クラウドサービスのトラフィック最適化【第3回】
Microsoft 365(Office 365)の遅延解消に役立つ「ADC」「SD-WAN」の実力とは?
データセンターに一極集中する従来型のネットワークのままでクラウドサービスを利用すると、遅延などのネットワークの問題が発生することがあります。どのような対策が求められるのでしょうか。
前回「Office 365やG Suiteの『遅い』『つながらない』を招くネットワーク4大問題」は、SaaS(Software as a Service)を活用する際に従来型の企業ネットワークで生じる4つの問題を解説しました。第3回となる本稿は、SaaSをはじめとするクラウドサービスのトラフィックを最適化して、クラウドで稼働するアプリケーションの動作が遅くなる問題を解決する方法を紹介します。
併せて読みたいお薦め記事
「Microsoft 365」(旧「Office 365」)導入で検討したいポイント
「ADC」「SD-WAN」をさらに深堀り
従来型の企業ネットワークの構成を大きく変えることなくクラウドサービスのトラフィックを最適化できる方法の一つが、企業の中核データセンターにおけるトラフィックの振り分けです。この方法は、アプリケーション層(OSI参照モデルのレイヤー7)の情報を用いてトラフィック制御ができる「アプリケーションデリバリーコントローラー」(ADC)をフォワードプロキシ(クライアントPCの代理でWebサーバに接続する役割)として利用します。これによりクラウドサービスを利用する際のボトルネックになりがちなプロキシサーバやファイアウォールを迂回(うかい)できるようになり、低遅延のクラウドサービス利用が実現します(図1)。
データセンターにおけるトラフィックの振り分け
データセンター内でトラフィックを振り分ける場合、具体的にはクライアントデバイスのインターネット接続時に発生する全てのトラフィックをADCで受けます。ドメイン名(URLに含まれる、人が理解しやすい文字列)を基に、インターネット回線に直接中継する接続先と、既存のプロキシサーバに中継する接続先を事前にADCに登録しておきます。Microsoftのオフィススイート「Microsoft 365」(旧「Office 365」)であれば、「Office 365 の URL と IP アドレスの範囲」(日本マイクロソフト)を公開しています。こうしたドメイン名と、クライアントデバイスから送られてくるドメイン名を突合し、プロキシサーバを迂回するかどうかを判別します。これによってクラウドサービスの利用で発生する大量のセッション(通信の開始から終わりまでの接続単位)をプロキシサーバやファイアウォールに処理させないようにすることが可能です。セッション処理が滞ることで生じるアプリケーションの動作遅延を阻止します。
ADCは大規模なWebサービスの運用などアクセスが集中する場合のサーバ負荷を分散させるために開発された製品です。そのため企業が利用する一般的なプロキシサーバよりも、多くのセッション数を同時に処理できます。クラウドサービスのトラフィックを扱ってもボトルネックになりにくいのです。
ネットワークの回線容量(帯域幅)を十分確保するために、クラウドサービスに接続するための専用のインターネット回線を増設することもあるでしょう。その場合にもADCを利用し、トラフィックに応じてどの回線を利用するかを判別することが有効です。
トラフィック制御にIPアドレスを用いるのではなく、ドメイン名を用いることもADCの利点です。通常、エンドユーザーがクラウドサービスを利用する場合はドメイン名を入力しますが、ルーターなどの一般的なネットワーク機器はIPアドレスを用いてトラフィックを制御します。クラウドサービスのIPアドレスは頻繁に変更される傾向にあるため、一般的なルーターを利用してトラフィックの振り分けをする場合、IPアドレスが変更されるたびにルーターの設定を変更しなければなりません。
ドメイン名はIPアドレスほど頻繁には変更されないため、ADCを使用すれば設定変更による運用負荷の増大を抑えることができます。ドメイン名が変更になることもありますが、Office 365のようにADC向けにドメイン名の自動更新の方法を提供している場合は、手作業で設定を変更する必要はありません。
ADCによるトラフィックの振り分けは、音声や映像などのデータ伝送に用いられる通信プロトコル「UDP」(User Datagram Protocol)のトラフィックにも利用できます。企業のプロキシサーバやファイアウォールはUDPのトラフィックに制限を掛けている場合があります。Web会議のようにリアルタイム性が必要なアプリケーションを利用する場合は、ADCを使ってプロキシサーバやファイアウォールを迂回させてUDPのトラフィックを専用の回線に振り分ければ、アプリケーションの動作を正常に維持することが可能です。
企業拠点からのローカルブレークアウト
インターネットへの出口があるデータセンターと、ユーザー企業の各拠点を接続するWANが通信のボトルネックになり、クラウドサービスとの通信に遅延が生じることがあります。この対策として、データセンターと拠点を接続するWANを経由するのではなく、クラウドサービスとの通信だけを拠点から直接インターネットに送出する「ローカルブレークアウト」(インターネットブレークアウト)という方法があります(図2)。
ローカルブレークアウトを実現するには、例えばADCやファイアウォール、UTM(Unified Threat Management:統合脅威管理)機器を拠点に配置して、トラフィックを直接インターネットへ振り分ける方法があります。拠点数が多い場合は、ソフトウェアでトラフィックを制御できる「SD-WAN」(ソフトウェア定義WAN)製品を利用することも有効です。
SD-WAN製品は、物理的なネットワークに仮想的なネットワーク層を構築することで、複数のWANをコンソールで一元的に管理できるようにします。「IPsec」などのセキュリティプロトコルを利用してトラフィックを暗号化する製品が一般的です。パケットロスや遅延が発生していないかどうかなど回線の状態を判別し、適切な回線を選択して通信する機能もあります。
主要なSD-WAN製品が備える重要な機能の一つが「DPI」(Deep Packet Inspection)です。適切なネットワーク経路を選択するために、パケットのデータ部分からアプリケーションの種類を識別する役割を持ちます。この機能を利用することでローカルブレークアウトが可能になります。
DPIを使ってローカルブレークアウトを実現する際は、拠点とデータセンターを接続するWANに加えて、インターネットに直接接続するWANを敷設することが一般的です。その上で、例えばOffice 365と通信する場合は拠点から直接インターネットに接続したり、それ以外の通信は拠点間をつなぐ従来のWANや、SD-WANによって確立した拠点間をつなぐ仮想的なWANに振り分けたりします。
ローカルブレークアウトをしないインターネットとの通信は、従来通りデータセンターからインターネットに接続できます。プロキシサーバを使う場合は「プロキシ自動設定ファイル」(PACファイル)など、クライアントデバイスが使用するプロキシサーバを自動的に選択する仕組みが必要になることがあります。SD-WAN製品による機能の違いはありますが、DPIは数千~1万種類のアプリケーションのトラフィックを識別できることが一般的です。
次回はクラウドサービスを利用する際のネットワークの対策について、本稿とは異なる視点からその方法を紹介します。
執筆者紹介
石塚 健太郎(いしづか・けんたろう) A10ネットワークス ソリューションアーキテクト/博士(情報学)
マルチクラウドやクラウドサービスの活用につながる製品の開発・提案を担当。ネットワーク最適化の知見を国内企業に展開している。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
クラウドサービスのトラフィック最適化
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
「Excel至上主義」の終わらせ方 丸2日の手作業地獄から情シスと現場を救うには
-
2
取手市がVDIと決別した理由 更改費用「4倍超」を約1.7倍に圧縮
-
3
「Microsoft 365のセキュリティ運用」に関するアンケート
-
4
急増する「AIはこう言ってる」マン 判断を狂わせる「AI忖度」を防ぐには?
-
5
221人調査で分かった「情シス最大のストレス」は?
-
6
「Salesforceのテスト自動化ツール」に関するアンケート
-
7
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
8
IT製品の導入に関するアンケート「サーバ&ストレージ」編
-
9
「AI時代の統合基盤・エンタープライズAI管理」に関するアンケート
-
10
100億円の「Linux更新」を回避 みずほ銀行が選んだ“おきて破り”のRHEL延命策
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
年収2000万「クラウドセキュリティのプロ」になれる資格とは
-
2
セキュリティソフトをすり抜ける標的型攻撃メール、不審メールの見破り方とは?
-
3
Windows Updateの通信集中で回線が逼迫、ネットワーク刷新事例に学ぶ解決策
-
4
財務を戦略的組織へ進化させるAI活用術、4つの主要な障壁と解消方法
-
5
「NAS」「SAN」「DAS」は何が違う? いまさら聞けないストレージの基礎
-
6
“あのファイル転送”で暗躍するノーウェアランサム
-
7
標的型攻撃メールを見破るには? サンプル文面を例に傾向を解説
-
8
商用利用の安全性を確保し大量のコンテンツを高速で生成する、AI活用の秘訣
-
9
マンガで解説、1日で生成AI環境を構築できるワークショップの中身とは?
-
10
Dark AIが台頭する時代の新発想、「より高度なAIで対抗する」具体的方法とは?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー