校長や教員、児童の生の声から探る
杉並区立天沼小学校はなぜ「iPad」「Windowsタブレット」を両方導入したのか
教育現場におけるWindowsタブレットのメリットと課題とは何か。iPadとWindowsタブレットを併用する杉並区立天沼小学校の取り組みから、その答えを探る。
米MicrosoftのOS「Windows」を搭載したタブレットと、米Appleのタブレット「iPad」。競合製品である双方の製品を併用する学校がある。東京都杉並区にある杉並区立天沼小学校がそれだ。
天沼小学校は2014年9月、NECのWindowsタブレット「VersaPro」を200台導入。5、6年生を対象に1人1台のタブレット環境を整備した(写真1)。一方、併設する特別支援学級にはiPad18台を配備した。普通学級と特別支援学級で活用場面は変わるものの、WindowsタブレットとiPadの双方を1つの学校で運用するのは極めて珍しい。
授業中はもちろん、休み時間にも自由なタブレット活用を児童に認め、情報リテラシー教育にも積極的に取り組んでいる天沼小学校。WindowsタブレットとiPadの2製品を併用する理由は何か。教員や児童は、タブレット活用授業についてどう感じているのか。同校の福田晴一校長や教員、児童の生の声から、その実態を探る。
Windowsタブレットを使いこなす小学生
東京都内でも学校IT化に比較的積極的なことで知られる杉並区。同区は2014年度から、普通教室で児童が日常的にITを活用できる環境づくりを進めている。そのモデル校の1つとして選定したのが、全校児童496人の天沼小学校だ。
杉並区は2020年までを目安に、各学校にタブレットを整備する方向で検討を進めている。まず天沼小学校を含めモデル校3校にWindowsタブレット600台を配備し、各校での取り組みを基に、今後のタブレット活用のガイドラインを作成するという。天沼小学校では、Windowsタブレットをどのように活用しているのか。その実態を探るべく、授業の様子を取材した。
今回取材した6年生社会の授業では、政治について学習した児童が「街に新しく公園をつくるなら?」をテーマに、子ども、大学生、大人、老人など異なる立場に分かれ、公園のアイデアを発表し合った。
児童は、自分のアイデアをLoiLoの授業支援システム「ロイロノート・スクール」を使ってまとめ、作成したスライドを隣同士で見せ合ってから全体発表へ移った(写真2、3)。教員の言葉掛けの下、テンポよく進むスライド作成や発表の姿に、普段からタブレットを発表場面で活用し慣れた様子が伝わってきた。
WindowsタブレットとiPadを併用する理由
普通教室ではWindowsタブレット、特別支援学級ではiPadと、天沼小学校がタブレットを使い分ける理由とは何か。その背景には、組織で使うか、個人で使うかによって、適切なタブレットが異なるという認識がある。
現場で陣頭指揮を執る天沼小学校の福田晴一校長は、WindowsタブレットとiPadの教育現場における特徴について、下記のような見解を示す。
| Windowsタブレット | iPad | |
|---|---|---|
| 利用形態 | マルチユーザーでの利用が可能 | パーソナルユーザーとしての利用が基本 |
| ログインの必要性 | ユーザーごとにログインが必要 | ログインなしで利用可能 |
| バージョンアップの影響 | OSの継続性を重視 | 約2年ごとのバージョンアップ、それに伴う周辺機器などの仕様変更が発生 |
| 管理上の考慮点 | 管理者権限など構造が複雑 | アプリを端末に直接ダウンロードできるなど、セキュリティ上、組織体制には不都合 |
こうした特徴から、Windowsタブレットは組織利用向き、iPadは個人利用向きだと判断しているという。
組織利用に適するWindowsタブレット データ管理の容易さも利点に
同校のIT化を進める研究主任の日向寺 勝彦教諭によると、Windowsタブレットが持つ1台で複数のユーザーアカウントを切り替えて利用できる機能が、組織での活用に適するという。
タブレットなどのIT製品は、落下やシステムトラブルなどによる端末の故障の可能性が常にある。1台でも授業中に故障して動かなくなってしまうと、授業に支障が出かねない。トラブル発生時にも教育活動を止めないためには、他の端末で代替できることが重要になる。
マルチユーザーの仕組みを持つWindowsタブレットの場合、児童は他の端末でもゲストアカウントなどを使ってログインできる。Microsoftの各種製品/サービスを利用できるアカウント「Microsoftアカウント」を利用していれば、故障前の端末設定を一部引き継いで利用することも可能だ。
ICT支援員として天沼小学校のIT活用をサポートするベネッセコーポレーション 小中学校事業部 ICT教育サポートグループの浜崎 薫氏は、WindowsタブレットとiPadで現場で大きな違いになるのは「データ管理の方法だ」と話す。
Windowsタブレットの場合、Windowsが標準で備えるネットワークドライブの機能を使えば、校内のサーバにファイルを入れるだけでクラス全員で共有できる。一方のiPadの場合、iOSには標準では同様の仕組みが備わっておらず、オンラインストレージなどの手段を利用することになる。だが大抵の小学校では、セキュリティの理由でオンラインサービスへのアクセスは難しいのが現状だ。
一方、Windowsタブレットが持つマルチユーザーの仕組みは、管理者権限など構造が複雑になる問題もはらむ。現場での使い勝手を踏まえると、ログインなしでの利用を基本とするiPadの使いやすさが際立つシーンもあるだろう。
個人利用に適したiPad
天沼小学校がWindowsタブレット一辺倒ではなく、特別支援学級ではiPadを導入したのも、こうしたメリットを評価してのことだ。日向寺教諭や特別支援学級を担当する岩下幸広教諭は、「ログインの必要がなく、直感的に操作ができるところがiPadのメリットだ」と口をそろえる。また日向寺教諭は、学習用アプリの充実度もiPadの利点として挙げる(画面)。
「iPadは基本的には個人専用のタブレットだと捉えている」と日向寺教諭は話す。特別支援学級では、児童が抱える障害はさまざまだ。そのため、特別支援学級での端末利用は、組織学習よりも個別学習支援の色が濃くなる傾向がある。天沼小学校が特別支援学級にWindowsタブレットではなくiPadを導入したのは、個人用途を見据えたiPadとの相性の良さを判断してのことだといえる。
もっとも、操作性については必ずしもiPadが圧倒的優位にあるわけではない。ICT支援員の浜崎氏は、「iPadは操作性が優れているといわれるが、児童はiPadでもWindowsタブレットでも大差なく使いこなす」と言い切る。
Windowsタブレットのメリットであるデータ管理/共有の容易さは、そのままiPadの課題にもつながる。iPadを使う特別支援学級の岩下教諭は、今後の課題として「児童が作った作品の管理」を挙げる。「卒業や転出の際に児童にデータを手渡す手段や、その処理の方法について課題がある」(同)という。
端末よりも「使えるソフト選び」が重要に
取材した社会の授業を担当した6年担任の佐藤隆太教諭は、「小学生の場合、タブレットの種類よりも手書き入力の機能が重要になる」と話す。授業をスムーズに進めるためには、使うタブレットの種類よりも、学習支援システムや各種学習アプリの入力方法や操作性の方が、重要性が高いという。
タブレットを使うと互いの考えを共有しやすくなり、児童が発表する機会を増やしやすい。ただし、児童が発表に使うスライドを作る際、入力手段がソフトウェアキーボードに限られると、想像以上に時間を費やしてしまうという。スライド作成アプリがスタイラスペンなどを使った手書き入力を可能にしていれば、紙と同様の感覚で素早くスライドを作ることができる。
「肝心なことは、どのハードを使うかではなく、導入した学習支援システムを授業に生かせるかどうかだ」と、日向寺教諭は強調する。天沼小学校では、学習支援システムとしてロイロノート・スクールに加え、ジャストシステムの「ジャストスマイル クラス」、ベネッセコーポレーションの「ミライシード」、ダイワボウ情報システムの「ポケタッチ」(開発:ポケモン)などを採用している。現場が重きを置いているのはタブレットの種類ではなく、授業の中で生かせるシステムだという。
重要なのは学習支援システムだけではない。「今までWindowsベースで作った教材や資料も、タブレット導入を機に見直している」と日向寺教諭は語る。WindowsのクライアントPCからWindowsタブレットに移行すれば、以前に作成した教材が使いやすいと考える人は多いだろう。だが必ずしもそうではない。「今までは、電子黒板に映し出すための教材という視点で作っていた。一方、タブレットを使った学習では『共有』という概念が入る。以前のものをそのまま使うという発想はない」(同教諭)
現場でタブレットを活用する教員からすれば、iPadとWindowsタブレットの製品自体には大差ないとの見方だ。それよりも、学習支援ソフトの中身やタブレットそのものを授業にどう生かすかという視点がポイントだといえる。
児童が感じた、タブレット授業のメリットと課題
WindowsタブレットやiPadを使う児童は、タブレットを使った授業についてどう考えているのだろうか。児童にはWindowsタブレットやiPadに関係なく、タブレットを使った授業についてのメリットと課題を聞いた。
天沼小学校の児童は、タブレット活用授業のメリットとして以下を挙げた。
- 手を挙げて発表するよりも、自分の意見を早く伝えることができる
- 分からないことがあっても、すぐに調べることができる
- はずかしがり屋な友達も、意見が発表しやすい
一方、タブレット活用授業の課題としては以下が挙がった。
- 動かないときがある(フリーズしてしまう)
- 決まりを守らない人がいる
- 視力が落ちた気がする
児童が挙げてくれたように、タブレットを使った授業は、児童が参加しやすいことが大きなメリットだ。一方、学校にとっては端末の管理が課題になる。本体やスタイラスペンの破損、ネットワーク接続の問題、端末のバッテリー切れなど、端末をめぐるトラブルは日常的に発生する。「学校やクラスごとに何らかの“セーフティーネット”を設けることが大切ではないか」と、ICT支援員の浜崎氏は話す。
福田校長が課題として挙げるのが、児童が作成したデータの活用だ。上述の通り、同校はWindowsタブレットで作成したデータを学校のサーバに蓄積している。児童が自宅でデータを見るためには、タブレットに必要なデータを保存した上で持ち帰る必要がある。そのため教員にとっては、家庭学習でのデータ活用を前提とした授業をしにくいのが現状だという。とはいえ現状では、オンラインストレージを自由に活用できるわけではなく、同校は有効な対策を模索している。
目指すは「インクルーシブ」な教育
福田校長は、タブレットの種類に関係なく、その活用には積極的な姿勢を示す。児童が学ぶ環境として、「学校の中だけで学習を完結させず、答えを探すための手段や場を与えることは大切だ」と語る。中でも同校長がタブレット活用授業で重要視するのが、情報リテラシー教育だ。
天沼小学校では、休み時間のタブレット利用に制限を設けず、児童が自由な環境で使うことを認めている(写真4、5)。「自分でデジタルコンテンツに触れてこそ情報リテラシーが身に付く」(福田校長)という考えが、その背景にある。「授業の中で、教員のコントロール下でタブレットを活用するだけでは、リテラシーは身に付かない。休み時間にゲームをする児童がいてもいい。そこからどのように教育すべきかを現場の教員や児童が一緒に考えるようにしたい」(同)
「2020年に向けて『インクルーシブ教育』を目指す」と福田校長は語る。インクルーシブ教育とは、障害のある学習者と障害のない学習者が共に学ぶなど、さまざまなバックグラウンドを持つ者同士が多様性を認めながら学ぶ教育の仕組みだ。タブレット授業を取り入れるだけでなく、障害の有無や世代、文化などの違いを越え、誰もが学べる環境を提供する。児童がさまざまな価値観に触れ、多様性を生み出すツールとしてタブレットをどう生かすのか。天沼小学校の今後に注目したい。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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