製造業ITの動脈「MES」を理解する【第4回】
MESがもたらす価値とは(その2)──MESとカイゼンの関係
工場内の統合情報システム的な役割を担うMESだが、MRPやERPなどの基幹システムとはどのような関係にあるのだろうか? また、トヨタ生産方式に代表される従来の現場管理の手法に取って代わるものなのだろうか?
前回「MESがもたらす価値とは(その1)──工場のIT化とMES誕生の背景」では、工場の各工程内で情報が孤立している「情報の孤島」、そして上位の計画・技術系システムと下位の制御系システムの間を人と紙が担っている「欠けた環」という2つの課題を解決するためにMES(製造実行システム)が誕生したことを説明した。
今回は、こうした課題を解決するためにMESはどのように機能するのか、前回とは少し視点を変えて詳しく見ていきたい。
MESの3層モデル
上位の計画・技術系のシステムと下位の制御系のシステムの間にもう1つ中間層を置き、3層モデルとする。これが、1992年に米国の調査会社AMR Researchが初めて提唱した「MESの3層モデル」である(図1)。
3層モデルは、上から順に「計画(Planning)層」「実行(Execution)層」「制御(Control)層」の3つの層から構成され、それぞれの機能は一部でお互いに重なり合っている。この3層の中で、中間の実行層を担うのがMESである。この3層モデルが発表された当時は、前述した「情報の孤島」と「欠けた環」という2つの課題を解決する統合情報システムが注目され始めた時期であり、実行層に相当するパッケージ製品の市場が成長しつつあった。
この3層モデルの各層は、それぞれが独自の特徴を持った層として位置付けられている(図2)。
最下層に位置する制御システムの焦点は「プロセス」に置かれている。制御システム層では、生産設備の状況を一定の時間単位(秒~ミリ秒単位)で監視しながら、適切な生産が行われるようにプロセスを制御する。制御システムの管理対象(意思決定の場)は、特定の「工程」だ。
それに対して、MESが位置する製造実行システム層の焦点は「製品やロット」に置かれ、その管理対象は「工場全体」となる。製造実行システムでは、制御システムより粒度の粗い時間単位(分や時間)で製品の製造過程を追いかけながら、工場全体のバランスを考慮した判断が行われる。
最も上位の層になる計画層の「業務・計画システム」では、受注、納期、コストなど「顧客」との関係に焦点が置かれている。業務・計画システムにおける管理対象(意思決定の場)は「オフィス(管理部門や本社)」であり、取り扱う時間のスパンも「月、週、日」が中心となる。また、CADなど技術情報を担う技術系システムも、この上位の計画層に位置付けられる。
各層の役割と情報の流れ
下の図は、3層モデルの各層間における情報の受け渡しの様子をまとめたものだ(図3)。
MESは、MRPやERPなどの基幹業務システムの「神経」に相当するシステムだといえる。計画層の基幹業務システムで作成された生産計画を生産現場のレベルに落とし込んでMESに伝達し(「何を作るか」)、逆に生産現場から集めた実績・進ちょく情報をMESから基幹業務システムに報告する(「実際に何が作られたか」)。
制御層は生産の「手足」となるシステムである。制御層では、その時々での工場全体の最適性を考慮した工程ごとの詳細な製造指示をMESから受け(「どのように作るか」)、生産設備の製造プロセスを適切に制御する。そして実際に加工作業が行われた後、加工データ・測定データ・不良状況などを収集し、MESに報告する(「実際にどのように作られたか」)。
制御層には、工程の現場における生産設備と作業者の両方が含まれていると考えると分かりやすい。MESから制御層に対して出される製造指示の相手先や、生産状況の報告を受ける報告元は、制御システムとMESの間がオンラインで接続されている場合は設備や制御システムとなるが、オンライン接続されていない場合には端末を通じて現場の作業者が指示を参照したり、あるいは作業実績を入力することになる。
今でも重要な「目で見る」現場管理
MESは工場の統合情報システム的な役割を担うものだが、決して工場内のすべてを情報化するのが望ましいわけではない。
例えば、工程間の置き場(ストア)の管理では、望ましい滞留量(仕掛品は最小限に、しかし前工程で問題が発生して生産が遅れても作業が止まらないだけの量を置く)が置き場自身に表示されていれば(黄色のテープなどで範囲を指定することが多い)、その場でそれを目で見て仕掛量が多いのか少ないのか即座に判断することができる。
生産工程の現場で作業順と進ちょくがひと目で分かる「差立(さしたて)板」(図4)や進度表示ボード、ホワイトボードと磁石を使った進ちょく管理、工程間の連携を含む作業指示の役割を担うかんばん、設備の状態を示す信号灯(積層表示灯)など、目で見る管理は日本の製造業で発展してきた、MESに勝るノウハウ・ツールの例といえる。これらはトヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)の考え方の1つでもある。
工場の現場における「目で見る管理」と、製造実行システムとしての「MES」。両者それぞれの利点を見極め、うまく使い分けることで優れた工場が生まれる。日本の製造業では、トヨタ生産方式のトレーナー(指導員)を招いて「JIT(Just In Time)」や「目で見る管理」「人の育成」などの指導を受けている企業が少なくないが、トヨタ生産方式の現場管理とともにMESなどの情報システムを活用することで、QCDの成果が高い工場となる。筆者の経験だが、トヨタ生産方式の優れたトレーナーは、たとえ年配の方でもMES(もしくはそれに相当する情報システム)の役割と価値をよく理解しており、両者の使い分けを適切に指導している。
MESにより生産現場を統合するメリット
これまで見てきたように、目で見る管理が人の目で見える範囲内にしか及ばないのに対し、MESは工場全体を横ぐしに見ることができる(「情報の孤島」の解決)。またMESは、上位の計画・技術系システムと下位の制御系システムの間の連携を取ることができる(「欠けた環」の解決)。このことが工場にもたらすメリットを、最後におさらいも兼ねて一通り挙げておきたい。
- 工場内の最新、かつ正確な情報を活用して、その時々で最適な製造指示を行うことができる
- 現場で発生したイベント(問題)をスケジューリングや製造指示内容にフィードバックし、迅速な対応を可能にする
- 異常事態の発生をリアルタイムに検知し、迅速に適切なアクションを取る
- 異常の傾向を検知し、不良品の発生を未然に防止する
- 工場全体のバランスを考え、製造開始から製品出荷に至るまでの生産活動全般を最適化できるよう、スケジューリング、資源の準備・調整、資材の物流、仕掛状況、生産順序の調整を行うことができる
- プロセス・工程間をまたがるフィードフォワード、フィードバック制御を自動的に行うことができる
- さらなる効率化、品質向上のために、工場全般にわたる統合履歴データベースを提供し、工程改善・効率化を実現する
- 製品製造における各種状況(生産設備、レシピ、部品、作業者、時間、加工・測定データ)を個々に追跡できる
- 生産現場の管理者が、情報を統合的に活用して適切な意思決定を行える
- 生産の流れにおけるボトルネックを見つけることで、改善の機会を発見する
<筆者紹介>
永井道裕
各種業界において工場の情報システム構築に携わった後、現在コンサルタントとして活動中。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
事例
[サイボウズ株式会社] DXに必要な「Dスキル」「Xスキル」を持った人材を育成するには? -
市場調査・トレンド
[サイボウズ株式会社] データで見る、DXが「順調に進む企業」と「つまずく企業」の違い -
製品資料
[サイボウズ株式会社] 賛否が割れがちな「Notesからの移行」 新環境への移行を納得してもらうには? -
事例
[ServiceNow Japan合同会社] 農林中金に学ぶ内製開発 処理効率を約2倍に高めAI活用も加速させた方法とは? -
事例
[ServiceNow Japan合同会社] NTTグループのデジタル変革術、17万人が利用する決裁プロセス刷新の全貌
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
【基本情報技術者試験】「デュプレックスシステム」と「デュアルシステム」の違いは?
-
2
kintoneで実践 製造業のための「見積もり管理」改善のヒント
-
3
「Microsoft一択」で本当にいいのか 知らぬ間にライセンス費用が膨らむ真相
-
4
サーバ約70台をAWSへ ヤナセが移行前にやった「通信要件の可視化」
-
5
100億円の「Linux更新」を回避 みずほ銀行が選んだ“おきて破り”のRHEL延命策
-
6
MS月例パッチが1000件突破 人手不足の情シスを襲う「月1回メンテ」の崩壊
-
7
脱VMwareの真実:データセンター大手がNutanixを選んだ「コスト以上の理由」
-
8
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
9
「AI活用」を掲げた年金刷新が炎上 英政府が大手ITアウトソースを切り捨て「内製回帰」した理由
-
10
「VMware離れ」は本当か 3000社がVCF 9にかじを切った現実的な理由
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
生成AIのハルシネーションを防止 回答精度を高めるセマンティックレイヤーとは
-
2
AIエージェントで多様な日常業務を効率化するための入門ガイド
-
3
5回聞くだけじゃ足りない? トヨタ式「なぜなぜ分析」の正しい実践方法
-
4
AIが「わざわざ使うツール」になっていない? 業務で自然に使う導線にする秘訣
-
5
JR西日本ITソリューションズが「監視業務の属人化」を解消した方法とは?
-
6
「脱Excel」か「Excel快適化」か? 現場にやさしい業務改善の進め方
-
7
インシデント対応工数を約3割削減、東京ガスの事例に学ぶ監視体制刷新のコツ
-
8
マンガで解説:「ゼロトラスト」「SASE」の必要性とメリット
-
9
5分で分かる「セキュア大容量ファイル転送サービス」の機能とメリット
-
10
情報セキュリティ対策早分かりガイド:25の自社診断で弱点と解決策を理解
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー