EdTechフロントランナー【forEst編】
“重い参考書”にさよなら 類題も自動で見つけるデジタル参考書「ATLS」
市販の参考書を電子化し、類題の自動検索機能も備えたデジタル参考書サービスが、forEstの「ATLS」だ。高校生向けサービスでありながら、教育機関にも役立つ機能を備えたATLS。その可能性に迫る。
受験生が勉強に費やす時間は、年間2000~3000時間程度――。複数の大手予備校の調査を総合して見えた、受験生の勉強時間の実態だ。勉強時間のうち50%超を占めるといわれるのが、学校が課す宿題をこなしたり、自身の弱点を補ったりするための家庭学習である。この家庭学習をITの力でもっと効率化できないか――。そんな思いから生まれた学習サービスが、forEst(東京都渋谷区)のデジタル参考書「ATLS(アトラス)」だ。
2014年12月の正式提供に向けて、最終調整が急ピッチで進むATLS。学習者向けサービスとして生まれたATLSだが、その可能性に目を付け、試験導入を進める教育機関もあるという。forEstのCEOである後藤 匠氏に、ATLSと同社の教育へのビジョンを聞いた。
ATLSとは:デジタルの利点を最大限生かした「おせっかいな参考書」
ATLSは、タブレットを保有している高校生という限定的な層をターゲットにした「デジタル参考書」サービスだ(画面1)。Webサービスであり、タブレットのOSは選ばない。クライアントPCやスマートフォンでも利用可能だが、ユーザーインタフェース(UI)はタブレットに最適化されている。
生徒は、forEstのオンラインショップでATLS専用のデジタル参考書を購入して学習する(画面2)。このデジタル参考書は、出版社が発行する紙の参考書を、同社が許可を得てデジタル化したものだ。価格はオリジナルの参考書と同程度か、少し安く設定。この独自のデジタル教科書が、ATLSに大きな付加価値をもたらしている。
ATLSの主要な機能を以下に示す。
- 設問1問ごとに「問題を解く」ボタンを実装しており、これを押すと画面内に設問と解答所要時間を記録するタイマーなどを表示する
- ユーザーは画面に表示されている問題を見ながら、紙を使って設問を解く
- 解き終わったら画面の「解答を見る」ボタンを押すと、解答や解説を表示する。ユーザーは正解だったか不正解だったかを「○」「×」のボタンを押して記録する
- 間違えた場合はその問題の類題を提示(詳細は後述)。解いてから1週間程度すると「もう一度、前に間違えた問題にチャレンジしないか」とATLSが提案する
- こうした学習履歴を最大限活用し、学習者個々に合った学びが提供される
学習者がタブレットを使うのは、「問題の表示」と「その正誤や所要時間の記録」のときだけだ。問題を解くときはノートや紙を使うので、学習のスタイルは今までと何ら変わらない。このため、IT活用に対する心理的なハードルを低く抑えることができる。「教育分野では、学び方のスタイルを変えるのは心理的な“スイッチングコスト”が高いといわれる。これを最小化することにこだわった」と後藤氏は説明する。
ATLSの特徴:類題の自動提案 学習の“非効率”を解消
学習内容の定着に役立つのが、一度間違えた問題の解法を理解した上で、その問題と同じ要素を含む類題を多くこなすことだ。だが紙ベースでの学習では、どのような問題を解いたかといった学習履歴を逐一管理するのは骨が折れる。類題の候補となる問題を見つけても、元の問題と同じ要素が十分にあるのかどうかは、実際に解いてみないと分からないことも多い。結果として、類題探しに時間がかかってしまう。
こうした課題を解決するのが、ATLSが持つ類題提示機能である。この機能は、forEstが参考書を電子化する際に付加する「タグ」を使用して実現している。ATLSでは、学習者が間違えた問題に付加されているタグと、他の設問に付加されているタグを比較。一致度が高い問題を類題としてユーザーに提案する(画面3)。
ユーザーが複数のデジタル参考書を保有していれば、その全てのデジタル参考書から類題をくし刺し検索する。例えば、学習者が問題集Aの問題を間違えると、問題集Bにある同様のタグが付加された設問に挑戦するよう促す。大学受験を目指す生徒の多くが経験する、日常の家庭学習に潜む“非効率”を解消するための機能だいえる。
ATLSが持つこうした学習の仕組みは特に理系科目に生きることを踏まえ、「正式提供後は、まず数学、物理、化学の3教科からスタートし、今後教科を拡大していく」(後藤氏)考えだ。
ATLSのメリット:生徒の学習履歴を収集 指導の参考に
forEstが想定するATLSの主要ユーザーは生徒だが、教育機関や教員がATLSの導入で得られるメリットは大きい。
ATLSでは、ユーザーの成績や学習時間、学習履歴、参考書の購買履歴などを、個人情報と切り離した上で匿名化した統計データとして集計している。「どの章のどの問題がよく利用されているか」「生徒がつまずきがちな設問や章はどこか」「どのような志望校・成績の学生が、いつごろ購入しているか」といった、紙ベースの問題集や参考書では得にくい情報も手に取るように分かるのだ。
学校や教室単位でATLSを導入し、教員が上記のような情報を生かせば、授業や課題の出題、生徒指導を進める上で多いに参考になる。実際、米Appleのタブレット「iPad」を学習者に1人1台導入している近畿大学附属高等学校は、ATLSを2年生の6クラス、約250人を対象に試験導入しており、「教員、生徒双方からの手応えを得ている」(後藤氏)という。
一方の生徒にとっては、上述の通り学習の効率化という明確なメリットがある。さらに、参考書を常にタブレットに入れて持ち運ぶことができるので、荷物が減るだけでなく、参考書を持ち忘れる心配もない。Webサービスなので、どの端末からでも同じ参考書、学習履歴を参照できることも魅力だ。
出版社にも恩恵
ATLS用に問題集や参考書を提供する出版社にとっても、貴重なマーケティングデータが得られるというメリットがある。出版社は、参考書の内容や構成の見直しに、ALTSが提供する統計データを生かすことができる。紙の参考書からデジタル参考書への変換作業はforEstが担当するので、出版社側の作業負担も少ない。
forEstにとっては、学習者へのデジタル参考書の販売が収益源となる。ALTSそのものは無料で提供し、ユーザーの裾野拡大を目指す。デジタル参考書への課金にはWebマネーの利用を想定している。小中校生など、クレジットカードを持てない学習者が個人でも利用しやすくするためだ。
競合との違い:「デジタル参考書」という新市場を開拓
EdTechサービスというと、「Khan Academy」「受験サプリ」「アオイゼミ」といったオンライン講義をイメージする人も多いだろう。だが後藤氏は、これらのサービスは競合関係というよりも、むしろ補完関係にあるという。「学校、予備校に通って授業や講義を受けるだけでは成績は伸びない。演習問題をこなすなど、得た知識を実際に応用する経験を積むことが必要になる。講義はオンライン講義サービスで受講し、演習を効率的にこなすためにATLSを使う。生徒にとっては両方とも大切だ」(同)
現時点におけるATLSの直接的な競合は、「問題集のデジタル化という観点では、強いて言えば電通国際情報サービスが立命館守山中学校・高等学校向けに開発している『RICS』くらいだろう」と後藤氏は指摘する。RICSは、学習者の理解度に合わせて問題を提示したりするアダプティブラーニングシステムだ。
そもそも現状では、デジタル教科書を提供する動きは出版社主導で進みつつあるものの、デジタル参考書市場はまだ成熟していない。ATLSのように、出版社が他業種の企業が構築したサプライチェーンを使ってデジタル参考書を販売・展開しようという動きは、まだ顕在化していない。
出版社との協業で展開するEdTechサービスには、ATLSの他にNTTラーニングシステムズのスマートフォン向け学習サービス「大学受験倶楽部」がある。ただし後藤氏は、「大学受験倶楽部は競合には当たらない」と言い切る。「教材も利用のタイミングも異なる」(同)というのが、その理由だ。「大学受験倶楽部は、1問1答型のドリル式問題集を対象教材とし、通学時間などの“すき間時間”にスマートフォンで使うことを想定している。対してATLSは、自習室で机に向かってじっくり解くような記述式の問題集を対象教材としており、教室や自習室で使ってもらえるようにサービスを設計している」(同)
教室や自習室で使う記述式問題集の提供という観点では、あえていえばアナログな書店が競合になり得る。だがATLSで販売するデジタル参考書と紙の参考書の価格がほぼ同等で、かつATLSに収集したデータを武器に教育機関や学習者、出版社といったさまざまなステークホルダーにメリットがあることを考慮すると、その存在が認知されるほどにATLSが優位になってくるだろう。
今後の展開:教員向け情報提供を拡充 ネイティブアプリの提供も視野
2014年12月のATLS正式提供時には、上述の通り数学、物理、化学の3教科のデジタル参考書から販売を開始する。正式提供後の短期的な取り組みとしては、「科目とデジタル参考書のラインアップを拡充するとともに、定期試験や日常の小テストだけではない学習者の幅広い学習情報を教員向けに提供したい」と後藤氏は意気込む。
ATLSの提供形態は当面Webサービスのみだが、後藤氏はスマートデバイスにインストールするネイティブアプリケーションの提供にも意欲を見せる。機能の詳細は明らかにしていないが、「ATLSの利点である“おせっかいさ”を生かすネイティブアプリの開発に取り組みたい」(同)と意気込む。
ATLSに込めた思い:確実な成績向上こそが生徒の可能性を伸ばす
後藤氏は、ATLSを通して「学ぶ楽しさ」と「成長する喜び」を伝えたいと考えている。その背景にあるのは、学習内容に対する生徒の興味関心が薄れてしまうこと、さらには学習内容と社会とのつながりを意識する機会が得られないことへの危機感だ。
大学受験が近づくにつれて、学ぶことが負担になっていく――。そんな高校生の現状に、後藤氏は危機感を抱いたという。こうした状況を招いた一因は、「高校生にとって、学んでいる内容が、社会のどこにつながっているかを知る機会が極めて少ない」ことだと同氏は考えている。
例えば、高等学校の教科「数学C」で学ぶ行列演算は、製造現場で稼働するロボットアームの制御に不可欠だ。ただし、大学受験の準備に忙殺される中、こうした事実を学生が自ら調べようとするモチベーションは「なかなか湧いてこない」と後藤氏は嘆く。学んでいる内容が社会でどう活用されているかが分かれば、将来の職業選択の幅が広がる可能性があるにもかかわらず、である。
「ATLSを使えば、絶対に成績が上がることを示したい」。こう後藤氏が語るのは、高校生が学習内容そのものに関心を持つための余裕を生み出したいという思いからだ。その上で、ATLSユーザーの生徒が蓄積する学びの情報を基に、その生徒に合わせて、社会につながる情報を提供できれば、「学習内容に関心を持ったり、勉強の意義を理解する生徒が5%でも10%でも増えるのではないか」(同)と後藤氏は考えている。
明確に「成績向上」にフォーカスしているATLS。ただしそれは、ユーザーである生徒の目の前にある受験だけを意識してのものではなく、彼らが社会で活躍する10年、20年先までも見据えて、視野や可能性を広げるという大きな目的を実現するためなのだ。
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