「Health 2.0 Medical × Security Hackathon 2014」リポート(2)
日本の医療を変える原動力はIT――医療ハッカソンで見た可能性
「医療に革命を起こそう」をテーマにした医療ハッカソン。医療現場が抱える課題解決に向けたアプリ構築に取り組んだ参加者のプレゼンを通して、医療ITの可能性を探る。
新しい医療アプリを開発する「Medical Hackathon」
「医療に革命を起こそう」をテーマにしたイベント「Health 2.0 Fukushima Chapter/Medical × Security Hackathon 2014」が2014年2月27、28日に福島県アルツ磐梯スキー場で開催された。前編「医療を変えるITのブレークスルーに期待――医療ハッカソンを見てきた」に続き、Medical × Security Hackathon 2014のプレゼンテーションと審査結果をお伝えする。
Medical Hackathonは、まず主催者が提示した課題を解決するアイデアを出す「アイデアピッチ」を行い、1人または複数のチームを形成。その後、約24時間かけてアイデアを実装する「Hack」(開発)を行う。その成果を発表するプレゼンテーション(3分間)を審査員が採点して順位を決定する。
Medical Hackathon審査員
- 原澤慶太郎氏(亀田総合病院 地域医療学講座ディレクター)
- 山中礼二氏(グロービス経営大学院 専任教員)
- 浅部伸一氏(自治医科大学附属さいたま医療センター 消化器科講師)
今回のMedical Hackathonでは、参加した8チームが成果物に関するプレゼンテーションを実施した。イベントを主催するEyes, JAPANや会津大学の大学生などの開催県の参加者を中心に、大学生や社会人を含むアプリケーション開発者やデザイナーなどが参加した。
「新技術だけではなく、身の回りにありふれたものを利用」 Him@jin
チーム「Him@jin」の村上和輝さんはEyes, JAPANのシステムエンジニアで、2012、2013年のMedical Hackathonに出場。救急患者の搬送先決定システム、視線認識技術を用いた患者サポートシステムなどを提案してきた。そうした経験を踏まえて「新しい技術だけを利用すると、利用者の負担になることもある」と考え、今回は“ありふれたもの”と“IT技術”を組み合わせて医療の課題を解決できるかを模索したという。
医療課題を解決できる、ありふれたものの条件は「使いやすい」「信頼できる」「いつでも使える(電源不要)」の3点。電子機器にはない特性を考慮した結果、「紙」を選定。「折りたたむこともでき、電源が不要など、誰でも使える利点がある」(村上氏)
また、IT技術としては「QRコード」に着目。QRコードのバージョン40では最大1817文字の漢字データを格納でき、コードが汚れていたり破損しても最大30%までデータを復元できる機能を持つ。また、データ損失の読み取り装置も安価で、紙にもモバイル端末にも実装できる。QRコードの共通化や連係基盤の構築などの課題もあるが、他の技術と組み合わせることで複数の医療機関間での情報共有などに応用可能な「ちょっとしたHack」と説明した。
「オフラインでも被災地の状況を発信する」 Sherepo
Eyes, JAPANや大学生などのWebエンジニアで構成されたチーム「Sherepo」は、被災時の避難所における情報共有システム「Sherepo」を発表した。Sherepoとは「Shelter Report」の略称で、被災地で何が必要なのかを簡易的に入力できるWebアプリケーション。避難所の「食料」「飲料水」「衣類」「医療」などのアセスメント項目、地図データと連動した避難所の位置情報などを入力し、Twitterや電子メールでその情報を発信できる。また、APIによる他システムとの情報連係も可能で解析結果を提供して二次分析に活用したり、情報の信頼性を階層化する機能を備えている。
Sherepoは「世界防災・減災ハッカソン」でも発表しており、今回のMedical Hackathonでは「現場のニーズに合わせた実装が足りない」(行田尚史さん)という反省点を踏まえて機能を改良。オフライン下でも被災地の情報を送信できる仕組みを取り入れた。これは、東日本大震災の発生後、石巻圏合同救護チームの統括として陣頭指揮を執った石井 正氏の著書『東日本大震災 石巻災害医療の全記録』を参考にしたという。
具体的には、Sherepo搭載iPhoneと小型サーバを接続してWebアプリを起動する。複数のiPhoneのWi-Fiアドホック通信を連係させ、救援者が移動しながらリレー形式でオンライン環境まで持ち運ぶ。
行田さんは「Webエンジニアが災害時に人命救助する最も効果的な方法は、情報の流通を最適化すること」と語る。今後はデータの共通化を進め、厚生労働省の「広域災害救急医療情報システム」との連係を図る。また、世界の紛争地域などで使用できるようなローカライズ化も視野に入れているという。
「高齢者の診察を効率化するアプリ」 乳酸菌
チーム「乳酸菌」は、診察を受ける機会が多い60歳以上の高齢者向けWebサービス「ClouDr」を発表した。Eyes, JAPANの金田祐也さんは高齢者が通院して診療を受ける際、以下のような課題があると説明する。
- 患者:「移動手段」「待ち時間」「診断ミス」
- 医師:「医師不足」「診察時間の増加」
- 国(自治体):医療費の増加
ClouDrは、診察を受けたい人(患者)がWebサービスに接続して音声ガイダンスで流れる質問に答え、複数の医師による患者を診断するシステム。「はい」「いいえ」のどちらかで答えてもらうことで回答の曖昧さを排除する。また、ベイジアンネットワークを用いた機会学習モデルによって、医師の診断情報を学習して自動的に診断したり、患者の過去の診断情報から傾向を割り出してより少ない質問で診察するフローを確立したりできるという。
金田さんは「一度に複数の医師に診断してもらうことで、セカンドオピニオンが同時に得られる。また、診断結果を受けて通院した場合、事前に診断情報があるため、診察時間が短縮できる。医療費の削減にもつながるメリットがある」と説明する。
「電子お薬手帳の入力を簡素化」 kusulist
チーム「kusulist」の梅津義孝さんは、電子お薬手帳アプリ「kusulist」を発表した。kusulistは「病気になった際、お薬手帳に登録する作業はとても面倒」であることに着目し、その入力を代行するサービスだ。
服用している薬の画像をスマートフォンで撮ってデータをクラウドに送信。データセンターのオペレーターが、その画像を基にデータベースから情報を取得して薬名などを登録する。登録が完了すると、利用者の「マイリスト」一覧に自動反映される仕組みだ。
kusulistには、飲み忘れ防止アラームや口コミ投稿、OTC(Over The Counter)医薬品通販などの機能も実装を予定しているという。梅津さんが代表を務めるLensyは、コンタクトレンズの通販アプリ「Lensy」を販売。プレゼンではkusulistの事業化に向けた継続性や実現可能性をアピールした。
「大切な人の写真に命を吹き込む」 ITAKO
チーム「ITAKO」は、グリーフケア支援アプリ「OMAMORI」を発表。グリーフケアとは、死別による後悔や絶望などの悲嘆(グリーフ)に襲われている人をサポートする取り組みだ。Eyes, JAPANのWebデザイナー、小嶋優希さんは「災害や事故で突然、大切な人を失った人々は精神的ショックやトラウマなどが心に深く刻み込まれ、その悲しみの時間は長く続く。何年にも渡る心の葛藤を少しでも和らげたい」と開発の経緯を説明する。
アプリの開発を担当した八幡圭嗣さんは「OMAMORIは、財布の中に家族の写真を入れるようなアプリ」と説明。OMAMORIでは大切な人の画像を登録。スマートフォンのカメラ機能を利用して利用者を撮影すると、顔認識技術が「笑っている」「泣いている」などの表情を読み取り、その表情を基に大切な人の表情が変化し、利用者が笑顔になると登録画像も連動して笑顔になる。八幡さんは「大切な人から“前に向かってほしい”という笑顔の肯定を受け取ることができる」とアピールした。
「健康寿命を延ばすお散歩アプリ」 エレファント
大学生や大学院生、社会人がチームを組んだ「エレファント」は、健康寿命(※)を延ばすSNS機能付き運動サポートアプリをプレゼンした。長名シオンさんは、高齢者の70%が80歳前後で健康寿命を迎え、継続的に運動を行っている10%の人は健康寿命が長く続いているという調査結果を紹介。その上で「運動を継続できていない理由は、始めるきっかけや継続性に課題があるから」と説明し、そうした課題解決策となる「お散歩アプリ」を発表した。
※:健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間のこと
お散歩アプリは、運動量の記録・評価機能や、写真投稿・共有などのSNS機能を搭載。モチベーション維持のために、運動量の多面的なポイント評価を行う。データベースによる客観的な運動評価、SNSでつながるメンバーからのFacebookの「いいね!」ボタンのような主観的な運動評価、趣味評価などを採用。また、その評価内容を基に、健康寿命の予測値を見える化して「健康寿命貯金」を表示する機能を考案。スマートフォンの他にも、ウェアラブルデバイスへの搭載なども想定している。
長名さんは「外に出るきっかけにもつながる。自分に対するポジティブなイメージをサポートするアプリでもある」とアピールする。
「国民医療費を削減できる、高齢者支援サービス」 トレラン
アスリートのコンディショニングシステムなどを提供するユーフォリアのCTOである坂本直樹さん(チーム名「トレラン」)は、高齢者の服薬指導、生活指導を支援するサービスをプレゼンした。急騰する国民医療費の削減策として、高齢者の総再診率を低減することが狙い。PCやスマートフォンではなく、プッシュホン電話を利用する点が特徴だ。
指定された電話番号に電話すると、医者が設定した簡単な質問のガイダンスが流れる。例えば、「昨晩はよく眠れましたか」という質問に「はい」「いいえ」で答えていく。
質問項目例
服薬指導
- お薬はきちんと飲んでいるか?
生活指導
- 睡眠時間は充分に取っているか?
- 食事は食べているか?
- 疲れやダルさはないか?
- 運動しているか?
その回答結果データを蓄積して患者の状況を把握し、医師は適切な服薬指導や生活指導を実施する。また、しきい値を超える回答結果が出た場合は強調表示し、医師によるウォーニング指導にも役立てられるという。
「網羅性が高い単体テストを実施できるD言語」 Dの日
チーム「Dの日」は、プログラミング言語「D言語」が好きなメンバーで結成されたチーム。同チームは成果物アプリの発表ではなく、医療アプリケーション開発でのD言語の採用メリットをプレゼンした。加藤奨一さんは「セキュリティが重要な医療アプリケーションで求められるのは、信頼性。信頼性を担保するためには、網羅性が高いテストが必要不可欠だ」と説明。D言語がコンパイル時に表からテストコードを自動生成したり、網羅性の検証や結果リポートとしても活用できる表を出力できる点を紹介した。
優勝チームは、世界本選に出場
各チームのプレゼン終了後、30分間の審査を経て上位3位までのチームが発表された。
Medical Hackathonの優勝は、チーム「Sherepo」。同チームは賞金10万円とともに2014年秋に米サンフランシスコで開催予定の「Health 2.0 San Francisco 2014 Developer Challenge」世界本選への出場権利を獲得した。また、「Race for Resilience」賞も受賞した。2位はkusulist、3位はトレラン。「高齢者はスマートフォンをあまり使わない」という審査員からの意見もあり、電話を利用するサービスを提案したトレランには審査員特別賞が贈られた。
OSSの脆弱性を探る「Security Hackathon」
同時に開催されたSecurity Hackathonには、医療用オープンソースソフトウェア(OSS)の脆弱性を制限時間内で調査し、発見したセキュリティ上の脆弱性を3分間のプレゼンテーションでその深刻度や影響、リスクなどを説明。その内容を踏まえて、審査員が採点して順位を決定する。学生から10年以上のキャリアを持つセキュリティエンジニアなどが参加した。
Medical Hackathon審査員
中里俊章氏(一般財団法人 日本品質保証機構 認証制度開発普及室 特別参与)
東 博暢氏(日本総合研究所 戦略コンサルティング部融合戦略クラスター長)
マラット・ヴィシェゴロデツェフ氏(セキュリティエンジニア)
今回の参加者は、以下3つのOSSが脆弱性調査の対象になった。
- 日医標準レセプトソフト「ORCA」
- 電子カルテソフト「OpenEMR」
- DICOM画像参照ビュワー「OsiriX」
脆弱性の調査方法は「ソースコードを精査する」「実際にサーバを攻撃する」の2種類。対象ソフトウェアが動作するサーバが用意され、参加者はネットワーク経由でアクセスし、脆弱性を実証することも可能。
多数の脆弱性が存在する
Security Hackathonのプレゼンテーションでは、SQLインジェクションやクロスサイトスクリプティング、バッファオーバーフローなどの脆弱性が数多く発見された。また、不特定多数のユーザーがアクセス可能な不要なアカウント、ユーザーの権限管理の甘さなども指摘された。
優勝は、30点満点を獲得した千田雅明さん。2位はデニス・バジニンさん、3位は金子正人さん。優勝者には賞金10万円が贈呈された。
日本の医療を変える原動力
Eyes,Japanによると、Medical Hackathonには23人、Security Hackathonには6人が参加し、講演者・審査員は10人、33人がイベントを見学したという(運営スタッフは5人)。
朝日新聞の医療サイト「アピタル」の編集長 平子義紀氏は、「多くの規制がある医療業界では、サービスやアプリの開発は大変難しい。こうしたイベントを通じて優れたアプリが誕生することが、日本の医療制度や法律を変える原動力になるのでは」と講評した。東日本大震災の被災地である福島県から新しい医療を創造することを目的とした同イベントは2015年も開催予定だ。
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