授業時間を3割短縮、「覚える」「解く」を授業内で徹底
iPadで授業を変えた学習塾、「板書時間」から「考える時間」へ
学習塾運営の俊英館は、iPadの導入で授業スタイルを急速に変化させている。iPad導入の経緯や具体的な導入効果について、同社担当者である小池幸司氏が明らかにする。
108台のiPadを授業で活用する、学習塾運営の俊英館。同社は生徒の考える力を育てるための教育力強化や授業の効率化のためにiPadを導入し、授業スタイルの変化などの具体的なメリットを得ているという。本稿は、2013年5月に開催された「第4回 教育ITソリューションEXPO」で講演した、俊英館のマーケティング部長である小池幸司氏の話をまとめた。小池氏は、情報システム管理者としてiPad導入を主導した。
「教育機関でのiPad導入」と聞くと、生徒がiPadを使う様子を思い浮かべる人が多いかもしれない。俊英館の場合はそうではなく、iPadを使うのは講師だ。講師がiPadに問題などの画面を表示。その内容をプロジェクターに投影したり、iPadに書き込んだ内容を即時にプロジェクターに反映したりして授業を進めている。
iPad導入の経緯:学習指導要領変更が導入を後押し
iPad導入のきっかけとなったのは、2010年7月に開催された「第1回教育ITソリューションEXPO」のセミナーや展示会場で、iPadの教育活用の可能性を実感したことだったと小池氏は語る。教育関係者の多くが足を止めていた展示会場のiPad関連ブースに立ち寄り、実際に触ってみて「これは使える」と判断。直後の2010年8月に、iPadの検証を開始した。
2011年春にあった小学校の学習指導要領の改定が、iPad導入を後押しした。新しい学習指導要領では、「PISA型学力」という、知識や経験の応用を中心とした学力が重視されるようになった。PISA型学力は、経済協力開発機構(OECD)が実施する国際的な学力調査「生徒の学習到達度調査(PISA)」で求められる学力を指す。
2010年12月にあった同社の企画会議では、PISA型学力を強化するための方向性を議論した。俊英館は、もともと公立の中高一貫校向けとして、PISA型学力を育成するコースがあった。そのコースではノートPCとプロジェクターを使った授業を進めており、「ノートPCの代わりにiPadを使えば授業が効率化できるのでは」と小池氏が提案。導入の機運が盛り上がり始めたという。
議論の結果を踏まえ、2011年1月の経営会議でiPad導入を正式に提案した。ノートPCと比べて操作性や携帯性が高いこと、従来であれば20万円近く掛かっていたシステムコストを半減できるといった点を経営陣が評価。2011年2月のテスト授業を経て、2011年春開講のコースからiPadを本格導入することになった。
iPad活用の現状:映像や画像で考える力を引き出す
俊英館は、iPadとスクリーンを利用して一斉授業を進めつつ、生徒1人ひとりに講師が適宜アドバイスをする授業スタイルを実現している(写真1)。
初めてiPadを本格導入したのが、2011年4月開講の小学校4、5年生向けコース「ひらめき脳育コースi」。生徒に解法を教えずにいきなり問題を解かせる「教えない授業」が特徴だ。「解法を聞いてから問題を解くのは勉強だが、いきなり目の前に出てきた問題を解くのはクイズ」。講師は適宜生徒に個別にヒントを出しながら授業を進めていく。
2012年3月にスタートした中学生向け理科/社会コース「Ei-Zo理社授業i」でもiPadを活用する。特徴は映像教材をふんだんに利用した授業スタイルだ。動画再生機能を持つビュワー「GoodReader for iPad」をiPadに導入し、プロジェクターに映像を投影する。映像内に講師が写っていない映像教材を利用するなど、映像教材を違和感なく授業に導入する工夫をした。「映像内に別の講師がいると、生徒が混乱してしまう」
2013年2月に開講した小学校5、6年生向けの「進学国語コース」では、新聞記事をベースにした朝日新聞社の教材「今解き教室」と、その内容を基にした電子教材を利用して授業を進める。電子教材は、朝日新聞社のサーバにアクセスしないと利用できない、電子書籍ビュワー「ActiBook」だけでしか利用できないといった制限を設けることで、「国語教材でハードルとなりがちな著作権の問題をクリアした」。
iPadの導入に当たって、特別なシステムを導入したわけではない。「使っているのは、App Storeなどで誰でも入手できるアプリケーション」。PDFを中心とした教材は、ファイル同期/共有サービス「Dropbox」を使って講師間で共有している。プロジェクターへの投影に利用するプレゼンテーションツールには、シンプルさと安定性を評価して「eProjector」を選択。不足している機能については、開発元であるマイクロテックと相談して追加してもらった上で導入した。
2012年末にはiPad miniを40台弱導入し、進学国語コースの開始と同時に授業への活用を開始した。併せて、端末とプロジェクターとの接続方法も変更。接続に利用していたケーブルを無線LAN接続に切り替えることで、講師はケーブルの制限なく教室中を歩きながら授業ができるようになったという。無線環境は、米Appleの無線LANルータ「AirMac Express」とセットトップボックス「Apple TV」で構築した。
セキュリティ対策としては、無線LANの接続時認証などを施している。現在は講師のみ、教室内のみという限定された環境でiPadを利用していることもあり、モバイルデバイス管理(MDM)などのセキュリティ製品は導入していない。
iPad導入の効果:塾でグループディスカッション――授業の形が変化
俊英館がiPad導入で得た効果は多岐にわたる。その1つが授業の効率化だ。特に理科や社会の一斉授業の場合、板書の量が多いのが一般的だ。さらに、生徒の理解を促すため話をする講師も多く、授業全体の時間が伸びる要因となっていた。「生徒がイメージを持ちやすくするためではあるが、効率性を考えるとデメリットだった」
iPadの導入で動画や画像を授業に盛り込んだ結果、板書や話す時間を短縮できた。例えばEi-Zo理社授業iは、従来のコースでは65分間かけていた理科/社会の授業を、内容を維持しつつ45分間に短縮したという。授業時間は約3割減ったものの、「今までは『書き写す』『聞く』にかけていた時間を、『覚える』『解く』といった作業に当てられるようになった」。
Ei-Zo理社授業iで利用する映像教材は、生徒がiPodを持参すれば、授業外でも無線LAN経由で閲覧可能にした。「特に授業を欠席した生徒や、途中から入塾してきた生徒に効率的に自習してもらうことができ、講師にも好評だった」と小池氏は語る。
板書や話す時間の削減で生まれた余裕が、授業の形も変えつつある。進学国語コースでは、開講から数カ月後、グループディスカッション形式の授業をする講師が現れ始めたという(写真2)。「10数年間、学習塾業界に身を置いているが、正規のコースでグループディスカッションをするのは初めて見た」
生徒同士の議論を授業に容易に持ち込めるようになったのも、iPad導入の効果だと小池氏は語る。授業中に、講師が生徒の解答内容を撮影してプロジェクターへ投影し、生徒同士で解答内容について議論してもらい、生徒たち自身で間違いを見つけるといったことも可能になったという。
iPad導入成功のポイント
教育現場へのiPad導入を成功させた俊英館。小池氏は、成功の秘訣として以下の3点を挙げる。
- トップの理解
- スモールスタート
- 人的ネットワーク
トップの理解:経営陣に効果を体感させる
第一に必要だと指摘するのは、組織のトップの理解だ。iPad本格導入に先立つ2010年6月、役員を中心にiPhoneを貸与していたことが、理解の醸成につながったと小池氏は振り返る。「経営陣は、外出先からiPhone経由で頻繁に連絡を取るなど、スマートデバイスを便利に利用していた経験があったことが大きい」
マーケティング部長兼システム管理者という小池氏自身が、経営会議で発言し、経営層に提案しやすい立場にいたことも大きかったという。「IT活用を進めたい人が最高情報責任者(CIO)のような権限を持つと導入がしやすくなる」。自治体や教育委員会など、外部組織の意向に左右されることが少ない学習塾であったこともスムーズなiPad導入に結びついたと考えられる。
スモールスタート:「1人1台」の呪縛から逃れるべし
初期の導入規模は小さい方がよいというのが、小池氏の考えだ。導入規模が大きくなれば、当然ながら端末の配備やアプリケーション導入などの環境整備に掛かるコストも増える。「『iPadを1人1台与えないといけない』という呪縛から逃れ、なるべくコストを掛けずにとにかくやってみることが大事」。現在は108台に及ぶiPadの導入も、2011年から1年ごとに徐々に増やしていった。
アプリケーションの購入や管理といった作業は小池氏など少数が担い、講師にはiPadの使い方の習得に専念してもらうようにもした。「いきなり複雑なことをやろうとしても、うまくいかない」といった考え方からだ。
人的ネットワーク:コラボレーションでコストを抑える
小池氏は、スマートデバイスを使った授業で不可欠な要素として、iPadをはじめとする「デバイス」、教材などの「コンテンツ」、コンテンツを生かすアプリケーションなどの「プラットフォーム」の3つを挙げる。ただし、1つの組織の力だけで3つ全てをそろえるのにはコストが掛かる。
そこで重要になるのが、「こうした要素を互いに融通し合うコラボレーション相手を見つけることだ」という。小池氏も、「『当社が持っているiPadを使って、一緒にプロジェクトをやりませんか』と、さまざまな企業や組織に声を掛けている」。
iPad導入に込めた思い:医療ITに触発、「大正時代から変わらない」教育を変える
「教育は本当にこのままでいいのかということを、医療の現状を見て突きつけられた気がした」――。小池氏は、2011年7月開催の「第2回教育ITソリューションEXPO」で講演した、神戸大学大学院医学研究科の杉本真樹氏の話に「衝撃を受けた」という。iPadを手術室に持ち込み、術前に撮像した臓器の立体画像を確認しながら外科手術をするなどの話を聞き、「ITの力で医療が進化している現状を目の当たりにした」。
一方の教育はどうか。「当然さまざまな工夫があり変化もしているが、一斉授業を中心とした根本的な部分は大正時代から変わっていない。ムーブメントを起こすには、自分から動かないといけないと考えた」。この気持ちが、教育現場へのiPad活用という小池氏の取り組みを後押しした。
小池氏の根底にあるのは、「iPad導入が、教育を変える鍵となる」という意識だ。当然ながら、iPad導入を目的化しているわけではない。「iPadの導入で、どういった授業をすればよいのか、どういった能力が必要になのかを講師が考えるきっかけになることが重要だ。iPadは、教育方法を再構築するきっかけになると信じている」
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