国内外のPCI DSS最新動向【第3回】
PCI DSS準拠コストを低減するトークナイゼーション
最終回はPCI DSS準拠に伴う費用を削減し、かつ強固なデータ保護を実現する注目技術である「トークナイゼーション」について解説する。
前回「PCI DSS準拠で実現する新しいデータ保護の概念」でも指摘したように、PCI DSSの課題の1つが、準拠のためのコストが高額であるとされている点だ。1つひとつの要求事項は全て理にかなったものだが、データベースの暗号化など新たな投資を伴う要求事項も多い。そうした状況下で、米国のPCI DSS準拠企業の間で急速に普及している技術が「トークナイゼーション(Tokenization)」である。
トークン(Token)とは、地下鉄やバスで使用される代用硬貨を意味する。今ではカード型乗車券にとって代わられてしまったが、その昔、米国では地下鉄に乗車する際には駅でトークンと呼ばれるメタルコインを購入して改札口に投入すると、改札のバーが回転し、ホームに入場できる仕組みが採用されていた。従って、トークナイゼーションとは現金を代用硬貨に交換するという意味であるが、情報セキュリティの分野では、「意味のない数列、元の数と数学的な関連性がない数列に置き換えること」を意味する。
つまり、クレジットカード番号を全く意味のない別の数字に置き換えてしまおうというのが、このトークナイゼーションという手法である。どこでも通用する現金という価値のある貨幣を地下鉄という限られた場所でしか価値を持たない代用通貨に置き換えるトークナイゼーションという発想を、クレジットカード番号の保護に生かすというアイデアである。
■トークナイゼーションを搭載した主な製品
| 製品名 | ベンダー名 | 特徴 |
|---|---|---|
| RSA Data Protection Manager | EMCジャパン RSA事業本部(前RSAセキュリティ) | トークナイゼーション機能の他にデータ暗号化と鍵管理の機能を搭載するソフトウェア製品 |
| トークン化セキュアパック | 日本セーフネット | 機密情報をトークン化する製品「Token Manager」と、データベース暗号化と鍵管理が可能な製品「DataSecureシリーズ」をセットで提供 |
全く意味のない数列に置き換えられたクレジットカード番号は、もはやクレジットカード番号ではない。ここに「暗号化」と「トークナイゼーション」の大きな相違がある。
PCI DSSは、クレジットカード情報の漏えい対策の1つとしてクレジットカード番号を暗号化してデータベースに格納することを要求している。しかし、クレジットカード番号は暗号化してもクレジットカード番号であることに変わりはなく、PCI DSSのさまざまな要求事項を満たす必要がある。
一方、トークナイズされたクレジットカード番号はクレジットカード番号ではないことから、トークナイズされたクレジットカード番号を処理するアプリケーションシステムは、PCI DSSの準拠対象ではなくなる。この違いは、暗号化された情報には常に復号されるリスクが伴うことに起因している。
つまりアルゴリズムによって暗号化された情報は、数学的な解析を行うことでアルゴリズムが特定できれば、元の情報に戻せてしまう。対して、トークナイゼーションは元の数と数学的な関連性がない数列に置き換える手法であり、アルゴリズムの解析のような攻撃が通用しない。
トークナイゼーションの優位性はこれだけではない。一般にデータを暗号化した場合、データの長さやデータ形式が変わってしまうため、データベースの定義やアプリケーションプログラムの書き換えが必要になる。トークナイゼーションの場合は、元の数列と同じデータ長、データ形式が維持されるため、アプリケーションシステムへの影響がない。さらに暗号化、復号に要するCPU負荷と比較してトークナイゼーションに要するCPU負荷は、極端に低いこともトークナイゼーションが採用される理由である。
クレジットカード番号をトークナイズすることでアプリケーションシステムをPCI DSSの対象から外すことは、PCI DSSへの準拠を求められる企業に大きな恩恵をもたらす。暗号化やログの解析、ファイルの改ざん検知などに使用される各種のセキュリティツールのライセンス料の大幅な削減やPCI DSSの審査範囲(スコープ)が大幅に縮小されることで見込まれるQSA審査料金の引き下げなど、PCI DSS準拠コストの大幅な削減がトークナイゼーションの導入によって実現されるのである。
PCI DSS準拠企業で広まりつつあるトークナイゼーションだが、最近ではクレジットカード業界に限らず、銀行や病院でもセキュリティの向上に役立つとする論調がある。一般にデータベース上で暗号化された情報は、ディスプレー表示する際には復号されてから表示される。一方、トークナイゼーションはトークンがそのまま表示されるので、内部犯行に極めて強いことが利点として挙げられる。
内部犯行の手口は、大きく2つに分類される。1つは、データベースをそっくりコピーして持ち出す方法である。この場合、データベースが暗号化されていたりトークナイズされていれば被害を受ける心配はない。もう1つの手口は、ディスプレーに表示された情報をメモしたり、暗記することで情報を持ち出す方法である。
一例としてシティバンク銀行で過去に起こった事件を挙げることができる。シティバンク銀行では、オンラインバンキングは特別な手続きを取ることなく、口座開設者なら誰でも自分の誕生日を初期のパスワードとして入力すれば利用できる仕様となっていた。あくまでも初期パスワードとして誕生日が設定されていたわけで、利用者は直ちにパスワードの変更を行う必要があった。ところが、顧客の口座番号と誕生日を知ることができる立場にあった内部関係者が、オンラインバンキングを操作して顧客の口座から不正に預金を引き出したという事件である。クレジット会社でも同様の事件が既に発生しているが、トークナイゼーションはこうした事件の予防に役立てることができる。
<筆者紹介>
山崎文明
ネットワンシステムズ フェロー/ビジネスアシュアランス 代表取締役社長/PCI SSC PO Japan連絡会 会長
大手外資系会計監査法人にてシステム監査に長年従事。システム監査技術者(経済産業省)/英国規格協会公認BS7799 情報セキュリティ・スペシャリスト。システム監査、情報セキュリティ、個人情報保護に関する専門家として情報セキュリティに関する政府関連委員会委員を歴任。
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