アクセンチュアに聞く「医療IT化の現状と未来」
医療のIT化が遅れている原因は何か?
「ほかの分野と比べてIT化が10年遅れている」ともいわれる医療分野。その原因と今後求められるシステムの理想像について、コンサルティングを行っているアクセンチュアの井形繁雄氏に聞いた。
公共インフラの中核となる医療健康サービス
「医療健康サービスは、人間が健康で幸福に必要不可欠な社会インフラだ」とアクセンチュアのテクノロジー コンサルティング本部 公共サービス・医療健康 SIグループ パートナー、井形繁雄氏は語る。井形氏はアクセンチュアに約20年在籍し、1998年からヘルスケア分野のコンサルティングに従事してきた。中央省庁や独立行政法人、大規模な公立病院などにおける医療情報システムの導入支援に携わっているエキスパートだ。
井形氏は「民間病院であっても自治体の病院であっても、その医療行為は各地域における重要なインフラとなる公共的なサービスだ」とも説明する。アクセンチュアでは、ヘルスケア分野を「公共サービス・医療健康」部門の中核として位置付けており、経営・事業戦略の立案からIT化戦略、システムインテグレーション、保守・アウトソーシングまでを含めた包括的なサービスを提供している。
井形氏によると、ヘルスケア分野は4つのセグメントに分かれている。中央省庁や関連独立行政法人の「Government/Regulator」、医療サービスを提供する医療機関「Provider」、健康保険組合や社会保険診療報酬基金などの「Payer」、製薬会社「Pharma」がその4つである。それぞれ立場や利害関係は異なるものの、密接に関連しているという。公共サービスとしての側面を持つ同分野は「4つのセグメントが複雑に関連しつつ、発展している」(井形氏)ため、関連する組織は多岐にわたる。
医療サービスを支えている力とは?
日本政府が2009年12月に閣議決定した「新成長戦略(基本方針)」では、「医療・介護・健康関連産業」を重要分野として位置付け、同分野の産業育成と雇用創出の施策に取り組むことで「2020年までに新規市場約45兆円、新規雇用者数約280万人を達成する」という目標を掲げている。
井形氏は「ヘルスケア分野は、単に費用対効果(ROI)のみで測れるようなビジネスではない」とし、「その成果をコスト効率や生産性など、経営面の指標のみで評価するのは難しい」と説明する。また、「医療現場を知れば知るほど、医師を中心とした医療従事者の“業務の尊さと厳しさ”を感じてきた。医療サービスは、現場の献身的な活動によって支えられている」とも語る。医療機関のシステム開発やコンサルティングに携わりつつ、その上で「患者を助け、その命を支える医療現場の日々の努力を見える化するなど、さまざまな側面から支援していきたい」と心掛けているという。
医療のIT化が遅れている原因
井形氏は以前、「医療分野におけるIT化は、システム実装のレベルや開発手法、その方法論が他分野と比べて10年遅れている」と指摘していた。その理由について、井形氏は「ベンダー側が本来持っている、ITに関する専門性が発揮できていない」とし、「従来型のシステム構築では、医療従事者の業務を十分に支援できていなかった可能性がある」と説明する。
井形氏によると「システムのエンドユーザーである医療従事者とシステム提案を行うコンサルタントの責任と役割分担が硬直化していた」という。医療分野に限ったことではないが、システム開発側だけでそのシステムを設計・開発することは不可能だ。特に、公的サービスとしての側面を持つ医療行為の最大の目的は「患者の命を守ること」にある。そのため、システム開発側から「“医療従事者ではない”自分たちシステムエンジニア(SE)が考える付加価値を提案することがはばかられる」面があり、「要件を出す医師と、その要件を実装するシステム開発ベンダーの両者の関係性が硬直化していたのでは」と井形氏は指摘する。
より良い医療情報システムを構築するためには、医療従事者とシステム開発側が持つ、それぞれの専門的な知識や経験を基に、相乗効果を発揮することが必要だ。しかし、システム開発側は「医師のディスカッションパートナーまでにはなるが、SEとしての立場をわきまえ過ぎていることにより、自ら進んで付加価値を提案するまでには至らなかった」というのだ。
井形氏は「現状では、システム開発側の優れた方法論やノウハウが、医療分野におけるITプロジェクトには反映されていない。今後はこうした状況を改善していきたい」と語る。コミュニケーションの円滑化によって硬直化した両者の関係を改善し、コンサルティングパートナーとして自社の方法論やプロジェクト管理などの専門性を発揮できるように工夫するという。また、システム開発ベンダー側でも「医療情報技師」(※)資格を取得するなど、「医療従事者の専門性をより理解できるように、基本的な知識の底上げに努める」という取り組みが既に進められている。
※ 医療情報技師:社団法人日本医療情報学会が認定する資格。同団体によると「日々の診療業務に関する保健医療福祉情報システムの企画や開発および運用管理・保守を行う情報処理技術者」と定義されている。
IT化を進めるためには「説得力」が必要
日本政府は、医療分野におけるIT化促進策として診療報酬における「電子化加算」などを行ってきた。現在は規制が緩和されているが、診療報酬請求をオンライン化することを義務付ける制度も進められている。しかし、実際には現場へコスト面や運用面で負担を強いるという印象が強く、その普及は順調とはいえない。
井形氏は「特に医師であり経営者でもある開業医にとっては、“IT化することによって自分たちにどういうメリットがあるか”を理解してもらえないと難しい」と感じているとし、政府側の説明不足の面もあると指摘する。
医療情報システムの今後の方向性
一般にIT化の目的は、エンドユーザーにとっては「業務効率化と利便性の向上」、経営層にとっては「経営基盤の強化」などにあり、その判断指標はROIであることが多い。しかし、井形氏は「公共サービスである医療のIT化には別の指標をもって判断する必要がある」と説明する。例えば、「電子カルテの導入メリットは単にペーパーレス化できるというわけではない。医療サービス1つ1つの行為をトレースする“医療サービスの見える化”や地域連携による住民全体の満足度向上など、どこに指標をおくかよく検討する必要がある」というのだ。
多くの患者を救える優れた医療サービスであっても、医事点数の関係で不採算になることもある。井形氏は「コスト的な観点では花形ではなくても、現実に価値のある行為に光を当てないと、IT化の意味がない」と強調する。また、見える化のレベルは医療機関内や医療機関間、地域連携などさまざまだが「患者のために今後必要となる医療行為を、医療情報システムによって見える化したい。システムを提案する立場として、こうした観点で現場とも議論していきたい」と意気込みを語った。
井形繁雄(いがた しげお)
アクセンチュア株式会社 テクノロジーコンサルティング本部 公共サービス・医療健康SIグループ パートナー
同社に1990年入社。金融機関の基幹システムの保守・運用業務を経て、現在は病院、健診機関、健保組合、中央省庁などにおける医療情報システムのインテグレーションを数多く手掛ける。
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