iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」【最終回】
タブレットを授業から解き放とう――広尾学園中学校・高等学校 金子 暁教諭
教育IT活用の代表校といえる広尾学園 中学校・高等学校。学校経営の危機を乗り越え、IT活用も成功に導いた現場指揮官の金子 暁教諭にその経緯を聞く。併せて、同校が利用するアプリ一覧表も提供する。
広尾学園 中学校・高等学校(以下、広尾学園)は、東京都港区にある共学の私立中高一貫校だ。前身の順心女子学園時代に経営を揺るがすほどの生徒不足に陥った同校は、2007年に現在の校名へ変更。共学校化、進学校化などの大胆な学校改革を遂行した。結果、生徒数は3年で適正範囲にまで回復し、現在は都内でも受験者数が上位に入る人気校へと生まれ変わった。
教育へのIT活用は2007年、帰国子女や外国人などさまざまな国籍の生徒が学ぶ「インターナショナルコース」を対象に、米AppleのノートPC「MacBook Pro」の1人1台環境をスタートした。その後、2011年度に医学部などの理系進学を目指す「医進・サイエンスコース」の高校1年生40人に対して、学校貸与でAppleのタブレット「iPad」を導入。翌2012年度には、新中学1年生全204人に対し、私物端末によるiPad導入を実施した(参考:私物iPadで学力を伸ばした中高一貫校、「タブレットは新たな文具」)。
2014年度に入っても取り組みは止まらず、医進・サイエンスコースの生徒を対象に米Googleの「Chrome OS」搭載のノートPC「Chromebook」を導入。広尾学園では現在、在校生の3分の2に当たる950人が何らかの私物端末を持参するBYOD環境ができている。
広尾学園でIT活用を始めとする学校改革の陣頭指揮を執るのが、教務開発統括部長の金子 暁教諭だ。同教諭は、「次世代の教育における『ICT』は『Information, Communication, and Technology』ではなく『Innovation, Creativity, and Technology』である」と主張。単なる活用に終わらず、創造のツールとしてデジタルデバイスを位置付ける。具体的には、希望者を対象にプログラミング講座やロボット講座を設ける他、最近ではITを使ったものづくりである「デジタルファブリケーション」にも力を入れるなど、幅広いIT体験ができる機会を生徒に提供している。
本稿では、さまざまなIT活用を進める金子教諭に、IT製品を活用する上での秘訣を聞く。今回で最終回となる本連載では特別企画として、金子教諭の協力を得て、広尾学園が現在使用する全てのiPad用アプリケーションの一覧表を用意した。今後、iPadを活用する教育関係者の参考になることを願う。
一覧表を無料ダウンロード(TechTargetジャパン会員限定)
連載: iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」
- 第1回:「タブレットで動画撮影」が“学び心”を刺激する――大阪大学 岩居教授
- 第2回:タブレットは紙と鉛筆の“置き換え”ではない――袖ヶ浦高校 永野教諭
- 第3回:“PDCA軽視”の学校にIT化成功は無い――玉川大学 小酒井 正和准教授
- 第4回:「iPadしか使わない学校」は時代遅れに――デジタルハリウッド大学 栗谷幸助 准教授
- 第5回:“IT嫌い”の先生が変わるたった1つの工夫――神戸大学大学院 杉本真樹医師
- 第6回:“使われないIT”を学校に生まない5つの視点――附属新潟小学校 片山敏郎教諭
- 第7回:先生をIT好きに変える一言、IT嫌いを生む話し方――大和中学校 中村純一教諭
- 第8回:「学校なら1人1台タブレット」の常識を疑え――俊英館 小池幸司氏
- 連載インデックス
秘訣1:“主役”のタブレットよりも“舞台裏”のインフラに目を向けるべき
教育IT分野のトップランナーであり続ける広尾学園。企業や大学とのコラボレーションも多く、同校の先進的な取り組みを参考にする教育関係者は多い。そんな教育関係者の注目の的となるのが、どの端末を選んだのか、どのアプリケーションやサービスを使っているのかといった、タブレットをはじめとする端末とその関連製品の内訳だ。
一方、現場で指揮を執る金子教諭は、「IT製品を生かす秘訣は端末だけではない」と言う。同教諭が何より重要だと強調するのは、無線LANをはじめとするインフラの整備だ。特に「無線LANほど、長期的かつ日常的な運用に影響を及ぼすものはない」と同教諭は指摘する。
広尾学園では、医進・サイエンスコースにiPadを導入した2011年度以降、毎年200人単位で校内無線LANを使う生徒が増え続けている。ネットワーク構築時には万全を期して整備をしているものの、実際は「学校特有の条件や使い方によって、ネットワークにつながらないといったトラブルが発生することも少なくない」と金子教諭は明かす。
トラブルが起こりやすいのは、学校行事で多くの生徒や来校者がデバイスを一斉に使用したり、授業で動画などの映像教材を活用したりするときだという。広尾学園では実際、ある授業でストリーミング配信の動画を再生した際、それが原因でインターネットへのアクセスが不可能な状況に陥ったことがあった。
金子教諭は「動画を一斉に見ることが、他のクラスにどのような影響を与えるか考えることができれば、トラブルを事前に回避できただろう」と話す。教員間で事前にコミュニケーションを取るなど、互いのノウハウを補完する意識を持つことが大切なようだ。
無線LANに安定して接続できるかどうかは、教員だけでなく、生徒のモチベーションや集中力にも大きく影響する。授業中に無線LANへアクセスできなければ、オンラインサービスが使えなかったり、データを共有することも難しくなる。こうした状況が頻発すれば、生徒がタブレットを使うモチベーションや学習意欲も下がってしまうだろう。
金子教諭は、無線LANが利用できないときのために、オフラインでデータを共有する手段などの「代替案を持っておくことも重要だ」と話す。無線LAN環境は“不安定なもの”だと考え、長期的にうまく付き合っていく方法を考える必要があるといえる。
そもそも端末だけに目が行っていると、無線LANなどのインフラにまつわる問題の存在さえ見落としてしまいかねない。「教員がタブレットを活用する際には、その舞台裏まで考えてほしい」と金子教諭が強調するのはそのためだ。
秘訣2:「タブレット活用は授業だけ」という考えと決別すべき
金子教諭は、広尾学園へ学校視察に訪れる来校者から「『iPadを授業でどのように使っているのか』という質問をよく投げ掛けられる」と話す。だが授業での活用ばかりを見てタブレットの導入や活用を進めるのは「あまりにももったいない」と同教諭は言う。「教科内の活用にこだわらず、全ての教育活動にITを活用すると考えれば、多くのメリットを生徒や教員にもたらすことができる」と金子教諭は語る。
広尾学園では今や、授業内かどうかにかかわらず、学校生活のあらゆる場面でITを活用している。配布物のデジタル化、情報共有や連絡、スケジュール管理、家庭学習、部活動など、その活用範囲は多岐にわたる。中でも金子教諭は、米Googleが教育機関を対象に無償提供するオンラインオフィススイート「Google Apps for Education」を使って教員と生徒間のメール連絡を可能にしたことは、「教員、生徒の双方にとって大きなメリットだった」と語る。
広尾学園の生徒は以前、教員に何かを伝えたいときは、教員がいる時間帯を見計らって職員室へ足を運んでいた。だが多くの教員は、研修や会議、校務、部活動などで忙しく、職員室にいる時間を十分に取ることができない。そのため、生徒との行き違いが数多く発生していたという。
メールの活用は、こうした無駄な行動を減らし、互いの連絡やコミュニケーションをスムーズにした。生徒は職員室に向かう前にメールでアポイントを取ったり、逆に教員は時間があるときに生徒へ連絡するなど、互いの学校生活や教育活動に影響を与えない形でコミュニケーションを円滑化できた。
もちろん生徒には、「教員はすぐにメールの返事ができるわけではない」などの基本事項やマナーを伝えておく必要がある。「これを手間だと感じてしまうと、ITのメリットは得られないだろう」というのが、金子教諭の考えだ。
タブレットはそもそも、教育的利用のためだけに作られたものではない。インターネット社会を生きるわれわれ全ての生活を便利に豊かにするためのパーソナルデバイスであり、必然的に個人の生活と深く関わることになる。にもかからず、学校で使用するタブレットだけ授業内でしか使わないという発想は、教育現場でのIT活用を制約してしまう結果を招くのではないか。広尾学園ではこうした考え方の下、タブレットをはじめとするIT製品の位置付けを「全ての教育活動の土台」と定義している。この視点を持てるかどうかが、ITのメリットを享受できるかどうかの岐路になるかもしれない。
秘訣3:教員の不安から生まれたルールは、生徒の可能性をつぶす
金子教諭は「自戒を込めて」と前置きしつつ、「教員は一般的に、新しい挑戦を恐がり、事前にさまざまなリスクを想像してしまいがちだ」と説明する。自分が受け持った生徒に対して失敗があってはならない――。こうした思いから、新しい取り組みに対して消極的な姿勢になってしまう教員がいるのも「理解できる」と同教諭は言う。
広尾学園のIT活用に関しては、「導入前に心配していたことはほとんど起こらなかった」と金子教諭は振り返る。生徒同士のトラブルや端末の破損、新しい挑戦に対する保護者の反応など、同教諭はタブレット導入前にさまざまな問題を想定していたという。だが活用が進み、タブレットを使うことが“当たり前”になることで、「導入効果がこうした問題を相殺し、自然と理解が広がった」と同教諭は説明する。
たとえ教員がうまくタブレットを使えなかったとしても、「良い使い方を見つける生徒が現れてくれるのが、教育現場の良いところだ」と金子教諭は指摘する。タブレットを使うことで、今まで見ることができなかった生徒の表現や表情に気付くのも教育現場ならではなのだという。「こんな使い方をするのか」「こんな表情を見せるのか」といった具合に、生徒の行動は教員の予想を簡単に超えていく。
生徒の可能性を伸ばす上では、「教員の心配や不安から生まれたルールの中で生徒にIT製品を使ってもらうのは望ましくない」と金子教諭は考えている。タブレット導入を実践する学校では一般的に、タブレットの使い方を巡り、自由と規制のバランスをどうすべきかが度々議論に挙がる。広尾学園は2014年春、中学校を対象に、生徒が中心となってIT製品の使い方や活用ルールなどを決める「ICT委員会」を準委員会として組織。生徒の自主性を重んじた運用を始めている。
ただし金子教諭は、自主性を重視しつつも、「中学生の段階では、生徒のITスキルの差が大きいことを考慮しなければならない」と注意を促す。「ITが得意な“できる”生徒に合わせた標準が作られてしまうと、他の大多数の生徒がついていけなくなる可能性がある」からだ。精神的に大きく成長する発達段階にある中学生に合わせた自由度の高い運用については、同校もまだまだ手探りの状態だ。
「ITに限らず『変わり続けること』を大事にするのが、当校のスタンスだ」と金子教諭は語る。変化し続けなければ“生徒が来たがらない学校”になってしまう――。学校経営の危機に直面した広尾学園の教員の根底には、そんな危機感があるのかもしれない。同校が変化し続ける原動力は、「生徒が将来、必要とされる力は何か」を問い続ける姿勢であり、ITの導入はその1つにすぎない。
「生徒の未来を照らせる学校でありたい」。金子教諭をはじめとする教員のそんな思いが、広尾学園のIT活用を支えている。
iTeachers(アイティーチャーズ)
小学校、中学校、高等学校、大学、専門スクール、学習塾という、各教育機関でITを活用した革新的な取り組みをしている9人の先駆者が集まって結成した教育者チーム。「教育ICTを通じて『新しい学び』を提案する」をスローガンに、実践の中で培われた経験やノウハウを、全国のイベントやセミナー、メディアなどを通じて広く情報発信している。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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