広域医療搬送では強固なネットワークが不可欠
「情報を制する者は災害を制す」――DMATが考える災害救急医療に必要なICT
阪神・淡路大震災での教訓を踏まえて結成された「DMAT(災害派遣医療チーム)」。DMATの災害救急医療活動を支えるIT基盤の最新動向とは?
「避けられた災害死」を防ぐために結成されたDMAT
有事に備えてICTができることは何か? 本稿では、2014年10月にシスコシステムズが開催した報道機関向け説明会での国立病院機構 災害医療センター 臨床研究部/DMAT事務局 高橋礼子氏の講演内容を基に、DMAT(災害派遣医療チーム)が考える災害医療におけるICT活用と、広域医療搬送訓練でのICT活用事例を紹介する。
高橋氏は「“備えあれば憂いなし”といわれるが、災害時には備えがあっても必ずしも十分に対応できるわけではない。“備えがあっても、なお憂いあり”が現状だ」と語る。しかし、万が一の事態に備えることで被害を軽減する「減災」は可能であり、そうした減災への取り組みの1つが「DMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)」だという。
2001年度厚生科学特別研究事業「日本における災害時派遣医療チーム(DMAT)の標準化に関する研究」の報告書では、DMATは「災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム」と定義する。DMAT発足のきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災で問題となった初期医療体制の遅れにある。
阪神・淡路大震災では、平時の救急医療レベルが提供できていれば救命できたと考えられる「避けられた災害死」が約500人存在したといわれる。「震災当時の病院は多数の患者で混乱し、水や電気、電話などのライフラインが途絶え、スタッフ・医療資材、ベッドが不足した状態だった。急性期時には医療応援チームが不足し、航空機による患者搬送もほとんど行われなかった」(高橋氏)。これらが災害死を防げなかった要因とされ、その教訓としてDMATが設立された。
被災者の生死を分けるタイムリミットとされる「72時間の壁」。高橋氏は、通常の救護班では到着時間が遅くなることがあるが、DMATによって災害発生の初期段階で派遣が可能となり、少しでも多くの患者を救命できる体制を実現したと説明する。また、災害時でも医療を提供できる「災害拠点病院」の設立、自衛隊の航空機を利用する「広域医療搬送計画」の策定、インターネットで医療機関の状況やDMAT医療チームの状況を集約するシステム「広域災害救急医療情報システム」(EMIS)の整備が全国各地で進んでいる。
これらにより、災害現場から救出された傷病者をDMATや救護班が現場でトリアージや応急措置を行い、被災地内の災害拠点病院で入院したり、治療を行う。受け入れきれなかった患者は、被災地外の災害拠点病院に広域搬送するという、シームレスな医療提供体制が確立した。
「情報を制する者は災害を制す」――災害救急医療におけるICTの重要性
英国の大事故災害への医療対応に関する教育システム「MIMMS(Major Incident Medical Management and Support)」では、大規模事故・災害への体系的な対応に必要な7項目を「CSCATTT」と定めている(表)。高橋氏は「どれも重要な項目だが、まずは『CSCA』を確立することが求められる。災害現場では特にCommunication(情報伝達)が重要」と説明する。
| 領域 | 項目 |
|---|---|
| Medical Management | C:Command&Control(指揮と連携) S:Safety(安全) C:Communication(情報伝達) A:Assessment(評価) |
| Medical Support | T:Triage(トリアージ) T:Treatment(治療) T:Transport(搬送) |
「情報を制する者は災害を制す。情報の収集と伝達は、安全かつ有効な活動に必須である。情報伝達の失敗は現場活動の失敗につながる」(高橋氏)。不適切な情報伝達や誤った情報は、現場活動を誤った方向に導いたり、災害対応機関を危険に晒すことにもつながる。現在の急性期災害医療体制では、日ごろは独立している地域の医療機関が情報を共有するネットワークセントリックな組織化が求められるという。その実現のための情報共有ツールとしてEMISが活用されている。
EMISでは、医療機関や行政などの関係機関が、インターネットで被災地の病院の被災状況、患者の受け入れ状況などのニーズを把握できる。また、DMATの活動状況や病院の対応能力などを関係組織間で共有し、被災地全体の状況を俯瞰できるツールとして活用できる。
例えば、EMISでは被災病院の倒壊状況、ライフラインの状況、入院患者の状態、職員の出勤状況といった被災状況を入力する「緊急時入力項目」画面を用意。ライフラインごとの残存状況、傷病者の受け入れ状況、在院患者数といったより細かい内容も入力できる。EMISを利用することで、被災病院の精度の高い情報を外部と共有したり、被災病院ごとの情報を一覧にして確認したり、支援の要否などの優先順位を付けたりすることも可能だ。
災害時の通信手段の課題
災害時の通信手段としては、インターネット経由のEMISだけではなく、衛星電話や各種無線が使われる。高橋氏によると「通信インフラに影響しないこともあり、DMATでは特に衛星電話を重視している」という。
しかし、衛星電話にも課題もある。DMAT発足後、最も被害の規模が大きかった2011年の東日本大震災では、通常の電話回線がつながらないことはもちろん、衛星電話が整備されていなかったり、整備されていても実際には使いこなせないケースもあった。またEMISも使用不能になるなど、代替の通信手段がないために孤立した医療機関や自治体が出てしまった。その中の1つが、津波被害で浸水した宮城県の石巻市立病院だ。同病院では停電と断水、通信が遮断された状態で約150人の患者が取り残され、事務次長と医師が翌日援助を求めて自力で市役所に駆け込み、2日後からヘリによる救出が開始された。
こうした反省点を踏まえ、DMATでは現在、衛星電話の使用方法の習熟や複数の通信手段の確保に取り組んでいる。具体的には、人工衛星携帯電話によるデータ通信体制の確保、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や民間事業者と連携した人工衛星通信サービス「IPSTAR」の活用だ。
広域医療搬送訓練で活用される通信環境
DMATを中心に全国各地で広域医療搬送訓練が行われている。その通信基盤を提供しているのが、シスコシステムズだ。同社は、疾病者を最初に治療する「SCU(ステージングケアユニット、広域搬送拠点医療施設)」におけるDMAT隊員のコミュニケーション環境の確立を支援している。具体的には、訓練被災地やSCUへ人工衛星インターネットを活用したコミュニケーション基盤サービス「Cisco ECK(Emerging Communication Kit)」を提供。訓練時のEMISへの現場での入力や参照、Web会議システム「Cisco WebEX」や電子トリアージ、動画配信環境を構築している。
Cisco ECKは、インターネット環境とIP電話環境を同時に提供するネットワーク基盤。ルータ1台、無線LANアクセスポイント2台、スイッチ1台、IP電話2台で構成する。通信衛星を介することで、電源が確保できれば国内のどこからでもIP通信が可能だという。
シスコシステムズは東日本大震災時、Cisco ECKを各避難所に提供したり、IP電話やSNSのアクセス環境として無線LANを含むインターネット環境を提供した。また、2012年度からDMATの広域医療搬送訓練に参加している。2012年度の訓練では、高知県を想定被災地として高松空港と松山空港のSCUにインターネット環境を構築。また、2013年度の訓練では洋上におけるインターネット通信の実験を行った。さらに2014年度は南海トラフ地震を想定した大分県、宮崎県、鹿児島県を想定被災地とする訓練において、固定局、車載局を用いた複数箇所での高速通信ネットワーク環境を構築した。「実際の通信状況はおおむね評価は高かったが、さらなる訓練、協力体制の構築が必要」(高橋氏)
シスコシステムズの公共、医療担当 シニア ソリューションズ アーキテクト 兼務 ビジネス デベロップメント マネージャーの岩丸宏明氏は「災害現場でも双方向のコミュニケーションができるよう、インターネット環境とテレビ会議、IP電話などの通信手段の提供を今後も進めていく」と説明する。
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