Dropboxの脱クラウド以前と以後【後編】
Dropboxがオンプレミス回帰後も「AWS」を使い続ける理由
Dropboxは脱クラウド後も部分的にAWSの利用を続けている。独自のストレージシステムを構築したオンプレミスのデータセンターを含め、どのようにインフラを運用し、どのような方針で製品を導入しているのだろうか。
ファイル同期サービスを手掛けるDropboxは、2015年にAmazon Web Servicesのクラウドストレージ「Amazon Simple Storage Service」(Amazon S3)から、オンプレミスのデータセンターにあるストレージシステムに、ほぼ全てのデータを移行した。ただし完全にオンプレミスのストレージシステムだけの運用に変えたわけではなく、必要に応じてAWSの同名クラウドサービス群を利用している。
併せて読みたいお薦め記事
クラウドストレージの選定ポイント
「脱クラウド」についてより広く
一方でDropboxは、オンプレミスのストレージシステムに「SMR」(Shingled Magnetic Recording:シングル磁気記録)方式を採用したHDDを導入するなど、ストレージシステムをサービスに最適化したり、運用コストを削減したりするためのカスタマイズを続けている(SMRの詳細は後述)。同社はどのような方針でインフラ運用や製品選定をしているのだろうか。
オンプレミス回帰後もAWSを使い続ける理由
Dropboxはいったんほぼ全てのデータをAmazon S3からオンプレミスのストレージシステムに移行したわけだが、完全にAWSから離れたわけではない。例えばオンプレミスのストレージシステムへの移行後に、AWSのフランクフルト、シドニー、東京リージョンのデータセンターを段階的に利用してきた。
オンプレミスのストレージシステムを構築した経緯を考えれば、DropboxがAWSを使い続けることは矛盾した行動にも映る。だが、これは「自社サービスの迅速な提供を重視した判断だ」と、Dropboxのインフラ分野を率いるジェームズ・コーリング氏は説明する。国内を例に挙げれば、米国のデータセンターではなくAWSの東京リージョンを選択できるようにすることで、ユーザー企業はセキュリティポリシー上、国外には保管できないデータでもDropboxのサービスを利用できるようになる。
Dropboxは大部分のデータを米国にあるオンプレミスのストレージシステム「Magic Pocket」で保管することで、競争上の優位性を出している。ただし「オンプレミスだけに制限するとアジリティ(敏しょう性)やサービス提供の選択肢を失ってしまう」(コーリング氏)。そのためオンプレミスのストレージシステムにはこだわりつつも、オンプレミスのインフラにもクラウドサービスにもロックインされないことを重視しているという。
SMR方式のHDDを生かし切るためにストレージシステムを見直し
「Dropboxはなぜ『AWS』からオンプレミスへの回帰を選んだのか」で触れた通り、DropboxがMagic Pocketをはじめとするオンプレミスのストレージシステムを構築した理由は、自社サービスの利用傾向に適したカスタマイズやコスト最適化を実現することにあった。このために重要視しているのは、オンプレミスのデータセンターで運用する製品についてはその特性をよく理解することと、必要に応じてカスタマイズすることだという。そのため同社が製品選定をする際は、「その製品のベンダーが、当社と緊密に連携できる企業かどうかが重要だ」とコーリング氏は語る。製品をカスタマイズする上では、製品の可能性も限界も熟知しているベンダー側の知見が欠かせないことが背景にある。
Dropboxがオンプレミスのデータセンターに導入した製品の一例が、SMR方式を採用したWestern DigitalのHDD製品だ。
HDDには円盤上の記録媒体「プラッタ」を同心円状に分割した「トラック」と呼ばれる領域が存在する。トラック内には「セクタ」と呼ばれるトラックを細分化した領域があり、データを書き込む際はこのセクタに記録する。一般的に採用されてきたCMR(Conventional Magnetic Recording)方式のHDDの場合、隣接するトラック間のデータが干渉によって変化しないように、「ガードバンド」というスペースを設けている。SMR方式のHDDはトラックを瓦のように重ね合わせ、プラッタ内のトラックの本数を増やすことで容量拡大につなげる。
SMR方式のHDDにはデメリットもある。トラックを重ね合わせることでデータの記録領域が狭まる一方、目的とする書き込み領域の細さに合わせて、書き込み用の磁気ヘッドの幅を変更することは難しい。そのためデータの書き込み時は隣接するトラックのセクタまでデータを書き直す必要がある。
こうした特性を踏まえると、SMR方式のHDDではデータのアクセス方式として連続したデータ領域を読み書きする「シーケンシャル方式」を採用することが理にかなう。データのアクセス方式としては目的とするデータ領域を直接読み書きする「ランダムアクセス方式」もあるが、SMR方式の場合はランダムアクセス方式で上述のようなデータの書き直しをすると時間がかかり過ぎるためだ。
DropboxはSMR方式のHDDを生かすため、シーケンシャル方式でデータを読み書きするようにストレージシステムを改修した。アーキテクチャも変更し、データの書き込みや、すぐに利用するデータの読み出しにはSSD(ソリッドステートドライブ)をキャッシュとして使い、その裏側でSSDからHDDへの読み書きをするようにした。これらの改修を経て容量単価の低さというSMR方式のHDDのメリットを享受しながら、ストレージシステム全体としてデータの読み書き速度を高めることができたとコーリング氏は強調する。
先行するSMR方式のHDDの大規模な導入例がない中で、こうした導入成果を出せたのは、オンプレミスのストレージシステムの要件と、SMR方式のHDDの製品特性をうまく組み合わせた結果だ。製品特性を理解する上でも「ベンダーとの緊密な連携が欠かせなかった」とコーリング氏は振り返る。
Dropboxはオンプレミスのデータセンターに導入する製品については、可能な限りマルチベンダーにすることを重視しているという。この方針はHDDやSSDなどのストレージに限らず、マザーボードやネットワークカード、CPU、メモリといった「ハードウェア全てに適用するように努めている」とコーリング氏は強調する。ハイブリッドクラウドの採用と同様、これも特定の環境やベンダーにロックインしない考え方の表れだと言える。調達先を複数社にすることによるリスク分散の効果もある。
クラウドサービスは必要に応じて利用
クラウドサービスに関しては、Dropboxの事業開始当初の2008年とは異なり、現在はAWSの他「Microsoft Azure」(Azure)や「Google Cloud Platform」(GCP)などの“メガクラウド”が幾つか存在する。「必要があればAWS以外のクラウドサービスを利用する選択肢はある」とコーリング氏は語るものの「AWSとは長く協力してきた歴史がある。緊密に連携できるかどうかが重要な点だ」と繰り返し強調する。
コーリング氏は脱クラウドを実行した経験から、小規模な事業のインフラにはクラウドサービスを利用することを推奨する。ただし「事業規模が大きくなり、大量のデータを抱えていることに加え、構築と運用のスキルに自信があるのであれば、オンプレミスは有効な選択肢になる」と同氏はアドバイスする。
当然のことながらDropboxのデータセンターには大量のストレージが存在する。これを人手で管理するのはほぼ不可能なため、ソフトウェアによる自動化の体制を敷いている。エラー発生時には自動的にデータを他のストレージにコピーして、人手では故障したディスクを取り出すだけでよいという。こうした効率的な運用は、もちろん同社のスキルの高いエンジニアの手によるものだ。
Dropboxの事例は、クラウドサービスかオンプレミスのインフラかを考える際は、自社で運用するスキルとノウハウ、判断力のある人的リソースが確保できるかどうかがポイントになることを示していると言える。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Dropboxの脱クラウド以前と以後
この記事の著者
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社MatrixFlow] 「物流リソース最適化」ガイド:人員・配車・傭車を出庫依頼の確定前に決めきる -
製品資料
[株式会社キーエンス] なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは -
製品資料
[株式会社セールスフォース・ジャパン] 「CRMは設計と無関係」は本当か? PLMとの融合で実現する高速開発 -
事例
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] AIエージェントの時代にどう備える? 「新たな働き手」を支える3要素とは -
製品資料
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] “横並びの自動化”から脱却、AI活用で生産性と競争力を高める秘訣
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
法務と開発者で「言葉が通じない」問題 トヨタやソニーが語るOSS管理の真実
-
3
なぜ「Gemini 4 Argon」は出遅れたのか? Googleが狙う“逆転のシナリオ”
-
4
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
5
情シスの約8割が転職や退職を意識 調査で分かった“辞めたくなる最大の理由”
-
6
ChatGPTは“検索しまくり”でGeminiは“淡泊”? データが明かすAIの裏側
-
7
情報漏えいはなぜ繰り返されるのか 今すぐ見直すべき「境界」
-
8
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
9
「結局使わなくなる」Microsoft 365 Copilotを半年で定着 キリンの3施策
-
10
「中堅・中小企業のネットワーク・セキュリティ運用実態」に関するアンケート
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
2
家庭用Wi-Fiルーターの業務利用は危険? 避けるべき理由と具体的な対策
-
3
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
-
4
財務部門がAIを最大限に活用する方法 無駄のない戦略的リーダーシップへの道
-
5
LLMが兵器化? 元FBI高官が鳴らす警鐘とセキュリティツール統合のポイント
-
6
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
7
なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは
-
8
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
9
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
10
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー