ユーザーvs.ベンダー、クラウドトークバトル(前編)
JTB、東京海上、リコー、先進ユーザーのクラウド活用事例
クラウド活用をテーマに、ユーザーとベンダーが本音でトーク。クラウドは企業システムのどこまでに適用可能か? クラウド活用を検討している企業、これからのITインフラの在り方を模索している企業は一読の価値有り。
2011年6月、社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)は「今あらためて探るクラウド活用」と題したセミナーを開催した。ユーザー3社、クラウドベンダー3社など総勢9人のパネリストが登壇し、クラウドコンピューティングに関する熱のこもったトークバトルが繰り広げられた。前編では、クラウドサービスを提供するベンダーの取り組みと、クラウドサービスを活用しているユーザーの事例を紹介する。
ユーザーとベンダーが一堂に介す
1962年設立という長い歴史を誇るJUASでは、経産省の「企業IT動向調査2011」(参考:「基幹系クラウドの期待と現実、調査結果で赤裸々に」)をはじめとする調査・研究活動とともに、最新技術の普及啓発を目的として定期的にセミナーを開催している。今回の「今あらためて探るクラウド活用」は当初3月に予定されていたが、東日本大震災の影響により約3カ月順延。震災後のBCP(事業継続計画)やクラウドコンピューティングに関して企業の意識が高まっていることから、このほど仕切り直して開催された。
セミナーは、討論会形式で進められた。クラウドを活用しているユーザー企業の代表として参加したのは、JTBビジネスイノベーターズ 代表取締役常務の北上真一氏、東京海上日動システムズ ITサービス本部長代理の小林賢也氏、リコー IT/S本部 IT/S企画センター所長の石野普之氏の3氏。また、クラウドサービスを提供しているベンダー企業からNEC 製造・装置業サービスソリューション事業部長の林雅弘氏、セールスフォース・ドットコム 代表取締役社長の宇陀栄次氏、NTTコミュニケーションズ ビジネスネットワークサービス事業部 ユビキタスコミュニケーション部長の館 隆志氏の3氏が参加した。これに、コメンテーターとして日経BPの星野友彦氏、JUAS顧問の細川泰秀氏、さらに司会進行役としてナレッジサインの吉岡英幸氏を加えた9人のパネリストによって討論が行われた。
冒頭では、星野氏が「改めて考えるクラウドの意味」と題し、クラウドとは何か、クラウドは使われているのかに関して、メディアの立場を代表して発表した。
「クラウドの定義は一様ではなく、定義はまちまちです。共通しているのは、ネットワーク経由でITリソースをサービスとして利用・提供するというところです。NIST(米国立標準技術研究所)では、クラウドは依然として進化し続けるパラダイムとしていますが、私見ではITサービスの提供を『工業化』するものだと考えています。工業化とは、標準化、メニュー化、自動化を実現したものであり、クラウドのメリットは工業化が前提となります。クラウドの利用については、大手企業を中心に導入事例が急増しており、導入機運も非常に高まっています」(星野氏)
クラウドの有用性を強調するベンダー各社
続いて、ベンダー3社が順に、各社が提供するクラウドサービスについて紹介した。最初に発表したのは、NECの林氏。NECでは、クラウドサービスの対象はどんどん広がり、個別対応型クラウドから業界標準化による共同利用(業界クラウド)、異業種連携の新市場(業際クラウド)、さらには社会インフラとしてのクラウドへと進展していくと見ているという。
「現在、NECが提供する協調型アウトソーシングは、企業が目指すべき姿へITの組織と構造、コストを変革するクラウドサービスです。これからのIT部門は、経営やエンドユーザー部門に貢献することが重視されます。そうした企業が目指す姿をゴールとして、ベンダーがきちんと認識して対応するというのが協調型アウトソーシングの大きな考え方です。そのために、NECとIT部門が協調して進んで行こうというのが、NECのクラウドサービスのコンセプトです」(林氏)
次に、クラウドの普及とともに世界市場で急成長を遂げつつあるセールスフォース・ドットコムの宇陀氏が、同社の取り組みを発表した。
「日本では、クラウドサービスを導入する際に機密性が最重視されますが、セールスフォース・ドットコムでは機密性だけでなく、保全性・可用性・監査性の全てを重要だと考えています。とりわけ、透明性・信頼性を確保するために、セールスフォース・ドットコムのネットワーク障害など全ての情報を全て公開しています」(宇陀氏)
また、宇陀氏は日本市場への積極的な投資策も強調した。
「当社は日本企業への投資を促進するために、日本への戦略投資の責任者を任命してさまざまな施策に取り組んでいます。NTTコミュニケーションズと協業し、日本国内に新しいデータセンターを2011年11月に開設する予定です。また、日本生まれのオブジェクト指向スクリプト言語であるRubyの普及・発展を目的としたRubyアソシエーションを積極的に支援する他、日本の大規模ユーザーであるトヨタ自動車との間で戦略的事業提携を締結し、プライベートソーシャルネットワークの構築に着手しました」(宇陀氏)
ベンダー代表の最後に、NTTコミュニケーションズの館氏が、同社のクラウドサービスである「BizCITY」の概要に加え、震災対策・節電対策におけるクラウドソリューションについて解説した。
「NTTコミュニケーションズでは、震災時にクラウドサービスが有効に活用できると考えています。クラウドサービスは、企業が自社で運用するのに比べ、耐震性や電源確保に優れたデータセンターを利用しています。迅速な導入やリソースの柔軟な拡大/縮小など、構築が手軽だという特徴・メリットがあります。多種多様なデバイスから利用できるなど接続性にも優れているので、クラウドサービスを上手に利用すれば、災害対策に大いに役立つと考えられます。また、業務システムや仮想デスクトップ環境をクラウド上にホスティングすることで、テレワークの実現、電力使用量の削減に寄与します」(館氏)
クラウドの有用性を見極めるユーザー各社
ベンダー側の一通りの発言の後、ユーザー代表の3社がそれぞれ自社事例を紹介した。
まず、JTBビジネスイノベーターズの北上氏が、JTBのクラウド事例について紹介した。JTBでは、旅行予約業務の基幹システム「TRIPSシステム」を運用している。これは、1日200万件を超えるトランザクションのあるシステムで、2005年から2009年にかけて、メインフレームを使ったレガシーシステムからオープン系システムへと再構築した。一方で2006年に次世代インフラの検討を開始し、仮想化を積極的に採用。運用管理の効率化やコスト削減効果が実現できた。そうした先進的な取り組みを行うJTBでは、クラウドサービスもいち早く活用している。
「JTBでは、旅のアルバムサイト『トリポト』をマイクロソフトのパブリッククラウドであるWindows Azure上に展開し、2010年2月にリリースしました。クラウドを利用することにより、ネットワーク帯域の負荷分散、ストレージのプロビジョニングからの解放、運用管理業務からの解放など、さまざまなメリットが得られました。また、当社の場合、ほとんどのアプリケーションを.NET Frameworkで構築していたため、特別な開発ツールや言語を利用することなく短期間・低コストで開発することができました。これにより、本来のコアビジネスに情報システム部門のリソースを集中・特化できました」(北上氏)
JTBではその後、メールシステムのメッセージフィルタリング機能をGoogleのクラウドサービスに移行。メールによる業務の効率化にも成功しているという。一方で、グループ全社を対象に社内システムのプライベートクラウド化にも着手。2011年1月にサービスを開始し、今後5年間かけて段階的に移行するという。
次に発表したのは、東京海上日動システムズの小林氏。東京海上日動火災保険では、損害保険業務の性格上、1件のトランザクションの実行時間が長いシステムを運用している。現在もメインフレームが稼働しているだけでなく、個別最適化によって構築されたシステム基盤が150ほどもあり、それぞれベンダーが異なるという課題も抱えていた。そこで、情報システムのポートフォリオを変更し、サーバの台数を削減してコスト構造を変え、サービス化を進めるという目的で、一部業務のクラウド化を進めているという。
「東京海上日動では、業務の一部にセールスフォース・ドットコムを採用したり、ベンダーに相談して従来の業務をサービス化してもらったりといったようにパブリッククラウド、プライベートクラウドの導入を進めています。クラウド化が難しいシステムに関しては、自前の仮想化基盤を利用します。保険事業などのミッションクリティカルなコアビジネスについては、今後もオンプレミスシステムとして構築しますが、それ以外のノンコアについてはクラウド化または仮想化へと移行する予定です」(小林氏)
最後は、リコーの石野氏。リコーでは、米国法人のSFAにセールスフォース・ドットコムを採用して以来、クラウドサービスの利用が加速。現在では、海外生産関連会社の経理システムにOracle On Demand、グローバル連結システムにHyperion(Oracle On Demand)を採用するなど、基幹系の一部にもクラウドサービスを採用している。
「リコーでは、クラウドサービスを使っているとは言っていません。クラウドを使うという手段をメインにしないためです。セールスフォース・ドットコムやオラクルを採用したのは、グローバルで24時間対応の体制を自社で構築するよりも、早く安価であったためです。クラウドサービスの試行・実証実験によって分かったのは、利用量が大きく変動するアプリケーションのメリットが大きいことです。ただし、個人情報の国外持ち出し、海外のデータ保護など国境を越えたクラウドには課題もあり、社内の基幹システムとの連携の自由度にも制約があるなど、これからクラウドの真価を見極めなければならない課題も残っています」(石野氏)
こうしたユーザー、ベンダー双方の発表を踏まえ、セミナー後半には活発な意見交換が行われた。後編ではその模様をお伝えする。
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