“高校中退から京大入学”を支えた家庭学習が原体験に
講義はお手製iPad動画、異色の学習塾「探究学舎」はどのように生まれたのか
独自の動画を講義に生かす学習塾「探究学舎」。学力向上ではなく、勉強の楽しさを伝えることを重視した教育方針はなぜ生まれたのか。同塾を運営する寳槻泰伸氏に聞いた。
学習者に学ぶ楽しさを知ってもらいたい――。こうした思いの下、動画や米Appleのタブレット「iPad」といったIT製品/技術を講義に活用するのが、小学生から高等学校生を対象とした学習塾の「探究学舎」だ。学力向上ではなく、教科や学問そのものへの興味関心を高めるという探究学舎の教育方針は、同塾を運営するワイズポケット代表取締役社長、寳槻泰伸氏の幼少期の家庭教育環境が原体験となっていた。
探究学舎は、どういった経緯でITを活用したのか。今後の事業展開の方向性は。寳槻氏に話を聞いた。
iPad、動画活用の現状:iPadで講義動画を再生、動画作成には意外なソフトを活用
東京都三鷹市、武蔵野市、京都府相楽郡に3教室を展開する探究学舎。現在は数学だけで約20本の動画を作成し、講義で利用している。講義では、講師がiPadを使って3、4人の塾生に一斉に動画を見せ、ディスカッションなどを通じて動画で解説していた知識を習得させる。動画は動画共有サイトの「YouTube」にアップロードしており、塾生でなくても無料で閲覧可能だ(画面)。
動画内のアニメーションや画面の切り替えといった表現はごく自然で、一見したところ市販の動画編集ソフトを使って作成した動画であるように思える。だが実は、探究学舎が作成した動画は全てプレゼンテーションソフト「Keynote」のスライドショウで作成しており、それに解説の音声を加えているだけだという(写真1)。
「資料作成ではなく動画作成に使える」Keynoteを選定
動画作成に当たり、「いろいろな動画編集ソフトを調べていた」という寳槻氏。だが「ふと気付くと、自分たちが作りたい動画を作る手段は、既に手元にあることに気付いた」。それがプレゼンテーションソフトのKeynoteだったという。Keynoteは、MacやiPadといったApple製品向けの標準的なプレゼンテーションソフトだ。探究学舎では動画作成には主にMacを利用しており、Keynoteも導入していた。
Keynote以外にも、日本マイクロソフトの「PowerPoint for Mac」など、Mac用のプレゼンテーションアプリは幾つかある。ただし、「資料作成用ではなく、あくまでも動画作成に利用するとなると、アニメーションエフェクトのクオリティや設定の容易さに優れたKeynoteを使うのが自然だった」と寳槻氏は振り返る。
動画作成方針:「講師なし」「長くて10分」を条件に カーンアカデミーも影響
1つひとつの動画は、単に教科書の内容をなぞるのではなく、数学界の歴史上の人物の研究成果を踏まえた、物語仕立ての構成で仕上げられている。寳槻氏やボランティアが現在、土日を活用して動画を作成。完成間近の動画を最終レビューでボツにすることもあるなど、「ストイックに内容を見直し、かなりの労力をかけて作成している」と寳槻氏は明かす(写真2)。
動画作成の負担を減らそうと思えば、講義の様子を動画として撮影するといった選択肢もあるはずだ。ただし、講義の撮影で作成した動画には、講義中の講師の姿が大きく映し出されることになる。寳槻氏はそれをよしとしなかった。
画面内に講師が写っている講義動画が強力な効果を持つのは、「『その人に教わりたい』という強烈なモチベーションがある場合に限られる」と寳槻氏は指摘。それ以外の場合、例えば学習者にとって全く見ず知らずの講師が写っている場合は「邪魔でしかない」と言い切る。
世界のオンライン学習に大きな影響を与えたオンライン教育動画サイト「Khan Academy」にある動画も、探究学舎の動画作成方針に影響を与えたという。Khan Academyの動画の多くも、基本的に動画内に講師の姿は写っていない。単一のテーマを5~10分程度の短時間で教え切る動画が多いのも、Khan Academyの特徴だ。「講師が出ない、知識を細分化して伝える動画に共感を覚えた」(寳槻氏)
こうした背景から、現在の「1本当たり5~10分程度、講師が写らない動画」を作成する方針を固めたという。
動画活用のきっかけ:動画はイメージをダイレクトに伝える“パイプ”
「黒板とチョークだけでは伝えるのが難しい『イメージ』を効果的に伝えたかった」と、寳槻氏は動画活用のきかっけを説明する。全く同じ内容を毎回、毎年のように板書するのは、「講師側にとっても学習者側にとっても生産的ではない」という考え方もあった。こうした考えの下、2013年10月に寳槻氏と4人程度のボランティアによるチームを組織し、動画作成を本格化。まず数学の動画2本をリリースし、2014年2月までに約20本を完成させた。
探究学舎は2012年4月に開塾した。寳槻氏は「開塾当初から動画を講義に盛り込む計画はあった」と語り、開塾前から動画の試作に取り組んでいたものの、実際の動画活用の開始は開塾から遅らせた。その理由は、「理想とする動画を作成する力が、開塾当時には十分になかったからだ」と寳槻氏は語る。「数学の計算の解き方を解説するといった単純な動画はすぐにでも作成できる。だが『なぜ因数分解が必要か』といった、学習者の“なぜ”に答える動画、さらには学習者がその教科や学問そのものを好きになる動画を作成できるノウハウがなかった」のだという。
開塾後に塾生に教える経験を重ねつつ、「正しい数学史をあらためて把握するために、数学の歴史書までも購入して勉強して読み込んだ」(寳槻氏)。こうして「理想とする動画作成ができる」と確信できるまでノウハウを蓄積し、2013年に動画作成を本格化させた。
「学習塾の価値は講義にあり」は昔話に
こうした手間ひまかけて作成した動画を無料公開するのはなぜか。「ゆるやかな時間軸の中で、知識の提供は無料化していく」(寳槻氏)という考えが、その背景にある。「教科書に掲載されている基本的な知識や解法の解説動画は、無料で提供されるようになる」と寳槻氏は見ている。大規模公開オンライン講座(MOOC)を中心に無料の講義動画が普及しつつある現状は、こうした動きの一端であると捉えることもできる。
営利企業である学習塾が、その根幹の1つである講義動画を無料で公開する。そうなると、何を差異化要因や収益基盤にするのか。寳槻氏は、「教育ビジネスの価値は、講義ではなく知識の定着へ移行していく」という見方を示す。「塾生同士の教え合いや学び合いの場を提供すること、またそれを支える講師のファシリテーション技術が重要になる」(寳槻氏)
今後の展開:学習塾と動画資料販売の2輪展開を模索
動画内容については、塾生だけでなく教育関係者からの評判も「軒並みいい」と寳槻氏はほおを緩める。探究学舎は、今後も動画を核にしつつ、今後は大きく2つの方向性で事業展開を進めていく。1つは動画の拡充、2つは動画素材の販売だ。
1つ目の動画の拡充は、上述した通り現在約20本ある動画の数を増やしていくことが中心となる。「黒板ではイメージを伝えにくい科目を優先する」という理由で、まずは数学や理科系科目の動画を拡充。数学は、新たに30本の新規動画を追加すべく作成中だという。将来的には、「100~200本の動画を用意し、小学生の学習から大学受験まで“フルコース”の内容をそろえたい」と寳槻氏は意気込む。
動画拡充に向けた準備にも余念がない。まず、寳槻氏が「ほぼ1人でやっていた」という動画作成のプロセスをマニュアル化。1人で動画を作るのではなく、複数のボランティアが自分の得意分野で分業できるようにした。ボランティアの人数の増加計画もあり、今後は10人程度まで拡大したいという。
2つ目の動画素材の販売は、現在公開している動画の閲覧を有料化するのではなく、動画の基になったKeynoteファイル、もしくはそれを基に変換したPowerPointファイルを編集可能な形で販売。教育関係者が自らの指導方針に応じて、ファイルの内容を変更できるようにする計画だ。探究学舎のKeynoteファイルを基にした“二次制作教材”を交換できるコミュニティーの形成も思い描く。
寳槻氏は、動画素材の販売と現在の学習塾事業を“車の両輪”として推進する考えだ。「さまざまな反応をする塾生がいる学習塾で動画教材を活用し、そこから生まれた知見を動画教材へフィードバックすれば、動画教材の質が上がるし、講義の質も上がる」。学習塾をいわば“研究所”と見立てることで相乗効果を狙う。
こうした取り組みを進めるための資金獲得の手段として、クラウドファンディングも活用する。サイバーエージェントのクラウドファンディングサイト「Makuake(マクアケ)」を活用。2014年5月12日18時までに30万円の寄付を目指す。
IT活用に込めた思い:生徒の“なぜ”を大事にしたい
「なぜこういう計算方法をするのか」「なぜこうした考え方になるのか」――。児童や生徒は、勉強を進める中でこうした数多くの“なぜ”に直面する。学習者が自ら学びたいと思うきっかけとなる“なぜ”。現在の学校には、「こうした“なぜ”を解消する時間的な余裕がないのが現状だ」と寳槻氏は嘆く。
決められた期間に決められたカリキュラムをこなさなければいけないというプレッシャーの中、学校の教員は、こうした学習者の“なぜ”に十分答えることが難しくなっていると寳槻氏は指摘。結果として「『これはこういうものだ』と言って、上から垂れ流すように正解を伝えるようになる」(寳槻氏)。こうしたことが極端に起こると、学習者にとって勉強自体が面白くなくなってしまう可能性は否定できない。
基礎的な知識や学力を向上させる手段は、ドリルや学習アプリなど豊富にある。寳槻氏はこうした手段の意義を認めつつ、探究学舎はあくまでも勉強や学問の楽しさを追求していきたいという。「動画を通じて『生涯、この学問と付き合っていきたい』という学習者の欲求を引き出したいと考えている」(寳槻氏)
独学で京大合格、家庭学習が原体験に
寳槻氏のこうした考え方は、同氏の幼少期の家庭教育が色濃く反映されている。3人兄弟の長男である寳槻氏は、「テストでいい点数を取るよりも、学問そのものの面白さを重視する」(寳槻氏)という父親による家庭教育で、幼い頃から身の回りのさまざまなものごとに興味を持ったという原体験があるという。
入学した高等学校では、機械的な問題演習を繰り返す教育方針に違和感を持ち、わずか1年で退学。映画で英語を習得したり、歴史小説で歴史を学ぶなど楽しみながら学習する方針で家庭学習を進め、大検取得後に京都大学に合格、入学した経緯がある。
知的好奇心を高めれば、学力は自然と上がる
寳槻氏は、「探究学舎の価値は、知識好奇心を高めることこそある」と強調する。「『テストの成績が上がった』ではなく、『数学を勉強したい』と塾生自らが思う。その原動力となるのが知識好奇心だ」
教科や学問に興味関心を持ち、自らが積極的に学びたいと思えるようになれば、成績は自然と向上していくというのが、寳槻氏の見方だ。「勉強をやらされているだけではだめ。知的好奇心を持ち、その学問について深く知りたいと思うからこそ、学力は身に付いていく」と寳槻氏は語る。
塾生が100人を越え、「売り上げも軌道に乗っている」(寳槻氏)という探究学舎。「教育が多様化する中、学び方や教え方を一本化する必要はない」。iPadや動画といったITを活用し、学習者の“なぜ”を大切にする同塾の活動に今後も注目だ。
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