iTunes Uを使った技能継承にも挑戦
“放置iPad”はなぜ生まれ、どう解消したのか――大阪教育大学附属平野小学校に聞く
授業だけでなく、ベテラン教員から若手教員への技術継承にもITを生かす大阪教育大学附属平野小学校。導入したはずの「iPad」を眠らせていた時期もあった同校が、“IT活用先進校”へ変貌したきっかけとは?
大阪教育大学附属平野小学校(以下、附属平野小学校)は、全児童669人の国立小学校だ。2012年に米Appleのタブレット「iPad」を導入し、授業向上や職員間の連絡手段として積極的なIT活用を進めてきた。
中でも特徴的なのは、Appleの無料講義配信ツール「iTunes U」の活用だ。附属平野小学校は、全国の小学校の中ではいち早くiTunes Uに注目し、iTunes Uに学校専用ページを開設するなど積極的に活用している(画面1)。
今でこそ全校規模でIT活用に取り組む附属平野小学校だが、iPad導入の初年度は、一部の得意な教員のみの使用にとどまり、十分に活用されなかった時期もあったという。iPadの導入から本格的な活用に至るまで、現場ではどのような工夫があったのか。iTunes Uをどう生かしているのか。同校でIT活用を進める滝沢知之教諭に話を聞いた。
ベテランから若手教員への技術継承にITを活用
附属平野小学校の現在のタブレット環境は、教員用タブレットとしてiPad5台とAppleの7.9インチタブレット「iPad mini」32台、児童用タブレットとしてiPad110台とiPad mini(第1世代のiPad miniと第2世代の「iPad mini 2」が混在)20台を配備済みだ。全ての教室に無線LANアクセスポイントを整備し、無線LAN環境も完備している。
コラム:「タブレットは40台から」の理由
附属平野小学校は、2012年にまずは1クラス分のiPad40台を導入した。同校に限らず、教育機関へのタブレット導入において、「まずは40台を導入する」というケースは多い。なぜ40台なのか。
一般的な教育機関の1クラス分の台数に当たることが、その理由の1つだ。パソコン教室にあるデスクトップPCの入れ替え時にタブレットを導入したり、1クラス分のタブレットを導入する際には、多くの場合、導入台数は40台となる。
40台のタブレットがあれば、1クラスで1人1台環境を実現したり、複数クラスでグループ学習などに活用できるといった実務的な理由もある。本格的な1人1台環境の実施を前に、まず40台のタブレットを導入し、段階的に取り組みを進める教育機関は多い。
附属平野小学校のIT活用でユニークなのが、iTunes Uの使い方である。通常、iTunes Uのような講義配信ツールは、学習者を対象とした講義や授業を配信するケースが多い。附属平野小学校でも同様の授業を配信しているが、併せて教育実習生や若手教員を対象とした講義も配信しているのだ。
教育大学の附属小学校である附属平野小学校には、年間に100人もの教育実習生が訪れる。同校はこうした教育実習生や若手教員に向けて、指導者育成を目的にした講義を配信している。
多忙さによる技能継承の困難さをITで解消
時間や場所の制約を受けないITのメリットを生かし、若手教員や教育実習生にベテランのノウハウや知見、授業のヒントになる情報を提供できないか――。滝沢教諭がiTunes Uを教員の技術継承に生かす取り組みを始めたのには、こうした思いがあったという。
若手教員が授業力の向上を図るためには、年配の教員の授業を見たり、直接話を聞いたりすることが欠かせない。だが多忙な教育現場では、ベテランや若手にかかわらず、こうした時間を設けることは難しいのが現状だ。こうした課題を解消するために滝沢教諭が目を付けたのがiTunes Uだったのである。
附属平野小学校がiTunes Uの本格的な活用に乗り出したのは、iPad導入2年目となる2013年だ。ベテラン教員の知見や指導法、ヒント、授業づくりのアイデアや学習指導案などをデータ化してiTunes Uに集約し、若手教員や教育実習生がいつでも閲覧できる環境を作り上げていった。
滝沢教諭自身が定期的に発行する、同校でのIT活用の事例をつづった「ICT便り」もiTunes Uに公開し、指導者向けコンテンツの充実を目指している(画面2)。現在は、指導者用のコンテンツに加え、学習者用のコンテンツも配信し始めるなど、活用の幅を広げているという。「iTunes Uを教員が集まる場所にしていきたいと考えている」(同教諭)
「今の若手教員や教育実習生は、ほとんどがスマートフォンを持っている。それらを生かした情報収集を可能にし、彼らがもっと学べる機会を増やしたい」。滝沢教諭はこう語り、iTunes Uを使った情報発信を今後も進める意向を示す。休日や通勤途中に、スマートフォンでベテラン教員の授業を見たり、新しい単元に入る前に前年度の児童の様子やワークシートを見たりすれば、若手教員にとって授業を進める上での大きなヒントになるはずだ。
ITが不得手な教員でもメリットを引き出すIT活用法
附属平野小学校ではどのようにITを活用しているか、その一端を紹介しよう。
写真や動画を積極活用
まずは写真や動画の活用だ。ITが不得手な教員でもすぐに始めることができ、なおかつ活用頻度が高い写真や動画は、タブレットを使った学習と親和性が高い。中でも滝沢教諭がメリットだと感じているのは、写真や動画を用いて学習の途中経過や結果を記録する使い方だ。「最終的に児童が『見せたい』と思うものを増やすことができ、発表の場面を活性化できる」と同教諭は話す。
児童は、教科書や資料集、ノートなど、自らiPadで撮った写真をAppleのプレゼンテーションアプリ「Keynote」に貼り付け、そこに簡単なテキストを添えてスライドを作る。発表をする際は「この部分を見てください」と言いながら画像をアップにして、他の児童と視点を共有したり、複数人でのぞき込みながら意見を交わし合ったりする。
「6年生にもなると、10分もあれば簡単な発表用のスライドを作ることができる」と滝沢教諭は話す。児童が作ったスライドは、AppleのiOS用メッセージアプリ「iMessage」にあらかじめ作成しておいたグループにグループメッセージを送り、教員や他の児童と共有する。
PDFで紙のカラー資料を代替
「PDFでカラーの資料が簡単に配布できるのもITのメリットだ」と滝沢教諭は話す。例えば、社会科の授業で文明開化のきらびやかな絵を見せたいと思っても、カラー印刷した紙の資料を頻繁に配ることは費用面で難しいという課題があった。
今は、カラー複合機で資料をスキャンしてAppleのノートPC「MacBook Air」で読み込み、児童のiPadに送るだけで児童全員に配布できるようにした。iPadに送信したカラーの資料は、もちろん児童の手元で拡大して見ることも可能だ。「タブレットを使った学習といえばアプリに目が行きがちだが、タブレット自体の基本的なメリットや特徴を学校現場ではもっと生かせるのではないか」と、滝沢教諭は話す。
「Googleスプレッドシート」を“簡易LMS”に
滝沢教諭は、ITの特徴であるリアルタイム性も授業で生かす。中でも興味深いのは、同教諭が自身で作成した、クラス全員の意見が一目で分かる一覧表示シートだ。Googleの表計算ツール「Googleスプレッドシート」を利用。複数人が同時に書き込める同ツールの機能をうまく生かし、“リアルタイムの学習管理システム(LMS)”ともいうべき仕組みを実現している。
Googleスプレッドシートで作成した一覧表示シートは、児童の座席順に表組みしており、児童は自分の場所に答えや感想などを書き込んでいく(画面3)。電子黒板が内蔵する学習支援システム、電子黒板とタブットの連係システムは一般的に、クラス全員のスクリーンを映し出す一覧表示機能を備える。滝沢教諭は、Googleスプレッドシートを使って同様の環境を再現した形だ。
「一覧表示シートを使うようになってから、授業の感想を書く紙のワークシートが不要になった」と滝沢教諭は話す。一部の学習支援システムのように児童の手書きを反映するといった高度な機能は持ち合わせていないものの、Googleスプレッドシートでも誰が何を書いているかをチェックできる上、クラス全員で意見を共有するメリットも得ることができる。「児童の意見を“文集”としてまとめて、その日のうちにPDFファイルで配信することもできる」(同教諭)という。
自由さが“使われないiPad”を招く
附属平野小学校のIT活用は、決して順風満帆だったわけではない。実は、iPad導入1年目である2012年度にすぐさまハードルに直面した。2012年度は、iPadを知っている教員以外、誰もiPad使うことなく終わってしまったのだ。
「『どの教員も自由に使ってよい』という形にしたことが、かえって使われない状況を招いたのではないか」と、滝沢教諭はこの状況を分析する。「誰でも使ってよい」「みんなで使おう」という考え方では結局、タブレットに興味があったり熟知している教員しか使わず、学校全体の取り組みとして定着しないのである。
こうした失敗を踏まえ、まずは教員1人ひとりがiPadを使う必要があると考えた附属平野小学校は、2013年度に第1世代のiPad miniを32台購入して全教員へ配布した。「教員自身が自分の端末としてタブレットを使い、ITのメリットを実感しなければ、授業に生かせないと考えた」と滝沢教諭は話す。
2013年度にはIT活用を推進するプロジェクト「ICTプロジェクト」も立ち上げ、校内で積極的に活用していく意識付けや体制を整えた。各教員に対しては、「授業中に必ず活用すること」などの義務付けこそしなかったものの、教員間の連絡にiMessageを活用したり、米Googleの「Googleカレンダー」でスケジュールを共有するように改めた(画面4)。
「以前は、休み時間のたびに職員室に戻って、連絡事項の変更を確認しなければならなかった。今は手元のiPad miniから、さまざまな作業がスムーズにできるようになった」と、滝沢教諭はこうした一連の改革の成果を評価する。「こうした便利さを通じて、教員がITのメリットを実感できたのではないか」(同教諭)。実際、iPadやiPad miniについては、今では教員間で“争奪戦”になるくらい活用する場面が増えているという。
「端末に影響されないIT活用」が今後の課題
滝沢教諭は今後もiPadの活用を継続するという。ただし、米Microsoftの「Windows」や米Googleの「Android」タブレットが充実する中、常に附属平野小学校にとって最適な端末を利用するために、「端末の種類に左右されないIT活用が必要になってくる」というのが同教諭の考えだ。今後は、利用端末を限定しないオンラインサービスを使うなどの工夫が教員に求められるようになるだろう。
「小学校の場合は、端末を与える時期や与え方も考慮する必要がある」と滝沢教諭は話す。例えば、小学校1年でタブレット1人1台環境を実現したとしても、同じ端末を6年も使い続けることは現実的ではない。「教育現場においては、端末の使用期間は長くても3年が目安だと考えている」と同教諭は指摘する。
小学校での1人1台環境は、「小学校4年生から始めるのが望ましいのではないか」と滝沢教諭は持論を展開する。「低学年のうちは学校でさまざまなタブレットを用意して自由に触れるようにし、4年生から自分が使いたい機種を選定できれば理想的だ」(同教諭)
附属平野小学校では、今後も積極的にITを活用し、指導者のノウハウや学習コンテンツの充実を目指す。若手教員や教員志望の学生にとって、同校の取り組みやコンテンツは大いに参考になるはずだ。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
「Excel至上主義」の終わらせ方 丸2日の手作業地獄から情シスと現場を救うには
-
2
「Microsoft 365のセキュリティ運用」に関するアンケート
-
3
取手市がVDIと決別した理由 更改費用「4倍超」を約1.7倍に圧縮
-
4
急増する「AIはこう言ってる」マン 判断を狂わせる「AI忖度」を防ぐには?
-
5
221人調査で分かった「情シス最大のストレス」は?
-
6
「Salesforceのテスト自動化ツール」に関するアンケート
-
7
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
8
「AI時代の統合基盤・エンタープライズAI管理」に関するアンケート
-
9
100億円の「Linux更新」を回避 みずほ銀行が選んだ“おきて破り”のRHEL延命策
-
10
自宅のWi-Fiが「遅い」「途切れる」本当の原因は? Dellが推奨する鉄則
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
年収2000万「クラウドセキュリティのプロ」になれる資格とは
-
2
セキュリティソフトをすり抜ける標的型攻撃メール、不審メールの見破り方とは?
-
3
Windows Updateの通信集中で回線が逼迫、ネットワーク刷新事例に学ぶ解決策
-
4
財務を戦略的組織へ進化させるAI活用術、4つの主要な障壁と解消方法
-
5
「NAS」「SAN」「DAS」は何が違う? いまさら聞けないストレージの基礎
-
6
“あのファイル転送”で暗躍するノーウェアランサム
-
7
標的型攻撃メールを見破るには? サンプル文面を例に傾向を解説
-
8
商用利用の安全性を確保し大量のコンテンツを高速で生成する、AI活用の秘訣
-
9
マンガで解説、1日で生成AI環境を構築できるワークショップの中身とは?
-
10
Dark AIが台頭する時代の新発想、「より高度なAIで対抗する」具体的方法とは?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー