AI活用の現実的な選択肢【後編】
なぜ「LLM」ではなく「SLM」こそ企業にとって“実用的なAI”になるのか?
軽量で扱いやすいSLM(小規模言語モデル)への関心が高まっている。今後、LLMではなくSLMの重要性が高まるのはなぜなのか。専門家の意見を基に、SLMの実用性と将来性について考察する。
「大規模言語モデル」(LLM)に代わるコスト効率の高い選択肢として、「小規模言語モデル」(SLM)が注目を集めている。SLM単体では企業のニーズを満たすことは難しいという意見もあるが、今後はLLMではなくSLMの重要度が高まる可能性がある。それはなぜなのか。SLMの実用性と将来性について考察する。
小規模モデル「SLM」こそ重要なAIモデルになるのはなぜか?
併せて読みたいお薦め記事
連載:AI活用の現実的な選択肢
SLMについて理解を深める
グラフデータベースベンダーMemgraphのCEOドミニク・トミチェビッチ氏は、「AIモデルを使う上で重要なのは、どれだけ業務データのコンテクスト(文脈)を理解できるかだ」と強調する。宿題のような一般的な問題であればLLMで十分対応できるが、ビジネスにおける実用性を求める場合はSLMの方が適していることがある。
例えば、塗料の調合、モノのインターネット(IoT)ネットワークの構築、配送スケジュールの最適化といった企業固有の業務がある。こうした業務で使用するAIモデルは、「1930年のワールドカップ優勝国」といった汎用(はんよう)的な知識を備える必要はない。重要なのは、その企業固有の業務に最適化されていることだ。
SLMをトレーニングすることで、業務に関連する質問への応答精度を高めることができる。例えば、Eコマース(EC:電子商取引)システムにおける問い合わせ内容を分類し、「注文状況の確認」「返品依頼」などを自動で識別できるようになる。サプライチェーンに特化した知識を学習することで、より的確な回答や意思決定支援を提供できる。
企業向けナレッジ管理プラットフォームを提供するPryonのCEOクリス・マール氏は、SLMのリソース効率の良さに注目する。SLMは軽量であるため、専用の高性能マシンを必要とせず、標準的なハードウェア環境でも運用可能だ。「インフラの制約を越えて、AIへのアクセスが民主化されつつある」とマール氏は述べる。GPU(グラフィックス処理装置)や電力にかかるコストを考慮しても、LLMよりSLMの方がコストを抑えられるという利点もある。
SLMの課題をどう克服するか
一方でトミチェビッチ氏は、「ビジネスで日々生成される業務データをSLMに取り込むに当たっての技術的な課題がある」と指摘する。一般的にSLMはLLMと同様、深層学習モデル「Transformer」ベースのアーキテクチャを採用している。Transformerは一度に大量のデータを学習し、それによって形成された知識の枠内で推論するという性質を持つ。
つまり、特定の業務用途に最適化されたSLMであっても、それ自体を最新の状態に保つ、あるいは継続的にアップデートすることは依然として難しいということだ。コンテキストウィンドウ(生成AIがやりとりの中で一時的に保持する情報量)に常に最新情報を投入し続ける必要がある。
この課題に対する有効なアプローチとして、「ナレッジグラフ」と「RAG」(検索拡張生成)という技術が注目されている。ナレッジグラフは、データ同士の意味的なつながりを図として整理したもので、構造化データや非構造化データを含む情報の関係性を分かりやすく表現できる。一方のRAGは、学習データ以外に外部のデータベースから情報を検索、取得し、AIモデルが事前学習していない情報も回答できるように補う手法だ。「最新のデータベースから動的に情報を取得することで、状況に即した推論を可能にする」とトミチェビッチ氏は説明する。
マール氏はRAGについて、「AIモデルに必要な文脈だけを的確に届けるパイプライン」と位置付ける。AIモデルが必要なときに必要な情報にアクセスできる仕組みを持つことで、より信頼性の高いアウトプットが得られるようになる。
SLMとLLMが協力するAIエージェント時代
LLMはその汎用性と回答精度が評価される一方で、事実ではない情報をまるで真実であるかのように生成してしまう「ハルシネーション」という課題を抱えている。
業務自動化ベンダーDigital WorkforceでヘルスケアAIリードデータサイエンティストを務めるラミ・ルイスト氏によると、SLMは内部処理の透明性に優れており、出力の根拠を示しやすいと指摘する。「説明可能性や信頼性が重要となる場面では、LLMよりもSLMの方が監査や検証がしやすい」とルイスト氏は話す。
昨今、「AIエージェント」に対する企業の関心が高まっているが、実用化にはまだ課題が残る。複雑な業務プロセスを自律的に処理するAIエージェントは、誤った判断をそのまま自動化してしまうリスクがある。この精度は今後改善されると見込まれているが、現時点ではそうした誤りを前提に設計された企業向けアプリケーションはほとんど存在しないのが実情だ。
調査会社Gartnerでディレクターアナリストを務めるアヌシュリー・バーマ氏は、「今後は、特定分野に特化した軽量な言語モデルを微調整して活用する流れが主流になる」との見解を示す。こうしたモデルは、汎用的なAIの補佐役として、専門家のような役割を果たすことが期待される。テレビ番組「クイズ$ミリオネア」の救済措置「テレフォン」のように、専門外の人物が専門家の助言を求める関係に似ている。
AI研究開発機関Google DeepMindのCEOを務めるデミス・ハサビス氏も、複数のAIモデルが協力してタスクを遂行する未来を描いている。SLMは知識の蒸留(Knowledge Distillation)やRAGといった手法を用いて特定分野に最適化され、将来的にはLLMが専門性の高い質問に答える際に“呼び出される専門家”のような存在になる可能性がある。
TechTarget発 先取りITトレンド
米国Informa TechTargetの豊富な記事の中から、最新技術解説や注目分野の製品比較、海外企業のIT製品導入事例などを厳選してお届けします。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
TechTarget発 先取りITトレンド
米国TechTargetの豊富な記事の中から、最新技術解説や注目分野の製品比較、海外企業のIT製品導入事例などを厳選してお届けします。
この記事の著者
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
SNS認証や多要素認証も数分で実装、IDaaS基盤でデジタルビジネスはどう変わる? -
製品レビュー
「電子帳簿保存法対応」実践術:タイムスタンプ付与などの要件の手軽な実現方法 -
事例
「大企業のデジタル化」成功事例集【コクヨ、九州電力、ヨネックスなど21社】 -
製品資料
“顧客管理の課題”を簡単に解決する方法とは? -
製品資料
契約管理の“あるある課題”をノーコード開発で解決するためのポイント
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
ソフトウェア開発生産性向上に取り組む企業は4割 調査で学ぶ「停滞」の正体
-
2
100億円の「Linux更新」を回避 みずほ銀行が選んだ“おきて破り”のRHEL延命策
-
3
Oracle巨大ITプロジェクトはなぜつまずいたのか 8年で導入1割、追加で170億ドル
-
4
Microsoft製品でここまで自動化できる 情シスがやめられる手作業10選
-
5
「技術屋」で終わらないために 情シスが今取るべき認定資格5選
-
6
Synologyがエンタープライズ向けユニファイドストレージを投入 その実力は
-
7
継続利用は4割どまり M365 Copilotが「効く業務」と期待外れの境界
-
8
迫る“インフラ崩壊”の危機 米英を相次いで襲った「PLC悪用攻撃」の全貌
-
9
自宅のWi-Fiが「遅い」「途切れる」本当の原因は? Dellが推奨する鉄則
-
10
ISMSの“コンサル丸投げ”が招く数千万円の無駄 NTTドコモビジネスの脱出劇
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
AIエージェントで多様な日常業務を効率化するための入門ガイド
-
2
AIが「わざわざ使うツール」になっていない? 業務で自然に使う導線にする秘訣
-
3
JR西日本ITソリューションズが「監視業務の属人化」を解消した方法とは?
-
4
5回聞くだけじゃ足りない? トヨタ式「なぜなぜ分析」の正しい実践方法
-
5
「脱Excel」か「Excel快適化」か? 現場にやさしい業務改善の進め方
-
6
インシデント対応工数を約3割削減、東京ガスの事例に学ぶ監視体制刷新のコツ
-
7
「結局、一部の人しか使わない」 AI活用が業務に定着しない根本的な理由
-
8
AIエージェントで成果は出る? 調査結果に見る費用対効果の実態
-
9
PostgreSQLの「機能」「性能」「運用」「拡張性」に関する悩みの解消法
-
10
ゼロトラストにおける「IDaaSの課題」と補完すべき重要機能とは?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー