【マンガ付き】ひとり情シス支援の第一人者が教える”中堅中小企業こそRAGを使うべき理由”:”ひとり情シス”を救うRAG活用術【第1回】
属人化、情報のサイロ化、人手不足――。中堅中小企業が抱えるさまざまな課題を”ひとり情シス”が解消する選択肢として、ひとり情シス協会の事務局長、清水 博氏はRAGの活用事例を挙げる。その理由は。
「また若手従業員が辞めた」「ベテランが業務も情報も抱え過ぎていて、棚卸しも引継ぎもできない」「このままじゃ、ベテランが倒れたらうちの会社の生産は大幅に遅れる。そういえば、生成AIがはやってる。生成AIを使って情シスから何か提案してくれないか?」。このような相談を受けるたびに、頭を抱えた経験はないでしょうか。このような課題を解決するための選択肢が「RAG」(検索拡張生成)です。
企業の情報システム部門を1人で担当する「ひとり情シス」担当者を支援する「一般社団法人ひとり情シス協会」(以下、ひとり情シス協会)は2026年4月、ネオスの協賛を受けて「AIしくじりひとり情シス 中堅中小企業生成AI(RAG)プロジェクト中間報告」(以下、AIしくじりひとり情シス)を出版しました。同報告は、生成AI運用で“しくじり”を経験した5つの業種(食品製造・販売、卸売業、製造業、医療・介護事業、建築業)の企業事例を集めたものです。
本稿は、AIしくじりひとり情シスの筆者であるひとり情シス協会事務局、清水 博氏が「中堅中小企業こそ、RAGを使った方がいい理由」を紹介します。
中堅中小企業こそ、RAGを使った方がいい理由
中堅中小企業でRAGへの関心が高まる理由は、深刻な人手不足です。定年延長という形で現場を支えてきた古参のベテラン従業員は、そろそろ体力・気力ともに限界を迎えつつあります。一方で、若手従業員の育成も期待通りに進んでいない。さらに、採用は難しくなってきた――。このような状況の中、知識や経験の継承はうまくいかず、「あの人がいないと回らない」という状況は多くの職場で常態化しています。
こうした問題に対して、業務マニュアル、過去の対応履歴、社内規程などをそのまま生かし、問題を解決できる方法としてRAGは注目されています。外部ベンダーに頼らず、自社の知見をAIに学ばせることで、属人的なノウハウを組織の共有財産へと変換できる点が、中堅中小企業のニーズと合致しています。
2025年9月、ひとり情シス協会とネオスが実施した「中小企業AI実態調査」(注1)によると、回答企業の71.8%が「人手不足の解消」を目的にAIを導入したと回答しています。
※注1:従業員数500人以下の中小企業でIT導入の意思決定に関与する463人を対象に実施した。
人手不足は、単純に人員が減る、足りないという話にとどまりません。「新人教育に時間を割く余裕がなくなる」「日々の業務で生じる疑問やトラブルへの対応が、一部のベテラン従業員や店舗責任者、管理部門に集中する」結果、「業務の属人化」が常態化します。
特定の担当者への依存度が高まることで、その人が不在になった瞬間業務が止まるリスクは増大します。RAGの導入は、こうした知識の偏りを解消し、誰でも必要な情報に素早くアクセスできる環境を整えるための、現実的な一手として期待されています。
ゼロからAIを作る必要はない
豊富なIT投資予算や他の情シスメンバーがいない場合、大規模言語モデル(LLM)を一から開発することは困難です。一方RAGは、既存の生成AIに対して自社のデータを参照させる仕組みです。大規模なシステム開発は不要で、比較的取り組みやすいのが特徴です。
RAGを導入すれば、社内の問い合わせ件数を減らすことができる可能性も高まります。IT運用に関するFAQや手順書、申請フローをデータソースとしてRAGに登録するところから始めれば、従業員は情シス担当者に問い合わせる前に、まずAIに質問するようになるからです。
情シス担当者にとって、定常業務の間に割り込んだ問い合わせに対応している時間が、業務の半分を占めることもあります。「このシステムのパスワードを忘れた」「この申請書はどこにある」「出張先でプリンタがつながらない」等といった繰り返しの問い合わせをAIが一次対応することで、本来注力すべきシステムの企画案検討や業務改善に時間を使えるようになります。特にひとり情シスにとって、自身の時間を切り出すことは何よりも重要です。
社内に眠る「現場知」の実態
「社内に、RAGに活用できるデータは本当にあるのか?」――。こう疑うかもしれません。しかし社内を歩き回ってみると、書庫に分厚い紙の資料のファイルが並んでいるかもしれません。過去のクレーム対応履歴、ベテラン従業員が書き溜めた作業手順書、品質トラブルの是正処置記録――。長年かけて積み上げられた「現場知」の塊を発見することもあるでしょう。
中堅中小企業には、長年の事業運営で蓄積された社内規程、提案書、営業日報、議事録、クレーム記録、FAQ、教育マニュアルなど、膨大な「現場知」が存在しています。製造業では品質トラブル時の是正処置記録が、医療・介護事業者では日々の介護記録が大量に蓄積されています。
ただし、問題もあります。データは存在しているものの、散らばっている場合です。デジタルデータは存在しているが、PDFやMicrosoft Word文書、Microsoft Excelファイル、レガシーなグループウェアと、さまざまな場所、フォーマットで散在しているという企業もあるはずです。ファイルは存在している。内容には問題ない。しかし、探すのに時間がかかる――。このような状況です。その結果、経験が浅い従業員が求める情報にたどり着くまでに相当な時間がかかることになります。
ちなみに、どこにあるのか分からず探すのに時間がかかるデータを、古参の従業員が瞬時に見つけてしまうという中堅中小企業もあります。このような従業員がいれば、デジタル化の必要性を感じずに済みますが、いつまでもこれでいいと思っている企業もそれほど多くはありません。
「現場知」をRAGで「生きた知識」へ
そこでRAGです。RAGであれば、これまで「ただ残されているだけ」だった文書が、新人でも即座に過去の判断事例を引き出せる「生きた知識」へと変換されます。さらに、RAGの導入を契機に社内文書の整理・棚卸しが進み、情報資産としての価値が可視化されていきます。
RAGは職場の空気を変える
「ツールを入れても、結局使われなくなる」。そのような場面に遭遇したひとり情シスもいるでしょう。しかし、RAGをうまく使えるようになれば、職場の空気そのものが変わってくるのです。
ある食品製造企業では、人手不足と忙しさから「上長に相談しても何も変わらない」という空気がまん延していました。しかしRAGを適切に設計し、AIが適切な回答を打ち返すようになった結果、現場のスタッフは「聞けば答えが返ってくる」小さな成功体験を積み重ねるようになりました。さらに、自ら疑問を持ち、RAGでまず調べてから上長に相談や提案するという主体性が生まれ、仕事に対する前向きさが出てきました。
卸売業のある企業事例では、RAG導入に向けた判断基準の言語化のプロセスを経ることにより、これまで縦割りで「壁」があった営業、管理、技術各部門の若手が共通の課題に向き合うことで絆が強まり、部門を超えた信頼関係が生まれました。
こうした変化は、ひとり情シスの働き方にも関連しています。休暇を取った場合、AIが従業員の疑問に対応するため、「自分が休めば業務が止まる」というプレッシャーから解放されます。従業員の自己解決率も高まります。
ではRAGを実際導入しよう。課題は?
RAGは「検索時間を減らすITツール」にとどまりません。ベテラン従業員の暗黙知を企業の共有資産にすること、従業員が本来の人間らしい付加価値の高い業務に集中できるようにするための起爆剤でもあります。リソースが限られ、属人化のリスクが高い中堅中小企業こそ、今ある資産を活用して組織の持続可能性を高めるために、RAGは人手不足時代でも持続可能な組織をつくるための有力な選択肢になるでしょう。
しかし、RAGの導入にはさまざまな壁もあります。データは人間が作ったものです。目標設定を数値で定義するのも人間。予算、社内の抵抗、データの散乱、孤独な闘い――。次回は、RAG導入でつまずく企業に業種・規模を超えて共通する「しくじりの特徴」を解説します。
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