Microsoft Azureでビッグイベント配信をするコツ
放送が一瞬でも途切れることは許されない――フジテレビ、有料ネット配信の裏側
フジテレビが2014年10月に開始した有料ネット配信「フジテレビNEXTsmart」のシステムに、「Microsoft Azure」とEVCの映像配信プラットフォームを採用した。数あるサービスの中でAzureを選択した理由とは。
フジテレビがインターネット放送のインフラにAzureを採用した理由
フジテレビは2014年10月にスタートしたインターネット有料チャンネル「フジテレビNEXTsmart」のインフラとして、日本マイクロソフトの「Microsoft Azure」(以下、Azure)を採用した。これまで自前のインフラを利用していたフジテレビだが、新たにニワンゴの動画配信サイト「ニコニコチャンネル」からの放送を開始するに当たりクラウドの採用を決定した。
「インターネット有料放送にクラウドコンピューティングは向いている」というのがフジテレビの見方だ。クラウドのどのような点を放送に向いていると判断したのか。そして、数あるクラウドサービスの中でMicrosoft Azureを選択した理由とは。
視聴者数の急増/急減に対応しやすいクラウド
「通常のテレビ放送とは異なる課題解決のために、Microsoft Azureの採用を決めた」――フジテレビジョン 総合開発局メディア開発センター ペイTV事業部の窪田正利部長は、Microsoft Azure採用の要因をこう説明する。
フジテレビNEXTsmartは2014年3月に放送を開始した、フジテレビの有料インターネット放送だ。24時間、365日、スポーツ、音楽などの番組を提供している。
フジテレビのペイTV事業部ではこれまで、CS放送、ケーブルテレビ局向けに3つのチャンネルを提供してきた。インターネット有料放送はこれに続く新しいチャンネルとして新たに起ち上げたもので、同社の「フジテレビオンデマンド」やスカパーJSAT「スカパー!オンデマンド」といった動画配信サービスを使って番組を配信してきた。2014年10月1日にニコニコチャンネルでの配信を開始するに当たり、Microsoft Azureをインフラとして活用することになったという。
フジテレビがインターネット有料放送チャンネルを起ち上げた最大の狙いは、「テレビが自宅にない若者など、現在のテレビ放送だけではリーチできていない層に放送を見てもらうこと」だという。インターネット放送は、テレビがなくとも、クライアントPC、タブレット、スマートフォンから視聴できる。「専用チューナー、アンテナが不要で、気軽に放送を見ることができることがインターネット放送のメリット」との観点から、インターネット放送をスタートした。
その狙いは間違っていなかったとフジテレビ側が考える状況も出てきた。2014年9月、香川真司選手がドイツのプロサッカーリーグであるBundesliga(ブンデスリーガ)に復帰すると、同リーグの試合を放送しているフジテレビNEXTsmartの契約者が急増したのだ。
「香川選手の復帰が伝えられた当日の試合で、香川選手がスタメンに入っていることが発表されると、その後の30分で加入者数が急上昇したのです。『今すぐ見たい』と考える視聴者に向けた放送として、インターネット放送を開始したことは間違っていなかったと感じる事例となりました」(窪田氏)
2014年3月の放送開始後は自前のサーバ設備を利用してきたが、同年10月1日にニコニコチャンネルでの配信を開始するに当たりMicrosoft Azureの採用を決定した。着実にアクセス数が増え、インフラの拡充が急務になってきたためだという。
「有料放送ですから、アクセスが集中してサーバにつながらない、番組を見ることができないという事態は絶対に起こしてはなりません。アクセスが急増しても対応できる冗長性が必要であることから、クラウドはインターネット放送に適していると感じました」と、窪田氏はMicrosoft Azure採用の背景を説明する。
契約すれば24時間視聴ができるインターネット放送。その視聴者数は番組ごとに大きく異なる。昼間放送する人気番組にはアクセスが殺到するものの、夜中放送する番組の視聴者はたった1人といった、アクセス数の極端な違いが生まれる可能性がある。
「夜中に1人しか視聴していないときにも、1万人分の土管を用意しておくことはコスト効率が悪すぎます」と窪田氏は指摘する。
また、ハードウェア管理が不要となること、短期間でのインフラ構成/変更が可能なこと、災害対策につながることなどからも、クラウド選択はフジテレビ側にとって大きなメリットがあった。
既に自前のインフラで放送を開始していた状況ではあるものの、今回、Microsoft Azureで放送を開始するまでの期間は約1カ月半。かなり短期間にインフラを刷新し、放送をスタートしている。
「日本マイクロソフトにはかなり無理を言って実現した」と窪田氏は話すものの、自前でインフラを構築する場合には実現不可能なスピードだといえるだろう。
ビッグイベント配信実績と映像配信用コンポーネントが採用の後押しに
実際のシステム構築を担当したのは、映像関連のシステムインテグレーター(SIer)であるEVCだ。同社はパシフィックリーグマーケティングが提供する「パ・リーグTV」、公営競技のインターネット配信統一プラットフォーム、複数のケーブルテレビ局を統括運営するMSOのマルチデバイス向け動画配信サービスなどを手掛けてきた実績がある。
動画管理・配信プラットフォームには、EVCの独自ソフトウェア「Bizlat VoD」を選定し、Azureで稼働させた。このソフトには映像配信に必要なあらゆる情報を一元管理し、運用を容易にする機能がある。
新配信システム構築に当たり、フジテレビ側からEVC側に上がったリクエストは、(1)24時間365日、放送サービスの継続提供、(2)ユーザー増加、アクセス急増への対応、(3)タイムリーかつ容易な機能拡張、(4)堅牢性、災害対策という4点だった。
導入に際しては、他社のクラウドとの比較・検討も行ったというが、Azureに決定した理由はこの4点をクリアする答えをAzureが持っていたからだという。
(1)への対応としては、クラウドの採用でポータルシステムの完全冗長化を実現した。ただ、「クラウドによるポータルシステムの冗長化は当然のこと。『Active Client Switch』という日本初の独自技術を入れ込んだことが今回の大きな特徴です」とEVCの代表取締役社長である國分秀樹氏は話す。
Active Client Switchとは、ライブエンコーダから配信した2系統の放送を、コンテンツデリバリーネットワーク(CDN)を介してクライアント端末に提供する従来方式のラインに加え、もう1系統、ライブを監視・制御するためのラインを用意した放送技術だ。
「通常放送では2系統で運用し、片方に障害があった際にはもう片方へ切り替えます。今回の新方式はそこにもう1つ、ライブの監視・制御のためのラインを設けています。ここでは映像の一部を隠す必要があった場合、さらに緊急放送を差し挟まなければならなくなった場合、事業者側が映像をコントロールし、映像の切り替えを行うことができます」と國分氏は説明する。
EVCではこれを標準実装したシステムを構築した。制御は端末を選ばず、クライアントPC、タブレット、スマートフォンのいずれに対しても制御内容や挙動は同一だ。事業者側が完全にコントロールできることもこのシステムの特徴で、放送局ならではのニーズを組み込んだ機能だといえる。
また、Azureには、クラウドで映像配信ワークフローを構築するためのコンポーネント群「Azure Media Services」がある。このコンポーネント群と、パートナー企業が開発したコンポーネントによって、短期間に付加価値ある映像配信システムを構築できる。
「映像配信プラットフォームとしては『YouTube』が有名です。AzureはYouTubeとは異なり、事業者にとって役立つプラットフォームを目指しています。Azure Media Servicesはオウンドメディアを提供するコンポーネントの集まりです」と日本マイクロソフト クラウド&ソリューションビジネス統括本部 Azureプリンシパルソリューションスペシャリスト 飯田昌康氏は説明する。
映像配信の実績としても、ソチオリンピックの際には18日間、1万時間に及ぶ動画を配信した。「最も視聴者数が多かった米国対カナダのアイスホッケーでは210万人が視聴しました」(飯田氏)
2014 FIFAワールドカップの際には30日の間、64試合をパートナー企業から、3カ国、10放送局に提供した実績を持つ。ビッグイベントの際の映像配信に利用された実績は、放送局にとって大きな安心材料となった。
フジテレビからの要望のうち(2)についてはAzureの機能、実績がものをいった。ユーザー増加とアクセス数急増に対しては、サーバモジュールのコンポーネント化によってスケールアップがしやすいというベースがある。さらにAzureには、アクセス数が多いビッグイベントの映像配信を行った実績があり、アクセス数急増にも対応できるクラウドインフラとして信頼度を増す要因となった。
(3)については、AzureというよりもEVCの映像配信システムを構築してきた実績によって実現した。「今回、自社ソフトBizlat VoDをAzureに載せる際に、いろいろな機能を入れました。また、自社開発システムであること、映像SIerとしての実績から、新たな開発が必要になった際も外注することなく、内部で開発することができます。新たな開発が必要になったときにも迅速な対応を行うことができます」と國分氏は自信を見せる。
(4)はAzureの強みを発揮できる要求だった。2014年、Azureは日本にデータセンターを開設したが、東日本/西日本と2ロケーションを持つことで、片方が自然災害に襲われた場合、もう一方でカバーするDR(災害対策)が実現する。また、ストレージを冗長化し、堅牢性を強化している。
フジテレビの窪田氏はこの4つの要求以外の重要な点として、「とにかく放送が途切れないようなインフラを構築してほしいとお願いしました」と話す。
「放送が一瞬でも途切れれば、スポーツ番組の場合、決定的手段を見逃してしまうことになりかねません。アクセスできないことは論外ですし、一瞬でも放送が途切れることがあってはならないのです」(窪田氏)。これはまさに放送局ならではのニーズだといえるだろう。
こうした要求を実現するものとして2014年10月1日にニコニコチャンネルでの放送がスタートしたが、インターネット放送ならではの視聴者を獲得していることを示す動きも出てきているという。
「これまで契約者が増えるきっかけとしては、先に紹介した香川選手のブンデスリーガ復帰があったが、ニコニコチャンネルでの放送を開始してから、アニソン(アニメソング)番組放送時に契約者が増えるという現象が起きています」と窪田氏は分析している。コンテンツへの誘導口を増やすことで、これまでの放送では獲得できていなかった新たな視聴者を獲得することにもつながったというフジテレビ。同社のインターネット有料放送がビジネスとしてどう成長を遂げるのか、今後に期待したい。
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