金融大手を動かすAWS「10億ドル投資」の本気度
単なる外注とFDEは何が違う? AWSが金融機関にAI部隊を常駐させる狙い
AWSは単なるインフラ提供を超え、金融大手へ生成AI専門家を直接送り込む新戦略に巨額投資する。開発期間70%短縮をもたらす伴走支援の全容と、巨大クラウド依存に危機感を募らせる規制当局の動きを追う。
Amazon Web Services(AWS)は10年前に金融サービス分野への本格的な注力を開始し、業界の変化に合わせて提供内容を進化させてきた。
約10年前、従量課金制による無制限の処理能力の提供は大きな差別化要因だった。AWSや他のハイパースケーラー数社がこれを実現したが、現在のAWSは顧客のシステム基盤へとつながる単なる回線以上の存在となっている。
同社は初期の段階から世界有数の大手銀行に食い込んだ。AWSの金融サービス市場開発担当グローバルヘッドを務めるジョン・カイン氏は「業務の複雑さを理由に、初期は大手企業に注力した」と語る。「大手企業に注力したことで、規制市場でグローバル規模で運用する当社の能力に高いハードルが課されることになった」
JPMorgan Chase、Goldman Sachs、Barclays、HSBCといった企業は、プレスリリースで顧客ではなく「パートナー」と表記されるようになった。この言葉は、双方が築き上げてきた実績にふさわしい表現だ。
カイン氏によると、金融機関は必要な柔軟性と処理性能を得るためにAWSの技術を採用する際、セキュリティ、コンプライアンス、ガバナンスへの懸念を抱いていたという。同氏は「当社はこの業界で慎重にアプローチしてきた」と付け加える。
金融サービスに深く組み込まれるAWS
それから約10年が経過し、AWSは「Forward Deployed Engineering」(FDE)と呼ばれる10億ドル規模の投資によって生成AIの専門家を金融サービスの顧客拠点に常駐させている。
一見すると従来のアウトソーシングのように感じられるかもしれないが、カイン氏はこれを否定する。このプログラムは「生成AIの時代に顧客が必要とする技術的基盤の構築を支援する」と同氏は語る。「社内で生成AIによるイノベーションを推進するために支援を必要としている顧客は極めて多い」
FDEチームは部門横断型で構成され、技術、科学、金融ビジネスの専門家がそろっている。カイン氏自身も技術者としてキャリアをスタートさせ、その後にビジネス側へと移った経歴を持ち、金融業界を「ぴったりの環境」と表現する。
「私は技術者としてキャリアを始め、徐々にビジネス側へと軸足を移した。金融サービスの醍醐味(だいごみ)の1つは、技術主導型の産業である点だ。技術を理解できれば、ビジネスも理解しやすい」(カイン氏)
これは一般的なアウトソーシング業界の説明にも聞こえるが、カイン氏は決定的な違いがあると主張する。「FDEチームはビジネス課題の解決を後押しするだけでなく、単発のプロジェクトで終わらせずに、その基盤の上で顧客が自ら成長を加速させられるよう生成AIのインフラとプロセスの土台を残していく」
FDEはプロフェッショナルサービス契約を通じて提供されるが、顧客の自立度が高まるにつれて関係性も変化するとカイン氏は説明する。「FDEチームは、顧客が自立し、自力で規模を拡大できるよう支援している」
現在では大手銀行にとどまらず、決済システム事業者や証券取引所、その他業界の有力企業もAWSと緊密に連携し、最先端技術の活用を進めている。
適切な時期と適切な場所
10年前、AWSは従量課金制によるオンデマンドのクラウド処理能力を企業に提供し、金融業界の変革の起点に位置していた。この取り組みが現在進行しているAI主導の技術革新の礎となった。
「AWSのようなクラウドインフラを活用する利点なしに、企業がこれほど迅速に生成AIを導入できたとは考えにくい」とカイン氏は話す。
一方でAWSを始めとする大手ハイテク企業は、単なる計算資源の提供を超え、FDEプログラムのようにAIなどの最新技術を導入する顧客で実践的な経験や支援を提供している。
「基盤モデルの構築や推論環境の整備、さらに業界の革新スピードに追随しながらそれらを大規模に展開するために必要な投資を考えれば、最大手の顧客であっても自社単独で行うのは困難だ」(カイン氏)
AWSが顧客にもたらした実績の1つに、開発チームの効率の大幅な向上がある。カイン氏は開発者の生産性向上を「目覚ましい」と評価し、ビジネスの着想からコード化、本番環境への投入に至るまでの期間が以前と比べて70%短縮されたと述べる。
新規開発にとどまらないレガシー刷新
AI技術は、既存の機能を損なうことなく老朽化したレガシーシステムを刷新する用途でも企業を支援している。その恩恵を受けている銀行の1つがデンマークのDanske Bankだ。デジタルトランスフォーメーション(DX)計画を含む戦略「Forward '28」の一環として、同行は2024年にAWSとの協業を開始した。
プロジェクトの第1段階では、AWSと連携してレガシーアプリケーションをクラウドへ移行するためのプラットフォームを構築した。直近の取り組みの拡大では、AWSのクラウド、AI、エンジニアリングリソースを活用し、デジタル顧客向けサービスの開発を進めている。
「Danske Bankは、コードの単純な翻訳ではなく、ビジネスロジックから見てコードが何をしているかを説明させる用途で生成ツールを活用した好例だ」とカイン氏は述べる。「同行はその業務要件を抽出し、最新の生成AIコーディングツールに投入して、レガシーコードからではなく業務要件に基づいて新しいアプリケーションを構築している」
AWSやMicrosoft、Googleといったベンダーへの依存度が高まる中、金融機関が自社の内部リソースによってどのように競争優位を保つのかという疑問が生じる。主要ベンダーの技術にどの企業も同様にアクセスできる環境で、カイン氏は各金融機関の「データ」と「企業文化」こそが差異化の要因になると強調する。
「これらの新しい技術を活用するにあたっては、技術面の刷新にとどまらず、いかに迅速に製品を開発し市場へ展開できるかをビジネス側が考える必要がある。これこそが変革だ」(カイン氏)
金融分野のAWSなどの存在感の高まりは、世界各国の金融規制当局も見逃していない。英国ではAmazonのような企業に厳格な規制を適用するよう求める声が上がっている。英Cyber Monitoring Centre(CMC)の報告書によると、英国、アイルランド、欧州、または米国東部の主要なAWSやMicrosoft Azureのクラウドリージョンで24時間のシステム障害が発生した場合、英国全土に重大な経済的混乱が生じ、6億5000万~10億ポンドの直接的な収益損失をもたらす可能性があるという。そうした影響を踏まえれば、規制強化の動きは不自然ではない。
英国の金融規制当局は現在、金融部門が業務運営を依存しているITベンダーの監視を行っている。当初の規制対象として、AWS、Google Cloud、Microsoft、Oracleの英国法人の4社が「重要サードパーティー」(CTP)に指定された。
クラウドサービスを始め、英国の金融部門を支える重要インフラを提供するこの4社は、2026年7月からイングランド銀行と金融行動監視機構(FCA)の規制下に置かれている。将来的にはさらに多くの企業が同様の規制対象となる可能性がある。
カイン氏は、AWSが規制当局の注視下にある現状を受け入れている。「AWSが規模を拡大するにつれて、より厳しい監視を受けることになるのは理解している。当社は直接的な規制命令が出る前から規制対応に取り組んできた」(カイン氏)
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