「GEMAP市民フォーラム」リポート【後編】
キーパーソンが語る 東日本大震災後の救急・災害医療の在り方
東日本大震災を踏まえて、今後の救急・災害医療はどうあるべきなのか? 本稿では、市民フォーラムの講演内容を基に、災害・救急医療分野のキーパーソン4人の見解や提言などを紹介する。
GEMITSアライアンスパートナーズ(以下、GEMAP)が3月11日に開催した市民フォーラム「平時から災害時に耐え得る医療を目指して」では、「災害時を想定した医療の在り方」と題したパネルディスカッションが行われた(前編記事:東日本大震災の反省を生かし、救急患者の最適な搬送をITで実現)。このパネルディスカッションには、日本救急医学会の代表理事や地域連携ネットワーク構築の指南役、被災地の医療復興を担う東北大学の教授、防災・救急業務関係者の育成を推進する団体の理事がパネリストとして登壇。GEMAP会長の小倉真治氏をモデレータとして、今後の救急・災害医療の在り方を議論した。本稿では、パネリスト4人の災害・救急医療に対する見解や提言、被災地の復興への取り組みなどを紹介する。
「東日本大震災と医療IT」関連記事
患者緊急度と病院選定の判定基準を統一
日本救急医学会の代表理事を務める有賀 徹氏(昭和大学医学部救急医学講座 教授)は「救急医療の需要と供給のバランスは、平時でも均衡していない」と指摘する。消防庁が発表した「平成21年救急・救助の概要(速報)」によると、総人口が減少傾向にある中、1999年から2009年までの間で救急出勤数は約30%増加し、現場から病院収容までの時間が9分も延びている。また、2009年の救急車で搬送された患者の疾病程度別構成比を見ると、救急車で搬送された人の約半数が入院を必要としない「軽症」であり、その中には本来救急搬送を必要としない患者もいた可能性があるという。
有賀氏は「より良い医療を提供するためにはチーム医療が不可欠。特に救急医療では現場からの搬送を受け持つ救急隊と救急外来病院との連携が重要」と説明し、救急医療の現状を改善する取り組みを紹介した。
現在、日本医師会が災害時の研修プログラムを作成するなど、患者の緊急度の判断基準と病院選定に関する方法論の確立が進められている。
その1つに日本臨床救急医学会の「緊急度判定支援システム」(Japan Triage and Acuity Scale:JTAS)がある。JTASは、カナダで10年以上の運用実績がある「救急患者緊急度判定支援システム」(Canadian Triage and Acuity Scale:CTAS)をベースにしている。119番コール時の応対で患者の状態を5つのレベルで判定して救急隊や病院などがその情報を共有し、病院の受け入れ先や救急隊の出動体制などを決定する。例えば、病院側が「現在、赤(救急レベル)の患者に対応中なので、緑(低緊急度)の患者2人までなら受け入れ可能」と救急隊に伝達するケースがある。共通の判断基準を持つことで、医療資源の配分の効率化を支援する。
こうした判定支援は、東京都の電話による救急相談センター「#7119」で適用されている。また、神奈川県の横浜市では119コールの判断基準に用いて、現場に向かう救急隊の編成変更などを実施している。
災害医療について、有賀氏は「医療チームの連携だけでなく、DMAT(災害派遣医療チーム)などとの連携が重要」と説明する。東日本大震災の救援活動では患者を病院へ搬送する現場の自衛隊や消防隊、DMATと病院との連携が重要だったが、実際には災害対策本部や現場との情報共有が難しく、指揮命令系統の確立が困難であったという。
有賀氏は「広域災害では各部隊が救援に向かうチーム単位だけでなく、より多くの組織にわたる情報統合や指揮命令系統などが機能することが求められる」とし、「そうした医療提供体制を構築するためには、医療従事者が比較的欠けている“トップマネジメントによる組織連携”を日常的に進める必要がある」と説明した。
被災地の新しい医療IT体制の構築を支援
地域医療福祉情報連携協議会の会長を務める田中 博氏(東京医科歯科大学大学院疾患生命科学研究部 教授)は「東日本大震災では津波の被害によって医療機関が保有するカルテが流出してしまい、その後の診療活動に大きな影響を及ぼした地域もある。今後はITを利用して災害にも強い医療提供体制を構築することが重要だ」と語り、災害にも強い医療ITの提言、同協議会の被災地での取り組みなどを説明した。
田中氏によると、現在の医療提供体制は「病院完結型医療」から「地域連携型医療」への過渡期にあり、超高齢化社会の到来によって保健や医療、介護、福祉など各分野が役割を分担し、患者を中心とする包括的な連携が求められているという。
「東北地方は、日本全体が30年後に迎えると予想されている高齢化レベルを先取りしている。この地域における復興後の医療や介護に関する課題は、ITを活用した情報基盤によって解決する必要がある」(田中氏)
地域医療福祉情報連携協議会では、対象領域を4つの階層に分けてそれぞれに最適なITを導入する「圏域階層的地域包括ケアシステム」構想を提言している。県域レベルではクラウドを利用したデータセンターを設置し、重症患者の搬送や遠隔診断など2次医療圏を跨ぐ情報連携の基盤を構築する。また、2次医療圏では地域の中核病院を軸にした「地域医療情報連携システム」を構築する。さらに診療所には電子カルテのデータ損失リスクが少ない「ASP型電子カルテ」を提案(関連記事:地域医療連携のポータルを目指すクラウド型電子カルテ「医歩ippo」)。日常生活圏の町村レベルでは医療機関やデイケア、訪問看護ステーション、生活支援センターなどの多職種間での情報共有を促進するツールとしてタブレットを用いることなどを提案した。
地域医療福祉連携協議会は現在、宮城県、福島県の2県で行政機関や大学病院、医師会などと連携し、復興医療IT体制の構築支援に参画している。
宮城県では石巻広域医療圏、気仙沼医療圏などの被災地沿岸地域を対象にした地域連携を開始し、その後県全域まで段階的に拡張する。福島県では相双地域やいわき地域を中心に地域医療連携を進め、南会津地域や福島医科大学などを結ぶ全県域を対象とする医療連携システムまで拡張する。さらに、原発事故における放射線被ばくの長期的な影響を追跡するため、生涯にわたる健康管理調査に必要な情報システムの構築を進める予定だ。田中氏は「被災地の新しい復興IT体制が、今後のモデルケースになる」と強調した。
被災地の復興に向けた「東北メディカルメガバンク」構想
東日本大震災の救援活動において、東北大学病院は被災病院からの患者移送、医師や医療チームの派遣による人的資源の供給、広域患者搬送の基地(ステージングベース)などの後方支援病院としての役割を担っていた。
東北大学大学院医学系研究科 教授 冨永梯二氏は「想像以上に電気や通信などのインフラが遮断された。東北大学では被災後すぐに自家発電によって衛星回線を保有する病院との連絡は可能だったが、地域の診療所の状況把握は困難だった」と当時を振り返る。
冨永氏は宮城県、東北大学が取り組んでいる復興事業を紹介した。同大学では総合地域医療研修センターや地域保健支援センターなどの設置、医学部学生の時限的定員増などを実施。同大学病院は災害医療プログラムの設置や研修医の定員増、マッチング制度の改革を行っている。また、東北大学や大学病院、政府、宮城県などが共同で「東北メディカルメガバンク事業」に取り組んでいる。
「東北メディカルメガバンクは、コホート(長期追跡研究)分析を中心とした複合バイオバンクを構築する取り組み」(冨永氏)。複合バイオバンクとは、住民の生体情報と診療情報、診療サンプルなどのデータを一元的に保管・管理するシステムのことで、英国で50万人を対象にした構築実績がある。東北メディカルメガバンクでは、3世代にわたる地域住民のゲノムやオミックス情報、臨床データを収集し、日本全国の医療研究機関と協力して長期的な研究を行う。その成果を創薬や医療情報産業に活用し、東北地方に事業拠点を設けて、被災地の再生や復興にも寄与することを視野に入れている。
冨永氏は「研究では信頼性の高い電子化データを利用する必要があり、その収集のためにも地域医療情報の連携基盤の構築が重要になる」と説明する。
地域医療連携体制の構築・強化については、宮城県が「医療再生・復興 中長期目標」で取り組んでいる。その中でIT化の実行部隊として「みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会」が地域医療連携センターの設置や医療福祉情報ネットワークシステムの構築などを進めている。
冨永氏は「まずは甚大な被害に遭った医療被災からの復興、地域医療の再生が必要。また被災地の多くが少子高齢化や医療過疎の地域であるため、包括的な地域連携が重要になる」と語る。一方で、ヒューマンネットワークの形成やシステム運用の維持コストなどをその阻害要因に挙げている。その上で「IT化の重要性を共通認識として、災害に強いネットワークの構築を目指す」と決意を述べた。
東北メディカルメガバンクは2012年2月1日に正式発足し、2012年度3次補正予算では150億円の予算が付いている。宮城県、東北大学の復興への取り組みは2012年4月から本格的に実施される。
ヒューマンネットワークの形成
東京消防庁の前救急部長である野口英一氏(公益財団法人東京防災救急協会専務理事)は「“日常的にできないことが災害時にできるわけがない”という考えの下、救急・災害時の救援活動に携わる人材の育成に努めている」と語る。野口氏は、病院前から病院搬送まで情報連携の現状を紹介した。
東京都の救急活動は東京消防庁がほぼ全域を一元的に管理し、病院との情報連携ツールとして救急医療情報システムを採用している。このシステムは、厚生労働省の「救急医療対策事業実施要綱」に基づいて各都道府県単位で運用されており、東京都は1976年に採用した。病院に設置された端末から病院の稼働状況を入力し、その情報を基に搬送時の病院の選定や都民への医療機関案内業務に活用している。
東京都では2012年1月現在、323の医療機関で390台の端末が設置されている。35の診療科目を対象とした「診療の可否」「手術の可否」「性別ごとの収容ベッド状況」などが入力されている。
また、2009年4月から広域災害時を想定した情報共有機能が救急医療機関の端末に実装されている。県外地域からでも診療の可否、受け入れ可能な患者情報などを閲覧可能にしている。
しかし、このシステムが緊急時に十分機能しているとはいえないようだ。野口氏によると「主に情報閲覧で利用されており、実際の緊急時には別経路で連絡を取る救急隊もいる」という。また、「搬送側が必要とする情報は単なる病院の稼働状況ではなく、患者を救うために必要な意思疎通を図るため情報である」とし、「平時から関係者間のヒューマンネットワークの形成が重要だ」と語った。
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