製造業ITの動脈「MES」を理解する【第1回】
MES(製造実行システム)を理解する鍵は「工場とコンビニの共通点」
製造業の利益の源泉は、工場の生産現場にこそある。乖離(かいり)しがちな現場と経営の間を橋渡しし、双方向で密な情報のやりとりを実現するITシステム、それが「MES」(製造実行システム)である。
実行系システムの成長
「製造実行システム」(Manufacturing Execution System:MES)という言葉を皆さんは聞いたことがあるだろうか。聞き慣れない方も多いかもしれないが、現在世界中で着実に成長を遂げている、モノ作りを支える重要な情報システムの1つなのである。この製造実行システム、その名の通り製造の実行を担う、いわゆる「実行系」と呼ばれるシステムの一種である。
本連載ではこれから、この生産現場の実行系の情報システムが、現在の製造業の経営環境において縁の下の力持ちとして担っている役割を明らかにしていきたいと思う。
「実行系」とは?
銀行や証券会社の情報システムには、預金勘定処理などを行う「勘定系」システムがある。これは銀行業務の基幹となる情報システムだ。勘定系のほかには「情報系」「国際系」などと呼ばれるシステムもある。
同じく製造業においても「基幹系」「情報系」といった情報システムの分類が使われているが、これらと並ぶ形で実行系の情報システムというものが存在している。
では、実行系とは一体どのようなシステムのことをいうのだろうか。実行系を英語で言うと“Execution System”だが、例えばSCE(Supply Chain Execution:サプライチェーン実行システム)、MES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)、LES(Logistics Execution System:物流実行システム)などがその例だ。生産や物流などの業務を実行する「現場」を持ったシステムのことだと理解すればいいだろう。
物流における実行システム
先に挙げたSCEは、計画を現場(工場や倉庫)に伝え、現場での業務の遂行を支援し、その結果を報告するシステムだ。倉庫のオペレーションをサポートするWMS(Warehouse Management System:倉庫管理システム)や、自動化を含む搬送のオペレーションを支えるTMS(Transportation Management System:搬送管理システム)などの物流業務の現場をサポートするシステムは、このSCEの一部として位置付けることができる(※1)。
※1 なおSCEという言葉は、SCMの計画系システムであるSCP(Supply Chain Planning:サプライチェーン計画システム)と対比して使われることも多い。
アイ・ティ・アールの2007年の調査によれば、SCM市場で最も成長しているのがSCE領域の実行系情報システムであり、年率30%近くの成長を示しているという。
製造実行システム「MES」
ここまで、実行系システムというものについて簡単に紹介してきたが、実行系という言葉が持つ意味をおおよそ理解いただけただろうか?
さて、本連載で取り上げるのは、製造業の工場における生産を支える実行系システム、MESだ(※2)。
※2 ちなみにMESは「エム・イー・エス」と呼ぶのが正式名称である。日本では「メス」と読む人も少なくないが、海外では正式名称でないと通じないので注意が必要だ。
MESは、工場の生産現場で使われる情報システムである。従って、システムの端末も生産管理部門のオフィスではなく、生産現場の中に置かれる。工場におけるモノ作りの場のシステムなので、PCの前にじっくり腰を据えてマウスやキーボードを操作する姿は似合わない。多くの場合、入力インタフェースにはバーコードリーダーやハンディターミナルが使用されている。また、インテリジェンスを備えた生産設備(機械)とオンラインインタフェースを通じてデータの送受信を行ったり、生産途中の仕掛品や部品に付けたICタグを自動的に読み取ったりもする。
MESの一番大切な役割は、「生産の実績報告」である。例えば「切削工程で24個の部品を削る加工をした」「車体番号○○○○のプリウスの組み立てが完了した」「出荷前テストでロット0912345の製品287個が検査合格になった」などといった情報が生産の実績だ。現場の作業員はこうした作業を実施する都度、先ほど挙げたような入力デバイスから実績情報をMESに入力。MESはそれらの情報を集約した上で、計画系システムや基幹系システムに報告するのだ。
こうした生産実績報告の機能は「POP」(Point of Production:生産時点情報管理)と呼ばれる。このPOP(ポップ)という用語をほんの少しの間だけ記憶の中にとどめておいていただきたい。
組み立て工場とコンビニの共通点
ここで1つクイズを出そう。コンビニやスーパーに置いてあるレジ、実は買い物の合計金額を計算する以外に、もう1つ重要な機能を備えている。それは一体何だろうか。コンビニやスーパーのレジのことを、その機能の名称を付けてよく「○○レジ」と称しているが……。
そう、「POSレジ」(ポスレジ)だ。「POS」とは“Point of Sales”の略で、いわゆる「販売時点情報管理」という情報システム機能だ。商品が売れたその場で、何が何個売れたのかという販売実績データを情報システムに報告するものだ。この実績報告によって売れ筋商品が分かるし、店頭在庫状況や補充が必要な商品と数量の正確な把握も可能になる。こうした販売実績データは個々の店舗だけではなく、コンビニチェーンの本部でも活用される。
先ほど、MESの大切な機能であり、記憶にとどめておいていただきたいと言ったPOPは、ちょうどPOSの工場版に当たるものと考えていただきたい。工場内のモノ作りの現場で、何を何個製造(あるいは加工)したかという生産実績データを情報システムに報告しているのだ。POPの生産実績データは、POSにおける店舗に相当する工場のラインやセル、工程で利用されるとともに、POSのチェーン本部に当たる生産管理部門や生産本部においても活用される。
では、MESが取得・報告する「何が何個作られたのか」という生産実績データは、どのような目的で活用されているのだろうか。幾つか例を挙げてみよう。
部品補充の管理
ある部品を加工すると、加工した数量分だけ次の加工に使う部品を補充する必要がある。また、組み立て部品だけではなく、組み立て前の加工作業が終わった仕掛品の補充もある。どの部品や仕掛品を、どのタイミングで、どれだけ補充すればいいのか。その判断を誤ると生産効率の低下を招いてしまうが、その時々の生産実績を正確に把握できていれば、精度の高い判断を下すことができる。
コンビニの店頭に多種多様な商品が少量ずつ置かれているように、工場においても日々多くの品種の製品を切り替えながら生産している。例えば、液晶テレビの製造工場。液晶テレビのみを作っているといっても、侮ることなかれ。国別、モデル別、サイズ別、色別、機能オプションなどを組み合せると、すぐに100を超える品番数になってしまう。こうなってくると、部品補充の効率の良しあしが現場の生産性を左右する。今日では、コンビニの多頻度配送と同じように、部品の補充に関しても、ためておくのではなく必要になった都度、生産ラインへ供給を行うこと(JIT:ジャスト・イン・タイム)が求められている。
また、部品補充のために工場内で部品の運搬が必要になる場合がある。生産実績データを活用すれば、こうした構内(工場内)物流の計画・指示の最適化を図ることもできる。生産実績は、前工程における加工作業計画・作業指示にもつながっている。
納期回答の精度アップ
生産時点で実績を把握することで、生産現場の進ちょくをより正確に管理できるようになる。現場でのその時々の進み具合や遅れ具合が把握できれば、顧客へより正確な納期を回答することができる。
高まる「同期」の重要性
工場内の同期を図る
製造業ではSCMという業務改革の活動を通じて、需要(販売)に合わせたモノ作りを進めてきた。今売れるもの、今必要とされるものを必要な数だけ作ることで、製品在庫を持たないようにする。SCMとはすなわち「販売と生産の同期」である。
多くの製造業では、SCMの活動を通じて製品在庫の削減を進めてきた。そして次のステップは、部品在庫の削減だ。モノ作りの現場は、必ずしも計画通りにいくとは限らない。生産設備の故障、部品の不良、加工・組み立てミスやばらつき、作業員の生産性の違いなどによる影響を受ける。このような計画外の事態が発生した際、生産時点での実績データが関係者に正しく伝わっていなければ、スムーズな部品補充が滞り、前工程や次工程、仕入先が適切な対応を取るための判断情報を失うことになる。
これまでは、バッファ(緩衝材)としての部品・仕掛在庫を多く保持しておくことで、こうした問題の解決を図ってきた。しかし当然のことながら、常に多くの部品・仕掛在庫を抱えることは品質、コスト、納期のどの面においても望ましいことではない。
MESの目的の1つは、生産実績データを活用することにより「工程と工程の間の同期」「生産ライン・工程と物流(構内・構外)の同期」「生産ラインと部品(およびその仕入先)との同期」を取り、ムダな部品・仕掛在庫を削減することにある。
企業間にまたがった同期の必要も
近年では、1つの製品を完成させるために多くの製造企業が工程を分担する分業体制が定着している(水平分業)。例えばテレビの製造では、半導体、液晶パネル、製品組み立てをそれぞれ別の企業が行っている。
製造工程全体を他社のOEM生産に100%委託しているメーカー(ファブレス)も少なくない。例えば、iPodはアップルの自社工場では製造されず、OEMに生産委託して製造されている。
このように生産工程が分割されている場合には、各企業が自社業務の見える化を進めて「企業間の同期」を促進することで、仕掛品を削減し、生産性を高めることができる。
MESの11機能
今回はMESの紹介の取っ掛かりとして、生産実績収集の機能に絞って解説した。しかし、MESの機能はこれだけではない。よく言われる言葉に「MESの11機能」というものがある。生産実績の収集以外にも、工場の現場と企業システムをつなぐための、さまざまな機能を提供しているのだ。
そこで次回はもう少し幅を広げて、MESの諸機能とそれぞれの役割を紹介したい。
<筆者紹介>
永井道裕
各種業界において工場の情報システム構築に携わった後、現在コンサルタントとして活動中。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
「Excel至上主義」の終わらせ方 丸2日の手作業地獄から情シスと現場を救うには
-
2
取手市がVDIと決別した理由 更改費用「4倍超」を約1.7倍に圧縮
-
3
「Microsoft 365のセキュリティ運用」に関するアンケート
-
4
急増する「AIはこう言ってる」マン 判断を狂わせる「AI忖度」を防ぐには?
-
5
221人調査で分かった「情シス最大のストレス」は?
-
6
「Salesforceのテスト自動化ツール」に関するアンケート
-
7
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
8
「AI時代の統合基盤・エンタープライズAI管理」に関するアンケート
-
9
AIで人を減らした企業がもう心変わり 「AIブーメラン現象」の実態
-
10
自宅のWi-Fiが「遅い」「途切れる」本当の原因は? Dellが推奨する鉄則
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
年収2000万「クラウドセキュリティのプロ」になれる資格とは
-
2
セキュリティソフトをすり抜ける標的型攻撃メール、不審メールの見破り方とは?
-
3
Windows Updateの通信集中で回線が逼迫、ネットワーク刷新事例に学ぶ解決策
-
4
財務を戦略的組織へ進化させるAI活用術、4つの主要な障壁と解消方法
-
5
「NAS」「SAN」「DAS」は何が違う? いまさら聞けないストレージの基礎
-
6
“あのファイル転送”で暗躍するノーウェアランサム
-
7
標的型攻撃メールを見破るには? サンプル文面を例に傾向を解説
-
8
商用利用の安全性を確保し大量のコンテンツを高速で生成する、AI活用の秘訣
-
9
マンガで解説、1日で生成AI環境を構築できるワークショップの中身とは?
-
10
Dark AIが台頭する時代の新発想、「より高度なAIで対抗する」具体的方法とは?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー