なぜ「階層ごとの移行」は通用しなかったのか
72時間で“脱VMware” ウクライナ小売大手は契約満了と有事をどう乗り越えたか
VMwareのライセンス体系変更に伴い、費用急増の危機にひんしていたウクライナの小売大手Fozzy Groupは、わずか72時間で「Amazon EC2」への無停止移行を成功させた。いかにして極限状態での脱VMwareを実現したのか。
ウクライナで小売業や物流、金融などを手掛ける巨大企業グループFozzy Groupは、重大なITインフラの危機に直面していた。
1つ目は、2022年に始まったロシアによる軍事侵攻という物理的な脅威だ。オンプレミスデータセンターの安全性が揺らぎ、事業継続が危ぶまれる事態となった。2つ目は、2023年11月にBroadcomがVMwareを買収したことに伴うライセンス体系の変更だ。永久ライセンスからサブスクリプションライセンスへの移行によって、大幅な費用負担増を強いられることになった。
Fozzy Groupのインフラは、850台以上の仮想マシン(VM)が稼働し、データ量は0.6P(ペタ)Bに達する大規模なものだった。2024年4月、同社は迫り来るライセンス契約の満了日を前に、クラウドサービス群「Amazon Web Services」(AWS)への移行を決断する。猶予はわずか72時間という極限状態の中で、同社はコアシステムをAWSの仮想サーバ構築サービス「Amazon Elastic Compute Cloud」(Amazon EC2)に移行し、800店舗以上の業務を一切止めることなく「脱VMware」を成功させた。大規模かつ複雑なシステムを、いかにして3日間で無停止のまま移行したのか。
キーウ~フランクフルト間の2000キロという物理的な壁
併せて読みたいお薦め記事
脱VMwareをどう成し遂げるか
本稿は、ポーランドで開催されたイベント「AWS Summit Poland 2025」におけるセッション「VMware to AWS in 3 Days: How Fozzy Group Became Cloud-Native」の内容を基に、Fozzy Groupが実践した移行戦略と、クラウドネイティブ化に向けたロードマップを紹介する。
Fozzy Groupのオンプレミスシステムは、「Microsoft SQL Server」を活用した3層アーキテクチャ(フロントエンド、ビジネスロジック、データベースの各階層を分離したシステム構成)で構築されていた。
当初は、VMware製品を用いた既存のシステム構成をそのままAWSに持ち込める「VMware Cloud on AWS」(VMC on AWS)を活用したリフト&シフト(既存システムをそのまま移行する手法)の戦略を描いていた。しかし、ある問題が判明する。ウクライナのキーウにあるFozzy Groupのデータセンターから、ドイツのフランクフルトにあるAWS社のデータセンターまでは約2000キロの距離がある。この物理的な距離によって片道約40ミリ秒のネットワーク遅延が発生し、オンプレミスシステムのデータベース層とクラウドサービスのビジネスロジック層を分割して段階的に移行させることが事実上不可能なことが判明した。そのため同社は、システムを機能ごとに「スライス」(垂直分割)して移行させることでこの遅延問題を克服し、まずはVMC on AWSへの一括移行(リフト&シフト)を成功させた。
これにVMwareのライセンス変更が追い打ちをかける。複数のライセンス契約のうちコアシステムを支える1つがわずか1週間で満了を迎える状況に陥り、VMC on AWSの利用そのものを急いで見直さざるを得なくなった。
72時間の無停止移行を成功させた体制づくり
限られた時間の中でFozzy Groupが選択したのは、段階的なアプローチだ。まずVMC on AWS上で稼働していたコアシステムをAmazon EC2に素早く直接移行(リプラットフォーム)する。残りのシステムについては半年から1年の猶予期間を設けて段階的に移行するために、一時的にVMC on AWSに留めるというアプローチを採用した。
72時間での移行対象となったのは、38台のVM(8コアCPU、128GBメモリ)と120TBのデータだ。技術的な難易度よりも、無数に存在する事業部門との調整や連携が最大の壁となった。
移行作業に伴い、Fozzy GroupのIT子会社であるTemaBitとAWS社の専門チームは、プログラムマネジャーを中心とした強力な統括体制を構築した。3つの実働チームを編成し、24時間体制で移行作業を敢行した。この徹底した指揮系統の確立が、800件以上の店舗システムをダウンタイムなしで移行させる原動力となった。
「FinOps」の導入とさらなる費用削減
AWSへの移行は、インフラの維持という目的を果たすだけではなく、Fozzy Groupの組織文化に大きな変化をもたらした。その一つが、クラウドサービスの費用管理と最適化を組織全体で実施する「FinOps」の導入だ。
オンプレミスインフラ時代は、さまざまな事業部門が混在する中で、各部門がどれだけのIT費用を消費しているかが不透明だった。AWS移行後は、サーバやストレージなどのコンピューティングリソースにタグを付けることで、どの部門がどれだけの利用料金を発生させているかを可視化できるようになった。これによって、インフラ費用の負担について事業部門と明確な根拠に基づく議論が可能になった。
AWSが提供する、一定の利用量を約束することで利用料金が割り引かれる料金プラン「Compute Savings Plans」を適用することで、移行直後と比較してインフラ費用を約30%削減することにも成功している。
VMwareからの完全脱却とモダナイゼーションへの道
Fozzy Groupは2025年3月に段階的な移行計画を完遂し、一時的に利用していたVMC on AWSの仮想インフラからも完全に撤退した。VMwareへの依存をなくし、全てのシステムをAWSのネイティブサービスで稼働させている。
今回のクラウド移行は、インフラの単なる置き換えにとどまらない。Fozzy Groupはその後、オブジェクトストレージサービス「Amazon Simple Storage Service」(Amazon S3)の活用やアプリケーションのコンテナ化など、システムのモダナイゼーションを推進している。
Fozzy Groupの事例が示すのは、危機的な状況下であっても、適切な戦略と実行体制があれば、大規模なシステム移行は短期間で実現可能だという事実だ。同社はクラウドサービスを単なるインフラの移行先としてではなく、ビジネスの俊敏性と可視性を高める道具として活用し、さらなる成長につなげている。
本稿は、AWS社が2025年11月4日に公開した動画「AWS Summit Poland 2025 - VMware to AWS in 3 Days: How Fozzy Group Became Cloud-Native」を基に作成しました。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[NTTインテグレーション株式会社] 取引先のセキュリティをどう管理する? 「SCS評価制度」対応の勘所を解説 -
製品資料
[NTTインテグレーション株式会社] SCS評価制度「★4」取得のカギ 最大の壁を突破する方法とは? -
製品資料
[NTTインテグレーション株式会社] 2026年度末から運用開始 「SCS評価制度」に備えて製造業がやるべきことは? -
事例
[ネットワンパートナーズ株式会社, アイビーシー株式会社] ハイブリッド環境の一元管理と快適な無線LAN環境、三井ホームはどう実現した? -
市場調査・トレンド
[TD SYNNEX株式会社] 調査で学ぶセキュリティ運用の実態 人を増やさず品質を維持する方法とは?
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
3
「ノートPC派」は損をしている? Dellと考える“自作PC”のメリット
-
4
IT人材の42%が転職予備軍 辞めさせない組織の4つの共通
-
5
“脱Excel”を待ち受ける乱立問題 カカクコムが新ツール導入を見送った理由
-
6
「WSUS」終了の時限爆弾 “本命”移行先ツールとMicrosoft提唱の新管理手法
-
7
VMware離れがやっぱり加速 2500台のVM移行に挑む製造大手から学ぶ現実解
-
8
「コピペ運用の限界」に直面するAI活用 7割超が“別画面”のまま使う理由は?
-
9
「ひとり情シス」が急に退職 専門商社が外部パートナーと挑んだネットワーク刷新の裏側
-
10
ベテランエンジニアが直面する危機 半数が「ブルーカラーへの転向」を視野に
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
DX/AI投資の壁を突破、現代の最高財務責任者が直面する課題と克服のヒント
-
2
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
3
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
4
バックアップは“取っているから大丈夫”なのか? ランサムウェア時代の備え方
-
5
システムの保守がモダン化を阻む? 「変えない判断」から脱却する方法とは
-
6
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
7
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
8
5分で分かる Microsoft 365のデータ損失に備えるためのバックアップの仕組み
-
9
ネットワーク遅延の原因、「パケットロス」の基礎知識と効果的な解決策
-
10
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー