失敗しない「学校IT製品」の選び方:シンクライアント編【中編】
学校のシンクライアント導入がうまくいかない「4つの理由」
教育機関が安全なクライアント環境を構築するのに、シンクライアントシステムは多くのメリットをもたらす。ただし、導入には越えなければならない幾つかのハードルがある。
セキュリティのガバナンスやマネジメントを考慮しないままクライアントPCやタブレットといった端末を導入してしまい、“無法地帯”に陥りがちなのが教育機関のクライアント環境だ。前編「“学校IT化の“無法地帯”を一掃する『シンクライアント』の威力」では、その状況を改善する手段として、手元の端末にデータを残さずにクライアント環境を利用可能にする「シンクライアントシステム」を紹介し、その具体的なメリットを示した。
教育機関が安全なクライアント環境を構築するのに、シンクライアントシステムは大いに役立つ。ただし筆者は、シンクライアントシステムが教育機関ですぐさま本格的に普及するのは難しいと考える。なぜなら、シンクライアントシステムが全国の学校へ普及するには、解決すべき幾つもの課題があるからだ。シンクライアントシステム導入に当たっての具体的なハードルを説明する。
教育現場へのシンクライアント普及「4つのハードル」
前編で述べた通り、シンクライアントシステムはエンドポイントセキュリティの課題を一挙に解決する可能性を持つ手段だ。セキュリティ以外にも、システムの運用を容易にしたり、場所を選ばないワークスタイルの実現を後押ししたり、集中管理によるデータバックアップを容易にするなど、幾つものメリットがある。
だが、教育現場での導入を考えた場合、シンクライアントシステムの普及には、まだまだ高いハードルが幾つもあると言わざるを得ない。それは、教育現場がシンクライアントシステムのような大規模システムの運用実績がないことや、構築や運用に多大なコストが掛かることなどに起因する。こうした課題を4種に分類して示す。
ハードル1:システム障害時の影響の拡大
シンクライアントシステムは、サーバでクライアント環境を集中管理するシステムだ。こうした集中管理方式は、運用面でメリットがある半面、サーバはもちろんネットワークのどこか1箇所でも障害が起きたときには利用できなくなったり、利用が制限されるという課題がある。
通常のクライアントPCであれば、サーバ障害やネットワーク障害といったシステム障害が発生してもスタンドアロンで稼働できる。だが現在の主流である画面転送型(サーバ側で稼働するデスクトップ画面をクライアント端末側に転送する形式)のシンクライアントシステムでは、サーバ側にシステム障害が発生すると、入力はおろか情報の参照もできなくなるものが多い(図1)。
中には、仮想マシンをローカルにダウンロードするといった工夫でオフライン動作を可能にするシンクライアントシステムもある。ただし、汎用的なOSやCPUを持たない「ゼロクライアント」などと呼ばれるシンクライアントシステム専用端末をクライアント端末として採用した場合、こうした機能は動作しない可能性が高い。
シンクライアントシステムを導入する企業では、サーバ側のシステム障害対策として、サーバやネットワークを全て2重化するといった冗長化構成を取ることが多い。だが高コストになりがちな冗長化構成を取ることは、以下に述べるシステム運用面でもコスト面でも、IT予算が限られる教育機関にとって現実的な選択肢にはなりにくい。
ハードル2:クライアント運用の急激な変化
クライアント環境をサーバに集約できるので、通常のクライアントPCよりも運用が簡単になるのが、シンクライアントシステムの大きなメリットだ。その半面、運用の形が大きく変わってしまうリスクがある。
シンクライアントシステムの導入は、まずは小規模で導入し、徐々に範囲を拡大するスモールスタートの形態で進めるケースが多い。それは、運用を担当するシステム担当者が、クライアント環境の急激な変化に対処できるようにするための工夫だ。
あらゆるシステムの入り口ともいえるクライアント環境は、いったんトラブルが発生すると、授業や講義の進行に支障が出る可能性がある。その点で、教育機関にとってのシンクライアントシステムは、止まらないことが要求されるミッションクリティカルシステムであるともいえる。そのため、極めて難しい運用が必要となる。
ハードル3:高い画面解像度の表示が困難
画面転送型のシンクライアントシステムの場合、画面の描画速度は、画面転送プロトコルの性能にその多くを依存する。そのため、サーバが最新かつ高性能なリソースを搭載していても、大きな解像度の画面を転送すれば、描画速度はどうしても遅くなる。シンクライアントシステムでは一般的に、解像度が比較的低いディスプレー解像度の規格「XGA(1024×768ピクセル)」に固定して利用することが多いのはそのためだ。
XGAという解像度は、一般的なクライアントPCと比べると見劣りする。ノートPCに限っても、11インチ程度の持ち運びしやすい小型なものや3万円程度の非常に廉価なものでも解像度はWXGA(1366×768ピクセル)程度ある。米Appleの「MacBook Pro」など、WQXGA(2560×1600ピクセル)といったさらに高精細なディスプレーを搭載するノートPCもある。
ハードル4:導入コストの大きさ
越えなければならない最も大きなハードルが、導入コストだ。シンクライアントシステムには画面転送型に加え、データはサーバ側に置きつつ処理はクライアント端末側が担う「ネットワークブート型」など複数の方式がある。だがどの方式を選択したとしても、通常のクライアントPCと比較すると導入コストが非常に高くなる可能性が高い。通常のクライアントPCと比べて導入コストが3倍程度に高騰するとの試算もある。
シンクライアントシステムの導入コストが高くなるのはなぜか。主要な理由としては、全データを格納するためにサーバ側に大容量ストレージが必要だったり、稼働に多くのサーバが必要だといったシステム構築面の理由が挙げられる。システム障害に備えて、サーバ、ストレージ、ネットワークのシステム全体に高い可用性を持たせるとなれば、コストはさらに増大する。さらに、それなりのコストを掛けて導入したクライアント端末のリソースが、画面描写と操作機能のみにしか利用されないという“隠れコスト”も見逃せない(図2)。
コラム:実は特定の分野にしか普及していないシンクライアント
意外かもしれないが、実はシンクライアントシステムは、教育機関と比べてIT投資が先行している企業でもそれほど普及していない。もちろん、数十台程度の少数での限定利用、試験利用などでの導入事例は比較的多い。だが全社導入といった本格的なシンクライアントシステムの導入事例は、そのほとんどが公共や金融機関など限られた業種が中心なのが現状だ。
こうした実態からは、中央官庁やその外郭団体、金融機関など、潤沢なIT予算が確保できる企業や組織でないと、シンクライアントシステムの導入が難しいことが読み取れる。例えば、全世界に製品を製造・販売しているメーカーでも、数千台~数万台規模の大規模な全面導入はほとんど進んでいない。
大規模に導入すればボリュームディスカウントが発生し、1人当たりの導入コストは低下していくのでは、という考えもあるだろう。確かに、VDI(仮想デスクトップインフラ)方式などのシステム構築に必要なソフトウェアは、ボリュームライセンスを用意していることが多く、大量購入すれば単価は下がる。ただし、シンクライアントシステムのように、端末の導入が中心となるシステムではそうはならない。
営利を目的とした企業でも導入が進んでいない状況なのに、営利を目的としない教育機関の全てにシンクライアントシステムが普及するのは現実的ではない。前編で示した多くのメリットがあったとしても、通常のクライアントPCからシンクライアントシステムへの全面移行には、解消すべきハードルが厳然として存在するのである。
「コスト」「セキュリティ」のバランスが鍵
小中高校だけで約3万6000校もある国内の教育機関。その全てにITを普及するには莫大なコストが掛かる。現状では、教職員1人1台の端末環境さえ実現できていない教育機関もまだある。こうした教育機関にとっては、その10倍以上の人数がいる学習者向けの環境作りには途方のないコストが掛かるだろう。こうした状況を踏まえると、教育機関のIT導入に当たってコストが最優先されるのは無理のない話だ。
とはいえ、セキュリティを犠牲にしてよいことにはならない。レベルの高い教育を実現しようとして進めたIT活用の結果、非常にセンシティブなプライバシー情報である成績情報が漏えいしたり、ストーカーのような人物に情報を悪用されて学習者の安全が脅かされたりすることになっては本末転倒だ。
コストを抑えつつ、シンクライアントシステム並に安全性を高めたクライアント環境を構築するにはどうすべきか。次回の後編では、シンクライアントシステムの代替案となる選択肢を、知り得る範囲で説明する。
執筆者紹介
武田一城(たけだ かずしろ) 株式会社日立ソリューションズ
情報セキュリティ、システムプラットフォーム、オープンソースなどさまざまな分野のマーケティング業務に従事。現在は特に学校IT分野における市場調査や企画に重点的に携わる。2011年より日本PostgreSQLユーザ会の理事を兼務し、代表的なオープンソースデータベース「PostgreSQL」の普及啓発活動も行っている。
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失敗しない「学校IT製品」の選び方
教育機関がIT製品を導入する際、どのような点に気を付けて製品選定を進めればよいのか。製品分野の基礎知識をおさらいしつつ、製品選びのポイントを伝授する。
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