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「1日1分の作業削減」に意味はある? DXが進まない「2つのワナ」と成果を生むKPIDXを“小さな自動化”で終わらせない

デジタルツールや研修を導入しても、DXの成果が現場や経営に表れない場合がある。DX施策を実際の価値につなげるためのKPI設定のコツを紹介する。

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著者:箕輪 旭

スタディメーター株式会社 代表取締役

1987年生まれ。アクセンチュア株式会社でのITコンサルティング業務を経て、2020年にスタディメーター株式会社を創業。オンライン学習プラットフォーム「Udemy」では、非エンジニア向けの分かりやすく実践的なIT講座がベストセラーとなり、これまでに30万人以上を指導。「挑戦したくなる世界」の実現を目指して、新しい一歩を踏み出したい人のサポートに取り組んでいる。

 デジタルツールを導入し、研修を実施し、専門チームも設置した。それでも、現場からは「仕事に変化があった」という声が聞こえず、経営層にはDX(デジタルトランスフォーメーション)の成果を説明できない――。こうした状況に悩む情報システム(情シス)部門やDX推進担当者は少なくありません。

 ここで、DXが進まない原因としてよく挙げられるのが、人材やスキルの不足です。しかし、必要なツールがそろい、従業員のデジタルスキルが高まっても、十分な成果が出ないことがあります。問題は、担当者の努力不足ではなく、DX施策の目標や進め方そのものにある可能性があります。

 特に注意したいのが、DXの定石とされる「効率化」と「スモールスタート」です。稼働時間を削減し、小さな施策を次々に実行しているのに、現場の働き方や経営成果につながらないのはなぜでしょうか。本稿では、DXを停滞させる「2つのワナ」と、情シスとして施策のKPIを見直すポイントを解説します。

DXを停滞させる「2つのワナ」とは

「効率化」のワナ

 日本企業では、DXの目的を「業務の効率化」と捉え、特に、従業員の作業時間を減らす「稼働削減」が目標になりがちです。もちろん、稼働を減らすこと自体が悪いわけではありません。しかし、効率化をDXの最終目標にしてしまうと、「とにかく目の前の業務を自動化すればよい」という手段の目的化に陥りやすくなります。

 この考え方の問題点を、具体例で考えてみます。

 事務作業を自動化することで、「年間5000時間、人件費換算で約1500万円相当のコスト削減効果がある」という試算が出たとします。ただし、これは削減時間に人件費単価を掛けた試算です。実際に1500万円の支出がなくなるとは限りません。それでも、数字だけを見れば大きな成果に映るため、社内ではDXの目玉プロジェクトとして推進されるかもしれません。

 しかし、この5000時間が「1000人の従業員の業務を年間5時間ずつ削減する」という計算であれば、実際の効果はどうでしょうか。年間の営業日を約250日とすると、1人当たりの削減時間は1日約1分です。1日約1分では、ほかの仕事にまとまった時間を振り向けたり、退社時刻を早めたりする効果は期待しにくいでしょう。会社が実際に負担する人件費が、その分だけ減るとも限りません。それでも計算上は、「年間5000時間、約1500万円相当を削減した」という大きな成果に見えてしまいます。

 これが「効率化」のワナです。稼働削減の総量を大きくする目標でDXを進めると、数字の上では成果が出ていても、現場の働き方や経営成果には大きな変化が生まれていない、という事態が起こりやすくなります。

 このワナを抜けるためには、DXの目的をとらえ直す必要があります。DXの本質は、業務を自動化すること自体ではありません。デジタル技術によって、顧客や従業員が抱える問題を解消し、彼らを「喜ばせる」ことです。

 例えば、DXの目的を「サポートを充実させて、顧客に喜んでもらう」ことに設定します。この目的から施策を考えると、優先すべき業務が変わります。1000人の事務作業を1日1分ずつ減らすより、ある従業員が毎月160時間を費やしているデータ整理の大部分を自動化する方が効果的です。空いた時間を顧客サポートに振り向け、新たな価値を生み出せるためです。稼働削減効果としては年間1920時間であり、5000時間の半分以下ですが、顧客サポートの人員が増えるため、「顧客に喜んでもらう」という目的に直接つながります。

 さらに、顧客を喜ばせることができれば、継続利用や追加購入、新規顧客の獲得を通じて、結果的に売り上げや利益の増加が期待できます。このように、DXの目的を「業務を効率化する」ことから「誰かを喜ばせる」に変えることで、机上の数字だけが積み上がる「効率化」のワナを抜け出し、現場や経営に実際の変化を生み出せるようになるのです。

DXの目的は誰かを喜ばせること
DXの目的は誰かを喜ばせること

「スモールスタート」のワナ

 DXを推進する際、「できることからどんどんやってみよう」という掛け声が聞かれることがあります。大規模なシステムをいきなり構築するのではなく、リスクを避けるためにまず小さく試すという考え方自体は間違っていません。しかし、「できることからやってみる」とだけ考えると、目の前の業務に導入できそうなツールを探し、小さな自動化を繰り返すことになりがちです。一つ一つの施策による変化が小さければ、「いろいろ試してはいるが、大して変わらない」という結果に終わってしまいます。これが「スモールスタート」のワナです。

 では、考え方を変えてみましょう。スモールスタートとは、「できることからやってみる」ことではなく、「誰かを喜ばせるために、すぐ試せる方法をやってみる」という考え方です。

 あるメーカーが社内情報の一元管理システムを導入するために実施した概念実証(PoC)の事例を紹介します。この企業では、過去に調査した情報が各自のPCに分散し、ほかの従業員が参照できないという課題がありました。その結果、複数の従業員が同じ情報を何度も調査する無駄が生じていました。この課題を解決するため、同社はナレッジ管理システムの全社導入を検討しました。各部署が保有する情報を共有し、企画のスピードや品質を高めることが狙いです。

 しかし、大規模なナレッジ管理システムをいきなり導入するには、多くの時間とコストがかかります。さらに、システムを構築できたとしても、必要な情報が継続的に登録されるとは限りません。検索性が低ければ、十分に活用されず、投資したコストが無駄になる可能性もあります。

 そこで同社は、発案者を含む数人のチームで、「Microsoft Excel」(以下、Excel)を使った情報共有のPoCを実施しました。チームのメンバーは、自身が調査した内容をExcelのシートに記録し、互いに共有しました。これにより、同じ情報を繰り返し調べる無駄を減らせるかどうかを検証しました。使用したのは、特別なシステムではなく、すぐに用意できる単純なExcelのシートですが、この取り組みはチーム内で高評価を得ました。それだけでなく、取り組みを知った近隣のチームからも「便利だ」という声が上がり、利用するチームが自然に増えていきました。このPoCによって、ナレッジ共有の有効性を確認できました。合わせて、本格的なシステムに必要な機能も明らかになりました。これを受け、同社は全社向けのナレッジ管理システムの構築に着手しました。

「スモールスタート」の成功例
「スモールスタート」の成功例

 この事例の重要なポイントは、「必要な情報を簡単に共有できるようになったら、自分たちが働きやすくなるはずだ」という仮説を、大きなコストや労力をかけずに確かめられたことです。

 実際にチーム内で有用性が評価されたことで、ほかのチームにも利用が広がり、本格的なシステムの構築へと発展しました。ユーザーにとって価値があることが理解できていれば、失敗するリスクを抑えながら大きな投資ができます。仮にこのExcelのPoC施策がうまくいかなかったとしても、失うのは数人が検証に費やした時間に限られます。大規模なシステム投資をした後に失敗する場合と比べ、損失を小さく抑えられます。

 このようにスモールスタートで重要なのは、単に施策の規模を小さくすることではありません。失敗しても大きな損失が出ない方法で「誰かを喜ばせられる可能性」を確かめることです。「できることからやってみる」のではなく、「誰かを喜ばせるために、すぐ試せる方法をやってみる」。この違いを理解すれば、小さなデジタル化を繰り返すのではなく、誰かにとって価値があることを確認したうえで、その施策を段階的に組織へ広げられるようになります。これが、小さな試みを大きな変革につなげる本当のスモールスタートです。

「誰かを喜ばせる」KPIをたてよう!

 ここまで見てきたように、DXの推進には2つのワナがあります。それらを乗り越えることで、停滞した組織のDXを前に進めることができます。では、DX推進担当者は今日から具体的に何をすればよいのでしょうか。最後に、今日から取り組める施策を紹介します。

 それは、「DX施策の最終的な成果を測るKPIを見直すこと」です。これまで「削減した稼働時間」や「削減したコスト」をKPIにしてきた方もいると思います。ぜひ次の施策では、「誰に、どう喜んでほしいのか」を明確にし、その変化を測れるKPIを設定してください。ただし、「喜んだこと」をそのまま数値で測ることは困難です。そのため、ユーザーや業務に生じた変化を示す指標へ落とし込む必要があります。

 従業員の負担軽減を目指すなら、残業時間や定時退社率が候補になります。顧客対応の改善を目指すなら、回答時間や初回解決率などを設定できます。

 なお、「稼働削減」のKPIを完全に無くす必要はありません。稼働削減はあくまで「誰かを喜ばせる」という最終目標に至るまでの中間指標であり、それ自体をゴールにしないことが大切です。

 KPIが変わると、スモールスタートの設計も一緒に変わります。「どの業務なら自動化しやすいか」ではなく、「残業を減らすには、どの業務を変えるのが一番早いか」「顧客への回答を早くするには、何を改善するのが一番簡単か」といった具合です。デジタル技術で稼働削減できる業務を探すのではなく、どの業務の稼働を減らせば、誰かを喜ばせることができるのか、という視点で施策を設計できます。

「誰かを喜ばせる」KPIを立てる
「誰かを喜ばせる」KPIを立てる

 まずは、進行中、あるいは次に予定しているDX施策を1つ選び、そのKPIを見直してみてください。その施策は、誰を喜ばせることが目的ですか。そして、その人を喜ばせる、一番簡単な方法は何ですか。削減できる時間やコストではなく、「誰にどのような変化をもたらすか」を基にKPIを設定します。次に、そのKPIを改善するための最小の施策を実行します。これが、2つのワナを抜け出し、組織のDXを前に進める最初の一歩です。

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