クラウドガバナンス現在進行形【第1回】
“オレオレクラウド”にはこりごり、クラウドの本質を知る
ベンダー独自の“オレオレクラウド論”が横行している。企業利用者の多くはこれに懐疑的だ。本稿ではクラウドの本質を理解すべく、従来のホスティングサービスとの違い、NISTによるクラウドの定義を解説する。
ベンダー独自の“オレオレクラウド論”に懐疑的な企業利用者
経済産業省企業IT動向調査によると、企業利用者の実に87%が「ベンダーはクラウドコンピューティング(以下、クラウド)の定義・本質をもっと明確に提示するべき」と考えている(「企業のIT投資動向に関する調査報告書」P.34)。
国内のクラウド事業者の一部は、いまだにクラウドの定義を確定していない。従って、自社独自のクラウドの定義に基づいて、「これがクラウドだ」と主張すればクラウドといえる“オレオレクラウド論”が見受けられる。しかし冒頭で紹介した経済産業省の調査結果を見る限り、国内企業利用者はそんな一部の事業者による定義歪曲を鋭く見抜き、正しい情報を求めているといえるだろう。
世界を見回してみれば、近年設立されたさまざまなクラウド標準化団体(OGF、DMTF、SNIA、CSA、OMGなど)や、これまでさまざまな標準化活動に従事してきた団体(ITU-T、ISO、IEC、ETSIなど)が、それぞれの活動領域で仕様策定の基礎となるクラウドの定義を、米国立標準技術研究所(NIST)による「Definition of Cloud Computing」に求めている。このことから、NISTによるクラウドの定義が実質的に標準として流通していることが分かる。筆者は、近年まれにみる迅速さでデジュール/デファクト双方の標準化活動が連携しだしている点も注目に値すると考える。もはや、NISTによるクラウドの定義を無視してクラウドに関する議論を行うことは不可能だ。なお、NISTによる同定義はNIST Special Publication 800-145(Draft)として標準化作業中だ(参考:The NIST Definition of Cloud Computing(Draft))。
NISTによるクラウドの定義
そもそもクラウドの定義の実質的標準を策定しているNISTとはどのような組織なのだろうか? NIST(National Institute of Standards and Technology:米国立標準技術研究所)は、米国の計測や測定、標準化、産業技術振興を行っている米商務省配下の機関であり、ICT関係でもAES暗号の選定などが同研究所によってなされていることが知られている。筆者が考えるに、NISTが産業としてのクラウドの定義に取り組む理由は、「定義し、標準化することが米国の産業技術振興に役立つから」だろう。とはいえ筆者は、NISTによるクラウドの定義が世界の誰にでも公開されており、内容が妥当で、既に広く流通しているのならば、わが国がその定義を拒否する理由は何もないと考える。日本の総人口が縮小している中、国内で閉じた市場を形成するより、拡大する国際市場に参入する機会を確保した方が便益は大きいと考えるからだ。
では、実質的標準として世界で広く参照されているNISTによるクラウドの定義とは具体的にどのようなものなのだろうか? NISTはクラウドを5つの本質的特徴と3つのサービスモデル(IaaS、PaaS、SaaS)、4つのデプロイメントモデル(Private、Community、Public、Hybrid)として定義している。本稿ではこの中で最も重要な5つの本質的特徴(Essential Characteristics)について集中して解説する。
従来のICTサービスとクラウドの本質的な違いとして、NISTは以下の5点(定義要約は筆者)をクラウドの本質的特徴として挙げている。
- On-demand self-service……オンデマンドセルフサービス
- Broad network access……ネットワークからの標準アクセスとアクセス機器の選択の自由
- Resource pooling……マルチテナントに対して動的に割り当てられるプールされた資源
- Rapid elasticity……従量制で購入可能な資源の迅速で柔軟なプロビジョニング
- Measured Service……高度な資源消費測定による資源消費の最適化
NISTによると、この5つの特徴を備えていればそれはクラウドだといえるという。これは、具体的にどのようなサービスの姿を想定しているのだろうか?
まず、On-demand self-serviceでは、利用者はサービスプロバイダーとの交渉や調整をすることなく、自身の都合に応じて自動的かつ一方的に資源利用量や時間を設定し、即座に実行できなければならないとしている。これを実現するためにBroad network accessでは、利用者がネットワークからサービスに標準的なメカニズムでアクセスできることを保証し、Resource poolingで動的に割り当てる資源をあらかじめプールし、Rapid elasticityではその資源の割り当て、解除が迅速かつ柔軟に行えること、Measured Serviceにおいてそれらの資源利用の正確な計測と従量料金での提供を定義している。
つまり、NISTは利用者自身が、自動化されたインタフェースを利用して、あらかじめ十分に用意された資源から必要な分だけ柔軟に割り当てたり解除したりでき、その資源の利用量に応じて従量料金で利用できることがクラウドの本質的特徴だと述べている。この解釈を筆者がモデル化すると図1のような構造になる。
Essential Characteristicsの考え方を基に、クラウドの最も基本的なサービスモデルであるIaaSとサーバホスティングを比較するとこうなる。利用者のシステム構成への変更要求に対する応答性能が即時レベルに引き上げられるため、固定的に消費する資源量を縮小できる。そして、追加資源の動的割り当てが従量料金のみで可能となるため、資源配置の最適化を実現する。要するに、最大需要に合わせて設備容量を契約する必要がなくなる。資源配置の最適化を図式化すると図2のようになる。
また、クラウドサービスモデルはOn-demand self-serviceであり、Rapid elasticityを可能とすることによってMeasured Serviceの実現をうたっているのだから、契約期間拘束という考え方はなじまない。基本的に、完全従量制の料金体系を提供した上で、マーケティング施策のオプションとして、コストと契約期間や契約量などのトレードオフを提示する高度なサービスモデルが要求されるだろう。従って、利用者がサービススイッチング時に気にしなければならない問題は、技術的または運用上の制約に絞られることになるだろう。
従来のサーバホスティングサービスでもOn-demand self-service、Broad network access、Resource poolingを実現していたものはあるが、Rapid elasticityとMeasured ServiceについてはNISTのクラウドの定義を満たしていなかったといえる。なぜなら、クラウドにおけるMeasured ServiceはRapid elasticityを実現するためには、資源量消費測定をリアルタイムで行う必要があり、計測データの集計を月次バッチ処理で行っているような従来型のホスティングサービスとは計測に対する考え方が違うからだ。Rapid elasticityとMeasured Serviceは、資源割り当ての柔軟性やシステム構成変更の即応性と合わせて、クラウドをクラウドたらしめている重要な要素といえるだろう。
NISTによるクラウドの定義に関する記事
憂慮すべき国内の自称クラウドサービスの実態
さて、NIST定義の主要部にざっと目を通した上で、国内サービスに目を転じてみよう。ある資料によると国内でクラウドを自称しているIaaSサービスは38あるという。しかし、この中でMeasured Serviceを実現しているとする事業者は9にすぎず、検証可能な水準でMeasured Serviceを実現している事業者は7にとどまる。さらに、契約期間を拘束しない事業者(最低契約期間1時間を実現している事業者数)は4にすぎない(うち1は試験サービスであり実質3)。
なお、国内で商用にNISTのクラウドの定義に照らしてクラウドといえるサービスを提供している3社とはAmazon Web Services(参考:コンピュータリソースを無制限に活用できる「Amazon Web Services」)、マイクロソフト(参考:オンプレミスとの連携を意識した「Windows Azure」)、富士通である。実は、国内クラウドサービスのホープと期待されているニフティやビッグローブですら最低契約期間は1カ月となっている点について、国際展開計画が見受けられない点も含め、国内ICT事業者の国際競争力涵養(かんよう)の観点から筆者は憂慮している。
冒頭で紹介した通り、多くの国内企業利用者はこのような事業者の実態に不満を抱いている。筆者も、国内事業者がオレオレクラウドの定義を振りかざすことで、かつて世界で最も早い時期に全国規模の3G移動体通信サービスを実現し、当時世界最先端を行くコンテンツサービス市場を生み出したにもかかわらず、国内市場に閉じた開発に終始してガラパゴスと冷やかされた携帯電話の失敗を繰り返すような事態になってはいけないと考える。
ちなみに、ガートナーの予測によると2011年のスマートフォン販売台数は全世界で4億6800万台を数え、携帯電話市場全体の26%を占めるまでに成長し、2015年には10億台(47%)を占めるまでになるという(参考:Gartner Says Android to Command Nearly Half of Worldwide Smartphone Operating System Market by Year-End 2012)。スマートフォンを対象とした巨大コンテンツサービス市場が立ち上がろうとしているとき、コンテンツサービスのプラットフォームとして利用可能なインフラが、前世代のホスティングサービスをクラウドと改称しただけの旧態依然としたサービスであるのか、真のクラウドであるのかは、固定費比率や運用費といった原価構造モデルの違いも含めて、サービスの競争力に大きな差をもたらすだろう。もちろん、スマートフォンやタブレットを対象とした新しいサービスのみならず、従来も存在するさまざまなICTサービスについてもよって立つインフラが提供する自由度の差はサービス競争力に影響を及ぼす。詳細については次回以降に記述したい。
なお、筆者がこの危惧を記述しているのには理由がある。世界経済フォーラムが発表した「The Global Information Technology Report 2010-2011」によると日本のICT活用度は138カ国中19位にとどまるという。また、総務省がまとめた「ICT国際競争力指標」においてICTサービス分野の市場シェアは北米5割、欧州2割に対して日本は1割にとどまるという。さらに、東日本大震災を機にクラウド利用予測が従来と比較して上方修正(参考:大震災の影響を考慮した国内クラウドサービス市場予測を発表)されている状況は、さまざまなソフトウェアなどのサービス化の進展を意味していると筆者は考える。
この調査結果は、国内事業者がオレオレクラウド論にしがみついている間に、世界で厳しい競争を勝ち抜き、より高度に進化した海外のクラウドサービスが国内のクラウド利用拡大を機に流入し、シェアを獲得する可能性が高まることをも示している。もちろん、利用者視点に立つなら、海外事業者の優れたサービス利用が広がること自体は問題ではない。利用者にとっては採用候補となるサービスがどのようなガバナンス要件の下で提供されているのか、どのような便益をどのようなリスクの下、どの程度のコストで利用可能なのかを明示的に理解した上で選択できるかが問題だと筆者は考える。
次回からは、クラウドのガバナンスモデルについて紹介することで読者がクラウド事業者を選定する際の参考となる情報を提供していきたい。また、国内事業者が海外進出を企画する際の参考にもなればと考えている。
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クラウドガバナンス現在進行形
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