製造業ITの動脈「MES」を理解する【最終回】
日本の製造業にとってのMES ~日本のモノ作りの強みを次世代に~
日本の製造業で脈々と受け継がれてきたモノ作り文化だが、昨今の経営環境の急速な変化に対応するためには、これまでにない新たな取り組みも必要だ。その最たるものが、MESの導入と活用による生産現場の情報化だ。
欧米やアジアの製造業では日本と比較してMES(製造実行システム)のパッケージソフトウェアを使用している割合が高く、相対的に見て日本の製造業へのMESパッケージソフトウェアの普及は遅れているといえる。ただ、今後は日本においてもMESの普及が加速度的に進むのではないかと筆者は考えている。今回は本連載の最終回として、昨今の経営環境の変化を踏まえつつ、これからの日本の製造業におけるMESの意義と、MES自身の変容と発展について取り上げる。
工場における「強い現場力」の功罪
日本の工場のように、優秀な人材に恵まれ、知的な活動が生み出されてきた生産現場は世界にそれほど多くはない。日本の工場の生産ラインで働いてきた人々は、自ら考えて工夫し、現場での調整を行うことで、高いQCD(品質、コスト、納期)実現に貢献してきた。
QCサークル活動などの全員参加によるTQC(Total Quality Control:総合的品質管理)の現場改善や提案活動、TPS(トヨタ生産方式)の「目で見る管理」や「かんばん」、5S活動、TPM(Total Productive Maintenance:総合生産保全)、技能資格制度、徒弟制度、日々の生産現場における朝礼や班長会議などなど……。こうした現場主体の活動の積み重ねによる強い現場力が、日本の製造業の優れたモノ作りを支えてきたといっても過言ではないだろう。
欧米やアジアの企業がMESによる工程管理の情報化を進めてきた時期に、日本の製造業においてもMESの導入が多数試みられた。事実、半導体・液晶、医療、鉄鋼、航空機、プラントなど高度で複雑な工程や生産技術を持つ業界ではMESの活用が必須であり、日本でもMESの普及・高度化が進められた。
その一方で、多くの組み立て加工型工場でMES導入が失敗に終わっている。失敗の理由の大半は、知的で自ら工夫・調整ができる現場の人々に、導入したMESを継続的に使ってもらうことができなかったからだ。
自ら工夫することに慣れ、イレギュラーな対応を日々柔軟に行っている現場では、常にMESの指示に合わせて生産することや、多様なケースを持つ生産実績データを漏れなくMESに入力するような作業はなかなかなじまない。その結果、MESの生産実績データの精度への信頼性が薄れてしまい、データの有効活用が難しくなる。また現場は、「MESの情報に頼らずとも自ら管理・改善を行うことができる」という確固たる自信を持っている。
MESの導入においては、MESの価値を適切に実現し、それを現場に的確に伝えることが大切だ。これができなければ、「実績データ入力の手間が掛かる割には、さほど役に立たないのではないか?」と現場の人々は見切りを付けてしまう。皮肉な話だが、日本の製造業の生産現場における優秀な人材、高度な知識と管理のノウハウが、日本におけるMES普及を阻んでいた面があるのだ。日本において欧米・アジア諸国ほどにMESパッケージソフトウェアが普及せず、手組みの工程管理システムが多く活用された理由、簡易な工程管理システムのままで長い間済まされてきた理由は、このあたりにある。
だが、製造業を取り巻く経営環境は変化してきており、MESへの新たなニーズが高まってきている。以降では、生産現場を取り巻く環境の変化のキーワードとして「労働者」「グローバル管理」「サプライチェーンの発展」「技術の高度化」「情報量の増大」の5つを順番に取り上げながら、これからのMESとの関連について述べていきたいと思う。
生産現場の景色が変わりつつある
ここ数年間で、日本の生産現場の労働環境は大きく変わってきた。
第一に、高い技能を持った団塊世代社員の定年退職が始まり、企業の現場の危機が高まるとされた「2007年問題」(定年が65歳まで5年間延長されたことを踏まえたのが「2012年問題」)が現実のものとなり、製造業の生産現場では熟練作業者の技能の伝承が課題となっている。
第二に、「危険・きつい・汚い」の3つのKを持ついわゆる「3K現場」や、単純な繰り返し労働に見える生産現場での仕事を避ける若者が増えたことで、日本の生産現場は労働力不足となり、外国人労働者なくしては成り立たなくなってきている。地域や業種によりばらつきはあるが、作業員の半分以上が外国人労働者という生産ラインもよく見掛けるようになった。
第三に、派遣や請負の雇用形態の浸透がある。2008年来の金融危機で生産量の激減を受けた国内製造業による生産調整で、いわゆる「派遣切り」が話題になったことは記憶に新しい。
若手や外国人、派遣・請負の労働者でも、優秀でまじめ、かつ経験豊かで、高い技術とノウハウを持つ人も多い。また、未熟な人材をいかに熟練作業者へと育成していくかは、製造業にとって今も昔も変わらぬ重要な課題である。しかし、事実として今、豊富な経験と知識を持ち、自ら考え工夫、調整し、工場の現場力を支えてきたベテランの熟練社員が若手、外国人、派遣・請負労働者に急速に置き換わってきているのだ。
これからのMESは、生産現場の労働環境のこのような変容を受け、現場作業の標準化を促進し、情報化を通じて現場のコミュニケーションとQCD管理・改善を支援する役割を担うことが期待される。MESを活用することで、実績情報を通じて生産現場で働く個々人の成長を助け、たとえ労働環境が変化してもQCDのレベルを維持・管理できる仕組みとそのインフラを築くことができるのである。
日本企業の海外工場が持つ弱み
日本の製造業が抱える悩みの1つに、年々生産シェアが高まっている海外工場の管理がある。以下のグラフで見ても分かる通り、日本の製造業の海外拠点は年々増え続けている(図1)。
日本企業の海外工場では、「国内工場と同等のQCDレベルが実現できない」「海外工場同士を比較して、どの海外工場がどのような点でうまくやっていて、どういう点で課題を抱えているのかが見えない」といった話が頻繁に聞こえてくる。日本人の技術者やマネジャーを海外工場の現場に派遣しないと状況が分からず、現場の改善もなかなか進まないのだという。
アジアの企業に低価格帯製品の生産を委託するOEM生産も増えてきている。ここでは、QCD確保の課題に加えて、自社の高度な技術やノウハウが漏えいすることを心配する声もある。
このようなグローバル生産環境における課題に対しては、グローバルレベルで共通化・標準化するべき範囲と、各拠点でローカル対応する範囲を明らかにした上で、業務プロセスや管理指標の標準化を進めることが必要だ。その上でMESを活用し、生産現場の情報システムとデータの全社的な標準化と統合化を図り、海外工場におけるもろもろの課題の解決を模索するのだ。また、自社の技術やノウハウをMESの中に埋め込んだ形でOEM生産の現場に適用することにより、技術流出や情報漏えいを防止できる。昨今では、そのようなMESの活用事例も実際に出てきている。
グローバルレベルで活用する情報システムとしては、国内工場用に設計・開発した手組みの生産管理システムより、初めから多言語・多国籍対応しているMESパッケージソフトウェアの方が有利である。また、多くのMESパッケージソフトウェアではシステム間連携やデータ統合の機能も備えており、複数拠点間でシステムの標準化を図るのにも適している。こうしたことから、海外工場を持つ日本の製造業では、パッケージ型のMESへのニーズが今後ますます高まっていくだろう。
生産と構内物流の情報連携
SCM(サプライチェーンマネジメント)の発展により、製造業では製品在庫、部品在庫の削減が進んできた。現在ではさらなる在庫削減に向けて、生産とサプライチェーンの連携強化に関心が移ってきている。
半導体などの電子部品製造業や電子部品製造請負業(EMS)では、MESの情報を活用して生産ラインの進ちょく実績をタイムリーに把握することで、リアルタイムに正確な納期情報を顧客に提供している。これは、顧客側のサプライチェーンと生産側との連携例である。
一方、早くから調達と生産の連携に取り組んできたのは自動車業界である。自動車業界では、エンジンやシート(座席)などの大物部品が、組み立てラインでの自動車1台1台の生産順に合わせる形でJIT(ジャストインタイム)で供給されている。これは、自動車メーカー側のMES(※)で保有している進ちょく情報がサプライヤー側に提供されることによって実現されている。また小型部品に関しては、電子かんばんの情報を通じてその時々の生産状況に応じた部品の必要量がサプライヤーに伝達され、毎日1回、または数回に分けて納入され、同じくJITでライン横に供給されている。
※ 自動車業界のMESは「ALC」(Assembly Line Control)と呼ばれている。
自動車業界以外の幾つかの製造業界においても、同じように生産計画・生産実績の情報を調達物流や構内物流と連携させて、工場内の部品在庫や仕掛品在庫を削減しようという動きが出てきている。
こうした要望を受けて、最近のMESパッケージソフトウェアでは配膳(部品供給)や構内物流(工場内ロジスティクス)などのLES(Logistics Execution System)機能と、本来のMES機能とを融合・統合した製品が出てきている。こうしたMESパッケージソフトウェアを使い、生産と構内物流の情報を連携し、一元管理できるようになれば、構内物流を生産工程の1つと位置付けることも可能になる。
製品技術と生産技術の高度化
製品技術、生産技術、生産設備技術の高度化とブラックボックス化が進んでいる。例えば包装や梱包など、かつては人手で行われていた単純作業の工程で自動化が進んだことにより、品質トラブルの発生回数が大幅に減った。しかしその半面、技術者がトラブルの解析を通じて生産工程にかかわる技術知識やノウハウを学ぶ機会が少なくなってきている。
一方で、製品技術や生産技術が複雑化するのに伴い、工程の途中で品質トラブルの種が紛れ込む機会も増えた。また、品質トラブルが判明した後にその原因を切り分けるのも困難になってきている。その結果、品質トラブルが原因で多大な損失を被るリスクも高まっている。
このような、技術の高度化に伴う数々の課題に対して、MESでは例えば以下のような機能でその解決を支援する。
| 機能名 | 内容 |
|---|---|
| EDMS(電子文書管理システム) | 技術文書の電子化 |
| PIMS(プロセス情報管理システム) | 生産プロセス情報の蓄積と活用 |
| CMMS(設備保守管理システム) | 設備保守マネジメントの最適化 |
| LIMS(ラボ情報管理システム) | サンプリング解析情報の管理と活用 |
これらの機能は、ITを活用することにより科学的に技術情報や実績情報を解析・活用し、QCDの維持管理と改善活動を支援するものだ。技術の高度化とブラックボックス化に付随する問題に対しては、このようなMESの多様な情報化機能をベースに人の高度化を図っていくことが重要である。
膨大な量の情報を宝の山にできるか
製品技術、生産技術、生産設備技術の高度化はまた、生産の現場に膨大な量の情報をもたらしている。インターネットの発展や企業の情報化は、企業におけるビジネス情報の量を5年ごとに10倍にしているといわれ、生産を取り巻くサプライチェーンのビジネス情報量も増加の一途をたどっている。
一方、日本の製造業ではMESの導入が遅れているために、本連載の第3回「MESがもたらす価値とは(その1)──工場のIT化とMES誕生の背景」でも述べたように、生産現場の情報が孤立している傾向が強い。しかし、生産現場の情報を含め、膨大になりつつあるさまざまなビジネス関連情報は、実は製造業にとって宝の山なのである。これらの情報をいかに分析・活用し、経営効果に結び付けることができるかが、今後の製造業における重要な成功要因の1つになる。
MESの本来の役目は、生産現場への情報伝達と指示を行い、生産実績を収集、蓄積、一元化することにある。しかし情報は、集めて管理するだけでは経営効果には結び付かない。解析することで初めて価値を見いだし、その解析結果を製品設計、生産プロセス、業務プロセスに反映することで初めて経営価値を生む。
MESでは従来、収集した情報の可視化や活用の部分を分析ツールなどの外付けのソフトウェアやEUC(エンドユーザーコンピューティング)などに頼る部分が多かった。しかし、近年の欧米系のMESパッケージソフトウェアでは、品質管理や設備管理といった情報の分析・リポーティング機能や、その周辺の管理業務機能をも取り込み、「拡張型統合MES」への発展の道を歩む製品が出てきている。いかにも、かつて大手ERPベンダーが「拡張ERP」として周辺の機能を取り込み、拡張への道を歩んだのと共通しており、興味深いものがある。
MESは全体の仕組みの中で生かす
今回は本連載の最終回として、日本の製造業を取り巻く環境の変化とMESへのニーズの高まりについて述べてきた。しかし、しょせんMESは情報システムの1つであり、情報システムは企業にとってはツールの1つにすぎない。情報システムは、活用する企業の業務プロセス、人、スキル・技能など、総合的な仕組みの中で初めて生きるといえる。
MESも同様である。生産現場、工場、企業全体の仕組みの中で、果たすべき目的を明確にし、情報システムの導入だけではなく業務、人、組織、評価指標、技術、知識など、ほかの経営資源とプロセスとともに変革の目標に歩調を合わせて実現することで、MES本来の輝きを放つだろう。
日本の製造業がもともと持っていたモノ作りの強みを、MESを活用した現場の情報化と融合させることでさらに発展させることができるかどうか。今後の行方を見守っていきたい。
<筆者紹介>
永井道裕
各種業界において工場の情報システム構築に携わった後、現在コンサルタントとして活動中。
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