Lenovoは、FIFAワールドカップ2026にIT基盤を提供した。48チーム104試合の運営を支えたシステムとAI活用の裏側を紹介する。
世界中から数十億人が視聴し、複数の国や都市、競技場をまたいで運営されるサッカーのFIFAワールドカップ。試合を滞りなく視聴者に届けるためには、選手や審判だけでなく、ネットワーク、クラウド、サイバーセキュリティ、端末管理などを担う巨大なIT基盤が欠かせない。
2026年6月11〜7月19日に開催された2026年大会では、米国、カナダ、メキシコの3カ国にある16会場で、48チームが104試合を実施した。FIFAの公式テクノロジーパートナーであるLenovoは、数百の重要システムを支えるインフラを構築し、AIを試合分析や映像処理、審判支援にも広く活用した。
大会運営を支えたのは、単に性能の高い製品を集めたシステムではない。障害が起きても止まらない冗長化、全拠点を横断した監視、事前設定済み端末の大量展開、人間の判断を補助するAIなど、企業の情報システム(情シス)部門にも共通する設計思想があった。
大会の映像配信の中心となったのは、米テキサス州ダラスに設置された国際放送センター(IBC)だ。IBCで集約した試合映像は200を超える国と地域に配信された。
一方、ITとネットワークの運用拠点となったのが、米フロリダ州マイアミの技術運用センター(TOC)だ。IBC、TOC、16競技場は、冗長化されたネットワークで接続された。
ネットワーク回線は単一の通信事業者に依存せず、通信事業者Telstra、VIDI、Verizon Communicationsの3社がそれぞれ独立した接続経路を提供した。1つの回線や通信事業者で障害が起きても、別の経路で通信を継続できるようにするためだ。
FIFAの技術担当者は、このネットワークの信頼性と堅牢(けんろう)性を、病院や軍事用途のシステムに匹敵すると評価している。
大会では、FIFAとLenovoが4つの領域にまたがる12のクラウドソリューションを開発した。クラウド基盤は、西欧、スウェーデン中部、米国中部のデータセンターに分散させ、障害発生時にもサービスを継続できる構成とした。
これらのシステムを横断して監視するために使われたのが、「Orchestration」と呼ばれるデジタルコックピットだ。ネットワークや各種システムの稼働状況、性能が許容範囲内にあるかどうかを、ダッシュボード上で確認できる。
Orchestrationの監視対象は競技場だけではない。空港、ホテル、病院、医療センター、練習場などを含む約600拠点に及んだ。
大規模なシステム運用では、個別の監視ツールを導入するだけでは、障害の全体像を把握しにくい。ネットワーク、クラウド、端末、セキュリティなどの情報を関連付け、運用担当者が1つの画面から状況を判断できる仕組みが必要になることが分かる。
ダッシュボードには、Palo Alto Networksが提供するサイバーセキュリティシステムも表示された。
FIFAによると、2026年7月の第1週、大会関連システムは1日当たり約3億〜5億件のサイバー攻撃を受けていた。2022年のカタール大会では、期間中に約110億件の攻撃があったという。
ワールドカップのように注目度が高く、国家や企業、著名人が関係するイベントは、金銭目的のサイバー犯罪者だけでなく、政治的な目的を持つ攻撃者の標的にもなり得る。
こうした環境では、攻撃を完全に防ぐことを前提にするのではなく、大量の攻撃を受けても重要な通信や業務を継続できる設計が欠かせない。ネットワークの冗長化とセキュリティ監視を別々に考えず、可用性を守る一体的な仕組みとして設計する必要がある。
大会期間中、LenovoはノートPCやタブレットなど、2万5000台を超える機器を投入した。このうち1万7000台以上は、ユーザーが現地ですぐ業務を始められるように、OSやアプリケーション、各種設定を組み込んだ状態で用意した。
限られた期間だけ働くスタッフやボランティアを含め、多数のユーザーがいる環境では、現地で端末を1台ずつ設定する方法は現実的ではない。
大会では、試合分析にAIが利用された。LenovoとFIFAが開発した「FIFA AI Pro」は、複数のAIエージェントを連携させ、数百万件のデータポイントを処理するサッカー分析システムだ。
同システムは2000を超える指標を分析し、アニメーションなど複数の形式で結果を提供した。各国代表チームやFIFAの分析担当者は、試合中に選手やチームの動きを把握し、戦術の変更や次の試合の準備にFIFA AI Proを利用した。放送事業者も、大量の試合データを視聴者向けの解説や映像表現に利用した。
従来の判定映像では、選手を同じ形状の一般的なアバターで表示することがあった。一方2026年大会では、選手本人を再現したデジタルツインが使用された。これにより、試合映像を基にピッチの判定を支援する「ビデオアシスタントレフェリー」(VAR)や半自動オフサイド技術、ゴールラインテクノロジーの判定結果を、より現実に近い映像で示すことができた。
Lenovoは出場した1248人の選手全員をスキャンし、ミリメートル単位の精度で実際の体格や外見を反映した3次元(3D)アバターを作成。モデルの品質確認やデータ管理も担当した。
審判が頭部に装着するカメラの映像には、「Referee View AI Stabiliser」と呼ばれるAI映像安定化技術が使われた。
審判は試合中走り続けるため、カメラ映像には激しい揺れが生じる。照明や天候によって、明るさや色合いも変化する。
同技術は、AIを使ったコンピュータビジョンとエッジ処理によって、映像の揺れ、色、明るさ、コントラストをリアルタイムで補正する。従来技術と比べて、毎秒60フレームの映像の揺れを60%削減し、映像の軌道を最大70%滑らかにした。映像の遅延は2秒未満にとどまった。
この技術の原型は、自動車レース「F1」の車載カメラ向けに開発されたものだ。例えばモナコのコースでは、車両がトンネルに入ると光量が急激に変化する。従来は色や明るさを手動で調整していたが、AIによって自動化できるようになった。
FIFA審判委員会委員長を務めるピエルルイジ・コリーナ氏は、テクノロジーによって全ての判定が自動化できるわけではないと指摘する。
ボールがゴールラインを越えたかどうかといった事象のように、位置を数値で判定できる事象はテクノロジーが得意とする。一方、選手同士の接触や押し合いが反則に該当するかどうかは、状況や基準を踏まえた判断が必要だ。
コリーナ氏は、テクノロジーの役割について、人間を置き換えるのではなく、人間の意思決定を支援することだと説明した。
大会では高度なクラウドやAI、ネットワークが利用されたが、運用関係者は、最大の課題が必ずしも技術ではなかったと振り返る。
システムは正常に稼働していても、高い緊張状態に置かれた運用担当者が適切に判断できなければ、サービスを維持できない。自然災害などによって、担当者本人や家族が影響を受ける可能性もある。
障害対応手順や冗長構成を整備するだけでなく、担当者の負荷を分散し、別のチームが業務を引き継げる体制を作ることが重要だ。属人化した運用は、大規模イベントに限らず、企業システムにとっても大きなリスクとなる。
2026年のワールドカップを支えたIT基盤は、AIや3D映像といった目立つ技術だけで成り立っていたわけではない。複数回線による冗長化、統合監視、端末の事前設定、運用担当者への支援など、基本的な設計と準備の積み重ねが土台にあった。
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