「Health 2.0 Fukushima Chapter 2014」リポート
日本の医療IT開発が向かうべきは“タブレットネイティブ”
医療アプリケーションの新規開発や事業化で求められるものとは? 福島県で開催されたイベント「Health 2.0 Fukushima Chapter 2014」における有識者のトークセッションで語られた成功のヒントを紹介する。
福島県で新しい医療の創造を目的としたイベントを開催
「医療に革命を起こそう」をテーマにしたイベント「Health 2.0 Fukushima Chapter/Medical × Security Hackathon 2014」が2014年2月27、28日に福島県アルツ磐梯スキー場で開催された。このイベントは、経済産業省 東北経済産業局の「平成25年度地域新成長産業創出促進事業」の支援を受けており、講演「Health 2.0 Fukushima Chapter」とハッカソン競技「Medical × Security Hackathon」の2つで構成される。
医療従事者をはじめ、大学生や社会人を含むアプリケーション開発者やデザイナー、セキュリティエンジニアなどが参加し、医療アプリケーション/サービスに関するアイデアや、医療アプリケーションのセキュリティの問題解決策を出し合うことで、東日本大震災の被災地である福島県から新しい医療を創造することを目的としている。また、医療ITに従事する企業関係者や大学研究機関とのマッチング、医療に関する情報共有や開発コミュニティー形成などの役割を担っている。
Health 2.0 Fukushima Chapter講演は、2010年11月の「メディカルクリエーション in ふくしま2010」から数えて4回目となる。東日本大震災での経験を基にした緊急時の医療提供体制の構築、医療機器・ソフトウェアのセキュリティ国際規格の最新動向、より多くの人に伝わるプレゼンテーションの仕方など、これからの医療アプリケーションの開発、事業化に向けたヒントとなる講演が行われた。本稿では、イベントのコーディネーターである東 博暢氏を交えた、講演者3人のトークセッションの内容をお届けする。
コーディネーター
- 東 博暢氏(日本総合研究所 戦略コンサルティング部 融合戦略クラスター長)
講演者と講演テーマ
- 石井 正氏(東北大学病院 総合地域医療教育支援部 教授 宮城県災害医療コーディネーター/日本DMAT 統括DMAT/日本赤十字社救護員指導者)
「石巻医療圏における東日本大震災への対応と今後の取り組み」
- 中里俊章氏(一般財団法人 日本品質保証機構 認証制度開発普及室 特別参与)
「医療機器ソフトウェアとセキュリティ TC62における国際規格等の動向」
- 杉本真樹氏(神戸大学大学院 医学研究科 内科学講座 消化器内科学分野 特命講師)
「医療人を動かすインセンティブプレゼンテーション」
医療現場で求められるセキュリティ確保とモバイルデバイスの有効活用
東氏 若い開発者の皆さんには、社会的な課題を解決できるアプリケーション/サービスを開発してもらいたいです。これからの医療ITに求めることを伺います。いつ起きるか分からない有事に備えたツールを開発しようとした場合、例えば、災害医療の現場で困っている課題があれば教えてください。
石井氏 「患者の服薬情報が簡単にいつでも入手できる仕組み」があれば便利だと思います。広域災害が発生した場合、何千人単位で薬の処方が要求されることがあります。東日本大震災では、災害発生から日がたつにつれて慢性疾患に関する薬へのニーズが強くなりました。災害がきっかけではない高血圧や不整脈、高脂血症などの慢性疾患について、普段飲んでいた薬が欲しいという声です。病院や調剤薬局が配布している「お薬手帳」を患者が持っていればよいとも考えられますが、実際には津波で流されたり、紛失してしまった例が多くありました。
また、患者自身が病名と服薬している薬が分かれば、すぐに処方することも可能です。しかし、高齢者の患者の多くは、自分がどんな普段どんな薬を飲んでいるかを把握していないのが現状です。そのため、クラウドを活用した服薬・処方履歴を共有できるサービスがあれば便利だと思います。そこで問題となるのが「セキュリティ」です。例えば、精神病のように他人に知られたくない疾患もあるため、繊細に取り扱う必要があります。その点に気を配ったツールがあるといいですね。
東氏 最近、医療保健に関する情報など、より高いプライバシー保護が求められる情報については「個人情報」ではなく「センシティブ情報」という表現で使い分ける動きがあるかと思います。センシティブ情報を収集・共有する基盤としては、平時と有事で切り分けられるセキュリティ対策が必要となりますね。情報通信との融合が進んだことでさまざまな医療機器がインターネットと接続可能になった今、特にセキュリティ対策には慎重にならざるを得ないでしょう。日本における医療機器・システムのセキュリティの現状や課題をどのように見ていますか。
中里氏 「現状のセキュリティレベルでは、課題が多い」と言わざるを得ないでしょうね。
東氏 米Appleをはじめとした欧米諸国のITベンダーは、セキュリティに対する考え方が先行しているという印象があります。医療現場で見習うべき点はありますか。
杉本氏 その入口となるのが、モバイルデバイスではないでしょうか。モバイルデバイスが活用されたことがきっかけで、医療現場の考え方が変化しています。既にコンシューマーの世界では、クラウドを利用して気軽に情報にアクセスでき、かつスピードも求められている時代です。医療情報は病院の中で隔離されていると思われがちですが、実際は院外からの参照も可能で病院スタッフ以外でも情報にアクセスできます。ただ、何かトラブルが発生すると後手に回り事後対応が多いと言えます。
モバイルデバイスが当たり前のように普及している米国では、導入事例や有害事象が多くリポートされています。しかし、そうした情報が日本ではあまり紹介されていません。医療情報の管理者だけでなく、現場の医療従事者でも情報を認識したり、共有したりできる仕組みが必要だと思います。
誰でも使える医療機器・アプリの条件とは?
東氏 医療従事者を教育する立場として、石井さんは医療現場のモバイルデバイス活用をどう見ていますか。
石井氏 今の若い人は、iPadで論文を整理するなどモバイルデバイスを普通に活用しています。画期的なソフトウェアや機器を開発すれば、若い人はすぐに順応するでしょう。50~60代以上の世代でも使えるものを開発してほしいと思います。医療の世界では「誰でも使える。素人でも分かる」というコンセプトが重要ではないでしょうか。
東氏 なるほど。災害現場では使いづらい電子機器ではなく、紙媒体で運用した方が効率がいいこともあります。そこでも使えるツールとしては、いかにUI(ユーザーインタフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)が優れているかが重要になるでしょう。これからの医療機器は、より分かりやすく、より使いやすいことが求められると言えます。医療機器を開発する側の立場として、UI/UXの改善に関する課題やその実現のめどはどれくらいを想定していますか。
中里氏 先ほどのセキュリティ対策も含めて、日本だけが取り残されている印象があります。欧米諸国では各国政府の施策の後押しもあり、多くの医療メーカーが既にセキュリティ対策で先行しています。その次の施策として彼らが考えているのが、UIの改善だと聞いています。米国では「HFE(Human Factors Engineering:人間工学)」という言葉が好んで用いられます。高齢者や素人でも操作できることはもちろんですが、欧米諸国では視覚障害がある医療スタッフ(技師)でも使えるユーザビリティとして「ユニバーサルデザイン」が求められています。また、今後は多言語対応も重要な要素。海外からの医療ツーリズムを積極的に行うためには、来日した患者の母国語対応も必要ではないでしょうか。
日本人はアイデアを伝えるのが苦手?
東氏 これまで医療・教育分野ではアクセシビリティを考慮していなかったり、携帯電話やスマートフォンの利用を禁止するという施策が行われていました。国際的な競争から取り残され、新しいベンチャーが育ちにくい状況だといえます。また、諸外国と比べて産業振興を担う若手の研究者やエンジニアが外の世界とのつながりが少なく、実用化に向けた資金調達の知識や人脈に乏しく、自分たちが持つ優れたアイデアを伝えることが苦手であるという指摘もあります。
例えば、Googleが日本のロボット開発会社「SCHAFT」を2013年11月に買収しましたが、同社は日本の投資機関への出資依頼を断られた後、Googleに買収されたとのこと。そうした事例も日本の新しい産業の創出の根本的な課題を浮き彫りにしているのではないでしょうか。
「Digital Natives」から「Tablet Natives」へ
杉本氏 ユーザビリティは「学習しやすい、記録しやすい、ミスが発生しにくい“マイナスからゼロ”」への発想が中心です。これからは、実際に人が使いたいと感じる魅力的な“ユーティリティー”としての側面が鍵になるのではないでしょうか。現状、魅力的な医療機器といって思い浮かぶものはほとんどありません。そうした一種の遊びとも受け取られる部分は関連する法律に抵触したり、企業側があえて抑止したりしてきました。魅力的な医療機器であれば、ユーザビリティのちょっとした欠点を補うことも十分可能です。
1990年代以降に生まれた世代は「Digital Natives」と言われますが、実はコンピュータを使ってこなかった今の高齢者が初めてタブレットを触ったときも、Digital Nativesと類似した現象が起きているそうです。高齢者の多くが使いやすいツールではなく、使って楽しいツールを利用しています。さらに2000年以降に生まれた世代は、タブレットのような直感的なツールが当たり前の「Tablet Natives」と定義できます。彼らはより直感的で分かりやすく、魅力があるツールを求める傾向にあります。こうした変化は、アイデアピッチ(主張をその本質にまで純化するスキル)にも自然に現れるのではないでしょうか。
企業規模や立場を超えた、新しいチームを形成する必要がある
東氏 今回のMedical × Security Hackathonでも、参加全員のブリーフィングの後にアイデアピッチを行い、チームを組み、約24時間で課題解決や新しいアプリを作り上げることになります。実際、多人数がチームを組んで事を行うのは難しい場合が多いです。災害医療コーディネーターという立場から、チームをまとめ上げるためには何が重要だと思われますか?
石井氏 東日本大震災の避難所での取り組みでは、チームでやるべきコンセプトは明確に伝えて共有しました。また、「ミーティングは20分で終了する」「1つのミーティングには、1つのジョークを織り交ぜてメンバーに肩の力を抜いてもらう」ことなどを心掛けました。大切なのは「あの人が言うならしょうがない」と思わせるような力かもしれません。加えて、面白く魅力的なチームであることを伝えるともに、相手にメリットを与えることで「このチームに所属して得だなと思わせる」ことも重要ではないでしょうか。
東氏 「技術に関してはこの人、プレゼンテーションや交渉はこの人が担当する」というように、1人でやるのではなく、それぞれの長所を生かせるチーム形成は重要ですね。自分たちが世の中にある課題の解決策を提供できることを上手にアピールできることも求められるでしょう。
杉本氏 プレゼンテ―ションをする場合、“私”や“あなた”ではなく、“私たち”がということで心をつかめることもあります。
東氏 新規参入が増えるなど、医療市場には多くの企業・団体がますます増えることになります。新興ベンチャーと大企業との付き合いは今後どうなると思いますか?
中里氏 2000年以降、世界有数の医療ベンダーは、大学機関との研究開発を密にすることでベンチャー企業との連携を活性化するなど自社の方針を大きく変えています。日本でも大学の研究室との連携の動きが出始めているので、ぜひこうした流れを促進してほしいと思います。
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