直前に慌てないための「マイナンバー制度」入門【第1回】
企業の対応方法は? 「マイナンバー制度」のここが大変
マイナンバー制度(社会保障・税番号制度)が開始される2016年1月まで残り1年。行政機関の業務効率化が期待できるものの、企業にとっては対応の負荷が心配だ。マイナンバー制度の概要と対応への課題を解説する。
2015年、企業はマイナンバー制度への対応に追われることになりそうだ。マイナンバー制度(社会保障・税番号制度)は、国民1人ひとりに12桁の個人番号(マイナンバー)を割り振り、行政機関の情報管理を効率化することが目的。同時に、行政と関わる企業もマイナンバー制度への対応を進める必要がある。本連載ではマイナンバー制度への概要や求められる企業の対応、ITシステムへの影響などを解説する。
マイナンバー制度は2013年5月に関連法が成立した制度。社会保障、税、災害対策の3分野に限って導入する。マイナンバーを使うことで複数の行政機関に存在する個人の情報の確認が容易になる。これによって社会保障の分野では、個人の所得や、行政・福祉サービスの受給状況を把握しやすくなり、税金の徴収漏れや不正な給付などを防ぐことができる。行政サービスを利用する国民にとっても本人確認の添付書類が少なくなるなどのメリットが期待できる。行政機関内部でも情報の照合や転記などが少なくなり、業務の効率化が期待できるという。
マイナンバーは2015年10月に国民に通知され、2016年1月から行政機関で利用できるようになる。具体的には社会保障では雇用保険の資格取得や確認、給付、児童手当の現況届、ハローワークの事務手続き、医療保険の保険料徴収、年金の資格取得でマイナンバーが必要になる。税の分野では個人や企業が税務当局に提出する確定申告書や届出書、調書などにマイナンバーを利用。災害対策では、被災者生活再建支援金の支給などにマイナンバーを使う。その他、地方公共団体が独自に事務手続きでマイナンバーを使うケースがあると考えられる。
2015年10月に通知されるマイナンバーは紙製の「通知カード」だが、本人確認のための身分証明書として利用できるICチップの付いた「個人番号カード」の交付を地方公共団体から受けることもできる。個人番号カードは顔写真付きで自治体の条例によって図書館カードや印鑑登録証などのサービスに利用可能。電子証明書が搭載されるため、国税電子申告・納税システム(e-Tax)などの本人確認にも使えるという。この電子証明書は2016年1月以降、認定を受けた民間企業のサービスでも使えるようになる。
行政機関が自らに関するどのような情報を持っているかや、行政機関の間でどのような情報のやりとりがあったかをオンラインで確認できる「マイ・ポータル」も2017年1月に開設される予定だ。マイ・ポータルの利用には個人番号カードを使った認証が必要。社会保険料の支払金額や確定申告を行う際に必要となる情報の確認などにも利用できるという。
利用拡大にはメリットの訴求が不可欠
マイナンバー制度は、利用が開始される2016年1月の時点では、行政機関にとってのメリットはあっても、個人や企業がそのメリットを感じることは多くないと予想される。社会保障や税の手続きでマイナンバーを提示する必要があり、記入が手間になる。さらに税務当局や地方公共団体にマイナンバーを記載した源泉徴収票や支払調書などを提出する一般の企業は、従業員からマイナンバーを取得し、厳格に管理する必要があり、負担感だけが増す可能性がある(企業への影響については後述)。そもそも利用開始を1年後に控える2014年末になってもマイナンバー制度は一般に広く知られているとはいえないのが現状だ。
矢野経済研究所の上級研究員 小林明子氏は、「マイナンバー制度の将来的な利用拡大は、公共性が高く国民がメリットを感じられる分野が先行するだろう」と指摘する。マイナンバー制度は2016年1月の利用開始後、3年をめどに利用範囲の見直しや民間サービスへの活用の検討が行われることになっている。その検討時に、自治体サービスでの利用拡大の他、水道や電気、ガスなどの公益サービス、金融、医療などの分野でもマイナンバーの利用が可能になれば、「民間での利用拡大に向けての突破口になる」(小林氏)。
その際にポイントになるのが、個人番号カードの活用だ。内蔵のICチップに搭載される電子証明書を使った本人確認は、書類送付などの事務手続きの削減につながり利便性が高いと予想され、民間企業も総務省の許可を得てこの電子証明書を利用できるようになる予定だ。個人番号カードを使ったサービスを普及させるためには、カードの所有率向上が課題となる。健康保険証、印鑑登録証、国家公務員身分証明書などとの統合が進めば、住民は1枚のカードで複数のサービスを利用できるようになり、カードを持つメリットを感じることができるだろう。
最も現状の法律の枠内でも自治体が独自の条例でマイナンバーを社会保障や地方税、防災、その他の事務などについて活用することは可能で、「自治体よって取り組みには差が出るだろう。住民サービス向上が、自治体の差別化につながる可能性もある」と小林氏は見る。
長期的には金融分野や医療・福祉分野での活用が期待されている。今後の法改正によって金融分野でマイナンバーが利用可能になれば、個人番号カードを使ったオンラインでの口座開設や各種手続きの簡素化などが期待できるだろう。一方で、政府側には銀行の預金口座にマイナンバーを付番し、脱税やマネーロンダリングなど不正行為の防止に役立てる狙いもある。
求められるマイナンバーの厳格な管理
マイナンバー制度は企業の業務にも大きな影響を与える。企業は一般に従業員の健康保険や厚生年金の加入手続きを行ったり、従業員の給与から源泉徴収をして税金を収めている。金融機関では配当金や保険金の税務処理を行っている。2016年1月以降はこのような手続きを行う際に従業員個人のマイナンバーが必要になり、人事や会計、税務システムの対応は必須だ。加えて、企業は従業員(扶養親族も対象)やパート・アルバイト社員からマイナンバーを取得する必要がある。取得する際は身分証明書による「厳格な本人確認」(内閣官房の「よくある質問」から)が必要。本人確認は、マイナンバーの提示を受けるたびに行うことが求められる。
マイナンバー制度では、マイナンバーを含む個人情報が「特定個人情報」として扱われるため、情報の管理は行政機関、民間企業とも厳格さが求められる。マイナンバー制度に関するコンサルティングやITシステム構築を手掛ける野村総合研究所(NRI)は「マイナンバー制度では厳格な管理と運用が規定され、企業にはかつてないレベルの負担がのしかかる」と指摘する。上記のようなマイナンバー取得時の本人確認に加えて、企業はマイナンバーの保管や当局への提出、そして退職した従業員のマイナンバーの廃棄に至るまで対応が求められる。単に税務当局や地方公共団体に提出する書類にマイナンバーを付けるだけなら企業の負荷はそれほど大きくないが、マイナンバーを含む特定個人情報では、「システムや事務の変更だけではなく、組織やルール、規定などさまざまな変更を行う必要がある」とNRIの新事業企画室長 渋谷直人氏は指摘する。
加えてマイナンバー制度は大企業だけではなく、中堅・中小企業を含む全ての企業が対象。また、マイナンバー制度は民間企業のマイナンバーの取り扱いに関して、社会保障・税・災害対策分野での事務に限定していて、目的外の利用を禁じている。マイナンバーを故意に漏えいしたり、盗用すると個人情報保護法以上の厳しい罰則が科される(最大4年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金)。上記のマイナンバーに取り扱いに関する安全管理措置については「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン」が定められている(連載の中で詳しく解説する予定)。
NRIではマイナンバー制度への対応に関する企業の課題として以下の3点を挙げている。
- 短期間で全社的な事務の見直し・修正が必要
- 特定個人情報の安全管理に関する負担が大きい
- 番号記載対象書類が多く事務負担が大きい
企業がまず行うべきは影響範囲の把握
NRIの新事業企画室 上級コンサルタント 勅使河原 元氏は過去に企業が対応を求められた2000年問題や「財務報告に係る内部統制報告制度」(日本版SOX法)と異なり、マイナンバー制度では「全社的な事務作業の見直しが必要になる」と指摘する。例えば正社員の他に契約社員やパート・アルバイト社員が多数働く流通企業では、多様な勤務形態の従業員からマイナンバーをどう取得し、本人確認し、退職時に廃棄するかが課題になるだろう。外国人が多く働くようなグローバル企業でも対応への難易度が上がる。社内制度の見直しが必要になるケースも考えられ、「トップダウンで当たらないと対応できない」と勅使河原氏は考える。
これらの課題が分かっている企業は既に動き始めている。「セミナーでマイナンバー制度について説明すると、『こんな大変なことを企業にさせるのはむちゃだ』と怒り始める人もいる」(渋谷氏)というが、利用開始まで1年となり、「危機感を持っている企業は動き始めている」。勅使河原氏は「2016年1月に向けて、対応を支援するコンサルティング会社や監査法人、ITベンダーなどのリソースが明らかに逼迫する」としていて、企業は早めの対応が求められる。「社内業務でどのような分野がマイナンバー制度の影響を受けるかの分析がまずは必要になる」(勅使河原氏)
次回は企業のマイナンバー制度対応の支援に動き出したITベンダーの動向を紹介する。
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