レガシーな産業をリーン手法で立て直す
鉄道とIT、老舗企業はスマホアプリでいかに息を吹き返したか
「ぜい肉のない」「ムダのない」を意味する「リーン」。現場の知見を生かし、必要な製品を必要なだけ生産するリーン生産方式のカギとなるのがモバイル端末とアプリだ。
「鉄道業界へようこそ。時計の針を100年前に戻してください」。エリック・アームストロング氏が、鉄道業界のIT事情を端的に伝えるために使う決まり文句だ。同氏の勤務先である米Miller Ingenuityは、(この言葉とは裏腹に)列車を時間通りに運行させるために必要な機器の部品を製造している。
同社はリーン手法を採用してビジネスプロセスからムダをなくし、斬新な考え方を奨励して、業界の近代化に貢献する取り組みを進めている。この活動においては、IT開発によって支えられる現場主導の哲学が、一方でIT開発に強く影響してもいる。工場従業員はリーン方法論を活用した業務改善に自ら積極的に取り組んでいる。「プロセスエンジニアが主導しているわけではなく、工場従業員がさまざまなアイデアを考え出し、生産ラインで実行に移している」と、オペレーション担当副社長のランディ・スカールプカ氏は語る
顧客や現場の営業担当者が重いバインダーのページをめくる代わりに、スマートフォンアプリを使って画面をスワイプしながら製品情報を調べられるようになったのも、ITを利用してリーン手法を実行した成果だ。同社上級副社長(グローバルマーケティングおよび営業担当)のアームストロング氏は、これを、効率化を進め、便利なマーケティングツールになるものだとし、鉄道ビジネスが21世紀にも持続していくのに必要な革新性がどのようなものかを示す一例として掲げる。「われわれは将来、業界をこの方向にリードするチャンスを手にしていると思う」。他社がこのアイデアをまねたり、このアプリの1バージョンを使ったりするようになるというのが同氏の見方だ。
Miller Ingenuityのブランド再構築の取り組みは、趣旨が明快で分かりやすい。この取り組みの土台には同社の製品イノベーションの歴史がある。それは、創業者のルドルフ“ルーディ”ミラー氏が60年以上前に発明したウィックルブリケータ(芯材を使った潤滑剤供給装置)に端を発し、現在の機関車や鉄道車両などの機器に使われるさまざまな特許製品に受け継がれている。同社が作る部品の一部は、ポーランドとカザフスタンにおいてロシア製車両の近代化に一役買った。同社は2013年に社名をMiller FelpaxからMiller Ingenuityに変更した(編注:“Ingenuity”は「発明の才」「工夫」「創意」などの意)、また、従業員のイノベーションをたたえる賞を初めて授与した。近いうちに、他の中間財メーカー向けにトレーニングを提供する予定もある。
設計、製造、販売ワークフローの要はEpicor ERP
Miller Ingenuityのブランド再構築では、イノベーションの原動力として、そしてその成果において、ITが大きく活躍している。その中枢を担うのが、6年前に導入された米Epicor SoftwareのERPシステムだ。同社ではオランダPcdataのデジタルピッキングシステム(編注:コンピュータ制御で保管されたものを必要な数量だけ拾い出すシステム)「PickStar」を使って、緊急に必要な台車“キット”の必要部品がどこで見つかるかをインジケーターライトで倉庫担当者に知らせ、顧客対応のスピードアップを実現しているという。各キットの構成要素を示す部品表(BOM)は、近隣のコンサルティング会社の米Itechraが「Microsoft Visual Basic .NET」でカスタマイズしたEpicor ERPから引き出される。また、エンジニアリング部門が使っている米Dassault Systemes SolidWorksの3Dモデリングソフトウェアは、米Synergis Softwareの製品データ管理(PDM)ソフトウェア「Adept」と接続されているが、Adeptの製品データはERPシステム内で最新に保たれている。
Epicor ERPと連係する「Microsoft SQL Server」データベースは、リーン手法を利用して始まった別のプロセス改善に不可欠な存在となっている。Itechraは3年前にMillerに協力し、Epicor ERPシステムおよびSQL Serverへの標準動作条件(SOC)インタフェースを開発した(SOCはエンジニアリング用語では、機器が動作すべき電圧や温度などの標準条件を指す)。
「情報がシステムのどこかにあることは分かっていたからユーザーは、『システムはあるのに、なぜそれを使えないのか』と文句を言っていた」とスカールプカ氏は振り返る。作業の手戻りを最小限に抑えることがリーン方法論の原則である。SOCのフローを完全に自動化すれば、情報を書き留めてそれをまたコンピュータに手入力し、さらに紙に印刷してファイルするといった無駄な作業をなくすことができる。
ItechraのITコンサルタント、ベン・アダンク氏によれば、MillerのSOCインタフェースは完全にWebベースになっている。同氏はVisual Basic .NETとC++でそれを開発した。作業現場にワークステーションとモニタが追加され、工場労働者が簡単に情報にアクセスできるようになった。アクセス可能な情報には、PDMシステムのAdeptから提供される最新のエンジニアリング上の修正や製品ドキュメントなども含まれる。
「われわれは基本的に、全て紙ベースのシステムをペーパーレスシステムに転換した。ユーザーは、マシンをどのように設定すべきかが厳密に分かり、それをメモすることもできる」とMillerのスカールプカ氏は語る。また、品質監査も楽になっているという。監査人がそうした情報をオンラインでチェックできるからだ。
バックオフィス基盤との連係でモバイルアプリが威力を発揮
一方、Miller Ingenuityのマーケティングマネジャーを務めるクリスティ・ズーリック氏は、モバイル製品情報アプリを要望した。顧客や営業担当者、顧客サービス担当者が製品情報をもっと便利に使えるようにする必要があると感じていたからだ。「自動的にアップデートされるものがぜひ必要だった」とズーリック氏は語る。
そこで2013年夏にItechraのアダンク氏が、米Adobeの推進するハイブリッドモバイルアプリ開発フレームワーク「PhoneGap」を使って、Web言語のHTML5によるスマートフォンアプリ開発に取り掛かった。米Googleの「Android」と米Appleの「iOS」の両プラットフォーム向けに同じコードベースを公開するためだ。
モバイル端末からこのアプリで製品情報を確認した上で簡単に注文ができるようになっており、そのために注文変更の電話がほとんどなくなっていることも相まって、このアプリは既に投資回収が進んでいるという。また、このアプリは営業ツールとしてバインダーよりも断然優れているという。「販売チャンスを広げてくれる。顧客が情報を調べる中で、今まで知らなかったようなわれわれの製品に目を留め、それが販売につながることがある」とスカールプカ氏は語る。
開発チームは今後の目標として、スマートフォンの位置認識機能やカメラを何らかの形で利用できるようにすることを掲げている。また、注文の処理状況を電話で問い合わせるのではなくオンラインで確認できるような顧客ポータルを構築する考えだ。同様に、ベンダー用のポータルを構築して、ベンダーがMillerのVMI(ベンダーが小売業に代わって小売店舗内自社商品の在庫を管理する仕組み)プログラム向けに納品する製品を監視しやすくすることも考えている。
スカールプカ氏はこのアプリの導入効果に満足しているが、開発初期の段階において、どれだけの時間がかかるかをあらかじめ適切に見積もることができていれば、なお良かったと考えている。とりわけ、アダンク氏がMillerの社員と顔を合わせてアプリに何を望むかをヒアリングした何回ものミーティングについて、そう思っている。
Epicor ERPと組み合わせるデータベースとしてSQL Serverを選択していたことは、リーン手法でイノベーションを進める上で極めて重要だったと、スカールプカ氏は説明する。「そうすることを全ての企業に強くお勧めしたい」と同氏は語る。SQL Serverを選択していたおかげで、Epicor ERPとの統合に必要な要件が簡素化された他、将来の移行において、カスタマイズが進めやすくなるからだ。
アダンク氏が、「カスタマイズは全て移動可能でなければならない」というルールを厳守しているのも功を奏している。「ベン(アダンク氏)はこの点に関して、われわれを非常にうまく引っ張ってくれている」とスカールプカ氏は語る。
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