見積もり段階で見落とすリスクと対策
7割が目標未達のERP導入 予算を狂わせる「10の隠れコスト」
ERP導入の7割が失敗する中、なぜ初期見積もりは簡単に崩壊するのか。本番稼働後まで情シスを苦しめる「10の隠れコスト」の正体と、予算の泥沼化を未然に防ぐための事前計画の勘所を徹底解説する。
ERPは、今なおほぼ全ての企業のIT基盤の中核であり、その需要は高止まりしている。
市場調査会社のFortune Business Insightsによると、世界のERPソフトウェアの市場規模は2025年に926億ドルと評価された。同市場は2034年までに2816億ドルへ達し、年平均成長率(CAGR)は13%になると予測されている。
長年の調査結果によれば、ERPの導入に成功した企業の多くは2年以内に初期投資を回収している。システムの稼働期間中にも、大きな投資対効果(ROI)を得ているという。
しかし現在、経営層は早期の投資回収を強く求められている。Panorama Consulting Groupはレポート「2026 ERP Report」で、「今日の経済環境では、リスク管理、支出規律、迅速な価値創出が優先される」と指摘した。その結果、新たなERPシステムのコストを見積もる際、計算違いは許されない状況になっている。
ERPの導入を成功させる難度は極めて高く、予算超過のリスクも付きまとう。
Gartnerの調査によると、直近に実施されたERP導入プロジェクトのうち70%以上が、当初の目的を十分に達成できないという。さらに、最大25%のプロジェクトが深刻な失敗に終わると同社は指摘している。Panorama Consulting Groupの調査でも、回答者の30%がERPプロジェクトで予算を超過したと回答した。予算超過の要因としては、対象範囲の拡大、技術的課題、組織的課題、人員の見積もり不足、追加技術の購入が上位5つを占めている。
専門家によると、多くのCIOはこうしたコストを想定しているものの、設計から稼働、その後の運用にかけて予期せぬ費用に直面するという。
コンサルティング会社Withumのパートナーであるウォルター・マーカス氏は、「最大の想定外は、自社に合わないERPを選択したときに生じる」と指摘する。現行業務プロセスの理解不足や、システム連携およびデータ移行作業の甘い見積もりが主な原因だ。さらに、初期費用だけでなく長期的な運用保守コストを増大させるようなカスタマイズを選択することも原因になるという。
本稿では、ERP導入で本番稼働後まで情シスを苦しめる「10の隠れコスト」の正体と、予算の泥沼化を未然に防ぐための事前計画の勘所を徹底解説する。
ERP導入が高額になる理由
ERPの導入費用は規模によって大きく異なる。中堅・中小企業向けのERPベンダーであるAcumaticaは、費用を15万~75万ドルと試算しているが、大企業向けシステムでは数百万ドルに達することもある。
こうした高額なコストは、ソフトウェア自体の複雑さに起因している。
ERPは、企業のほぼ全ての業務プロセスを支えるため、最も複雑なソフトウェアの1つだ。ERPには、会計、財務、人事、顧客管理、調達、サプライチェーンといった機能を担う「モジュール」と呼ばれるコンポーネントが備わっている。これらの各部門と業務プロセスを単一システムに統合するには多大な作業を要する。他のシステムとERPを連携させ、データを円滑にやりとりさせる作業などがその一例だ。
ERPの導入費用の大半は、ソフトウェアのライセンス代そのものではない。自社の要件定義、連携先システムの洗い出し、データ課題の解消、新しい業務プロセスについての従業員教育といった作業に多くの費用がかかる。
事前の計画が不十分な企業ほど、隠れたコストや予算超過に直面しやすいとマーカス氏は話す。
ERP導入の隠れたコスト
入念な準備が推奨されているにもかかわらず、大半の企業が予期せぬ請求に頭を抱えている。ITリーダーたちが挙げた代表的な10の「隠れたコスト」は以下の通りだ。
1.ソフトウェア自体の最終価格
最初に企業を悩ませるのがライセンス費用だ。コンサルティング会社Protivitiのマネジングディレクターを務めるジョン・ハリソン氏によると、導入作業を始めてから、当初の計画が粗く具体性を欠いていたと気付く企業が多いという。
「精緻(せいち)な見積もりができていないと、最初の提示額に必要な項目が含まれなくなる。設計段階が進むにつれてモジュールの追加が必要だと判明し、ソフトウェア費用が一気に跳ね上がる」(ハリソン氏)
2.自社業務との不適合に伴うコスト
自社の業務プロセスを十分に把握していない企業は、自社の要件に合致しないERPを選定してしまう恐れがある。「大半の企業が誤ったアプリケーションを選択している」とマーカス氏は指摘する。プロジェクト全体が頓挫しないとしても、業務要件を新しいソフトウェアに合わせるための追加作業が生じ、想定外の費用がかさむのが通例だ。
3.システム連携の見落としと過小評価
ERPプラットフォームに連携すべきシステムの数は過小評価されがちだ。その結果、連携の実装や保守に伴う人件費や技術費用が増加するとマーカス氏は言う。
「最新のERPは、広大なアプリケーション群の中心に位置する。にもかかわらず、企業は必要な連携の数を過小評価しがちだ。初期の構築費用は一部にすぎない。ミドルウェアの利用料、APIの利用制限、監視、セキュリティ、システムの仕様変更に伴う連携維持など、継続的な費用が発生する。一度限りの技術的作業に見えるものが恒常的な運用コストへと変わる」(マーカス氏)
ハリソン氏も同様のコスト増を指摘している。新しいERPソフトウェアに大量のデータを流し込んだ結果、ミドルウェアのサブスクリプション費用が高騰する例などが挙げられるという。
4.カスタマイズに伴う高額なコスト
自社独自の業務手順に合わせてERPを改修する企業も、想定外の出費に見舞われるとマーカス氏は話す。最新のERP、特にマルチテナント型のSaaS ERPは、業界のベストプラクティスに基づいたプロセスを標準で備えており、業務効率を高めるための最適化や自動化が施されている。しかし、業界標準のプロセスを採用せず、従来の業務手順に合わせようと過度なカスタマイズを選択すれば、多額の追加費用に直面することになる。
5.カスタムコードの継続的な保守費用
「導入支援を手掛けるコンサルティング会社は、顧客からのカスタマイズ要求を容易に受け入れる傾向がある。開発したコードのぶんだけ請求額を増せるからだ」とマーカス氏は語る。
その後に待ち受けているのが継続的な運用コストだ。開発されたカスタムコードの所有権はベンダーではなく発注企業側にあり、アップデートや保守の全責任を自社で負わなければならない。「そのカスタマイズは、長期的に見て多額の費用を生む」(マーカス氏)
6.人材確保の実質的な費用
ERP導入の計画ミスによって人件費が想定を超えて膨らむ事例は多い。しかし、社内人材の見積もりを誤ることで思わぬ出費を強いられるケースもある。そう話すのは、ITコンサルティングなどを手掛けるElevatIQのプリンシパルコンサルタント、サム・グプタ氏だ。
例えば、ERP導入に求められるスキルを過小評価し、自社従業員の専門知識を過大評価してしまうケースが挙げられる。その結果、プロジェクトを完了させるために必要な能力が不足する事態に陥る。
また、従業員が通常業務を続けながらERPプロジェクトもこなせると過信してしまう傾向もある。業務の両立が破綻すれば、導入プロジェクトに専任の外部人材を雇うか、通常業務を肩代わりする人員を補充するための追加費用を支払うことになる。
7.データ移行とクレンジングの負荷
ERP導入で最も膨らみやすい隠れコストの1つがデータ関連の作業だと話すのは、ITコンサルティング会社Taffet Associatesのマネジングパートナー兼CIOを務めるグレッグ・タフェット氏である。
レガシーなERPを使っていた企業では、旧システムの制約によってデータ管理が不十分だったことも多く、現状のデータを正しく把握できていない場合が少なくない。導入に先立って綿密なデータ管理計画を立てておかない限り、データのクレンジング(整理・整形)、管理、新システムへの移行作業で思わぬ出費を迫られるとタフェット氏は述べる。
8.通常業務の遅延とビジネス機会の損失
社内スタッフをERP導入に専従させる際、通常業務を代替要員で補う費用以外にも、人材についての見えにくいコストが発生する。代替要員の経験が不足していれば、作業の遅延ややり残しが生じやすくなるとハリソン氏は指摘する。これにより生産性が低下し、ビジネスチャンスを逃すリスクもある。これらはいずれも数値化しにくいERPプロジェクトのコストだ。
9.変革に対する現場の抵抗
新しいERPの導入は、単なる機能強化ではなく業務変革そのものであり、従業員にこれまでの働き方の変更を強いる。従来のシステムに慣れ近しんだ従業員ほどその傾向が強いとタフェット氏は言う。
AI機能が組み込まれた最新システムでは、この傾向が一段と顕著になる。
「多くのシステムにAI機能が搭載されているが、これによって機能が増え、ソフトウェアを活用するために新たな操作方法を学ぶ負担が生じる。日頃の業務手順が変わることで現場の反発が生まれやすくなるが、追加のトレーニングやコーチングによって乗り越えることは可能だ。従業員の意識改革に本気で取り組む必要がある」(タフェット氏)
一方で、AIの学習に前向きな従業員も増えている。「新しいテクノロジーを迅速に習得しなければ、AIに仕事を奪われるという危機感がある」(タフェット氏)
しかし、企業は業務変革に要する労力を甘く見積もりがちだ。その結果、研修予算や職場の変化に適応するための期間を少なく見積もってしまう。
その誤算は手痛い代償となって返ってくる。従業員が手探りで業務を進めることで生産性が低下し、後追いで変化に対応しようと教育費用がかさむ。あるいは、従業員が独自の回避策を編み出し、ERPがもたらす新しいプロセスの定着を拒絶することでシステムの価値が損なわれてしまう。
10.システム本稼働後の費用
予算超過のリスクは、本稼働を迎えた後も消えることはないと専門家は警鐘を鳴らす。
「本稼働を迎えれば費用は落ち着くと考えられがちだが、そうなることはめったにない。システムの安定化、ユーザーの再教育、不具合の修正、性能チューニングといった手厚いサポート期間に多額の費用が投じられる。時間の経過とともに、ERPは単なる『プロジェクト』から継続的な『製品』へと位置付けが変わり、最適化や自動化、業務改善に向けた継続的な投資が必要になる」(マーカス氏)
さらにマーカス氏は、SaaS型ERPの価格体系の現実や、契約内容が徐々に肥大化する問題にも注意を促す。
「SaaS型ERPでは、想定外のインフラ費用ではなく、契約の肥大化が問題になる。最初は基本ライセンスで始めたものの、運用を進めるうちにユーザー数の追加、上位モジュール、検証環境、高度な分析機能が必要だと分かり、当初の見積もりを超過していく。トランザクション数やAPI呼び出し回数、データ量に応じた従量課金も、稼働後のコストを大きく変動させる要因だ。これらのシナリオを事前に想定しておかなければ、総所有コスト(TCO)は瞬く間に膨らむ」(マーカス氏)
ElevatIQのグプタ氏も、導入後に発生する従量課金の請求を甘く見ている企業が多いと指摘する。従量課金自体は新しい仕組みではないものの、AI関連の課金体系は比較的新しく、経営幹部が見積もりに苦慮している分野だという。
隠れたコストは回避できるのか
各種調査や専門家の指摘通り、ERP導入の予算超過は日常茶飯事だ。しかし、隠れコストの発生は避けられないものではないとグプタ氏は話す。
同氏によれば、データの整備や移行に関わる作業など、一部のERP導入業務は費用を正確に算定するのが難しい。ERPの導入を頻繁に経験する企業は少ないため、精度の高い見積もりを立てるのも容易ではないという。
それでも、事前の綿密な計画によってこれらのリスクは軽減できるとグプタ氏は語る。
「不確実性を排除する唯一の方法は、計画を極限まで細分化することだ。どのような課題が生じるかを把握するために導入計画を細かく分解し、業務プロセス、データ、技術の各レイヤーで詳細な事前評価を実施しなければならない」(グプタ氏)
ただし、ここでも企業は「今コストをかけるか、後で支払うか」という選択を迫られることになる。
ERP導入の計画段階で入念に準備を進めた幹部ほど、事前に必要な作業を明確に把握でき、プロジェクト費用の精度を高められるのは確かだ。
「事前に準備を重ねるほど、見積もりの確信度は高まる」(グプタ氏)
しかし、その事前作業自体にも費用が発生する。プロジェクト全体の総額を必ずしも抑えられるわけではないが、想定外の出費を防ぐ防波堤にはなる。
編注:本稿は2023年に公開された記事を、2026年9月に更新したものです。
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