顧客、従業員、企業、取引の関係を分析
あの金融不正を防げ、ゴールドマン・サックスが自社開発した“グラフ分析”の威力
米Goldman Sachsでは、自社開発のグラフ分析プラットフォームをコンプライアンスと不正検出に役立てている。不正行為も社会的な活動と捉えることができ、グラフ分析を適用可能だという。
銀行持株会社の米The Goldman Sachs Group(ゴールドマン・サックス・グループ)では、最先端のテクノロジーを自社開発で導入する場合が多い。コンプライアンステクノロジー担当CTO(最高技術責任者)のピーター・ファーンズ氏によれば、全従業員のおよそ3分の1を占める技術部門と戦略部門がそれを可能にしているという。「当社の技術部門に限って言えば、自社開発がいい」
グラフ分析で関係性を調査
ファーンズ氏も参加する同社のビッグデータ戦略作業グループが開始した“ビッググラフ”(Big Graph)もそうした自社開発プロジェクトの1つだ。同社独自のこのグラフアナリティクスプラットフォームは、データをオブジェクト(ノード)とオブジェクト間のコネクション(エッジ)にマッピングする。そうすることによって、顧客、従業員、企業、取引などの関係をこれまでとは違う方法で問い合わせ、調べることができる。
だが、さほど目新しくもないグラフアナリティクス技術が今になって企業の注目を集めているのはなぜか。理由の1つは、改良された高速で安価な技術が登場して、そのおかげで企業がビッグデータにグラフアナリティクスを適用できるようになったことだ。米コンサルタント会社Elder Researchの主任研究員アンドリュー・ファースト氏は「各種ビッグデータ技術によってグラフ構造のコンピュータ処理と保存が容易になり、グラフアナリティクスの実用化に向けた条件がそろった」と話す。
コンプライアンスと不正行為は社会的な問題
Goldman Sachsのファーンズ氏は、2014年秋に開催されたビッグデータカンファレンス「Strata + Hadoop World 2014」において、同社ではコンプライアンスと不正検出にグラフアナリティクスプラットフォームを活用していると話した。「金融市場のコンプライアンスに詳しい人なら知っていると思うが、金融機関は基本的に毎日のあらゆる取引を監視することが義務付けられている。従って、コンプライアンスは、善かれあしかれ、データの集約点に行き着く」
日々収集されるデータには、数億件の市場での注文・履行の情報、数千万件の売買、数十億件のティックデータ(約定の数量や価格など取引の動きに関する時系列データ)、さらには数百万件の電子メールやインスタントメッセージなど電子形式の通信が含まれる。これらの情報は一定期間保存することが義務付けられているため、その数はたちまち膨大になる。通信データだけでもP(ペタ)バイト級になるとファーンズ氏は話す。
「昔からこうしたデータの収集や管理、保存は大きな悩みの種だった。だが、規制があったからこそ、長年蓄積してきた情報の宝庫と、データの処理と保存を行う熟練技術を手に入れることができた。今ようやく、その技術がビジネスで利用可能なレベルになり、データを大規模に分析できるときが来た」
ファースト氏も、グラフアナリティクスをコンプライアンスやリスク管理、監査に適用するのは有力なユースケースであると認め、今はまさにそのときだという。「統計学や大半の分析論では、データはそれぞれ独立し相関関係が全くないということが大前提とされている。グラフアナリティクスはその前提を覆すものだ」
ファースト氏の話は経験に基づいている。同氏は米マサチューセッツ大学アマースト校の博士号取得候補生時代、当時の自主規制機関だったNASD(全米証券業協会、現米金融取引業規制機構)と連携して、株式ブローカー関連のコンプライアンス、リスク、不正行為対策にグラフアナリティクスを活用した。「私が今担当している不正行為対策調査もそうだが、前提としてあるのは、不正行為もコンプライアンスも他の問題と同じく社会的な問題だということだ。そこには共通の文化があったり、問題の遠因となる管理者がいたり、個人間のつながりがあったりする」
その上、危険行為や不正行為は巧妙に隠される傾向にある。「はっきり『ここだ!』と指し示す赤信号はあまりない」とファースト氏はいう。グラフアナリティクスは、“隣”のノードやノードクラスタの中に潜む弱い間接的なシグナルを表面に浮かび上がらせることができる。こうしたシグナルは、個々を調べても発見できない可能性がある。
NASDは長い間、あるハイリスクブローカーらが結託しているという疑いを持っていたが、そのつながりをつかむ手段がなかった。ファースト氏が2007年の論文で“tribe”(部族)と呼んだその集団は、支店から支店、会社から会社へと巧みに移動し、しばらく離散してはまた集まる。「1年後の場合もあれば2年、3年後の場合もあるが、いずれはまた同じ人物らが再び結託し、別の新しい場所で同じ不正を犯す」という。NASDは長期間の関係パターンをマッピングして分析することにより、容疑者の特定にこぎ着けた。
自社開発か外部調達か
とはいえ、Goldman Sachsのようにグラフアナリティクスプラットフォームを自社開発するといったことは、企業のITプロジェクトとして一般的ではない。それには「相当な専門的知識を要する」と米調査会社Gartnerのアナリスト、リタ・サラム氏は話す。
そうしたプラットフォーム開発には、企業のIT部門にとって手慣れた側面もある。例えば、技術スタックを通るデータフローは「他のビジネスデータフローとさほど違わない」とファーンズ氏は話す。「下から上まで網羅」されており、下は信頼できるデータソース、上はビジネス利用のために加工されたデータだという。
だが、ファーンズ氏によれば、グラフアナリティクスプラットフォームには従来のIT部門プロジェクトには見られない側面もあるという。Goldman Sachsでは、信頼できるデータソースとユーザーインタフェースの間に、ファーンズ氏が「データレイク」(Data Lake)と呼ぶ生データストアと、生データを定義する生データレジストリを開発した。「いろいろな技術を組み合わせたが、大部分は『Apache Hadoop』を使っている」
詳しい話になるが、同社のプラットフォームは、データタイプおよびデータタイプ間の相互関係を記述するオントロジー(存在論)モデルに基づいている。「Goldman Sachsにはモデル駆動型開発を進めてきた歴史の強みがあり、これもその延長線にある」とファーンズ氏はいう。同社のオントロジーモデルは、W3C(World Wide Web Consortium)の各種規格に依拠しており、Webデータ書式のRDF(Resource Description Framework)、データ間の関係を記述するWebオントロジー言語OWL、RDFデータ用のクエリ言語SPARQLなどを利用する。
Gartnerのサラム氏によれば、RDFやSPARQLはまだ新しい規格で、精通している技術者は極めて少ない。「グラフデータベースにはSQLのような標準的クエリ言語がないという問題がある」という。Goldman Sachsのようにグラフアナリティクスがミッションクリティカルでない限り、CIOは自社開発より外部調達を選ぶ方がよいとサラム氏は話す。「一般的なCIOは、増大するビッグデータに対応できる手法とアナリティクスプログラムが利用できるパッケージ化されたプラットフォームやアプリケーションを探して、ビジネス上有意義なユースケースの解決に活用すべきだ」
そのようなユースケースは多数ある。グラフアナリティクスは、ソーシャルメディアネットワーク分析や、通信ネットワーク分析、ロケーションインテリジェンス、マーケットバスケット分析、サプライチェーンモニタリング、さらには遺伝学にも利用可能だとサラム氏は話す。米IBMのアナリティクスソリューション「i2」や、米Centrifuge Systems、米Palantir Technologiesなどの開発元は、グラフアナリティクスやネットワーク分析の機能を備えたビジュアルアナリティクスプラットフォームを提供している。サラム氏はこれらを、ネットワーク分析ツールを現在提供していない有名なビジュアルアナリティクスプラットフォーム「Tableau Software」に代わるものと表現した。
CIOがグラフアナリティクス技術に直接的に投資しなくても、これから投資する製品にそうした機能が組み込まれることは想定すべきだとサラム氏はという。例えば、スマートマシンや仮想パーソナルアシスタントにはグラフアナリティクスが採用されており、エンタープライズ市場への進出が既に始まっている。
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