「医療×ITベンチャーサミット」リポート(2)
未来を変える医療ITは“患者共感”型が主流に
2014年1月に神戸市で開催された「医療×ITベンチャーサミット」では、医療・ヘルスケア分野で新製品・サービスを提供するベンチャー企業の取り組みが紹介された。より患者の身近な存在としての医療ITが生まれている。
「医療産業都市・神戸市から、医療ITベンチャーの振興を提言」に続き、2014年1月に神戸市で開催された「医療×ITベンチャーサミット」の講演内容をリポートする。このイベントでは、医療・ヘルスケア分野で新しい製品・サービスを提供するベンチャー企業6社が自社の取り組みを発表した。それぞれ事業のスタート地点は異なるが、「ITで医療の未来を変える」という思いは共通している。
糖尿病患者の自己管理を周囲が見守るサービス「Welby」
ウェルビーが提供する「Welbyシリーズ」は、クラウドを活用して糖尿病患者の日々の健康管理を支援するWebサービスだ(画面1)。同社のCEOを務める比木 武氏は、統合失調症の治療薬『ジプレキサ』の販売事業に携わったことが医療分野との最初の接点となり、その後、医師向けSNS事業を立ち上げた経歴を持つ。
比木氏は、最新の医療系ITサービスを発表する国際年次カンファレンス「Health 2.0」に継続的に参加して見てきた海外の動向について触れ、「これまでは医療従事者に向けたサービスが中心だったが、徐々に患者向けサービスが増えている。特に政府や医療機関自らが患者向けツールを積極的に提供している」と説明する。
例えば、英国のNHS(国民保健サービス)の公式サイトでは、民間企業が提供するアプリケーションを紹介して治療に活用することを勧めているという。また、米国では医療機関自身が治療ツールを提供。Johns Hopkins Hospitalでは糖尿病の治療ガイドラインの情報を提供。また、UCSF Medical Centerでは治療に関する患者教育ツールなど、患者の知識向上をITで支援している。
そうした動向を踏まえ、ウェルビーでは「Empower the Patients」をコンセプトに掲げ「“患者自らが情報を得て、自ら行動して、自ら判断できる”ためのプラットフォームを構築するために起業した」(比木氏)。ウェルビーは世界糖尿病デーでもある2011年11月14日、Welbyシリーズの最初のアプリをリリースした。
Welbyシリーズは、血糖値を記録・管理する「Welby血糖値ノート」、食事の内容や写真を記録して管理する「Welby食事ノート」「Welby食事アルバム」などのサービスを提供(画面2)。2014年1月末時点で患者やその家族1万人が利用している。基本的に医師や薬剤師、看護師が患者やその家族に対面で勧めてもらう形態を取っている(Webサイトからでもアプリをダウンロード可能)。
医師が患者を直接診察する時間や頻度は限られており、患者の日常の様子が分からないこともある。「『モバイルによる自己血糖管理ツールを利用した患者は、未使用の患者に比べてHbA1cが1.2%減少した」』という論文(Diabetes Care,Sep 2011)が発表されるなど、患者向けツールの効果も証明されつつある」(比木氏)
Welbyシリーズでは疾患に関する知識をチェックする「Welby教育クイズ」機能も提供する。「海外の事例のように、患者に病気に関する知識を持ってもらいたい」(比木氏)ことがその理由だ。また、患者が記録した日々の状態記録の数値や写真などの履歴は「Welbyマイカルテ」で管理する。記録データはカルテ形式、グラフや表形式などで閲覧できる(画面3)。
さらに患者が入力したデータを閲覧できる「Welbyシェア」によって、かかりつけ医や患者の家族と情報を共有する(画面4)。「ともだち」(患者の家族)、「せんせい」(医療従事者全般を指す)というグループ単位でも閲覧可能。比木氏は「かかりつけ医や家族が様子を見守ることで、患者の健康管理を習慣化することにもつながる」と語る。
現在、WelbyシリーズはAPI機能を提供することで、他のWebサービスとの連係強化を図っている。状況に応じて複数のサービスを利用できるように、患者の共通ID化によるSSO(シングルサインオン)を進め、医療従事者ともつながる患者の自己管理ツールを提供することで、医療従事者の治療にも役立てる環境の構築を目指している。既に医師向け会員制サイト「ケアネット」や薬剤師・薬学部生向けWebサイト「ココヤク」などと連係している(図1)。
難聴患者とのコミュニケーションを改善する「COMUOON」
ユニバーサル・サウンドデザインは2013年12月、難聴患者とのコミュニケーションを改善するコミュニケーション支援システム「COMUOON(コミューン)」を発表した。同社は、聴こえ支援機器の設計・開発・販売、店舗などの音響設計などを手掛ける企業。同社の代表取締役 中石 真一路氏によると、「“人々の伝える、聴こえる”をデザインする」ことを使命として、世の中の誰もが聞き取りやすい音をデザインすることで「聴こえのユニバーサルデザイン」の実現を目指しているという。
中石氏は、QRコードによる携帯電話の会員認証システムのサービス立案やシステム開発を担当した経歴を持つ。EMIミュージック・ジャパン(ユニバーサルミュージックが吸収合併)の新規事業企画部に所属していた当時、慶応義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)の武藤教授が取り組んでいた「横波スピーカー」の研究・商品化に携わっていた。その際、遠くまで音を届けるこの技術が「難聴の人でも聴こえやすい」という話を聞き、実際に中度難聴の父親で検証。その後、被験者でのテストを重ねた結果、軽度難聴者の聴こえ改善に効果があることを確認した。中石氏は2011年11月、NPO法人「ユニバーサル・サウンドデザイン」を設立し、聴こえ支援技術の研究と難聴に関する理解の普及活動を開始し、基礎研究終了後の2013年4月に難聴である父とともに設立した株式会社に移管して製品化を進めた。
難聴・補聴器に関するアンケート調査「JapanTrak2012」によると、補聴器は目覚ましい技術向上を遂げている一方で、日本の難聴者における補聴器利用率は14.1%と、欧米諸国と比べて低いという。中石氏は、その理由として「補聴器を着けることを恥ずかしく感じる」「装着時の聴こえに違和感がある」「片耳で10万円以上するなど、品質の良いデジタル補聴器の価格が高い」の3点を挙げる。
こうした課題を解決する製品として発表したCOMUOONは「聴こえにくければ、音を聴こえやすくすればいい。難聴者側ではなく、話者側で聞こえを改善する世界初の製品」(中石氏)とアピールする。
ユニバーサル・サウンドデザインでは、音圧に加えて「音の明瞭度」「音の指向性」「音のレスポンス」などが難聴者の聴こえに影響していることに着目。振動エネルギーをできるだけ壊さずに再現・増幅させる「LAT(Listening Assistive Technology)」を新日本無線、佐賀エレクトロニックスと共同開発してCOMUOONに採用している。
COMUOONは、専用マイクとスピーカーで構成される。補聴器を装着していなくても、軽度・中度の難聴者で効果を実証、装着者、人口内耳でも改善効果が高いという(図2)。
医療機関や公共施設では、補聴器を着けていない患者との対応が難しいという課題を抱えることが多い。COMUOONはそうした現場における、難聴者・老人性難聴者との快適なコミュニケーションを支援する。例えば、医師の往診時や病院の受け付けでの呼び出しなどの医療現場、行政機関での受け付けなどに活用できる。以下、試験導入をした医療機関の医師や患者の感想の一部だ。
- 大声を出さなくても聴こえるので、診療サイドの労力が減った
- 患者本人も大声を出さなくて済むので、落ち着いて診療を受けることができる
- 大声でなくて済むので、情報漏えいのリスクが減った
- 「骨伝導ヘッドフォン」のように不特定多数の人が身に着ける必要がないので、衛生的である
中石氏は、既存の難聴者が身に着ける補聴器・集音器の市場は現在、約300億円だが、COMUOONのような「話者側で聴こえを改善するコミュニケーション支援システム」という新しい市場は5年後には約50億円まで成長すると見込んでいる。既に医療法人昴会 野村医院、千葉県立佐原病院、東京都台東区立柏葉中学校などが試験導入しており、佐賀県や佐賀市などの自治体、東京都練馬区の複数の教育機関も検討しているという。特に佐賀県では、県全体のユニバーサルデザイン計画にユニバーサル・サウンドデザインの製品を採用している。
COMUOONは2014年3月にバージョンアップを予定しており、アプリケーションとの連係機能を強化。個々人の情報を登録することで、より聴こえやすい音を提供できることを目指している。
世界中で展開可能な地域医療プラットフォームを目指す「おひさま会」
医療法人おひさま会 理事長/院長である山口高秀氏は、以前、救命・救急医療の現場で医師として働いていた。当時、山口氏の祖母が心肺停止状態で勤務先に運び込まれてきた。一命は取り留めたものの障害が残り、半年間の自宅での介護を経て息を引き取った。「近くに往診してくれる医師がいなかったため、自分が主治医となった。完治できないことは分かっていたが、治らない患者にも医療は必要」と考えて在宅医療の道に進んだ。
現在は、神奈川県と兵庫県の5地域で在宅医療・介護事業を運営するおひさま会グループを率いている。おひさま会グループでは、自宅や施設での療養を望む高齢者を24時間365日体制で医療・介護の両面を支援する。医師が診療に専念できるように往診の代行や受け付け、事務代行などを行っている。
「『在宅医療支援診療所』制度が2006年に制定されてから8年が経過した。現在、在宅医療支援診療所は全国で1万4000施設登録されているが、稼働率は低い。未曽有の多死時代を迎えると予想される日本の未来を支える仕組みとはいえない」と山口氏は指摘する。その現状を改善し、「全ての人を支えられる在宅医療の仕組みを作りたい」と立ち上げたのが「おひさまネットワーク」だ(図3)。
おひさまネットワークでは「コンシェルジュ」を育てて、グループ企業であるグローバルメディックがコンシェルジュを各地域に派遣して活動する。「医師の診療を可能な限り効率化することを支援する人的ネットワークグループを作った」(山口氏)。従来は、在宅医が地域の介護士やケアマネジャーと連携するが、患者の横に寄り添うコンシェルジュを通して連係することにした。医師が交代しても、チームで在宅医療が可能になった。関係者が増えることで課題となるのが「患者情報の適切な管理」だ。
おひさまネットワークの情報を管理するITシステムが「おひさまシステム」だ(画面5)。おひさまシステムは、データベースアプリケーション開発ソフト 「FileMaker Pro 12」をベースに構築したWebサービス。クラウドを活用して多拠点、多職種の関係者間での共有を実現している。「必要な診療情報が一括して医師のもとに届き、それを基に適切な診療ができる仕組みをITシステムで構築した」(山口氏)
おひさまシステムでは、患者の基本情報、患者を支えるスタッフの活動内容を詳細に記録する。おひさまシステムの特徴として、山口氏は「コミュニケーションを円滑にする機能を多く搭載していること」を挙げる。
その1つの「リマインド」機能は、ユーザーがある患者に関する活動記録を更新し、その情報を特定のスタッフに必ず確認してもらいたい場合に用いる。もう1つが「申し送り機能」。不特定多数の人に業務連絡や告知、相談が必要なテーマに対して投稿するウォール機能だ(図4)。おひさま会では、おひさまネットワーク/おひさまシステムを2本の軸として、自宅でのみとり率、診療所当たりの受け入れ患者数が増えたという。
おひさま会では、この仕組みを全国1万4000施設に広げるための連携モデルの展開を視野に入れているという。医師や看護師、関係者を含めた地域全体でのチーム体制を構築し、現場が抱える運用課題をネットワークで改善することで、高品質で高効率な在宅医療ネットワークの創出を目指すという。「システムだけでは人を支えられない。最終的に人を支えるのは“人”同士。世界で展開可能な人が支える地域医療プラットフォームを目指してまい進する」と決意を述べた。
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