徹底解説:グローバル企業が目指すべき人材戦略【前編】
優秀な外国人社員がすぐに辞める――人材戦略の何が問題か
日本企業の海外進出が続く中、課題になっているのが人材戦略だ。進出先での優秀な人材の確保や、国内人材の育成、人事システムの整備など悩みは多い。グローバル企業が考えるべき次世代の人材戦略を説明する。
日本企業のグローバル化の現状
PwCは、世界のCEOのビジョンおよび意思決定についての分析・考察を「世界CEO意識調査」として毎年ダボス会議で公表している。2014年の発表(調査は2013年第4四半期)では、企業活動のさまざまな分野について、それぞれがどのような段階にあるのかを検証した。必要な変革について、「変化のための計画を実現する具体策を持っている」あるいは「進行中もしくは完了した」と回答したCEOの割合について、日本と世界全体の傾向を比較したものが図表1である。
本稿のテーマでもある人材戦略については、日本のCEOの42%が「変化のための戦略を策定中」を選択しているが、具体策を持っているか、あるいは実行に移しているかといった点では、世界全体に比べて遅れていることが分かる。この結果は、日本企業のグローバル化の現在地点を如実に表している。
アジアで拡大する需要を取り込むためには、人材やITよりも、まずは販売チャネルや生産力の強化を重視する傾向が日本企業にはある。一方、欧米のCEOは、人材確保に関する懸念の方が大きい。グローバル化が進み、イノベーションの速度が高まる中、組織マネジメントを進める上で適切な人材の確保が難しくなってきたため(人材のミスマッチともいえる)、人材戦略に多くの投資を割くようになっているのだ。つまり、日本企業では人材戦略に対して一定の課題認識はあるものの、まだまだ具体的な施策が施されていない状態にある。それはなぜなのか? 以降でひも解こう。
グローバル化に伴う人材戦略の課題
グローバル人材マネジメントの課題としてはさまざまな声がある。例えば、アジアの現地法人からはこんな悩みの声が届いてくる。「優秀な人材を採用できない」「優秀な人材を採用してもすぐにジョブホッピングして辞めてしまう」「手を掛けて育ててきた若手現地社員がマネジャー昇進を前に突然辞めてしまった」「すぐ辞めてしまう人材を育成する意味がない」などである。欧米にはまた別の悩みがある。「現地人幹部の報酬が日本に比べて高すぎる」「現地人幹部に対してキャリアパスを提示できない」「仕事が自分流で本社が期待するオペレーションを守ってくれない」といった悩みだ。
しかし、こうした課題は日本企業の海外ビジネスの現場で日本人駐在員や現地社員が直面している短期的な課題でしかない。なぜ日本企業は具体的な施策を打てないのだろうか。実は、本質的な原因は日本の本社に潜んでいる。
日本企業の海外の人材マネジメントにおいては、数年前までは人事制度の構築が主な課題であった。しかし現在は、将来のビジネスリーダーやマネジャーの選抜、育成、登用といったタレントマネジメントに重点がシフトしている。このシフトは結果的に、2つの側面で本社の海外への関わり方に大きな影響を与えている。
1つは、人事制度だけならば人事部だけで推進できたものの、タレントマネジメントを実現するためには、事業ニーズとの整合性を図るために事業部や経営企画、海外現地法人など人事部以外の有力な関係者の巻き込みが重要となった点だ。もう1つは全体最適についての課題だ。人事制度であれば報酬水準や雇用法制など各国で違いがあるため、それぞれ個別最適で制度を策定しても大きな問題にはならなかった。だが、タレントマネジメントは自社の方針に従って、域内あるいはグローバルでの整合性に配慮しなければならないため、全体最適が求められる。つまり、社内調整の複雑性が飛躍的に増し、本社人事部がグローバル施策の推進役として機能しきれなくなっている問題が垣間見える。
さらに輪を掛けて課題を複雑にしているのが、日本の人事制度の特殊性の問題である。人材データベースやタレントマネジメントシステムをグローバルで導入しようとして、頓挫するケースがよくある。日本の人事制度の特殊性を反映しようとするとグローバルの整合性が保てなくなるからだ。また本社を巻き込んだ途端に意思決定が遅れて、問題解決がなかなか進まないことも多い。海外の現場はもどかしい思いをする。いっそのこと日本を除いてしまえば海外でのニーズは満たされるし、整合性を維持できる。だったら日本は対象から外してしまえ、という「日本外し」が結果的に起き始めている。
特殊だからという理由で日本の人事制度を特別扱いしてグローバル化が達成できるのであろうか。本社の強権を発動して日本の特殊性に海外をむりやり適応させるべきなのか。日本の特殊性を軽減して本社から海外へ歩み寄るべきなのか。日本が歩み寄るにしても、日本企業としてどうしても譲れないアイデンティティー、価値観があるのではないか。海外に対して本社の方針を発信するためには、こうした質問に答える形で日本の特殊性をどう位置付けるかの判断が求められている。この判断ができないと、意思決定のスピードが遅れ、施策は進まず、ビジネスのグローバル化と人材のグローバル化がますます乖離して、取り返しのつかない機能不全を起こす。
人材戦略の基本的な考え方
人材戦略は多岐にわたる領域を含むが、その戦略を効果的に体系化するためのコツがある。人材戦略の目的を一言で簡潔に述べるならば、「将来の事業ニーズを満たす人材を継続的に輩出する仕組みを運営すること」だと筆者は考えている。その目的を達成するために必要となる人材戦略の4つの視点を図表2に示す。
事業ニーズを満たすためには、職務要件を明確化しないといけない(図表2の「組織と役割のマネジメント」)。職務要件(需要サイド)が、その職務を遂行する人材(供給サイド)の要件として翻訳され、その要件を満たす人材を外部採用または内部育成によって確保する仕組みが整えられる(「能力と人材のマネジメント」)。その需給マッチングが成功したかどうかの検証は、人材が職務の期待役割を遂行し成果を発揮できたかどうかに委ねられるため、業績管理プログラムを導入してモニタリング・フィードバック機能を働かせる(「業績と処遇のマネジメント」)。この3つの視点で人材戦略のマネジメントサイクルを回すことはできるものの、グローバル人材マネジメントにはもう1つの観点が足りない。それが 「価値観と組織風土のマネジメント」だ。
自社独自のエッセンスを加えて他社との差別化を図るためには、人材戦略のフィロソフィーとして、企業の価値観をグローバル展開することが重要だ。国籍や文化は違えども、同じ価値観を持った人材から経営幹部を選び出すことで一貫性を図る。さらに、個々の意識を高めることによって、組織風土、ひいては社員のエンゲージメントを確立することによって、グローバル企業としてのアイデンティティーを守ることが可能になるのだ。
人材戦略の4つの視点の詳細
組織と役割のマネジメント
グローバル本社機能
組織構造・期待役割
ガバナンスストラクチャ
ジョブグレーディング
能力と人材のマネジメント
要員計画・採用戦略
選抜型育成プログラム
モビリティ・キャリアパス
タレント管理システム
業績と処遇のマネジメント
標準化したKPI設定
業績評価制度
役員報酬制度
人事スコアカード
価値観と組織風土のマネジメント
企業理念・価値観の浸透
成果志向組織への風土改革
チェンジ・マネジメント
エンゲージメント
ほとんどの日本企業はグローバル化に際して何をすべきなのか、“お品書き”についてはアイデアを持っている。しかし、上述の通り、施策を進める上で巻き込む関係者の増加、全体最適を図るための合意形成の複雑性、海外法人との薄いパイプといった旧来の人事部が対応したことがない課題の出現に加えて、日本の特殊性という根本的な要因によってさらに問題が複雑化された結果、本社が思うように施策を展開できない悪循環に陥っているのが、多くの日本企業の現状である。
上述のような課題に対して、具体的にどのようなアプローチが取られているのか。次回は、日本企業の中でも先駆的に問題解決の一歩を踏み出している事例を紹介しながら、いかに日本企業ならではのボトルネックを克服すべきか、その糸口を探る。
佐々木 亮輔(ささきりょうすけ)
プライスウォーターハウスクーパース株式会社 コンサルティング部門 人事・チェンジマネジメント ディレクター
過去15年以上にわたり日本企業のグローバル化をテーマとしたコンサルティングに従事。シンガポールとニューヨークでの駐在経験があり、日本だけでなく、アジアと欧米のベストプラクティスにも精通。グローバルリーダー研修の講師や日本人駐在員のコーチとしても活躍。日本と海外の双方の観点から本社のあるべき施策を提言する。
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