EDIは流通業全体のインフラを目指せ【第4回】
日本のティッシュはなぜ安い? 業界標準EDIが実現する日本型SCM
多頻度小口発注、多頻度バラ納品、小規模分散型店舗立地、卸機能の集約といった日本独自のSCM。化粧品・日用品業界のサプライチェーン改革を例に、業界標準EDIがSCMにどのような変化をもたらすか見ていこう。
日本のティッシュはなぜ安いのか
「欧米と比べて、日本の物価は高い」といわれているが、本当にそうだろうか? 確かに米などの食品や、タクシー代、ガソリン代などは、日本の方が割高である。しかし、日用品・トイレタリー商品を見ると、日本の方が安い商品も多い。
米国の量販店やネットショップの価格を調べてみると、それがよく分かる。ティッシュペーパーをはじめ、石けん、洗濯用洗剤、台所用洗剤、シャンプーなどは、同一ブランドでも日本の方が安価なものが多い。例えば、「クリネックスティシュー」は、アメリカでは1箱220枚(110組)入りでも1.15ドル(日本円換算でおよそ105円)するが、日本では1箱360枚(180組)入りを60円未満の価格で販売する店もある。ちなみにヨーロッパではさらに高価となる。
なぜこのような価格差が生じるのか? それは、日本の流通業が努力しているからにほかならない。モノ作りにおける技術力の高さはもちろん、卸の絶え間ない切磋琢磨(せっさたくま)や小売同士の自由競争などによって確立された効率的な流通機構が、このような価格差を生んでいる。
また、日本と欧米とでは消費者の購買行動が大きく異なる。日本人は欧米人のように一括大量買いはせず、少量多頻度に購買するという昔からの習慣があり、これを前提に流通の仕組み全体が設定されている。多頻度小口発注や多頻度バラ納品といった発注・物流の仕組みをはじめ、小規模分散型の店舗立地に至るすべてが、消費者の購買行動や店舗環境などに適した構造となっているのである。
化粧品・日用品大手卸の物流センターを見学すると、その取扱量の膨大さや優れた機能に驚かされる。化粧品・日用品の小売店舗への納品の多くはバラで多頻度に行われており、物流センターではメーカーから届いたダンボールを開梱し、中の商品をバラで取り出して納品先ごとにまとめて発送している。歯磨き4本、口紅5本、シャンプー6本、耳かき2本というように、毎日4万アイテムもの商品を正確にピッキングし、迅速に配送することが可能となっているのである。納品精度は99.999%(10万回のピッキング中、間違いは1回)と、実にハイレベルである。その結果、卸の納品精度を信用している小売業では検品作業が不要となり、配送効率の向上とコスト削減を実現している。めったに売れない耳かきがコンビニエンスストアなどで100円で売られているのも、卸の集約機能と多頻度バラ納品サービスがあってのことだ。だからこそ小売は在庫を持たずに営業でき、消費者は低価格で品質の良いものを購入できる。これが日本型SCM(Supply Chain Management)の特徴であり、欧米に誇れる仕組みといえるだろう。
日本のような卸売業が少ない欧米では、こういうわけにはいかない。小売業数社で市場の過半を占めるという市場の寡占化によって調達ルートが固定化しているため、自由競争もできず、新規参入も難しい。結果として、冒頭のような価格差が生じるわけである。
化粧品・日用品業界で進んだサプライチェーン改革
日本型SCMは、数々の流通改革を経て誕生した。今回はわたしも改革メンバーとして参加させていただいている、化粧品・日用品業界のサプライチェーン改革を紹介しよう。
化粧品・日用品業界では、SCMの究極の目的である「消費者に良質の商品を安く、過不足なく供給すること」を目指し、1997年に「業界サプライチェーン研究会」が設立された。化粧品・日用品大手メーカー10社の流通や物流、情報システムの戦略構築に携わる担当者がメンバーとなり、コーディネーターを務める大学の研究者やコンサルタント、事務局となったプラネットおよびプラネット物流と共に、流通構造の在り方を検討した。その結果をまとめたものが、1998年に発表された「VOES(ボイス)」(Vision for Optimal and Effective Supply Chain Management)と呼ばれる流通ビジョンである。
VOESでは、「小規模分散型の日本の市場で業界全体の物流コストを最小化するためには、物流拠点の集約化が必要」という考えに基づき、当時、全国に二千数百カ所あった物流拠点を、フルライン機能を備えた大規模拠点114カ所に集約するのが最適というシミュレーションを提唱した。当ビジョンの策定の背景には、「市場全体の売上数量の停滞と消費の成熟化」「1990年に入ってからの店頭小売価格の低下(市場全体の緩やかなデフレ傾向)」「大規模店舗法の緩和」「ITの発達(オープン系コンピュータ、ネットワークの普及)」という環境の変化があった。
こうした中で、新しい環境に適応したサプライチェーンを構築するためには、工場から店頭に至るすべてのプロセスを効率的な仕組みへと変更する必要があった。これにより、メーカー、小売、卸、物流業者など異種のプレーヤーが、それぞれのノウハウを有機的に結合させ、効果的なマーチャンダイジングを展開するという、サプライチェーン全体の最適化を目指したのである。そのためには、物流や業務プロセスの改革だけではなく、情報の流れや物流面での標準化も重要だった。VOESの提言に基づき、化粧品・日用品卸を中心に、業界内では10余年をかけてサプライチェーンの改革が進められた。
地方の有力卸は経営統合と買収を繰り返すなどの提携を進めた結果、幾つかの大手卸が誕生した。これらの卸では、全国各地に重装備の大規模センターを建設し、積極的に機械化・自動化を進めたほか、日本の物流特性に合わせた独自の設備も完備した。こうした努力の結果、化粧品・日用品業界における中間流通は驚くほど効率化したのである。
SCMを有効に機能させるために
以上のような日本型SCM機能を有効に発揮するためには、前提として標準化されたEDI(Electronic Data Interchange)が必要となる。日本の場合、小売業のEDIはなかなか進まないが、メーカーと卸間では既に大規模なEDIが稼働している。これにより、各社では業務の効率化や伝票レスはもちろん、CRP(Continuous Replenishment Program:連続補充方式)やCPFR(Collaborative Planning, Forecasting and Replenishment:製販協働計画予測補充)も可能になった。
ただし、EDIを普及させるためには、プロトコル、フォーマット、コードの統一といった通信仕様上の標準化だけでなく、運用面でのサポートも重要である。なぜなら、受注から発送に至るプロセスの在り方やデータの保管、トラブル対応、解釈の違いから発生する仕様の違い、セキュリティ対策、取引先ごとに異なるシステム環境や技術レベルに応じた細かな対応など、運用面での問題はたくさんあるからだ。これらのすべてを自社で管理するのは相当難しいし、そのための専用スタッフを配置するのも困難と思える。
欧米のように寡占化した市場であれば、大手に追随してデファクト化するのだろうが、日本のような多様性のある市場では、個別の負担を軽減し、ユーザーごとのレベルの違いを解消する運用センター方式を採用することが望ましいのではないだろうか。メーカー・卸間EDIが普及した理由も、運用センターという中間機能の存在が大きな一因であるとわたしは考えている。
いずれにせよ、サプライチェーン改革とは「利便性が高いだけでなく、最適な利益配分に基づいて価格設定された商品を、幾つかの店で比較して最も安く購入できる」という消費者メリットの追求にほかならない。そのためには、メーカー、卸、小売が標準化された共通のインフラを使い、それぞれの本業に精を出すことが重要である。
筆者紹介
玉生弘昌
株式会社プラネット 代表取締役社長兼執行役員社長
1968年にライオン油脂(現在のライオン)入社後、マーケティング部、総合管理部、システム開発部勤務を経て、1985年にプラネットの常務取締役に就任。1993年より現職。社団法人流通問題研究協会 副会長、事業創造大学院大学 客員教授。
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