失敗から学ぶAI活用
「GitHub Copilot」3000人に配布も基本機能しか使われない 保険大手が得た教訓
AIツールの全社展開に踏み切っても、単にライセンスを配布するだけでは成果に結び付かない。保険大手Liberty Mutual Groupが3000人の開発者にAIツールを展開して得た泥臭い教訓とは。
ソフトウェア開発の現場では、深刻な人手不足やビジネス状況の急激な変化に適応するため、AIツールの活用が急務となっている。しかし、大規模な組織にAIツールを導入し、品質や安全性を保ちながら生産性を高めることは容易ではない。
米経済誌『Fortune』の全米企業売上高ランキング「Fortune 100」に名を連ねる大手保険企業グループLiberty Mutual Groupは、2023年から2025年にかけて、自社の開発者3000人に向けてAIツールをいかに展開するかという課題に取り組んできた。同社はまず、全社向けの独自AIチャットbot「LibertyGPT」を構築し、グループ全体の7割の従業員に展開した。開発者向けには、AIコーディング支援ツール「GitHub Copilot」を導入した。導入から1年後には、Liberty Mutual GroupのIT子会社Liberty ITにおけるGitHub Copilotの利用率は90%に達するなど、一見すると順調な滑り出しを見せた。
しかし、Liberty ITでテクノロジー部門シニアディレクターを務めるスチュアート・グリーンリーズ氏は、「AIツールの導入は簡単な部分に過ぎなかった」と振り返る。全社規模でAIツールを定着させる段階に入ると、想定外の費用高騰や、製品に組み込む際の技術的な障壁など、さまざまな課題が浮き彫りになったという。
単にAIツールを配布しただけでは、なぜ真の生産性向上にはつながらないのか。
ツールの「導入」と「定着」は別物である
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真のAI活用を目指す
本稿は、ITエンジニア向け技術カンファレンス「GOTO Copenhagen 2025」におけるセッション「Leading 3000 Developers into the Next Era of Software Engineering」から、Liberty Mutual Groupが現場で得た具体的な教訓と解決策を紹介する。
Liberty Mutual Groupでは、導入初期にGitHub Copilotを開発者に広く配布したものの、利用範囲は基本的なソースコード補完機能にとどまっており、高度な機能を十分に生かし切れていない実態があった。急速に進化するAI技術については、組織で使いこなすための確立されたベストプラクティスがなく、ツールの仕様も頻繁に追加・変更されるためだ。
これに対し、Liberty Mutual Groupは当初、自発的な社内勉強会やアーキテクトによる非公式の情報共有に頼っていた。しかし、それでは組織内で知識の偏りが生じてしまうため、人事部門とも連携し、公式な「AI学習ミッション」を立ち上げた。全従業員向けの基礎教育から、管理職向け、上級エンジニア向けなど役割に応じた6つの学習コースを用意し、継続的なスキル向上を組織的に支援する体制を整えた。ツールの配布にとどまらず、従業員がAIを効果的に使いこなせるようになるまでの継続的な教育が不可欠だという。
目に見えにくい「費用の暴走」を防ぐ
大規模にAIツールを展開する上で、Liberty Mutual Groupはセキュリティリスクの回避や利用費用の統制を目的として、自社専用のAI管理ツールを構築した。「『開発者に最新で最高性能のAIモデルを自由に触らせたい』という思いはあるものの、企業として大規模に展開する以上、安全で統制の取れた独自の共通インフラを構築せざるを得なかった」とグリーンリーズ氏は語る。
AI管理ツールを使う中で、Liberty Mutual Groupが直面した最大の危機の一つが「費用の暴走」だ。ある日、AI管理ツール担当者からの緊急の連絡で、特定の用例で大量のトークンが消費され、わずか数時間で2万ドル(約300万円)もの費用を発生させていることが発覚した。
原因は不正利用ではなく、正当な大規模データ処理だったが、使用するAIモデルの選択が最適ではなかった。同等の品質を保ちながら安価な別のAIモデルに切り替えることで、最終的に4万ドルの費用削減に成功したという。
Liberty Mutual GroupはAI管理ツールに利用費用を可視化するダッシュボードを用意し、利用状況をリアルタイムで監視・制御する仕組みを導入することで、開発者の自律性と企業としてのガバナンスを両立させている。
RAGの運用には深い専門知識が必要
自社のデータを活用してAIモデルの回答精度を高める技術「RAG」(検索拡張生成)についても教訓がある。オープンソースのライブラリやチュートリアルを使えば、RAGシステム自体は比較的簡単に構築できる。しかし、Liberty ITでテクニカルラーニングコンサルタントを務めるガース・ギルモア氏は「既存のライブラリで到達できるのは全体の65%程度に過ぎない」と指摘する。
業務でRAGを実用化するためには、AIモデルの回答が本当に正しい社内データに基づいているかどうかを保証する仕組みが求められる。どのAIモデルを選択し、データをどのように分割して保存するかといった細かな調整に加え、自動化された評価システムを構築し、絶えず変化するAIモデルの回答の品質を監視し続ける、深い専門知識が必要となる。
今後の展望:デジタルソフトウェアエンジニアへの期待
Liberty Mutual Groupは、AIツールを開発プロセスに組み込む段階からさらに一歩踏み込み、自律的にタスクを実行する「エージェントAI」や「デジタルソフトウェアエンジニア」の可能性を模索している。これらの新しい設計方針に適合させるため、社内におけるAI活用のグランドデザイン(共通設計方針)も第2世代に刷新したという。
AIツールの展開は、決して一直線に進むものではない。「最初から思い通りに進むことはない。想定外の事態や混沌(こんとん)とした状況は付き物だ。失敗を問題視するのではなく、『当たり前のプロセス』として受け入れるべきだ」と両氏は語る。状況の変化に素早く適応し、軌道修正を繰り返すことこそが、AI時代における企業競争力の強化につながる。
本稿は、Triforkが2026年1月12日に公開した動画「9 Lessons Learned from Deploying GenAI at Scale・Garth Gilmour & Stuart Greenlees・GOTO 2025」を基に作成しました。
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本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。
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