登壇者が質問者、「反転セミナー」リポート【前編】
学校IT化だけではだめ? “受け身型生徒”をやる気にするには
2014年2月、新しい時代の教育を考えるための参加型イベント「反転セミナー」が開催された。教員と企業人の垣根を越えた知見の共有を目的とした同イベント。その第1部の模様をリポートする。
デジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏研究室(Effective Learning Lab: ELラボ)と、iOSコンソーシアム文教担当の野本竜哉氏が2014年2月に共催した「第1回反転セミナー プレゼンターは相談者」。登壇者が教育ITにまつわる相談・質問を会場に投げ掛け、それに対してゲストの教員や会場の参加者が互いに知見を寄せ合うという、一風変わったイベントだ。
ゲストとして、教育現場のIT活用で先進的な取り組みを進める広尾学園中学校・高等学校の金子 暁教諭、千葉県立袖ヶ浦高等学校 情報コミュニケーション科の永野 直教諭、アオイゼミ代表取締役の石井貴基氏を招き、主催者側であるデジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏教授も議論に参加。それぞれの経験に基づいた有意義なアドバイスを披露した。
司会を務めたのは、佐賀市立大和中学校の中村純一教諭と、クレオテック学びデザイン室の和田理恵氏。デジタル・ナレッジが提供する学校向け無料コミュニケーションツール「Clica」(クリカ)を用いて、参加者からの意見を逐次反映する形でイベントを進めた。前編では、イベント第1部の内容を紹介していく。第1部では、Clicaに投稿された質問から、会場の参加者や事務局が選んだ3つを取り上げ、ゲストと参加者を交えて議論を進めた。
質問1:生徒のやる気を引き出すには?
初めの質問は、「OSSのコンテンツ管理システム(CMS)である『NetCommons』を使った質問集約に取り組むが、他の人の質問を待つ受け身型の学習者がいる。学習者のやる気を引き出すためにはどうすればよいか」というものだ。
アオイゼミの石井氏は、「タスクを与えるだけでは、人はなかなか消化しない。大人もゴールを設けないとやらない人が多いので、子どもも同じだ」と自身の考えを披露。「以前の勤務先は、タスク処理にゲーム感覚を取り入れていたり、タスクを早く終了した従業員を表彰するなどモチベーションを上げる仕組みがあり、有効に機能していた。このような仕組みを1つ取り入れるだけでも、参加感、一体感が変わるのではないか」とアドバイスした。
イベントの参加者であり、NetCommonsを使用しているという英語教員も議論に参加。「NetCommonsにある掲示板をうまく活用するといい」と、自身の経験から語った。「NetCommonsには生徒が『いいな』と思った記事に投票できるシステムがあり、私の授業では生徒が考えた英作文などを掲示板で発表し、生徒同士で評価し合っている。生徒の投票率などを見ても、モチベーションにつながっていると考えている」(同氏)
袖ヶ浦高校の永野教諭は、「NetCommonsに限った話ではないが、意欲の低い学習者は、課題に取り組む姿勢うんぬんの前に、ツールのログインにすらたどり着いていないのではないか」と推測。「スマートフォンのプッシュ通知機能を使って、タスク未終了の学習者に取り組みを促すシステムを作るのも面白いだろう」と提案した。
質問2:「学習ログ」の活用は進むか? 活用の注意点は?
次の質問は、「学習ログの活用についてはどのように感じているか。例えば、反転授業(※)で視聴記録を取るなどは有効か」。学習ログは、どの単元をどれだけこなしたかといった個別の学習者の学習履歴を指す。電子教材をはじめとするIT製品の導入で、学習ログを取得しやすい環境が整い始めてきた。
※動画教材などを利用して学習者が家庭で予習し、授業では予習内容を踏まえた応用問題を解いたりディスカッションをしたりする授業形式。
運営するインターネット学習塾で学習ログを実際に活用しているというアオイゼミの石井氏は、「学習ログを活用できているのは、当社が民間企業であることが大きい」と語り、学校が学習ログを活用するにはハードルがあるのではないかという考えを示した。「学校現場においては、仮に学習ログを取ったとしても、活用に当たっては管理者が見やすい充実したシステムがあるかどうか、一定のスキルを持つ分析者がいるかどうかなどが課題になるのではないか」と石井氏は指摘した。
広尾学園の金子教諭は、「学習ログを取ることにプラスの要因はあると感じている」と学習ログの活用に期待を示しつつ、「データありきで生徒の学習を判断してしまう懸念があることは否定できない」と注意を促した。「当校では、現時点で学習ログは『参考にはなるだろう』という程度で捉えており、現場レベルではまだ活用の仕方が見えていない。学習ログが教育全体のバランスに対してどう影響していくのかを検証するためにも、今は“メリットやデメリットを知る段階”だと捉えている」(金子教諭)
イベント参加者の小学校教員は、「動画の視聴に関しては、児童はクリックだけして見ていないことが多いと聞く」と、単純なアクセスログだけでは学習ログにはならないのではないかと問題提起した。同氏は教育現場における動画の活用についても、「ある目的を持った授業改善のために使うのは有効だ」と語る一方、現状では課題も多いと指摘。「小学校の現場を知る教員としては、児童に毎日動画を見せるのは無理だと感じている。他の業務もあり教員の負担が多過ぎるからだ。専用の人材がいれば可能かもしれないが、例えば反転授業用の動画を教員が作るのは無理だと考える」と語った。
質問3:「紙」と「デジタル」、どう付き合う?
最後の質問は、「学習における紙とデジタルの使い分け」だ。「毎回の授業でデジタルツールを使うと、正直言って生徒は飽きる。さまざまなメディアを使い分ける必要があると感じている」。これは、会場からClica経由で寄せられた意見の1つだ。
「生徒の使い方を見ていると、紙とデジタルのどちらかに依存するということはない」と、広尾学園の金子教諭は言い切った。金子教諭が生徒に、プレゼンテーション資料を作成する際の話を聞くと、「紙にアイデアを書くのが最初で、クライアントPCでスライドを作るのは最終的な段階だ」と話すという。「学校はデジタル化を進めるなら、同時にアナログの良さも生徒に教える必要があると考えている。むしろ、アナログの使い方をより高度にしていく必要さえあると感じている」(金子教諭)
参加者として会場に来ていた広尾学園の中学2年生の生徒は、「英語の先生は板書にMicrosoft PowerPointを使う。だが自分たちは紙のノートに書いている。自分の感覚としても、紙に書いて手を動かさないと身に付かないと感じている」と率直な意見を語った。一方、デジタルの利用で役に立っているのは「試験の解説集」だという。広尾学園では、定期試験の解説集をPDFファイルで配信している(参考:私物iPadで学力を伸ばした中高一貫校、「タブレットは新たな文具」)。「解説集をGood Reader(iOS用のドキュメントビュワー)で読めるのは便利。先生によっては、写真を添付してくれるなどの工夫もある」(同生徒)
袖ヶ浦高校の永野教諭は、「デジタルと紙のどちらかを選ぶという話ではなく、両方を組み合わせて使うものだ」と強調した。
「生徒は教員が教えなくても、みんなでノートをシェアしたいときは、写真に撮ってDropbox(オンラインファイル共有/同期サービス)で共有する。イラストを描くときは紙に手描きして、その後クライアントPCで読み込んで修正したりする。“紙 vs. デジタル”ではなく、必要な場面で最適なツールを組み合わせたり、選んだりする能力が大切だ」。永野教諭は自らの経験を踏まえてこう語った。
「紙とデジタルは融合すると考えている」と応じたのは、デジタルハリウッド大学大学院の佐藤教授だ。「例えば、書いた文字や絵をデジタル化してEvernoteに保存できるノート『Evernote スマートノートブック by Moleskine』も、アイデアは紙に書き、その後の処理はデジタルツールを使うといった利用方法を提案している。紙とデジタルが融合した使い方は今後も増えていくと予測できる」と佐藤教授は続けた。
「デジタルを使う良さが何かを考えてほしい」と、佐藤教授は参加者に訴えた。「当大学では、アニメを描くときは手描きよりもきれいに描くことができるペンタブレットを使うことが多い。これは、ストロークデータもアーカイブされるデジタルのメリットを生かしたいからだ。今後は技術の進化によってアナログとデジタルの境目が無くなると考えている。もはや紙とデジタルという単純な対抗軸では語れない」(佐藤教授)
後編で紹介するイベント第2部では、現場でIT導入を進める教員たちが何を課題と感じているのか、さらに詳しく迫る。
【コラム】反転セミナー開催の理由:教育者と企業関係者の交流で化学反応を起こしたい
登壇者が参加者に一方的に語りかける一般的なセミナーではなく、参加者も登壇者もフラットに議論する特殊な形式を取った今回の反転セミナー。共催の1人であり、教育をテクノロジーで支援する「EdTech」の分野に詳しいデジタルハリウッド大学大学院の佐藤教授は、オープニングで反転セミナーの開催意義について次のように語った。
「2012年くらいから、デジタルテクノロジーを活用した教育イノベーションを指す『EdTech』という言葉が浸透し始めてきた。海外では多くのテクノロジー導入事例が現れ、日本の教育業界においても、テクノロジーがより活用しやすくなり、これまでよりも低いハードルでイノベーションを起こすことができるようになってきている」
佐藤教授は、「日本の学校現場はまだまだ慎重で、外部からの変化を受け入れるには制度的、意識的に難しいというのが現状だと思う」と指摘。その上で、「一部の教員の先進的な取り組みが学校教育を変える事例も出てきており、こうした場で多くの教員や企業関係者がつながることで、学校を変えていく“人”を創り出せるようにしたい」とイベント開催の意義を語った。
また、同じく共催者であるiOSコンソーシアム文教担当の野本竜哉氏は、「教育者と企業がお互いの領域にとどまらず、交流することで化学反応を起こしたい」とイベントの意図を説明。自身はIT推進の立場であると前置きしつつ、「教育は人の力が肝であり、教員や学習者、保護者、さらにその周囲も巻き込んで、みんなで考えていく必要があるものだと考えている。いろいろな立場の人から意見を聞くことができる場を大切にしたい」と強調した。
教育現場でのIT活用を進める際、ITを推進している人や団体が“デジタルの良さ”を発信するのではなく、そのような立場にいる人間こそ“デジタルとアナログ両方の良さ”を語ることが大切ではないか――。これは、反転セミナーのある参加者からの指摘だ。こうした考え方は、デジタル機器が苦手だという人間を巻き込んでいくために必要な視点になるだろう。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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登壇者が質問者、「反転セミナー」リポート
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