袖高×近大附属 東西高校IT対談【中編】
生徒を縛るだけのセキュリティ対策ならいらない――袖高と近大附属が白熱議論
学校でのタブレット活用が広がる中、セキュリティ対策はどう進めるべきか。システム全体のグランドデザインの必要性は。千葉県立袖ヶ浦高等学校と近畿大学附属高等学校が議論する。
前編の『「iPad活用」の先にあるものとは? 袖高と近大附属が徹底討論』に続き、米Appleのタブレット「iPad」を導入してIT活用を積極的に進める、千葉県立袖ヶ浦高等学校と近畿大学附属高等学校(大阪府東大阪市)のITリーダー同士による対談の模様をお届けする。中編では、学校のセキュリティ対策やシステムのグランドデザインの必要性について、両校の考えを聞く。
登壇者
- 千葉県立袖ヶ浦高等学校 情報コミュニケーション科 学科長 永野 直教諭
- 近畿大学附属高等学校 教頭 森田 哲教諭、ICT教育推進室 室長 乾 武司教諭
モデレーター
- 教育ICTコンサルタント 小池幸司氏
学校のセキュリティ、「生徒が何かしたら困る」という発想ありき?
小池氏(以下、敬称略) タブレット導入が進むにつれて、セキュリティ対策への関心が高まりつつあります。両校の現状のセキュリティ対策についてお聞かせください。
近大附属高校・森田教諭(以下、敬称略) 当校のネットワークは、学校運営や生徒関連の情報を扱う校務用と、主に授業で利用する学習用で分けています。生徒が使用する学習用ネットワークには、「学校内でアクセスするのはふさわしくない」と判断した有害情報の閲覧を規制するフィルタリングを設けています。
学校内ではなく、生徒が家庭のネットワーク環境を使ってインターネットへアクセスする場合、フィルタリングの仕組みがなければ有害サイトにアクセスできてしまいます。しかしこれは、学校や教員が踏み込む問題ではないと判断しています。
袖ヶ浦高校・永野教諭(以下、敬称略) 当校は、用途に応じて3種のネットワークを使い分けています。1つ目は成績処理など生徒の個人情報を扱う「校務用ネットワーク」、2つ目はパソコン教室や普通教室で使う「学習用ネットワーク」、3つ目は情報コミュニケーション科の生徒や教職員が使う「iPad用ネットワーク」です。
各ネットワークは利用するインフラがそれぞれ異なります。重要情報を扱う校務用ネットワークが使うのは校内LANのみです。学習用ネットワークとiPad用ネットワークは、校内LANに加えてインターネットへも接続しています。3種のネットワークが使う校内LANは、それぞれ物理的に独立させており、校内で互いにデータが行き交うことはありません(図)。
学習用ネットワークとiPad用ネットワークは、いずれもインターネットへ接続していますが、接続方法が異なります。学習用ネットワークは、千葉県の公立学校向けのネットワークである千葉県学校教育情報ネットワークを介してインターネットへ接続。一方のiPad用ネットワークは、民間プロバイダー経由で接続しています。
この2種のネットワークは、近大附属高校と同様に有害サイトの閲覧を規制するフィルタリングをしています。学習用ネットワークは千葉県が提供するフィルタリングを利用。iPad専用ネットワークでは、プロバイダーのフィルタリングサービスを使っています。校務用ネットワークはインターネットへ接続していないので、そもそもフィルタリングの必要がありません。
導入規模で「MDM」の必要性を判断
森田 タブレットの管理には、米MobileIron製のモバイルデバイス管理(MDM)製品を利用しています。生徒の使い方を管理するというよりも、抑止力につなげたいというのがMDM製品導入の目的です。教員がいつでも生徒のiPadをチェックできることが、生徒のリテラシーやモラルの向上につながるという考え方に基づきます。
近大附属高校・乾教諭(以下、敬称略) 当校は1つの学年に1000人もの生徒がおり、教員の目が行き届かない可能性が否定できなかったことが、MDM製品の導入を後押ししました。正規の使用法や管理から逃れる目的でOSを改変したり、端末の管理者権限を取得したりする「Jailbreak(脱獄)」を試す生徒が現れることも考慮しました。
導入しているMDM製品には、Appleのサービス利用アカウントである「Apple ID」を生徒の学籍番号にひも付けて、その生徒に必要なアプリを配信する機能があり、重宝しています。
永野 当校はMDM製品を導入していません。公立高校なので予算的に導入が難しいことも事実ですが、理由は他にあります。当校でiPadを活用している情報コミュニケーション科は、1つの学年が40人、全学年でも120人と比較的小規模であり、この程度の人数であれば必ずしもMDM製品は必要ないと考えたからです。
当校では生徒が購入した私物のiPadを活用していることもあり、生徒には「自分のiPadは自分で管理する」ことを学んでほしいと考えています。アプリのダウンロードやOSのアップデートも、生徒自身にしてもらっています。
「必要なセキュリティレベルはどれも同じ」ではない
小池 学校では、以前はセキュリティ関連の制限が多く、IT製品が使いづらいイメージがありました。タブレット導入校が増える中で、学校のセキュリティに対する考え方に変化はあるのでしょうか。
永野 学校のセキュリティに関しては、正直なところ言いたいことがいっぱいあります(笑)。そもそもセキュリティ対策には、「生徒が何か悪さをしそうだから、その前に制限を掛けてしまおう」というネガティブな考え方がある。こうした考え方は、タブレットを使う現場では大きな制約となりかねません。
気になるのは、「学校のセキュリティ」とひとくくりにして、校務用システムも学習用システムも同じセキュリティレベルを実現しなければならない、と捉える傾向があることです。
校務用システムは、生徒の成績や個人情報の漏えいを防ぐために、最大限のセキュリティが必要です。本校ではそもそも、校務用ネットワークはインターネットには接続していません。一方、生徒が授業で使う学習用システムの場合、扱うデータをきちんと校務用と切り分ければ、授業に支障が出るほどの制限は必要ないと考えています。
乾 セキュリティを本当に心配するのであれば、きっちりと規制をかけたパソコン教室を使い続ければいい。手軽に持ち運べるタブレットを導入するのであれば、生徒がいつでもどこでも自由にネットワークへアクセスできる環境を与えないと、タブレットのメリットが生かせないはずです。
タブレットを導入しておきながら「生徒が何かしたら困る」という考え方しかできないとすれば、導入する大人側のイマジネーションが欠乏しているのではないか、としか言いようがありません。生徒は、教員が「こんなことができるのか」と驚くような素晴らしい使い方をしてみせます。そんな生徒を前に、「タブレットを使えば、何か悪いことをするのではないか」という考え方しかできないのは、大人がクリエイティブになれていないからなのではないでしょうか。
永野 学校視察にいらっしゃった方に、当校が「Evernote」や「Dropbox」といったクラウドサービスを使用していることを話すと、「クラウドサービスを使いたくても、禁止されていて使えない」という声をよく聞きます。このような状態では、授業でタブレットを十分に生かすことができず、もったいないと感じます。
当校は情報コミュニケーション科の設立時、パソコン教室や普通教室で使える学習用ネットワークとは別に、iPad用ネットワークを設けました。生徒の自由な発想を奪うことがセキュリティ対策ではない。生徒の利便性や学習内容を考慮した上で、セキュリティ対策の設計や具体的な制限をすべきです。
森田 セキュリティに関することでは、パスワードに対しても不便を感じています。デジタル教科書や教育系のクラウドサービスを使用する際に、IDとパスワードを毎回入力しなければならないのは、教育現場で手軽に利用するには適さない。シングルサインオン(SSO)などの認証連係の仕組みが普及すればよいと考えています。
学校システムに「グランドデザイン」は必要か
小池 タブレット導入を機に、セキュリティ対策だけでなく、授業や校務に関するシステムの在り方にも関心が増してきたように感じます。長期的なIT活用を見据えた場合、学校システム全体のグランドデザインを描く必要性を指摘する声もあります。グランドデザインについて、両校はどうお考えでしょうか。
乾 グランドデザインが必要かどうかは、どのような学校を作りたいかによると考えています。ただし、少なくとも「こんな風にしたい」「こうなればよいのに」というIT活用の最終イメージを持つことは必要です。
当校は、IT活用の最終形態として、教育活動に関する全てのデータや教材をデジタル化してクラウドで管理したいと考えています。その第一歩として、以前はバラバラに存在していた出席、入試、進路、成績、健康診断などのデータを学籍番号でひも付け、統一の学籍データベースを構築しました。現在は、教員のiPadから生徒の出席状況の入力や成績情報の閲覧ができるようにすべく作業しています。
今後は、この学籍データベースと生徒のApple IDをひも付けて、生徒が自分のiPadから、成績など自分に関連する情報をいつでも閲覧できるようにする計画です。最終的には、紙の成績表は廃止したいと考えています。
永野 公立高校における学校システムのグランドデザインといえば、自治体が構築する統一システムの話になるでしょう。自治体の統一システムは、校務の省力化や効率化を目的に導入されます。しかし、単一の学校ではなく、さまざまな学校での利用を前提としていることが裏目に出て、必ずしも省力化が達成できているとはいえないのが現状です。
科目の履修の仕方や科目の単位数は、学校によって違いがあります。複数の教員が共同で授業をするチームティーチングの採用の有無など、教員が受け持つ授業の形態も微妙に異なります。統一システムは、こうしたさまざまな学校の事情を配慮して作られているのです。そのためか、統一システムでは入力すべき項目が多くなる傾向があります。各校で独自に作ったシステムを用いた方が運用しやすいことも多々あります。
周りからみれば、公立の学校はどこも似たような組織や制度で動いているように見えるかもしれません。しかし、それぞれの学校には特色があり、独自の活動や仕組みがあります。全ての学校が使えて、かつ運用しやすいシステムのグランドデザインが描けるのかどうかは、非常に難しいところです。ぜひ実現してほしいですが。
後編では、IT製品の導入効果や学力評価、大学入試などのテーマについて語ってもらう。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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