用途が変われば“最適な端末”も変わる
広尾学園・医進コースが「iPad」から「Chromebook」へ切り替えた理由
広尾学園高等学校の医進・サイエンスコースは、国内の教育機関でいち早く「Chromebook」を導入。2011年度に導入した「iPad」からの移行に踏み切った。決断の背景とは。同校担当教諭の話から探る。
米調査会社IDCが2014年11月に発表したデータによると、米国の教育市場では同年第3四半期の出荷台数で、米GoogleのノートPC「Chromebook」が、米Appleのタブレット「iPad」を抜いてトップシェアになった。米ニューヨーク市では、市内の全小中高校にChromebookを導入するなど、自治体レベルの大規模な導入事例が増えている。
一方の日本国内では、Chromebookの導入校はまだ少ない。常時インターネット接続が前提となるChromebookは、ネットワーク環境が不十分な日本の教育現場では活用が難しいと考えられていることが、その背景にある。だが今後、各教育機関のネットワーク環境が整備されれば、価格が比較的安価なChromebookは、教育機関の端末選定に大きなインパクトを与えるはずだ。
国内でいち早くChromebookの導入に踏み切った教育機関が、東京都港区にある広尾学園高等学校の医進・サイエンスコースである。同コースは生徒が購入した私物iPadの活用で全国的に知られるが、2014年度に入学した高校1年生から、標準端末をiPadから日本エイサーのChromebook「C720」へ切り替えた。
広尾学園高校の医進・サイエンスコースが、iPadからChromebookへ移行した理由とは何か。Chromebookを実際に利用して見えてきた具体的なメリットや課題とは。同コースマネージャーの木村健太教諭に話を聞いた。
露呈した“タブレットの限界”
「インターナショナルコース」「本科コース」「医進・サイエンスコース」と3コースを設ける広尾学園高校。今回Chromebookを導入した医進・サイエンスコースは、医学、理学、工学分野の未来をけん引する役割を担う生徒の育成を目的に、2011年度に新設したコースだ。その特徴は、本格的な研究活動を取り入れた教育内容にある。校内には大学の研究室に匹敵する設備をそろえるなど、高校生の段階から“本物”の研究に触れることに重点を置いている(写真1、2、3)。
医進・サイエンスコースはコース創設時から、研究活動を支えるツールとしてiPadを活用してきた。研究活動では、生徒はWeb検索で見つけた英語の学術論文を読んで先行研究を調べたり、グループウェアを利用してチーム内で情報共有をしたりする。こうした用途に適した端末として白羽の矢を立てたのがiPadだった。
「本格的な研究活動には、日常的に最新の情報へアクセスできるツールに加え、生徒と教員が時間と場所を越えてコミュニケーションできる環境が欠かせない。ITの活用は研究活動には不可欠で、当時はiPadが最も使いやすい端末だった」。木村教諭はiPad選定の背景をこう語る(写真4)。
2014年度に4年目を迎えた医進・サイエンスコースでは、授業中はもちろん、学外で生徒が研究成果をプレゼンテーションする機会が大幅に増えた(写真5)。生徒がプレゼンテーション資料を作成したり、動画や画像などを編集したりする作業も日常的になった。生徒はiPadを持っていたものの、長い文章を作成したり、細かな入力作業が多いときは校内の共用クライアントPCを利用することが多かったという。
こうした様子を見続けるうち、「やはりクライアントPCは必要だと考えた」と木村教諭は語る。同教諭は「iPadが悪かったわけではない」と前置きしつつ、「授業スタイルが変化し、それに合った端末を選び直す必要性が高まっていた」と説明する。タブレットからクライアントPCへ。学習活動の変化とともに、より最適な端末の形を求めた結果がChromebookだった(写真6、7)。
導入前に性能確認 “iPadと遜色ない”高速さを評価
木村教諭はiPadからChromebookへの移行の妥当性を確かめるべく、「Chromebookの使い勝手がiPadと比べて遜色のないレベルかどうかチェックした」と説明する。起動の速さ、軽さ、バッテリーの持ち、パフォーマンスなどをチェックした結果、これらの点についてはChromebookでも「遜色ない」というのが、木村教諭の見解だ。
中でも高く評価したのは、Chromebookの起動やWebアクセスの速さだ。医進・サイエンスコースでは、コース設立時からGoogleのオンラインサービス群「Google Apps」を学習や研究活動の支援ツールとして活用しており、Webに素早くアクセスできることは重要なポイントだった。
広尾学園は、Chromebookを本格導入する前年の2013年に、一部の生徒を対象にiPadとChromebookの双方を試験的に併用した。その際に実施したアンケートの結果でも、多くの生徒がChromebookのメリットとして「起動の速さ」と「Webへの素早いアクセス」を挙げていたという。
ネットワーク環境の整備がChromebook採用を後押し
「iPadを採用した2011年にChromebookが国内発売されていたとしても、選んでいなかった」と木村教諭は明かす。「Chromebookのような常時インターネット接続が必要な端末は、当時の校内ネットワーク環境では使えるものではなかった」(同教諭)からだという。
広尾学園高校は、2011年度から生徒の私物端末利用(BYOD)を段階的に広げてきたのに合わせて、無線LANアクセスポイントを増設するなどネットワークの整備を進めてきた。こうしたインフラが整ったからこそ、Chromebookが有力な選択肢として浮上したのだ。
教員側にもメリット 「Chrome管理コンソール」で管理負荷も軽減
端末を管理する教員側にとって、Chromebookの一括管理ツール「Chrome管理コンソール」の扱いやすさとコストの安さがメリットとなると木村教諭は説明する。Chrome管理コンソールは、MDM製品と同様、複数のChromebookに対して一斉にポリシー設定などができる(画面)。Webベースのツールなので導入作業が不要。初期導入費用は発生するものの、その後の継続的な利用料金は掛からないので、ランニングコストの削減も期待できる。
木村教諭はChrome管理コンソールについて、「生徒の端末を回収する手間なく、Webの操作で生徒の端末設定を変更できるので、教育現場の負荷軽減に役立つはずだ」と語る。端末の回収で教育活動を止めることなく、生徒の端末を手軽に管理できるとなれば、教育現場のストレスを大いに緩和できると考えられる。
「教育機関では、学習者の発達段階や年齢に応じて、細かな制限を設けたいときがある。特に心身の発達が顕著な中学生に対しては、生徒の様子を見ながら段階的に制限内容を変えていきたいし、セキュリティ面を考えても迅速な対応が必要になることもある」。木村教諭はこう語り、生徒に合った適切な端末管理にChrome管理コンソールを生かす考えだ。
価格の安さで保護者負担を軽減 端末買い替えも考慮
Chromebookへの移行は保護者にとってもメリットをもたらす。その主要因は製品価格の安価さだ。医進・サイエンスコースはこれまで、授業や研究活動におけるiPadの使用頻度が高いことから、最低でも32Gバイトのストレージ容量を必要としていた。当然、そのスペックであれば製品価格が5万円近くになり、端末を購入する保護者の負担も大きくなっていた。その点、3万円台から購入できるChromebookであれば、保護者の負担軽減につながる。
ここにきて、広尾学園高校があらためて端末価格に注目したのには理由がある。それは、在学中の端末買い替えが現実味を帯びてきたことだ。広尾学園高校では原則として、生徒には入学時に購入した端末を卒業まで使用してもらってきた。だが木村教諭は、「いずれ現実的な問題として、在学中に端末を買い替える必要性が出てくる」と語る。
その主要な要因となりそうなのが、2015年度に、併設する広尾学園中学校にも医進・サイエンスコースを新設することだ。端末のライフサイクルが短くなる中、中学入学から高校卒業までの6年の間、同じ端末を使い続けるのは現実的ではない。同コースに入学した新中学1年生が、中高6年の在学中に端末を買い替える必要性も視野に入れた結果、安価なChromebookであれば買い換えコストの軽減につながると判断した形だ。
クライアントPCには当然ながら、米MicrosoftのWindows端末やAppleの「MacBook」などがある。広尾学園高校では実際、WindowsノートPCを共有端末として配備しており、MacBookは同校のインターナショナルコースで標準端末に採用している。だが上述の通り、生徒の使い勝手や教員の管理負荷、保護者のコスト負担のバランスを考慮した上で、最終的にChromebookを移行先に選んだ形だ。
Chromebookのデメリット “Wi-Fi環境ありき”と“アプリの少なさ”
教育機関にとって多くの魅力を持つChromebook。ただし課題も少なくない。木村教諭はChromebookの課題として、「当然のことであるが、無線LAN環境がないと実質的に使えないことだ」と語る。生徒にとっては、自宅に無線LAN環境がない場合、Chromebookを持ち帰っても十分に活用できない。Chromebookにはオフライン時にアプリケーションを利用可能にする仕組みはあるものの、利用可能なアプリケーションは一部に限られる。
そもそも活用できるアプリケーションの種類が少ないことも、木村教諭はChromebookの課題として挙げる。「Chromebookに切り替えたときに、種類が豊富なiPadのネイティブアプリケーションが使えなくなることが気掛かりではあった」と同教諭は話す。代替サービスを使うなど、Chromebookにできない部分を補完するような柔軟な使い方が、教育現場では求められそうだ。
目指すは「生徒の好きな端末で学べる環境」の実現
iPadからChromebookへの移行を果たした医進・サイエンスコース。だが未来永劫Chromebookを使い続けると決断したわけではない。「今の教育活動に適していたのがChromebookだと判断したにすぎない。今後の教育活動の変化によって、端末を変更する可能性はある」と木村教諭は語る。
「将来は、生徒がそれぞれ好きな私物端末を学校に持ち込む形にする」と木村教諭は話す。「教育機関にとって大切なのは、使う端末の種類ではなく、目的に合わせたIT活用の環境を整えることだ」と同教諭は主張。そのために「教材は端末間の互換性を考える必要のない標準的な規格で作成すべきだ」と話す。
iPadからChromebookへといったように、タイプの異なる端末への移行は大変だと考える教育機関は少なくないはずだ。医進・サイエンスコースでは、iPadを導入した初年度から教材は全てWebベースで作成していたことが、移行のハードルを下げたと木村教諭は説明する。当初から特定端末に依存しない形でIT活用を進めることが、授業や学習内容の変化に応じた自由な端末選びを可能にする。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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