震災で医療ITは何ができたか?【後編】
災害時の広域患者搬送を支えた情報管理体制
東日本大震災発生後、被災地ではさまざまな災害医療活動が行われた。その中から、慢性疾患患者を広域搬送した気仙沼市立病院、迅速に医療情報システムを改修して診療業務を継続した石巻赤十字病院の活動内容を紹介する。
「災害時でも機能した医療システムの特徴」に続き、地域医療福祉連携協議会が2011年7月に開催したシンポジウム「震災復興に、地域医療ITは何ができるか?」から、宮城県気仙沼市と石巻市などの被災地で震災直後から医療活動を行った医療従事者の講演を紹介する(関連記事:被災した医療従事者が果たすべき役割とは)。
広域患者搬送における情報管理の重要性
気仙沼市立病院 脳神経外科科長 成田徳雄氏は、宮城県災害医療コーディネーターとして災害医療に従事し、今回の活動を通して「あらためて情報管理の重要性を実感した」と振り返る。
災害時の情報提供対策として、宮城県では総務省の移動無線センターが管轄しているMCA(Multi Channel Access System)無線システムを2005年に導入。MCA無線システムとは、一定の周波数を多数のユーザーが共同利用可能な陸上移動無線システムだ。宮城県庁が各地域との通信で情報収集を行いながら「災害医療情報システム(EMIS)」に代行入力する体制を取っていた。しかし、その基地局は石巻市や仙台市、一関市などに設置されており、気仙沼は対象圏外だったため、気仙沼では県から配布された衛星電話を利用して情報の送受信を行っていた(関連記事:物言えぬ患者の代理人となる医療情報カード「MEDICA」)。
トリアージ訓練のリーダーを務めていた成田氏は、被災後すぐに簡易用テントにトリアージポストを設置して医療活動を開始した。しかし、衛星携帯電話はメンテナンス不良が影響し、被災後は初期化されて利用できなかった。
気仙沼では3月11日夕方ごろ、港付近の船から重油が流れて大規模な火災が発生した。翌日の朝に自衛隊が、夕方に東京DMAT(災害派遣医療チーム)が現地入り。成田氏は自衛隊やDMATとともに医療支援を開始する。東京DMATの衛星電話を利用して、ようやく外部との通信が可能になり、宮城県庁と1日3回の定時連絡を実施した。テントの前に白板を設置して必要な情報を手書きで記入し、持参した地図に経路を書き込みながら利用可能な道路を確認した。その後、3月15日早朝に仮設電源の不具合が発生したことを受け、院内の重症患者24人を後方病院である東北大学病院へ緊急搬送することになる。
成田氏によると「阪神・淡路大震災では、被災地での透析患者の状態悪化が多数見られたという症例が報告されている」という。実際に震災後、ガソリンなどの燃料不足と避難所での生活のため通院困難者の増大が問題となっていた。また南三陸町や陸前高田市の透析病院が全壊し、気仙沼市立病院に180人の患者が訪れると予想していた。
3月15日、宮城県災害対策本部との定時報告により、広域搬送のニーズがあることを関係各所に伝達し、搬送に向けた具体的な体制の構築を進めた。しかし、3月15日時点で、近隣の松島・仙台空港はほとんど機能せず、辛うじて滑走路のみが利用可能な状態だった。北海道や福岡などの受け入れ先が見つかる中、まずは3月19日に東北大学病院に患者を搬送。その後、3月22、23日にかけて東北大学病院から北海道に慢性疾患の患者を搬送した。「日本災害医療で初めての自衛隊ジェット輸送機による広域医療搬送」(成田氏)という。
成田氏は、今回の広域医療搬送における情報管理では「Network Centric Operation」(NCO)方式が功を奏したと説明する。NCOはもともと2003年イラク戦争時に米軍が考案した軍事用語。ネットワークを駆使して組織横断的な体制を構築し、それぞれが与えられたオペレーションを実施していく方法だ。今回の広域搬送では、気仙沼市立病院や自衛隊、宮城県災害対策本部、DMAT、受け入れ先などの地理的に離れた組織間でネットワークを経由した情報共有が行われた。
また成田氏は、スマートフォンやSNSサイトなどによる情報共有が極めて有効な方法だったと説明する。実際に気仙沼大島地区で活動していた聖マリアンヌ医科大学のチームでは、auのスマートフォンからFacebookなどのSNSサイトを利用し、写真や動画などのデータをアップロードしたり、申し送りや患者情報を入力することなどで情報共有を図っていたという。その上で「復興時の医療においては、情報インフラの整備とともに情報共有のための先進技術の積極的な導入が必要であり、今後の医療の1つの在り方ではないか」と語った(関連記事:スマートフォンの利用で患者治療の効率はどう改善されるか)。
緊急時でも迅速に機能する医療システム
宮城県北東部に位置し、石巻医療圏22万人の急性期医療を担う中核病院である石巻赤十字病院。災害拠点病院に指定され救命救急センターを有しており、病床数は402床だ。東日本大震災では市街地の約40~50%が浸水する状況の中、石巻赤十字病院は海から直線で4.5キロ離れていて津波の被害を免れた。石巻赤十字病院 情報システム課・放射線技術課 千葉美洋氏は「4カ月が経過しても、建築制限が適用されるなど復興の兆しが見えない地域もある」と語る。
石巻赤十字病院では、以前から宮城県沖地震がかなり高い確率で発生すると予想されていたことを受け、建物の免震化や電源二重化、非常用電源などの設備対策を実施し、食糧の確保や職員の教育などによって災害に備えていた。今回の震災では一部のモニターやPCが横転したものの、病院情報システムや医用画像管理システム(PACS)、各部門システムサーバが停止するような被害はなかったという。
千葉氏は「事前に災害対策を実施していたため、情報システムの被害を最小限にとどめられた。また、被災後の診療でもシステムの運用に大きな変化はなく、職員の混乱を最小限に抑えられた」という。ただ、流通が機能していないため、試薬不足が予想される検体検査、緊急性が低く放射線の供給ができないRI(核医学検査)検査、機器への泥水の影響が懸念されたMRI検査など一部の検査に制限を設けた。
被災後、ライフラインも順次復旧した。固定電話やインターネットなどの通信環境は3月19日にようやく復旧する。最も復旧に時間がかかったのはガスで、本格的に復旧したのは1カ月後だった。石巻赤十字病院では数台の衛星電話や時々つながる携帯電話、徒歩での訪問などで医療活動を実施した。患者を搬送したくても限られた通信手段では困難な状況にあったという。時折、テレビなどで情報収集は可能だったが「情報伝達手段が遮断されることへの不安をあらためて感じた」(千葉氏)。
地域の医療機関は甚大な被害を受け、市内の診療所も約半数が診療休止に追い込まれた(関連記事:被災医療機関のリストにも活用できた「2次医療圏データベース」)。次第に院内の床や簡易ベッドに横たわる患者が多くなり、診療の妨げにもなった。状況が刻々と変わる中、スタッフ間の周知が難しいと判断。医療情報システム課は災害用臨時オーダー機能を開発し、すぐに実施可能な検査を一画面に集約することにした。医療情報システム課はSE(システムエンジニア)がおらず、医療従事者だけで構成されている。千葉氏は「カスタマイズが容易なシステムを導入していたことが、迅速な機能変更を可能にした」と説明する。また、検体検査などをセット登録して入力作業を簡略化。さらに、院外から災害救護に来た医師向けに簡易マニュアルを作成して壁に張るなどでシステム利用を促進させた。
その一方で、現行システムの不備や改善点なども分かったという。臨時病棟や処方エリアを開設したが、そこで使用するPCや周辺機器が不足した。また、そこでは休眠状態だったPCを使用したため、現行システムに対応するOSのバージョンアップやネットワーク設定に時間を要したという。緊急時に迅速に診療を継続するためには「端末の定期的なリプレースとともに、OSのバージョンに依存しないシステムが必要だ」とし、また「ネットワークの遅延や無線環境が利用できない院内エリアの改善」なども今後の課題だと説明する。
千葉氏は「特に薬剤の情報管理における課題が浮き彫りになった」と語る。避難所から持ち込まれた大量の処方せんへの対応、院内非採用薬剤に対する手書き処方せんへの作業負荷などで、それらに関する作業が深夜までかかることもあったという。全ての薬剤をマスター登録可能な持参薬管理システム、服薬履歴や服薬情報などの共有や参照が可能なシステムなどが必要だったという。
復興後の医療ITの姿として、千葉氏は「遠隔バックアップなどでデータ損失を防ぎ、災害にも耐え得るネットワークを整備することなどで、継続性のある医療を実現できる地域医療連携システムの導入が必須になる」と語った。
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