外国語の訛りは音質改善で克服できるか
高品位通話を実現する「HD VoIP」はコミュニケーション改善に役立たない?
より高品質な音声通話を実現するHD VoIP。ベンダーは、これによってコミュニケーションが改善すると主張している。一方、その意見に異を唱える声もある。
こもった音の聞き取りづらい通話は、電話をかける側にとっても受ける側にとっても、いら立たしいものだ。相手の言うことを理解しようと耳を澄ませたり、発言を何度も聞き返されたりして、ストレスがたまる。その上、相手が強い訛りで話すとなれば、コミュニケーションは完全に破綻しかねない。一部のVoIP(Voice over Internet Protocol)ベンダーは、HD VoIPを使えば高品質な音声が提供されるため、グローバル経済におけるコミュニケーション改善に役立つと主張している。グローバル経済では、地球上のどこか遠くの場所にいる同僚や取引相手と電話で話さなければならず、その相手の言語能力レベルも実にさまざまだ。
職場環境のグローバル化が進み、より明瞭かつ高品質な音声に対するニーズが高まっていることを受け、米Siemens Enterprise Communicationsは目下、HD VoIPの標準コーデックである「G.722」(7KHzの広帯域音声を扱える)のサポートを再構築中だ。
「話者が自国語のアクセントで外国語を話すと、ネイティブスピーカーには理解しづらい場合がある。その上、通話状態が悪ければ、聞き取るのは一層難しくなる」とSiemensの上級マーケティングマネジャー、スーザン・エリック氏は言う。「通話中に相手の言ったことを理解できなかったり、聞き返しづらかったりして、聞きそびれてしまったことの中には、基幹業務にかかわる重要な情報が含まれていないとも限らない」とさらに同氏。
Siemensは最近、HD VoIP対応のローエンドのSIP電話「OpenStage 5」を発表した。さらに同社は既存の製品についても、G.722をサポートする全てのIP電話を「AudioPresence HD」という商標名に統一した。エリック氏によると、AudioPresenceという名称はどれか特定のソフトウェアや製品の名称ではなく、SiemensのHD VoIP対応IP電話が「イマーシブな品質(実体験のように感じられる高い品質)」を備えていることを表すことが狙いという。テレビ会議システムのベンダーが自社のイマーシブなHD動画システムを「テレプレゼンス製品」と呼んでいるのと同じような感覚だ。
HD VoIPは広帯域オーディオとも呼ばれ、標準化された音声コーデックやプロプライエタリな音声コーデックの総称だ。従来の狭帯域コーデックよりも圧縮を少なくすることで、より忠実度の高いオーディオを提供し、より回復機能の高いVoIPトラフィックを提供することを目指した規格だ。
HD VoIPで訛りは本当に聞き取りやすくなる?
「お互いのネイティブ言語を滑らかに話すことのできないユーザー同士の不便で厄介なコミュニケーションの問題をHD VoIPが解消できる」という考えには、誰もが同調しているわけではない。
「確かにわれわれは、世界各地の非ネイティブな話者が話す内容を理解する難しさを複数の言語で経験している。だが、それをVoIPの品質のせいだと思っている人はいないのではないだろうか」と語るのは、日立製作所のコンサルティング事業を専門とする米国子会社Hitachi Consultingでディレクターを務めるマイク・シスコ氏だ。「個人的な経験から言えるのは、電話であろうが、直接会って話すのであろうが、非ネイティブな話者が話す内容を理解する難しさは変わらないということだ」とさらに同氏。
Polycomのグローバル責任者兼業界ソリューション担当上級ディレクター、ランデル・マエストレ氏によると、多国籍企業は目下、通信に関連して多くの非技術的な障害に直面しており、それらの障害は文化的な問題、時差、言語の壁など、ユニファイドコミュニケーション(UC)マネジャーの手に余るものだという。だがHD VoIPを使えば、お互いの音声をできる限り明瞭に聞こえるようにできるため、UCマネジャーにもある程度の対処が可能になる、と同氏は言う。
「英語の場合、大半の母音は3KHzで明瞭に聞き取れるが、子音を明確に聞き取るにはもっと高い周波数が必要だ。例えばfとsの違いを聞き分けるには3KHz以上の周波数が必要だ。そのため、もしHDの音声でなければ“The products are sailing through the QA process(製品は現在、品質保証プロセスにある)”という発言は“The products are failing through the QA process(製品は現在、品質保証プロセスでトラブルが発生している)”という内容に聞き間違えられやすい」と同氏は説明する。
HD VoIPは高い忠実度で音声が伝送され、その点は標準中国語や広東語といった声調言語を理解する上でも不可欠だという。
「そうした言語では、音声の抑揚や単語の発音がちょっと違うだけで、誤解やトラブルにつながりかねない。例えば、中国語では“マー”という単語は、音の高低と抑揚によって4つの異なる意味を持つ」とマエストレ氏。
だがシスコ氏が2010年、Hitachi Consultingが当時買収した2つの会社のITスタッフとの打ち合わせのため、インドと中国に出張した際には、面と向かってコミュニケーションを取るのにも苦労したという。だがそれは相手の話す声が聞きとれなかったからではなかった。インドや中国では多くの人々が非常に強い訛りで英語を話し、通常のアメリカ英語とは異なる話し方だったという。
「言われていることを全て理解できたかどうかを常に気にしていなければならず、非常に疲れた。あのときの体験が、話し声の明瞭さと関係していたとは思えない。相手の話す声は完全に聞き取れたのだから」と同氏。「電話だと、どんなに相手の話し声がよく聞き取れたとしても、非ネイティブの相手が話す内容を理解するのは、相手と面と向かっている場合と比べて、さらに難しいものだ。だが相手の声が全然聞こえないというのでもない限り、VoIPの品質がどれほど影響するかは疑問だ」とシスコ氏。
シスコ氏はHD VoIPの採用を検討するつもりはほとんどないという。同氏の長年の経験では、通話に関する唯一の問題は、仮想プライベートネットワーク(VPN)アプライアンスの不備が原因だったという。そのVPNアプライアンスのせいでジッタが増え、通話ができなくなってしまったのだという。同氏はHD VoIPを検討する代わりに、HDテレビ会議への投資を検討中だ。「HDの高品質は、ユーザーの音声体験よりも動画体験にはるかに大きな影響をもたらす」と同氏。
「確かに音声の品質も違いをもたらすのだろうが、それはある程度までだけだ。音声だけの視点からすれば、それ以上を目指すのはやり過ぎだ。電話が普及してから80年あまり、われわれが皆、それほど多くのことを聞き逃さずにこれたのであれば、それで十分では? それを聞きたい、試してみたいというマニアがいるのは構わない。だが私としてはHD VoIPが必要とは思えない」とさらに同氏は続けている。
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