今こそIFRS再入門【第2回】
IFRSプロジェクト、成功と失敗の境目は
IFRSの適用が決まったらまずやるべきことは何なのか。3つのフェーズに分けることができるIFRS導入プロジェクトの基本と、効果的な進め方を紹介する。
「適正性を確保する取り組み・体制」を整備するには
2013年8月に金融庁が公表したIFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)の任意適用に関する内閣府令の改正案では、IFRSを採用する企業の要件を「IFRSに基づいて作成する連結財務諸表の適正性を確保する取り組み・体制整備」としている。従来の要件は、この他にも上場会社であることや、連結子会社が一定以上の規模であることなどがあったのに対して、改正案は大幅に要件を緩和し、多くの企業がIFRSを採用できるようになっている。つまり、IFRSが現実的な選択肢となりつつある企業にとって、「IFRS適用の適正性を確保するための取り組みや体制」をいかに整備するかが唯一の要件となった形だ。
IFRS適用の要件が少なくなったといっても現状の日本基準からIFRSへスムーズに移行し、かつ、継続的にIFRSを適用できる体制を構築するには、周到な計画を基に十分な準備が必要である。本記事では、IFRS採用までの計画策定のポイントを紹介する(第1回記事:IFRS任意適用を真剣に考えるべきこれだけの理由)。
IFRS導入の準備は3つのフェーズで進める
IFRS導入のプロジェクトは、大まかに3つのフェーズからなる。第1のフェーズは「調査・計画段階」で、自社の状況を調査し、その結果に基づいて計画を策定することだ。
第2フェーズの「計画実行段階」では、調査・計画段階で策定された計画に基づいて準備を進めていく。ここでは新しい業務の設計やシステムの改修などを行う。最後の第3フェーズは「運用監視段階」。IFRSを実際に適用して、適切な運用がなされているのかモニタリングしていく。IFRS自体の改訂といった制度変更の対応など継続的な活動も必要となる。理想的な進め方としては、「計画実行段階」を完了した状態でIFRSに移行することである。つまり、この第2フェーズでIFRSベースでの財務諸表の作成を行うのが最も望ましい。
重要な経営者の「お墨付き」
IFRS導入の準備においても、通常の他のプロジェクトと同様にプロジェクトチームを発足させることから始めなくてはならない。実際の準備作業では、各現業部門やグループ会社を巻き込んだ全社レベルでの対応を進められる体制が不可欠だ。ここで重要になるのが「経営者の理解を得ること」と「予算の確保」だ。
IFRSプロジェクトでは、危機感を持った経理部門が社内の理解を得られないまま、独自にプロジェクトを始めてしまうケースも見受けられるが、途中で頓挫してしまうことが多い。プロジェクトチームの発足に先立って、IFRS導入プロジェクトの意義や必要性について経営者の理解を得て、経営者からの「お墨付き」のプロジェクトとして活動を始めることが望ましい。正攻法を取った方が後の工程がスムーズになるだろう。
経営者の理解を得てプロジェクトを発足させるに当たり、避けて通れないのが予算の問題だ。経営者側から予算の許容範囲を最初に示してもらうためには、プロジェクト内で投資に対する方針を明らかにしておかなくてはならない。
検討すべき予算は2種類ある。1つは「プロジェクトの遂行自体に掛かるコスト」。プロジェクトに割く人員の人件費やコンサルタントへの報酬などが含まれる。もう1つは「業務の変更に掛かるコスト」で、システムに関連するコストも含まれる。注意したいのは、これら2つのコストは切り離して考える必要があることだ。なぜなら、「プロジェクトの遂行自体に掛かるコスト」は、コンサルタントにプロジェクトへの関与を依頼するかどうかで大きく変わり、2つ目の「業務変更のコスト」は、システムの改修をどの程度想定するかが大きな要因になるからである。
調査分析作業は会計基準から業務、システムへと
どのようなプロジェクトであっても、プロジェクトを成功させるには計画が不可欠だ。IFRS導入プロジェクトの計画策定でも最初に課題をきちんと把握する必要がある。IFRS導入プロジェクトでは、この課題の洗い出しのために「会計処理の差異分析」を行う。
まず、最初に親会社を調査対象として、IFRS各基準書に規定されている会計処理項目をリストにし、各項目を調査する体制および具体的手順を取りまとめる。IFRSの扱う会計処理は広範囲にわたり、検討漏れがあっては後の作業に支障が出るので、この調査は網羅的に行えるように慎重に進める必要がある。
調査する会計処理項目のリストの作成には、IFRSの各基準書にある項目を会計処理と開示の項目に二分するのが効率的である。それぞれ調査しなくてはならない内容が異なるため、リストを分けると進めやすいからである。項目の一覧表の作成においては、IFRSの基準書全体を参照する必要がある。IFRSの基準書に慣れていないと時間はかかるが、コンサルタントからテンプレートを入手することにより短縮できる。
また、IFRS自体の改訂が続いていることにも注意しなくてはならない。既に改訂が予定されている項目については、調査延期項目リストとして、別途、基準書の改訂に合わせて作業を進めれば作業の手戻りを避けることができる。
システム影響調査は早期に取り組む
システム影響調査は、社内システムに改修を加える、あるいは新たにシステムを導入するなどの施策抜きには解消が難しいギャップを特定するために行う。ギャップごとに影響を受けるシステムを特定していくことで「IFRSの影響を受けるシステムの一覧」を作成するのである。関連する可能性があるシステムを洗い出すため、調査票となる「システム影響調査チェックリスト」を作成し、グループ全体にわたってシステムに対する影響の度合いを調査する。
実際には、質問票の作成に着手する前に、「質問の目的」「回答者の要件(知識水準など)」「質問を書くに当たっての構文パターン(5W1Hの明記)」「表記順」「質問表現の統一」などを定めた方針を取りまとめることが必要である。質問票の内容に不備があり回答の入手に時間がかかるとその後の工程も遅れてしまう。回答しやすいチェックリストを作成するために、この作業は必ず行ってほしい。
リスク分析が成功のカギ
人員も予算も限られる中、「プロジェクトをいかに短期間で最小のコストで済ませられるか」ということに気を取られてしまうことは多い。しかし、プロジェクトの負担軽減だけを考えて対応策を選択していくと、プロジェクト進行中に問題があったときに柔軟な対応ができず、実際にIFRSに移行した後の運用段階での業務量が予想以上に増えてしまうことがある。
この問題を避けるにはプロジェクトのリスクを意識することが重要だ。リスクを分析し、合理的な方針でプロジェクトを進められるように、「工数とコストの負担が重いパターン」や「極力負担を軽減したパターン」などの複数のシナリオを比較検討しておくことが必要になる。
プロジェクトが始まったばかりの段階では、正確な見積もりをすることは困難であり、費用を金額で算出することは難しい。そのためプロジェクトの初期段階では、「業務分野やシステム上で最も負担が重いと考えられるパターン」と「負担を軽減したパターン」における対応策を想定し、掛かる費用と工数の程度をイメージすることが適切である。
どのシナリオを採用してもリスクがあるので、シナリオごとにプロジェクトリスクを洗い出しておくことも重要だ。シナリオの比較は、単純なコストの比較では意味がない。特に、負担の軽いパターンでは、どのようなリスクが発生するかを明示すべきである。いろいろな角度からシナリオを検討してリスクを洗い出すことが望ましい。
差異から生じる作業量が分かるまでに時間がかかるIFRS導入プロジェクトでは、費用が許容範囲をオーバーすることが後の工程で判明し、計画が頓挫してしまうということが起こり得る。そのため、具体的なコスト負担を明示できる前の段階から、このようなシナリオやリスクに関する情報を経営者と共有し、経営者の想定から外れないように計画を具体化していく慎重さが求められる。
システムの導入方針は現段階で判断できる範囲で
システム改修においては、要求されるプロジェクトチーム側の作業負荷を明確にした上で、全体予算や経営者の意向だけではなく、プロジェクトチーム側のリソースの制約にも配慮しながら、システムごとに改修案の方向性を決めていく。シナリオの比較によるリスク分析では、以下の4通りの施策のいずれか(場合によっては全て)が選択肢となる。プロジェクトチームの状況に応じて、システムごとにこれらの方針のいずれかを選択する。
- システム改修を最小化し、親会社が手作業でIFRSベースの数字を作る
- システム改修を最小化し、グループ会社側でIFRSベースに準拠した数字を作った上で報告してもらう
- 親会社主導で親会社のシステムに(二重帳簿機能などの)IFRS対応機能を実装する
- グループ会社内の取り組みとして、グループ会社のシステムに(二重帳簿機能などの)IFRS対応機能を実装する
実際に、いつ、誰が、それらの改修作業を行うのかについては計画実行段階で明確にすべきであり、調査・計画段階ではシステム改修案件の総量が決まるだけと理解していただきたい。限られた時間内にIFRS対応を実施するために、ここで識別された情報を基にシステム改修計画に対する経営者の決裁を仰ぐのである。IFRS導入の計画立案にはさまざまな作業が必要になるが、十分な時間をかけて検討を重ねることが成功へのカギとなる。
※本連載は、「現場で使えるIFRS導入の実務」(日本実業出版社)の一部を抜粋、再構成したものです。
野口 由美子(のぐち ゆみこ)
株式会社イージフ フェロー。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業、公認会計士3次試験合格。あずさ監査法人勤務、中央大学専門職大学院国際会計研究科兼任講師を歴任。
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