iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」【第8回】
「学校なら1人1台タブレット」の常識を疑え――俊英館 小池幸司氏
IT活用に取り組む教育者チーム「iTeachers」の発起人であり、「教育ICTコンサルタント」の肩書を持つのが、俊英館の小池幸司氏だ。ライフワークとして教育ITに関わる小池氏に、IT活用の秘訣を聞く。
小学校、中学校、高等学校、大学、専門スクール、学習塾。それぞれの領域でITを活用した教育に取り組む教育者チームが「iTeachers」だ。その発起人が、今回紹介する俊英館の小池幸司氏である。
俊英館は、首都圏を中心に校舎を展開する進学塾だ。小池氏は同社に入社後、約5年の講師経験を経てマーケティング部へ異動。現在はマーケティング部長としてプロモーションや広報全般を手掛ける一方、IT・システム管理を統括している。同社は2011年、米Appleのタブレット「iPad」を活用して、知識や経験の応用を中心とした「PISA型学力」を養成するコースを先駆的に設置。その企画責任者となったことを契機に、同氏は教育ITの分野に深く関わるようになる。
小池氏はiPad導入をきっかけに、教育機関でのIT活用が大きな可能性を持ちつつも、世間一般には認知度や理解が低いことを知る。まずは周囲の意識を変えていく必要性があると感じた小池氏は、主婦層の教育ITへの認知度向上を目指すコミュニティー「ママプリ」を結成した。さらにITを活用する教育関係者が交流できる場として「iPad教育活用研究会」と称する勉強会を実施。個人のライフワークとして積極的に活動を進めていった。
小池氏の活動はその後、「教育ICTコンサルタント」として本格化。イベントの企画をはじめ、取材や講演、学習アプリの開発協力など活躍の幅を広げた。また、iPadと教育をテーマにした国内でも初の書籍『iPad教育活用 7つの秘訣』(発行:ウイネット)をプロデュース。同書籍の発刊はiTeachers発足のきっかけにもなった。
講師経験もあり教育者としての視点も持ちつつ、ビジネスパーソンとして、個人のライフワークとして教育ITに関わる小池氏。そんな同氏にIT製品を活用する秘訣を聞いた。
連載: iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」
秘訣1:「目的」は大きく 「目標」は小さく
IT製品を教育現場に導入する際、何のためにIT製品を使うのか、すなわち導入の「目的」を明確にすることが重要だといわれる。学習者の主体性を育てる、学力向上を図る、ITリテラシーを高めるなど、各教育機関が目指す方向性や育成すべき資質を基に目的を設定し、その実現のためにIT製品を利用する、といった具合だ。
多くの教育現場に足を運ぶ小池氏は、こうした考えに理解を示しつつ、「学校教育の現場では、IT製品を使う目的の設定に気が取られるあまり、新たな1歩が踏み出せないケースが多い」と話す。本来であれば、何らかの目的があって、その達成のためにIT製品を使うのが筋だ。だが目的設定にこだわるあまり、「目的がなければIT製品を一切導入してはいけないかのような空気感が、学校教育の現場に広がりつつある」と小池氏は明かす。
タブレットのように、利用シーンが限定されない汎用的なIT製品は、実際に導入して使ってみなければ分からないことの方が多く、全ての効果と課題を事前に予測することは不可能に近い。小規模な試験導入などの取り組みから、「こんなことに使えそう」といったアイデアが浮かぶこともある。一方、「導入ありき」でIT製品を入れてしまっても、使い道が分からずに有効活用されないケースが多いのもまた事実だ。
こうしたジレンマを解消するにはどうすべきか。小池氏の考えでは、IT製品を使う目的は漠然とした大きなものを設定しておき、その目的実現のために何を達成すべきかという「目標」は小さくかつ具体的に設定することが重要だという。「目標はしっかり絞り込み、『最低限これだけは実現する』といったものにすることが大切だ」(同)
小池氏は既に、こうしたアプローチを成果に結び付けている。同氏はまず、俊英館の企業理念である「顧客満足」をiPad活用の目的に据えた。そして、iPad導入当初の目標として設定したのが、学習者に考える習慣を身に付けてもらうための「教えない授業の実現」だった。新コースの開設を伴ったこの取り組みを通じて、各校舎にiPadを配備し、プロジェクターを使って教材を映写する授業スタイルを確立した。
このスタイルが、既存コースにおける板書時間の削減にも応用できると考えた小池氏は、「授業時間の圧縮」を目標とした活用法を検討し、動画教材の効果的な活用で授業時間を30%圧縮することに成功した。これにより、それまで週3日だった5教科コースの時間割を週2日に変更。学習者の通塾負担や家庭の経済的負担を減らすことができた。
IT製品の導入を前提として目的を考えるのは順序が逆だ。漠然とした大きな目的がまずあって、その実現のための具体的かつ小さな目標を考える。その上で、目標達成にIT製品がどう使えるかを、現場の教員が一緒になって知恵を絞っていくのが本来あるべき姿なのではないだろうか。
秘訣2:「スモールスタート」がIT導入成功の鍵 “1人1台”の過信も禁物
IT製品を導入する際は、「せっかく入れるなら、あれもこれもできた方がいい」など、1つの製品に多くのことを期待しがちだ。こうして導入したIT製品は結果として、導入したはいいが使いものにならないということが、教育現場に限らずビジネスの現場でも多い。この要因として小池氏は、「人がシステムに縛られて、身動きが取れなくなるからだ」と指摘する。このありがちな失敗を避けるためには、「IT導入はスモールスタートで段階的に進めることが望ましい」と小池氏は語る。
IT導入をスモールスタートで進める際は、「“ローコスト”と“シンプルさ”にこだわるべきだ」というのが、小池氏の考えだ。確かに、コストを掛ければ多機能なシステムを導入することは可能だ。ただし、機能ばかりが充実した“全部入り”のソフトウェアを最初から導入すると失敗しがちだという。「教育現場で効果的に使えるソフトウェアは、汎用性のあるシンプルなもの。現場の教員あるいは学習者が作ったコンテンツを簡単に乗せることができるプラットフォームが求められている」と同氏は説明する。
一方で、小池氏が「コストを掛けるべき部分だ」と指摘するのがインフラだ。タブレットや電子黒板といったIT機器がそろっていても、無線LAN環境がお粗末だったり、安定してつながらなかったりするケースは少なくない。チョークで書いたり教科書を開いたりするのと同様、IT製品が当たり前に使える環境がなければ、どれほどすばらしい機能も絵に描いた餅に終わってしまう。その環境作りにインフラは不可欠だ。
教育業界で加速するタブレット導入に関しても、1人1台環境があたかも“理想形”であるかのごとく進むことに、小池氏は疑問を呈する。もちろん、学習者の発達段階によっては1人1台が望ましいケースもある。ただし、「例えば小学校低学年では、グループに1台の環境の方がより効果的な活用が可能ではないか」と同氏は話す。
「あくまでも企業人の視点にはなるが」と小池氏は前置きしつつ、「現状の教育制度のまま1人1台のタブレットを無理やり導入すると、現場の負担があまりにも大きく、費用に効果が見合わない」と語る。一方、教職員に1人1台のタブレットを支給することは、現状を大きく変えることはなくとも、ある程度の学習効果が出せるという。「タブレット導入を思案している教育機関は、まずは教員に実機を配布してはどうだろうか」と小池氏は提案する。
秘訣3: ITで人は動かない 活用の前に信頼関係の構築を
教育機関のIT活用事例や取り組みの現場を多く見てきた小池氏。取り組みがうまくいっている教員や学校の共通点として、「教員と学習者との信頼関係が築けていること、もしくは信頼関係をベースに取り組みを進めていること」を挙げる。IT製品を通じて学習者と教員がつながるのではなく、「学習者と教員が普段から対話し、それによって築き上げられた信頼関係の上にIT製品の活用を進めるイメージだ」と同氏は説明する。
タブレット導入を検討している教育機関では、学習者に与える“自由と規制のバランス”を課題だと捉えているところも多い。学習者が汎用性の高いIT製品を使うと、教員の予想を上回るような効果的な使い方をしたり、今まで以上に主体性を発揮したりする。一方で、授業中に授業と関係のないアプリで遊んだり、休み時間にゲームばかりする学習者が現れる恐れがある。こうしたリスクの存在が、多くの教育機関でタブレット導入に二の足を踏む要因の1つとなっている。
自由と規制。このバランスをうまく保つ上で必須条件となるのが、学習者と教員の信頼関係だと小池氏は指摘する。IT活用の取り組みをうまく進めている教育機関は、学習者自身にIT製品の利用ルールを考えてもらい、たとえ不適切な使い方が起こったとしても、それ自体を学習の機会に変えていくという姿勢がある。結果、IT製品のメリットを存分に生かした学習活動を可能にしていることが多い。一方、トラブルを恐れるあまり、最初から教員を中心とした大人が決めたルールで管理してしまうと、IT製品の良さが生かしきれず、紙をデジタルに置き換えただけの狭い活用範囲で終わってしまうだろう。
そのような状況を踏まえて小池氏は、「タブレットの1人1台環境は、教員と学習者が新たな関係性を築き、学習者が主体的に学べる場を作ることを目的にすべきだ」と語る。主体的な学びの場こそが1人1台環境の最大のメリットだと考える小池氏は、「一方的に知識を伝授する従来型の学習スタイルの枠を出ない限り、教員は、学習者が授業中にゲームやWeb検索をしているのをただ叱るだけの存在になりかねない」と指摘する。
タブレットの導入は大きな可能性を秘めており、導入自体が学習者や学校を変える起爆剤になり得るのは確かだ。ただし、IT製品の導入だけで、学習者のモチベーションや行動が変わるという考えは必ずしも正しくない。学習者の心を動かすのは、ITではなく教員である。タブレット導入の検討は、その基本的な関係性を見直す大きな契機になるのではないだろうか。
iTeachers(アイティーチャーズ)
小学校、中学校、高等学校、大学、専門スクール、学習塾という、各教育機関でITを活用した革新的な取り組みをしている9人の先駆者が集まって結成した教育者チーム。「教育ICTを通じて『新しい学び』を提案する」をスローガンに、実践の中で培われた経験やノウハウを、全国のイベントやセミナー、メディアなどを通じて広く情報発信している。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」
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