでは以下の通りである。
冗長構成は平易ではない
パブリック・カタログ上のマシンイメージは国境を越えて利用できるので、冗長構成が可能であるとされている。しかし、サーバを国外に起きたくないなどの理由を抱えたユーザーもいるだろう。また、ユーザーが自前で作成したひな型(プライベート・カタログ)は、他国のデータセンターにはコピーできない。このような場合、冗長構成を組もうとすると同一国内で複数のインスタンスを用意することになる。ここで次の点が問題になり得る。
- 日本国内のデータセンターは、1カ所である
- インスタンス起動のプロビジョニングに際し、物理筐体については何の指定もできない
つまり、日本国内で複数のインスタンスを用意したとしても、それらは物理的には同一のデータセンターの中にあり、しかも同じ物理筐体の上に存在してしまう可能性も否定できないのである。この点については改善を期待したい。
ファイアウォールやロードバランサーは、ミドルウェアで提供
公開資料にはファイアウォールやロードバランサーについて目立った記述がなかった。確認したところ、これらについてはミドルウェアのイメージが提供されているとのことだった。つまり、これを利用してインスタンスを立ち上げ、ファイアウォールやロードバランサーとして機能するよう設定することになるようだ。高機能で自由度が高いというメリットはありそうだが、セッティングや性能確保には相応の製品知識が必要であることは想像に難くない。
バックアップの仕組みも、自分で構築
バックアップは定型的な仕組みが提供されていないため、セルフサービスで実施することが必要だ。何らかの方法でオンプレミス側にデータを持ってくることが必要かもしれない。あるいは、全てSBCE上で実施するならば、大型のストレージを持つ別のインスタンスを立ち上げておき、バックアップ対象のインスタンスから、定期的にデータを吸い上げる仕組みを構築するなどの工夫が要るだろう。有償の運用サービスを追加依頼することは可能なようだが、定価表に記載されていないので、個別相談になると想像される。ストレージ系の新サービス(後述)に期待したい。
ストレージの容量制限
インスタンスのローカルストレージの容量と、永続ストレージの容量には上限があり、平易な増設は望めない。これも後述する新サービスでカバーされる可能性がある。
SLAの意味に注意
SLAは99.5%とされている。しかし、「ユーザーが利用中の個々のインスタンスについてのSLA」ではなく、「SBCE全体でのSLA」とのことであった。極論すると日本のデータセンターが全滅状態に陥っても、他国のデータセンターが正常である限り、「全体としては稼働中」と解釈され得る。ユーザーがIaaSを選定・調達する際にSLAはよく話題に上るが、SBCEのSLAは調達者の直感とは一致していない可能性があるので留意が必要だ。
ストレージ系の新サービスに期待する
取材と前後して、SBCEの価格表が改訂になった(2012年1月31日)。幾つかサービスが追加された中で、大きなものは「オブジェクト・ストレージ」だ。残念ながら日本でのリリースは数カ月先とのことで詳細は伺えなかったが、価格(1Gバイト、月間21円)から推察するに、Amazon Simple Storage Service(S3)に相当するサービスではないかと想像される。前述の課題のうちの幾つかは、この新しいストレージを利用することで改善される可能性が高いので、詳細なアナウンスを待ちたい。
以上、SBCEについて概観した。読者各位においてクラウド利用の選択肢が広がれば幸いである。なお、取材や資料調査には最大限の注意を払っているが、本稿の内容に事実と異なる点があれば筆者の責によるものであることをお断りしておく。
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