EdTechフロントランナー【番外編:葵編】
教育費の差を“学力格差”に変えない無料ネット学習塾「アオイゼミ」
「勉強が嫌い」「お金がない」――。さまざまな理由で学力向上の機会を逸している生徒を救いたい。そんな思いから生まれたオンライン学習塾が「アオイゼミ」だ。運営元の石井貴基CEOに話を聞いた。
多くの人が同じ時間に同じ内容を学ぶ。教員に質問したり、学習者同士で教え合ったりする。こうした学びの場は長年、教育機関の中にある教室だけが提供してきた価値だといっても過言ではない。こうした中、ITの力で教室をWebに再現しているサービスがあるのをご存じだろうか。それがオンライン学習塾の「アオイゼミ」だ。
通常は、教育機関や教員に役立つ製品/サービスを紹介しているEdTechフロントランナーだが、今回は番外編として、生徒向けサービスの有望株であるアオイゼミを取り上げる。アオイゼミを運営する葵のCEOである石井貴基氏に、起業の背景と、教育への並々ならぬ思いを語ってもらった。
アオイゼミとは:無料でライブ講義が受けられるオンライン塾
アオイゼミはWeb経由で講義映像を配信するオンライン学習塾だ。類似のサービスについては後述するが、中学校/高等学校生は全国に計約700万人もいるにもかかわらず、国内のEdTech業界では大学生や社会人向けの製品/サービスが多く、中高生をメインターゲットにしたものは意外に少ない。アオイゼミはその「“マス”を狙ったサービス」(石井氏)であり、学習指導要領に沿って設計した各教科の講義映像をライブ配信している。
ライブ配信する講義の種類は、中学講座5教科(英語、数学、理科、社会、国語)、高校講座2教科(英語、数学)。高校講座は2014年春に開講したばかりだ。アオイゼミは決まった時間割に沿って、平日月~木曜日の夜7時以降、リアルタイムに講義を配信している。ただし、中学講座の国語の講義はレギュラー講義ではなく、不定期配信のスポット講義として配信する。中学講座、高校講座ともに1つのライブ講義は45分。前半20分が「基本レベル」の内容、5分のインターバルを挟んで、後半20分が「応用レベル」の内容という構成だ。
アオイゼミの教材は独自開発であり、元大手予備校講師など経験を積んだ専属スタッフが、入試問題や各種テスト問題などを分析して練り上げている。教材は、アオイゼミのWebサイトからPDF形式でダウンロードすることも可能だ。アオイゼミでは、この教材をシャープの70インチ電子黒板「BIG PAD」で表示してライブ講義を進める(写真)。ライブ講義を一度見ると分かるが、講師の電子黒板活用テクニックは、教員にとって大いに参考になるはずだ。社会人であっても、ユーザー登録すればライブ講義を視聴できる。
ライブ講義は無料、動画は有料の“フリーミアム”
ライブ講義の視聴には、Windows端末やMacの場合はWebブラウザを利用。アオイゼミの公式サイトの他、映像配信サービス「Ustream」でも視聴できる。iPhone/iPod touchやAndroidスマートフォンといったスマートデバイス向けには、専用のクライアントアプリを用意する。受講料は全て無料だ。一方、過去に配信した講義もアーカイブ動画として提供しており、その閲覧に課金する「フリーミアム」モデルを採用している。ただし高校講座は開講直後ということもあり、当面はアーカイブ動画を含めた全ての講義を無料で提供するという。
中学講座の料金プランの一例を示そう(料金は全て税別)。スマートデバイスのクライアントアプリ経由の利用に限ってアーカイブ動画が見放題になる「スマホ見放題プラン」が月額900円。スマートデバイスに加えてWindows端末やMacでもアーカイブ動画が見放題で、かつテキストもダウンロードし放題のプランも用意。これは教科単位の契約で、全教科(スポット講義のみの国語を除いた4教科)を契約すると月額最大5000円だ。
「月謝数万円が当たり前な一般的な学習塾よりも圧倒的に低価格で、かつ品質も遜色ない講義が全国どこでも受けられる」と、石井氏は胸を張る。
競合との違い:「勉強が嫌い」な人を前提にしたサービスデザイン
実は、石井氏がアオイゼミを「マスを狙ったサービス」だと言い切るゆえんはもう1つある。「『人間は根本的にやる気が無い』ことを前提にデザインした」という、アオイゼミの設計思想を具現化した「タイムライン」の存在だ。
教育はともすると、学習者には基本的に学習意欲があるといった“性善説”的なアプローチに偏りがちである。こうした性善説を否定するアオイゼミは、教育業界の中でも異端だといえる。確かに、放っておいても勉強ができる人はごく少数派だ。「やる気の無い学習者に、いかに続けてもらうかを本気で考えた」という石井氏は、ある要素をアオイゼミのライブ講義に盛り込んだ。それがタイムラインである。
アオイゼミのライブ講義では、映像と一緒に「Twitter」のようなソーシャルツールでおなじみのタイムラインを表示する(画面1)。タイムラインには、受講生や講師陣だけが見たり投稿したりできる。ライブ講義開始時の受講生から講師へのあいさつに始まり、講義内容や講師が出題する問題に対して「できた!」「わかんない~」といったコメント付きのスタンプで反応したり、講師への質問などを受講生や講師が頻繁にタイムラインへ書き込んでいく。学校と同様に、講師と受講生との間にインタラクティブなやりとりがあるのだ。
タイムラインでは、早く解けた受講生が他の受講生へヒントを出すといった、受講生同士のやりとりも頻繁に見られる。その様子はさながら「ちょっと騒がしい教室」だ。ただし、学校の授業とは異なり、いくら発言をしても講義の進行の妨げにはならない。こうした気軽さのためか、日々多くの受講生が気軽にタイムラインで発言している。
「講義にコミュニケーション」はタブーではない
学習サービスにコミュニケーション要素が入り込むことは、むしろ「禁忌だ」と考える人も多いだろう。講義よりもタイムラインに夢中になってしまっては本末転倒だからだ。だが石井氏は、タイムラインが学びの妨げになるとは考えていない。むしろ「友達がいるから、頑張れる。受講生にそうした考えを持って集ってもらうことの方が重要だ」と断言する。
石井氏のこの考え方は、eラーニングが抱える課題をそのまま反映している。eラーニングは受講生にとって、教材がWebで手に入り、好きなときに好きな場所で学べるメリットがある。一方、受講者の「孤独感」や「継続へのモチベーション」にどう対処するかが、しばしば課題として挙げられる。
アオイゼミでは「一緒に学ぶ人」が常に居て、その存在がタイムラインという形で可視化されている。また、質問を投稿するとライブ講義で講師が取り上げてくれることもあり、ちょうどラジオ番組で投稿したハガキが読まれるような、「承認欲求」にも似た感情を満たしてくれるのだ。こうしたインタラクティブ要素も相まって、「具体的な数字は出せないが、受講者の継続率は非常に高い」と石井氏はほおを緩める。
タイムラインは、以前はライブ講義中だけしか使えなかった。だが「ライブ講義以外でもコミュニケーションを取りたい」という多数の受講者の要望に応える形で、2014年1月にライブ講義以外でも利用できるタイムラインを新たに実装した。これはホームルームのような雰囲気で、受講者同士が趣味の話などで盛り上がったり、ライブ講義を終えた講師がユーザーとのコミュニケーションを取る場となっている。
CEOである石井氏もしばしばタイムラインを訪問するという(画面2)。これはユーザーとの交流に加え、コミュニティーのリスクでもある「個人情報の交換」といった不適切行為をチェックする意味もあるという。「タイムラインでの連絡先の交換などは固く禁じている。管理者の目が届く範囲で、Webでのコミュニケーションやマナーを学んでもらいたいと考えている」(石井氏)。CEOがユーザーの”生徒指導”的な役割もこなしているというわけだ。
前述の通り、アオイゼミには社会人も登録することが可能だが、このライブ講義以外のタイムラインに参加できるのは講師陣と中学・高校生ユーザーだけだ。
アオイゼミと同様に、Webで動画の講義を受けられるサービスは他にも多数ある。昨今話題になっている大規模公開オンライン講座(MOOC)や米Appleの講義・教材配信サービス「iTunes U」では、無料で大学などの講義を配信しているし、リアルタイム講義は動画学習サービス「schoo WEB-campus」でも提供している。アオイゼミは、タイムラインを始めとするリアルタイムコミュニケーションに注力することで、こうした競合サービスとの差異化に成功している。
アオイゼミのメリット:豊富な講義動画が大きな資産、モバイルでの利用も快適に
アオイゼミ最大の強みは何といっても、日々の講義を積み重ねた結果、多数のアーカイブ動画や教材の資産を自前で持てていることだといえるだろう。こうした豊富な資産を生かすべく、石井氏はさまざまな工夫を凝らしている。
その1つが、石井氏がアオイゼミの大きな強みとして訴求する“スマホ特化型”の開発体制の構築だ。前述の通りiPhone/iPad touchとAndroid端末向けアプリを既に提供しており、それぞれ専任のエンジニアがデザインやユーザーインタフェース(UI)/ユーザーエクスペリエンス(UX)を含めて作り込んでいる。石井氏は「スマートデバイスで本格的に勉強する時代に向けた最適化はまだまだ足りていない」と謙遜する。だがアオイゼミの細部を見ると、スマートデバイスを学びのプラットフォームとしてストレス無く活用してもらうための腐心の跡が垣間見える。
その一例が動画のビットレートだ。筆者は以前、あるイベントで40台の端末を使ってアオイゼミの講義の一斉視聴を試みたことがあるが、モバイルネットワーク経由でも動画の再生が止まった端末は1台も無かった。これは「3G回線でも問題なく視聴できるよう調整している」(石井氏)というチューニングの成果だろう。3G回線での視聴が可能であれば、LTE回線での通信機能を持たない古めのスマートデバイスでも利用でき、より多くのユーザーが自分の端末で学習できる環境を手にすることができる。
他の動画配信サイトでは90分の大学講義をフル配信しているものも多いが、それに対してアオイゼミは45分の講義時間を前後編に分けているのもポイントだといえる。スマートデバイスで長時間の動画を見るのはそれなりの負担になり得るが、前後編共に約20分の動画でインターバルが入れば、集中力も持続させやすい。このあたりの工夫も「ちょうどよいバランス」を狙っているといえるだろう。
その他、自身の学習の成果を集約する「スタディグラフ」という機能も、アオイゼミの便利な機能の1つだ(画面3)。アオイゼミのライブ講義やアーカイブ動画を視聴すると、自動的に学習時間としてカウントし、これまでの学習量を可視化できる。可能な限りアーカイブ動画ではなく、ライブ講義を受けたいというモチベーションを生むのに効果を発揮しているという。
2014年春に高校講座を開講したことにより、「中学生による高校授業の先取り」や「高校生による中学授業の学び直し」と言ったメリットも新たに提供できるようになった。スマートデバイス用アプリは中学講座・高校講座で同一であり、こうした「垣根を越えた学習」が容易にできるのも強みの1つだ。今後、高校講座のライブ講義やアーカイブ動画、教材が充実してくれば、大学生が高校の授業内容を復習するといった「リメディアル教育」にも貢献するだろう。
今後の展開:多教科展開、保護者の参画、そして世界へ
さらなるユーザー層拡大のために、アオイゼミは受講者の「学習ログ」を保護者が閲覧できる「保護者向けアプリ」の開発にも取り組んでいるという。保護者に我が子の学びの状況を把握してもらい、学びの動機付けにも生かしてもらうという考えだ。また、受講者向けアプリのiPad版も現在開発中だという。
現状では英語と数学のみとなっている高校講座の科目拡大にも、石井氏は意欲を示す。英語と数学では既に大学入試センター試験対策の講座も開講しており、最終的にセンター試験の全科目をカバーできるようになれば“スマホでセンター試験対策”も不可能ではなくなるだろう。
海外展開もにらむ。石井氏は多くを語らなかったが、アオイゼミが海外展開することのメリットはかなり大きいと思われる。例えば海外にいる日本人学生に、学習指導要領に準拠した講義動画や教材を提供できれば、学習内容の相違による帰国時のインパクト吸収に貢献するだろう。外国人が日本の大学に留学する前の事前学習にも活用できるかもしれない。
目指すのは、教育格差の是正
「塾と同等の高品質の講義を、圧倒的な低価格で提供する。しかも、全国どこでも」。石井氏がアオイゼミに込めたこの思いには、石井氏自身の経験が色濃く反映されている。
石井氏は前職で、生命保険会社のライフプランナーを務めていたという。ライフプランナーの業務を進める中、石井氏は地方における家計の実態を目の当たりにした。「家計のさまざまな費目が圧縮されていく中で、教育費だけは年々上昇していた」(石井氏)
文部科学省の委託でお茶の水女子大学が実施した調査によれば、家庭の年収と子どもの学力には明確な相関関係が見られたという。調査結果は、その“格差”は「学習時間の確保」で是正できるとも報告していたが、都会と比べて選択肢が少ない地方では、良質な学びの環境の確保にも限界がある。
「年収」と「地域」の格差を、インターネットの力で解決できないか――。それが上京し、葵を起業するきっかけだったという。「とにかく教育費の負担を下げたかった。その上で、既存のeラーニングができなかった”継続性の壁”を突破し、インターネットならではの勉強方法を提供したかった」と、石井氏は当時を振り返る。こうした勉強方法の提供を、あくまで民間企業として実現することにこだわったのも起業の背景にある。学校や自治体といった既存の枠組みの中で大きな改革を起こすのは難しいと判断し、最初から「自宅にいる時間」にターゲットを絞ったのだという。
石井氏のこうした思いでスタートしたアオイゼミは、中高生へのスマートデバイスの急速な普及も相まって順調に会員数を伸ばし、かつユーザーの定着も進んでいる。「あくまでユーザー申告」と石井氏は断りつつ、「ユーザーの96%で成績が向上した」という。こうした実績をてこに、「まずは早期に30万会員の獲得を目指す」と石井氏は意気込む。
さまざまな発展の方向性を検討しているアオイゼミ。「これからも、もっと勉強したくなるような仕掛け作りをしていきたい」と、石井氏はさらなる展開を模索する。
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