新型コロナ接触追跡システムの可能性【後編】
新型コロナ「接触確認アプリ」はなぜ必要で、なぜ過度な期待は禁物なのか
新型コロナウイルス感染症陽性者の接触追跡アプリケーションは、公衆衛生機関が主導する国家的な取り組みにも有益な技術だ。ただし真価を発揮するためには超えるべき壁がある。それは何か。
米国の医療機関は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者と接触した可能性がある人に注意喚起を促す「接触追跡」システムを独自に導入し、院内感染を抑えようとしている。だが国家的な公衆衛生を目的とした接触追跡システムの効果は、ほとんど絵に描いた餅だ。その理由は「COVID-19の大規模検査と接触追跡を包括したプログラムが、まだ実施されていないからだ」と、調査会社Forrester Researchの医療アナリスト、ジェフリー・ベッカー氏は考えている。
ITベンダーはこうした状況を変えることを目指している。例えばAppleとGoogleが共同開発し、2020年5月に公開した「Exposure Notification API」は、接触追跡の分野に登場した新しい要素技術の一つで、公衆衛生機関が取り組む接触追跡の支援を目的としている。公衆衛生機関はこのAPIを使って、COVID-19と診断された人と濃厚接触した可能性のある人に通知を送るための接触追跡アプリケーションを開発できる(国内では厚生労働省が「新型コロナウイルス接触確認アプリ」として提供)。これまでは電話による通知が一般的だった。
前編「大学病院が『新型コロナ接触追跡システム』を導入 メリットは何なのか?」、中編「新型コロナ『接触追跡システム』の真価は院内感染の防止か」に続く後編となる本稿は、公衆衛生機関が主導する国家的な接触追跡アプリケーションの動向と、Exposure Notification APIの今後の展開を解説する。
国家規模の接触追跡はなぜ必要で、なぜ期待できないのか
接触追跡アプリケーションが機能するためには「エンドユーザーがCOVID-19検査で陽性と判定された場合に、接触追跡アプリケーションで報告すること」が必要だ。そうするかどうかはエンドユーザーに任されている。それでもベッカー氏は、接触追跡アプリケーションは「有益だろう」と語る。経済活動が再開し、人々が自由に移動し、職場に戻り、公共交通機関を使用し、お互いに交流するようになりつつあるからだ。
「6カ月後に乗る飛行機は、6フィート(約1.8メートル)四方に9人分の割合で用意された座席に詰め込まれるかもしれない」と、ベッカー氏は語る。米疾病予防管理センター(CDC)はCOVID-19対策として、6フィートの対人距離確保を推奨している。「だからこそ周囲にいる自分の知らない人々について、感染に関する識別情報をスマートフォンで受け取れる技術は有意義だ」というのが同氏の意見だ。「検査と接触追跡を包括的に実施することで、われわれは安心して経済活動を再開し、かつウイルスを隔離するための計画を始動させられる」(同)
接触追跡アプリケーションが効果的に機能するには、感染者と非感染者の接触をできるだけ数多く捉えられるように、幅広く普及させる必要がある。ベッカー氏は「そのためには、市民からの大規模なエンゲージメント(愛着、思い入れ)が必要になる」と語る。誰もが自分から積極的に接触追跡アプリケーションをインストールして有効にするとともに、自分がCOVID-19の検査で陽性判定を受けた場合は自主的に報告することが、前提として必要になるからだ。
こうした接触追跡アプリケーションに対して、個々人の支持と参加を強引に取り付けようとすると「この技術の広範な普及を妨げ、効果を発揮するのを阻害する恐れがある」と、ベッカー氏は指摘する。人口の20%しかこの接触追跡アプリケーションを使わなければ、感染全体の20%しか捕捉できない。「感染全体の20%しか捕捉できないなら、経済活動を再開するための効果的な戦略とはならない」(同氏)
接触追跡アプリケーションの普及には他にも課題がある。それはプライバシーだ。COVID-19だと診断された患者が後で職場に戻った場合、接触追跡アプリケーションを有効にしていると、職場の同僚の中で接触追跡アプリケーションを使っている人に濃厚接触の可能性が通知されることになる。「これはリアルタイムプロセスなので、なおさら強烈な印象を与えてしまう」とベッカー氏は指摘する。
感染していると診断され、しかも何らかのコミュニティーに参加せざるを得ない人は、保身のためにアプリケーションをオフにしてオプトアウトするだろうとベッカー氏は予測する。「さもないとコミュニティーの中を歩いているだけで、リアルタイムで他の人々が『ウイルスに暴露した可能性がある』と通知されるのを目の当たりにすることになる」(同氏)
GoogleとAppleの共同開発プロジェクトの第1段階では、エンドユーザーは接触追跡アプリケーションをスマートフォンにダウンロードできるようになる。第2段階では、接触追跡アプリケーションの機能をデバイスのOSに直接組み込み、普及拡大につなげる計画だ。だが第2段階でも、エンドユーザーはこの機能を自分の手で有効にする必要がある。
ベッカー氏は、米国で接触追跡アプリケーションの普及がどれだけ成功するか「興味深く見守っている」ものの「強制されなければ利用はあまり進まないだろう」と考えている。OSへの組み込みに関しては、接触追跡アプリケーションの普及の特効薬にはならないというのが、同氏の考えだ。米国では、何らかの方法で利用が義務付けられなければ、飛躍的に普及することはないだろうと同氏は指摘する。「接触追跡アプリケーションはオプトインのオプションのままだろうし、そうであれば比較的低い普及率にとどまり、インパクトもかなり小さくなるだろう」(同)
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