iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」【第5回】
“IT嫌い”の先生が変わるたった1つの工夫――神戸大学大学院 杉本真樹医師
医療教育でのIT活用に積極的に取り組む、神戸大学大学院の杉本真樹医師。IT活用に積極的でない医師までもIT活用の取り組みに巻き込んでいる杉本医師が、IT活用のコツを明かす。
教育現場でのIT活用を実践する教育者チーム「iTeachers」。そのメンバーの中で唯一、医療の世界に身を置くのが、医師/医学博士の杉本真樹氏だ。現在は神戸大学大学院 医学研究科の特命講師を務め、帝京大学医療情報システム研究センターの客員教授や他大学の講師なども兼務する。
杉本医師は大学卒業後、帝京大学医学部附属病院の外科や米VA Palo Alto Health Care System(米国退役軍人省パロアルト病院)で医師として勤務。その後、神戸大学で特命講師として医学生の育成に携わる。医療教育でのIT活用に積極的で、患者の内臓データを3次元(3D)画像にする医療画像解析用iOSアプリケーション「OsiriX HD」を使ったり、3Dプリンタを使った特許取得済みの「生体質感造形」技術を使って患者の内臓を模型で再現したりするなど、画期的な指導を実践。これらの新しい取り組みは、医療関係者のみならず、教育関係者の注目も集めている。
「医療ICTシステム」「手術支援」「低侵襲内視鏡手術」「手術ロボット」など最先端医療技術の研究開発にも幅広く参加し、医学系学術会議で国際11件、国内8件の学会賞を受賞している杉本医師。現在は神戸大学の「生命医学イノベーション創出リーダー養成プロジェクト」などの推進を通じ、科学教育や若手人材育成に貢献中だ。米Appleが「Macintosh」の誕生30周年にちなんで選んだ、重大な影響を与えた先駆者としての30人のクリエイターの1人でもある。
IT活用が積極的な医療の世界。教育現場との共通点も多く、そこから学ぶことも多いだろう。今回は、医療教育の視点を持つ杉本医師から、教育機関がIT製品/サービスを生かす秘訣を聞く。
連載: iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」
秘訣1:ITで“本物”を感じさせる
米Appleのタブレット「iPad」を医療教育の現場で活用している杉本医師。最初に手応えを感じたのは、「実在する患者の3D画像を医学生が見て『生き生きと学んでいる!』と分かったときだった」と語る。
杉本医師は当時、iPadを用いて実際の患者の3D画像を医学生に見せ、学生自身が病気を見つけ出して治療方法を考える、といった指導に取り組んでいた。3D画像を見た医学生たちは、そのリアルな映像に感動し、互いに気付いたことや感想を言い合って、「どのような治療をするのが望ましいのか」についてディスカッションを始めたという。「まさに、これがチーム医療の原点。この様子を見ることができたのが最初の手応えだった」と、同医師は語る。
医学生に見せた3D画像が、実際の患者の臓器ではなく、サンプル臓器から作られたものだったらどうだったか。医学生は「これほどまでの反応を示さなかったかもしれない」と杉本医師は指摘する。「実在する患者の、尊い命が感じられる本物の3D画像だったからこそ、医学生たちは真剣に受け止め、考えを深めることができたのではないか」というのが、杉本医師の考えだ。実際に患者を診察しているわけではないが、より実践に近い学びの形が医学生の真剣度を高めたということだ。
教育現場がIT製品を使うときは、その使い方や活用範囲を広げることも確かに大切である。ただし杉本医師は、「学習者がIT機器を使って何を見るかがさらに重要だ」と語る。紙の教科書を単にPDF化したり、誰が作ったのか分からないデータを一方的に与えるのではなく、「学習者が学習内容に自然とのめり込んでいくようなデータやコンテンツを選んでこそ、学習者の主体性に働きかけられるのではないか」と同医師は考える。
本物の臓器を画面内に再現したり、3Dプリンタで質感が得られるようにするなど、ITの活用で学習者に与えられる情報量は飛躍的に増える。そのメリットを大いに生かし、「自分の目で見て何かを感じられるようなデータを用いて、心が揺さぶられる体験を学習者にさせてほしい」と杉本医師は語る。
教員の先入観はひとまず封印
本物のデータを教育現場で用いるときには、「教員の先入観を先に与えてしまわないよう注意している」と杉本医師は語る。例えば、医学生に臓器の3D画像を見せるとき、「硬そう」「黒っぽい」など自分の価値観を先に言ってしまわないようにしているという。
教員が先に口に出してしまうと、学習者にとってその言葉が考えの“基準値”になってしまいがちだ。そうすると、本物のデータを用いているのにもかかわらず、自分の感性を研ぎすまして考える機会を学習者から奪ってしまう。それよりもまずは、「自由にデータを見せて学習者から意見が出るのを待つようにし、いろいろな意見を言いながらクリエイティビティを引き出す方が良い」と、杉本医師はアドバイスする。
秘訣2:“Win-Win”の関係がIT活用の裾野を広げる
医療教育の現場でIT活用が進んだ要因の1つは、「多くの医師や関係者に取り組みを広げることができたことが大きい」と杉本医師は話す。同医師も、“デジタル嫌い”“ITが不得手”なベテラン医師を巻き込むために働きかけを続けてきたという。教育現場のIT活用でも、同様の課題を抱えている教員も少なくないはずだ。
他人を巻き込んでいくためには、「相手にとっても、自分にとってもメリットがある“Win-Win”の形で広げていくことが大前提だ」と杉本医師は語る。ITを活用するとどんなメリットがあり、どんな付加価値が得られるのかを提示しながら話を進めることが、他人を巻き込こむための鍵となるという。
杉本医師が取った具体策は、勤続年数が何十年にも達するベテランから若手への技能継承でのIT活用だ。同医師はベテラン医師に対して、「若手育成のために、手術の動画を撮らせてほしい」と訴えかけ、ベテラン医師の手術室に入って動画撮影を始めた。若手医師にこの動画を使ってもらい、ベテラン医師の手先の動きを何度も繰り返し見ながら技能を習得できるようにするためである。
手先の細かい動きなど、ベテラン医師が長年にわたって築いてきた技能を若手医師が学ぶには、今まではベテラン医師の術中の行動を見て“盗む”しか方法が無かった。技能継承にITを活用することで、若手医師の技能習得を容易にしつつ、同時にベテラン医師もIT活用の取り組みに巻き込もうというのが、杉本医師の狙いだ。
ベテラン医師は、「これまでやってきた自分の技術を振り返るきっかけになった」と明かすなど、この取り組みをおおむね好意的に捉えているようだ。さらに、若手医師に技能を説明する際、動画を見ながら「この部分が」「こういう風に」と映像を指さしながら会話できるようになったりと、「若手との意思疎通がしやすくなった」と感じるベテラン医師が増えたという。ITが世代間のコミュニケーションを円滑化させたことで、その価値を認めるベテラン医師は確実に増えている。
IT活用に積極的な医師、必ずしもそうではない医師の双方にメリットがある方法で、IT活用の取り組みを広げていく。こうした考え方は、教育機関でITを活用する教員の裾野を広げる際にも役立つはずだ。
秘訣3:時代の流れを捉え、“新しい価値を生み出すツール”としてITを使う
教員は、目の前の学習者のために最善を尽くすのは当然だ。新たなIT製品が新たな効果をもたらす可能性があるのであれば、技術革新に敏感であることも教員に必要な資質だといえる。
杉本医師はこれらに加え、「現場から1歩引いて、社会全体から現場を見る目線を持ってほしい」と語る。技術をどう使うかという目の前の課題だけでなく、教育業界全体はこれからどのように変化するか、何が求められるようになるかという大局的な視点から捉えることが重要になる。
教育現場が意識すべき1つの時代観として杉本医師が挙げるのは、「社会が人間の能力を測るための新しい評価基準を持ち始めた」ことだ。現在、学校の評価基準は学習者のテストの点数を基に判断していることが一般的である。一方で、社会では心の知能指数・感情指数と呼ばれる「EQ(Emotional Intelligence Quotient)」や創造指数と呼ばれる「CQ(Creativity Quotient)」を、人間の能力を測る新たな評価基準として捉える動きも現れ始めている。教育機関がこうした評価基準を今すぐ取り入れるのは難しいとしても、「学習者ごとに違うゴールを設けるなどして、学習者の能力を伸ばしてほしい」と同医師は話す。
「IT機器を当たり前のツールとして使うだけではなく、“新しい価値を生み出すツール”として捉えることも、今の時代では必要ではないか」と杉本医師は指摘する。これだけIT製品が普及している時代であれば、「教育現場でもIT製品を使って当然だ」と考えるのは自然な流れだ。ただし、漠然とIT製品を使えばよいというわけではない。「そもそも『IT機器が新しい価値を生み出すデバイスだ』と教員が捉えるかどうかで、教育現場にもたらす効果も異なるのではないか」というのが、同医師の考えだ。
ITを使って新たな価値を生み出すにはどうすべきか。杉本医師は「デジタル化されている情報には、人が集まりやすいことを知っておくべきだ」と話す。デジタルデータとして発信した情報は、SNSなどを通じて職業や興味を同じくする人の目に留まる。すると、複数人で場所や時間を越えて情報を共有したり、意見交換したりするなど生産的な交流が生まれるケースが多い。そこでのつながりが協業や協力といった新たな価値を生み、教育活動に貢献する展開も期待できる。
教員のIT活用においても、自身が所属する学校といった小さなコミュニティー内で取り組みやその成果を話すだけでは、新しい価値が生まれにくい。たとえ小さな取り組みであってもITを使って情報発信し、多くの人の目に留まりやすい形にしておくことで共有や交流が生まれ、新しい価値の発見につながるのだ。
教育機関のIT活用を語るとき、よくIT製品を「使いこなす」という言葉が用いられる。ここでの「使いこなす」とは、IT製品自体の機能を熟知することではなく、そこから何を生み出すことができるのかを考えていくことなのだろう。医療教育の第一線で、先進的なIT活用に取り組んできた杉本医師。「IT機器を使って生み出した新しい価値こそが、学習者の“これからの社会をどう生きていくか”につながる」と、教育業界で同じくIT活用に関わる教員にエールを送る。
iTeachers(アイティーチャーズ)
小学校、中学校、高等学校、大学、専門スクール、学習塾という、各教育機関でITを活用した革新的な取り組みをしている9人の先駆者が集まって結成した教育者チーム。「教育ICTを通じて『新しい学び』を提案する」をスローガンに、実践の中で培われた経験やノウハウを、全国のイベントやセミナー、メディアなどを通じて広く情報発信している。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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iTeachersに聞く、IT活用「3つの秘訣」
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