キャリア形成におけるPSHEモデルとは
指示待ち新入社員はもう不要? AI時代に評価される人材が持っているスキルは
人間が担ってきた業務がAIに置き換わるとの見立てが拡大している。一方YouTubeで要職を務めたメロトラ氏は、若手がステップアップしていく過程はなくならないものの、早い段階からあるスキルが必要になると話す。
生成AIがコードを書き、文章を作り、情報を整理するようになれば、若手社員がこれまで担当してきた「実務」は減っていくのか。企業はこれから、どのような能力を持つ人材を評価するようになるのか。
ライティング支援ツール「Grammarly」などを展開するSuperhumanのCEO、シシール・メロトラ氏は、AIが普及しても、新人から中堅、シニアへと成長していく従来のキャリアパスはなくならないと指摘する。一方、若手の段階から、より上位の判断や問題設定を担うことが求められるようになると説明する。同氏はYouTubeの最高製品責任者(Chief Product Officer)と最高技術責任者(Chief Technology Officer)を務めた経験を持つ。
AI時代、そしてAI時代のその後、人間にはどのようなスキルが必要になるのか。メロトラ氏の考えを紹介する。
AIツールの使い方と一緒に学ぶべきテーマは
AI時代にキャリアを築く上で、何を学んでいけばよいのか。メロトラ氏は、さまざまなAIツールを使えるようになることに加えて、「マネジャーになる方法を学ぶ」ことを薦める。
これは、人を管理する役職に就くという意味だけではない。従来、キャリアの初期段階では、自分自身でコードを書く、文章を書く、資料を作るといった業務を経験し、その実務を理解した上でチームを管理する立場へ進むのが一般的だった。メロトラ氏も、優れたマネジャーになるには、まず自分で仕事を遂行できることが重要だと長年考えてきたという。
しかしAIツールを使うようになると、若手社員であってもAIに作業を指示し、出力を確認し、修正させる立場になる。つまり、「自分で実行する人」から「実行者を管理する人」へ移る時期が早まる可能性がある。
そこで重要になるのが判断力だ。AIが作ったコードや文章を見て、「これはよい」「これは使えない」と評価できなければ、AIへ仕事を任せることも難しい。
こうした能力を身に付けるには、失敗の影響が小さい環境で繰り返し練習することが重要だという。例えば本番業務でいきなりAIを使うのではなく、個人的なプロジェクトや小規模な試行で何度も使い、素早くフィードバックを得る方法だ。
「実行」から「問題設定」へ キャリアの階段はどう変わるのか
では、AIが実務を担うようになれば、従来のキャリア形成は成立しなくなるのか。メロトラ氏は、キャリアを考えるための枠組みとして「PSHE」を紹介する。PSHEの「P」はProblem(問題)、「S」はSolution(解決策)、「H」はHow(実現方法)、「E」はExecution(実行)を指す。
キャリアの初期段階では、上司から問題と解決策、実現方法を与えられ、本人はそれを実行する。その次の段階では問題と解決策だけを与えられ、実現方法を自ら考える。さらに経験を積むと、問題だけを与えられ、自ら解決策を考えるようになる。
最も上位になると、担当領域だけを与えられ、「そもそも何が問題なのか」から自分で定義する。例えば「営業を改善せよ」と指示されたとしても、本当の問題はマーケティングにあると判断するといった役割だ。
AIの普及は、この階段をなくすのではなく、全体を上方向へ押し上げるとメロトラ氏はみる。人間が解決すべき問題と方向性を決めれば、AIはコード作成などの実作業だけでなく、実現までの進め方や市場での検証方法を考える段階でも支援できるようになる。
一方、「どの問題に取り組むべきか」を決める能力は、依然として人間に大きく依存する。AIは各段階を支援する“思考のパートナー”にはなれるが、企業や業務の状況を踏まえて重要な問題を選び取る役割まで完全に任せられるわけではない、というのが同氏の考えだ。
「人かAIか」のゼロサムではない
メロトラ氏は、“AIが人の仕事を置き換える”という風潮には慎重な姿勢を示す。その理由は、「人間の仕事かAIの仕事か」というゼロサムの構図で技術変化を捉えてしまうためだ。
そこで同氏は電動ドリルを例に説明する。電動工具が普及したことで、ねじを速く締める能力そのものの価値は下がった。しかし、建設の仕事そのものがなくなったわけではなく、より大規模なものを作れるようになった。
AIも同じだ。従来の実行作業が効率化されれば、人はより大きな仕事を扱えるようになる可能性があるとメロトラ氏は指摘する。技術変化によって役割が変わることは避けられないものの、それを単純な「人からAIへの置き換え」と捉えるべきではないというのが同氏の主張だ。
文章をAIが書けても「よいアイデアを考える力」は残る
こうした変化は、既にマーケティングなどの職種で起きている。生成AIを使えば、SNSへの投稿文や広告文を大量に作成できる。このため、「文章を書く能力はもう不要なのではないか」と考えることも可能だ。
しかしメロトラ氏は、文章を書く能力の元になる優れたアイデアを考える能力はむしろ重要になると説明する。AIはよいアイデアを増幅し、数百種類の表現へ展開することはできる。だが、そもそもの優れたアイデアがなければ、価値ある大量のコンテンツを生み出すことは難しい。
さらにAIが大量の候補を生成するほど、人間にはその中からより良いものを選ぶ能力が求められる。つまり「作る能力」が消えるのではなく、「よいものを考え、それを見分ける能力」へと比重が移っていく。
AI時代に重要なのは「正しい答え」より「正しい質問」
ところでメロトラ氏が人材を採用する際に重視しているのが「Eigenquestion」と呼ぶ考え方だ。多くの疑問を一度に解消できる、最も本質的な質問を見つけるという意味だ。
重要なのは、答えを速く出すことではない。「どの質問に答えれば、他の多くの問題も解けるのか」を見極めることである。メロトラ氏は、この「よい質問をする能力」が自身が人材を採用する際の最も重要な判断材料になっていると説明する。
これはAI活用にも当てはまる。生成AIによって「答えを作るコスト」が下がれば、相対的に重要になるのは、何を解くべきかを決めることだ。
情報システム部門に置き換えれば、「AIで問い合わせ対応を自動化するにはどうすればよいか」とすぐに実装方法を考えるのではなく、「そもそも問い合わせが多発している原因は何か」「解決すべきなのは回答作業なのか、それとも業務やシステムの複雑さなのか」と問い直す力が重要になる。
本稿は、Silicon Valley Girlが2026年9月9日に公開したSuperhuman CEO:How to Position Yourself Now Before the Next AI Phase(2026–2027)を基に作成しました。
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